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【side:A】エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―  作者: 長谷川
第8章 いつか塵となる朝も
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296.トラクア城攻略戦


 いよいよ救世軍の運命が決するときがきた。

 真神(しんしん)の刻(九時)。風は北から。天候は薄曇り。

 吐く息は白く、既に日は高いというのに、厚手の外套(がいとう)を羽織っていないと震えが走る。が、見上げた空は曇っているわりには明るかった。

 つまり雲の層が薄いのだ。とすれば少なくとも数刻は天候が荒れることはない。

 雨や雪が降り出せば、遠征軍である味方はあっという間に体力を奪われ、嫌でも劣勢に追い込まれる。ゆえにトリエステは天に祈った。


 ──祈る先は、いずれ彼を連れ去る神々なれど。


 今はその遺恨を捨てて、必ずや救世軍に幸運と勝利がもたらされるように。


「全軍、展開完了しました!」


 各隊がそれぞれの配置についたことを告げる伝令が駆け込んでくる。

 総勢四千八百からなる救世軍は、現在巨大な坂道のような形状をしたシヴォロ台地の裾野に展開し、曇天を貫く槍のごときトラクア城を睨んでいた。


「敵はやはり籠城(ろうじょう)に徹するようデスネ」


 と、傍らに控えたシズネが台地の主たる石の城を見据えてぽつりと呟く。

 戦場は先程から異様な静けさに包まれており、足もとの枯れ草を撫ぜる風の音だけが聴覚を支配していた。救世軍が陣を展開した地点からトラクア城までは、直線距離にしておよそ二(ゲーザ)(一キロ)。


 第六軍の主戦力が軽騎隊であることを思えば、城から逆落としの勢いを駆って突撃してきても何ら不思議はない位置関係だというのに、やはり敵城から兵が出てくる気配はない。黄砂岩(こうさがん)の石積みによって築かれた城壁の真ん中では、重厚な鉄の門扉がぴったりと口を閉じ、重い沈黙を守っていた。


 ゆえにトリエステもまた馬上から、じっとトラクア城の偉容に目を据える。

 毒の森の真ん中で時代に取り残されていたソルン城とは打って変わって、最新築城技術の粋を集めて造られたかの城はいかにも攻めにくく、そして美しかった。

 高さ二(アナフ)(十メートル)はあろうかという城壁の向こうには、ソルレカランテ城と同じ尖塔(スティープル)様式によって築かれた黄砂岩の城がそそり立っている。


 天に向かっていくつも伸びた塔はいずれも赤茶けた瓦葺(かわらぶ)きの屋根を(いただ)き、薄暗い曇天の下にあってなお衰えぬ優雅さを(たた)えていた。

 が、見た目の壮麗さとは裏腹に、かの城が決して敵を寄せつけぬ優れた軍事拠点であることをトリエステはよく知っている。


 正門のある西側を除いて、残りの三方は侵入不可能な断崖絶壁。

 城門は正面に見えている大門一枚のみではなく、仮にあれを突破できたとしても中には桝目状(ますめじょう)に連なる小さな(くるわ)がいくつも待ち受けている。郭は四方すべてに門があり、正しい道順を知らなければまっすぐ本丸へは進めない仕掛けだ。


 平時は通行に使われる門だけ開いているから迷いはしないが、戦時は当然、敵の侵入を防ぐためにすべての門が閉ざされる。おまけに郭の内部は四方を囲む城壁の上から丸見えで、門を()()けようとしている間に矢や神術が降ってくる始末。

 そしていざ最後の門を潜り抜けてもその先には深い(ほり)が横たわり、跳ね橋を下ろさなければ本丸へは攻め込めない……。


(まさしく守りながら攻める城──あれを落とせなければ、救世軍に未来はない)


 ジェロディに扮したままのソウスケに寄り添いながら、トリエステは刹那、手綱を握る両手に力を()めた。そうして固く(てのひら)を握り込んでいないと、全身の震えが止まらない。恐ろしくてたまらないのだ。

 今から始まるこの一戦に救世軍のすべてが懸かっている。負ければ破滅。

 味方はひとり残らず殺し尽くされ、再起の機会は二度と訪れない。


 そんな戦の指揮を託されたのが、自分のように非力で愚かな女だなんて。

 救世軍が直面しているあまりの不運に眩暈(めまい)がした。せめてここに本物のジェロディがいてくれたなら。願っても詮方(せんかた)ないことだと知りつつも、しかしそう願わずにはいられない己の懦弱(だじゃく)さに自嘲する。知らなかった。隣にただ彼がいる──たったそれだけの事実に、今までの自分がどれほど支えられていたのか。


(……けれど、私がやらなくては)


 いつまでも震えてなどいられない。

 自分が指揮を執らねば、味方を待つのは死と滅びと悲劇だけ。

 ゆえに足掻く。最後の一瞬まで、勝利に向かって。勝利を目指して。


(私は、救世軍の──ジェロディ・ヴィンツェンツィオ殿の軍師なのだから)


 揺らぐ覚悟を打ち据えて、トリエステはついに顔を上げた。

 冬の冷気を深く吸い込み、吐き出した頃には、体の震えも止まっている。


「トリエステさま」


 気遣わしげに様子を(うかが)うシズネを(かえり)み、微笑んだ。戦を前にするたび怯え立ち竦んでいた自分に、彼がいつもそうしてくれたように。


「城攻めを開始します。手順は軍議で確認したとおりに。全軍、進軍開始。『誇り高き鈴の騎士団』へ、開戦の合図を送って下さい」


 運命の舞台の幕は上がった。トリエステの指示を受けた伝令が駆け出し、開戦を告げる角笛(コルノ)の音が曇天に(とどろ)(わた)る。その低く伸びやかな音色が合図だった。

 トリエステのいる本隊の前方、正面に展開したアビエス連合国軍の布陣から、翼の生えた黒き獣が一斉に飛び上がる。


 猫人のアーサー率いる『誇り高き鈴の騎士団』だった。

 ソルン城の戦いで百五十騎足らずまで数を減らした鈴の騎士(リッタリー)たちは、しかしまったく()じる様子を見せずに鈴を鳴らして飛び立っていく。

 まずは進路の安全確認だ。敵軍が城の正面に三重の塹壕(ざんごう)を設け、さらに手前を幾重にも重ねた土の防塁(ぼうるい)で塞いでいることは事前の偵察で分かっていた。


 が、神術で吹き飛ばしてしまえば一瞬で片がつく防塁など問題ではない。

 今、救世軍が最も警戒すべきは、マティルダがソルン城から離脱する際に持ち去ったアビエス連合国軍の最新兵器だ。彼女があれらの使い方をどこまで知り得たのか、そしてどう使ってくるつもりなのか見定める必要がある。


 ゆえにトリエステは、前衛の連合国軍及びオーウェン隊、コラード隊がゆっくりと前進を始めたのを確かめながら、遥か上空へ舞い上がった鈴の騎士たちの動向を注視した。彼らが跨がる翼獣(ラプン)は三頭ひと組の編隊を組み、あるものを空高く持ち上げている。三頭それぞれの(くら)から綱を垂らし、その先に(くく)りつけられた大きな三角巾に包まれているのは──石だ。


 重さ六(ペリー)(三キロ)ほどの、子供の頭ほどもある大きさの石。

 それを上空約四枝(二十メートル)の高さまで持ち上げた彼らの眼下には、トラクア城へと至るシヴォロ台地の斜面があった。

 鈴の騎士たちはそこを目がけて段階的に、地上へ石を落としていく。

 まずは裾野から十枝(五十メートル)地点……異常なし。

 次は二十枝(百メートル)地点……異常なし。


 さらに三十枝地点、四十枝地点と、十枝ごとに石を落下させる作業を繰り返し、やがて一幹(五百メートル)地点に達するかに見えた、刹那。

 突如すさまじい轟音(ごうおん)が炸裂し、大地が震撼(しんかん)した。

 にわかに巻き起こった爆発の衝撃が、地面を伝って(あぶみ)を震わせる。

 そうして次々と上がる火柱ならぬ土柱に、味方の兵がどよめいた。あれではまるで猫人たちが落とした石が落下と同時に爆発したように見えるが違う。


 ──〝地雷(テラーク)〟。


 アビエス連合国軍がそう呼称していた兵器だった。木製の箱の中に火薬の詰まった陶器の器が格納され、その箱を上から踏むと感圧によって爆発四散するという脅威の兵器。〝テラーク〟とは南西大陸の古い言葉で〝土の箱〟を意味し、名前のとおり地中に埋設する形で使われるものなのだとデュランが論じていた。


 つまり地雷が埋まっていることを知らずに人間が通過すれば、土の上から踏まれた重さによって着火し爆発するという恐ろしい代物だ。当然ながら爆発に巻き込まれた人間は何が起きたのかも分からぬまま、一瞬にして粉々の肉片となる。

 それをマティルダが希術(きじゅつ)兵器と共に持ち去ったことは分かっていた。


 ゆえに上空から石を落とすことで起爆させ、進路のどこに埋設されているか確認したわけだが──まさか本当に使ってくるとは。とするとやはり、連合国軍から鹵獲していった希術兵器をも既に使いこなしているという諜務隊(シズネたち)の報告は事実なのだろう。トリエステはぞっと背筋が寒くなるのを感じながらも努めて平静を保った。


 念じれば誰でも使えるという希術兵器とは違い、地雷のような火薬兵器は何の説明もなしにトラモント人が扱えるものではない。

 だというのに早くも実戦へ投入してきたということは、あれらの正しい使い方を指南した者がマティルダの傍にいるということ。


(とすれば、やはり魔族が……)


 確証はない。だが可能性も消えていない。

 仮にもしマティルダの陰に魔族がいるのなら、何としても戦場へ引きずり出し、第六軍の将士に決定的な証拠を突きつけること。それが今回の戦の勝利条件だ。

 正直、魔族との戦闘は避けられるものなら避けたいというのが本音だが──何しろあの一族の力はあまりに未知で強大すぎる──他に戦況を覆す方法はない。


 やるしかないのだ。


 この賭けに勝つことさえできれば、救世軍は明日に命をつなぐことができる──


(……私もすっかり湖賊(ライリーどの)に毒されてしまったわね)


 自分はいつからこんな博奕打(ばくちう)ちになったのだったか。けれどそこにわずかでも勝機があるのなら、迷わずやれとライリーは言うだろう。

 そういう仲間たちに支えられてここまで来た。ゆえに死なせない。

 もう二度と、ひとりたりとも。


「オーウェン隊、コラード隊、前進。予定どおり、まずは進路上の地雷を排除します。『誇り高き鈴の騎士団』に合図を」


 再び本隊の伝令が駆け出した。二度目の角笛を聞いた猫人たちが上空を旋回して戻ってくる。彼らと入れ違うように、前衛の左右翼からオーウェン隊とコラード隊が前進を開始した。そして二隊は台地の傾斜に差し掛かる寸前で足を止め、数瞬の沈黙ののち、規格外の轟音をはたたかせる。


「放て!」


 隊の前方で弾けた閃光が、直後、巨大な炎弾となって台地に降り注いだ。

 ──神術砲(ヴェルスト)。一度は黄都守護隊(こうとしゅごたい)に破壊されたものの、コルノ島から新たに二基取り寄せ、ポンテ・ピアット城から届いた援軍にここまで運んでこさせたものだ。

 当然ながらどちらもカルロッタからの借り物で、最初の二基を官軍に破壊されたと知った彼女はそれはもう激怒していたらしかった。

 が、そこを何とかギディオンに説得してもらい、追加で借り受けたのだ。


 次にまた壊されたらただではおかない、という脅迫つきではあったものの、おかげでシヴォロ台地の中腹に展開された地雷原を迅速に処理することができた。

 神術砲の炎弾は着弾と同時に埋められた地雷の誘爆を誘い、台地はすさまじい爆音と粉塵に包まれている。やがて二隊の砲撃が止み、土煙が晴れると、無惨に穴だらけとなった台地の斜面が姿を現した。一幹より先の斜面はあちこちで土がひっくり返り、まるで大地の(むくろ)のようになっている。これで地雷の脅威は去った。


 トリエステはすぐさま前進の(かね)を打ち、前衛の三隊を進軍させた。彼らには穴まみれになった斜面を踏み固め、塹壕の手前の防塁を撤去してもらわねばならない。そのすぐ後ろに続いて進軍を開始したのが、六基の投石機を(よう)したウォルド隊だ。

 マティルダがアビエス連合国軍による空からの攻撃を警戒し、ソルン城に集めていた攻城兵器。そこから鹵獲(ろかく)してきた投石機を従えて、ウォルド隊が前衛によってならされた斜面をゆっくりと進みつつあった。


 神術砲という脅威の兵器がありながら、どうして今更投石機などという使い古された攻城兵器を持ち出してきたのかと、敵は内心首を傾げているに違いない。

 だが神子(ジェロディ)不在の今、神術砲は救世軍にとって唯一の命綱だ。

 もしもトリエステの仮説が正しかったとして、本当に魔族が出てきた場合、期待できる対抗手段は連合国軍の歩兵希銃(ミーレス)か神術砲しかない。が、神術砲は火力こそ絶大なものの、最大三発までしか連射がきかないのが決定的な弱点だった。


 その一瞬の隙を魔族に衝かれ、砲を破壊されればこちらはもはや為す術がない。

 連合国軍の希銃もあてにはなるが、敵銃兵隊が押し出してくれば対抗できるのは彼らしかおらず、連合国兵はそちらにかかりきりになってしまう。ゆえに不測の事態に備え、神術砲は常に発射可能な状態を維持しておく必要があった。

 が、かの兵器の砲撃がなければ城門の突破が難しいこともまた事実。

 そこでトリエステが打ち出したのがあの六基の投石機による代替案だ。


 神術砲に比べれば威力や効率は確かに劣るものの、トラモント人が馴れ親しんだ()()()の兵器というのも、使いようによっては戦いを有利に運ぶ手段に成り得た。

 何しろ攻城戦において、城門城壁を突破する方法は大きく分けてふたつある。

 ひとつは攻城軍による城壁の破壊、あるいは登攀(とうはん)の強行。

 そしてもうひとつは、何らかの手段によって()()()()()()()()()()()()()だ。


「オーウェン隊、コラード隊、敵陣の防塁を突破しました!」


 上空から戦況を見守る鈴の騎士が、前線の状況を逐一伝えてきた。

 台地の中腹を無事突破した前衛は、さらに神術砲を駆使して敵の防塁を破壊することに成功したようだ。あとは防塁の後ろに控えた塹壕を攻略するのみ。

 三重に横たわるあの溝を埋めてしまわなければ、投石機が敵城を射程圏内に捉えられない。が、防塁を越えた先では城壁上に展開した敵弓兵の矢が届く。


 壕を埋めるだけなら地術兵を用いれば済む話だが、そうするためには彼らを敵の矢から守りながら進む必要がある、というわけだ。

 とするとやはりここは、神術砲で敵弓兵を牽制しつつ地術兵を押し出すのが最善か。三ヶ月前のポンテ・ピアット城の戦いで、救世軍の地術兵は大半がセドリックに焼き殺され、今や地刻グラウンド・エンブレムを扱える者はたった三人しかいなかった。


 ゆえにどうあっても彼らだけは守り抜かねばならない。トリエステは傍らに控えた伝令役の鈴の騎士を顧みオーウェン隊、コラード隊に神術砲による砲撃を継続しつつ、大盾を展開して敵の矢を防ぎながら前進するよう伝えてほしいと依頼した。

 ところが指示を受けた猫人が頷き、すぐさま飛び立とうとしたそのときだ。


「トリエステ様!」


 前線の方角からにわかに悲鳴が弾け、周囲の兵が騒然とした。はっとして台地へ目を戻せば、防塁の残骸を踏み越えようとしていた前衛が炎に包まれている。

 銃声。敵の銃兵部隊だ。トリエステは目を疑った。

 一体どこに隠れていたのか、神術砲が巻き起こした土煙の向こうから突如敵勢が姿を現し、歩兵希銃(ミーレス)を構えてオーウェン隊とコラード隊を狙い撃ちしている──


希光盾(クレイペウス)展開!」


 刹那、狙撃された二隊をかばうように走り出た連合国軍の先頭でデュランが吼えた。途端に幾重もの光の盾が展開され、敵軍の銃撃を防ぐ。

 地術兵や風術兵が使う守りの術──〝術壁〟によく似たあの光の盾もまた、連合国軍が希術によって生み出したものだった。


 連合国軍の兵士たちは皆、小さな希石(きせき)つきの指輪を支給されていて、それによって簡易的な希術の盾を展開できる。〝希光盾(クレイペウス)〟と呼ばれる未知なる盾は、剣や矢による攻撃はもちろん、歩兵希銃による銃撃をも防ぐことのできる優れものだ。

 おかげで算を乱しかけたオーウェン隊とコラード隊が踏み留まった。

 彼らをとっさに背にかばい、連合国軍が応戦の銃撃を開始する。


 が、敵銃兵も反撃を受けるや否や塹壕に飛び込んで連合国軍の斉射を回避した。

 希光盾によって身を守る連合国軍に対し、敵銃兵も塹壕に身を隠しながら銃撃を繰り返す。敵のその戦い方を見てトリエステはすぐに悟った。そうか──塹壕。

 彼らは塹壕の内部に身を潜め、救世軍を奇襲する機会を窺っていたのだ。


 先刻、台地上空を飛行した鈴の騎士から「塹壕内は無人」との報告があったために油断していた。無人に見えたのはそう()()()()()()()からで、塹壕内には敵兵が身を潜めるための横穴が掘られていたか、あるいは敵兵全員が土と同じ色の布を被って地面に伏せていたのだろう。


 至近距離から直接塹壕を覗いたわけでなく、敵の弓の射程に入らぬ距離から偵察しただけでは、横穴や布の違和感を見抜けなかったとしても不思議はない。

 こちらが『誇り高き鈴の騎士団』による空偵に頼りすぎているのを見透かされ、裏をかかれた。トリエステは勝利を急ぎすぎた自身の失態に切歯し、きつく腕を握り締めた。だが、まだだ。デュランの機転のおかげでどうにか態勢は立て直せた。


 大丈夫だ。軍師である自分は戦場の大局を見渡し、流れを生み出すのが役目。


 目の届かない場所や小さな失敗は、ああして仲間が補ってくれる。自分はそんな彼らを死なせないために、大きな失敗だけを全力で回避し続ければいい。


(何もかもひとりで完璧にできるだなんて、自惚(うぬぼ)れないで)


 あるいは『神謀(しんぼう)』と(うた)われた父ならば、たったひとりで戦場のすべてを完璧に操ってみせるのかもしれない。されど生憎(あいにく)自分は父ではないし、神でもない。

 だから仲間を信じ、頼る。それでいい。そうすべきだ。もう二度と、何もかも自分がひとりで背負っているなんて尊大な妄想で、愚かな感傷に浸らぬように。


「『誇り高き鈴の騎士団』に伝令。前線の連合国軍を支援します。持てる限りの地雷を持って敵防衛陣地上空を目指して下さい。高所からの投擲(とうてき)で地雷を起爆させ、塹壕内の敵兵を爆撃します」


 手放しかけた冷静さを手繰り寄せ、トリエステはすぐさま次なる策を講じた。

 指示を受けた鈴の騎士たちがアーサーに率いられ、再び上空へ飛翔していく。

 今度は一頭の翼獣が運べるだけの地雷を包み、鞍から吊るした。地雷には運搬や設置の際に誤って起爆することがないよう、安全装置なるものが設けられている。

 それを外すことによって初めて感圧板が機能し起爆に至るわけだ。だが何も感圧板を起動させる方法は上から踏むだけではない。地面から五枝(二十五メートル)も離れた上空から思いきり地雷を叩き落とせば──結果は言わずもがなだ。


「地雷投下!」


 『誇り高き鈴の騎士団』の接近に気づいた城兵が放つ矢を巧みに回避しながら、アーサーが叫んだ。続く騎士たちが素早く翼獣の鞍につながれた綱を切り、地雷の詰まった包みを切り離す。数拍ののち、神術砲の砲撃にも劣らぬ爆発が塹壕内で炸裂した。敵銃兵部隊が文字どおり粉々に弾け飛ぶ。塹壕からの銃撃が、止んだ。


「今だ、突撃!」


 オーウェンの号令一下、彼の率いる歩兵が塹壕内へ雪崩(なだ)()む。

 連合国兵も即座に希銃へ銃剣を取りつけて、オーウェン隊のあとに続いた。

 同時にコラード隊が走り出し、敵味方が入り乱れて戦う塹壕の上に板を渡す。

 彼らはそれを渡って塹壕を突破し、瞬時に大盾を構えた。


 城壁から放たれる矢を防ぎ、塹壕内の味方を守るためだ。

 加えて神術砲による砲撃も再開した。敵陣に突入したオーウェン隊、コラード隊に代わり、後続のウォルド隊が砲兵隊の守りを引き継いだらしい。

 おかげで城壁には次々と炎弾が降り注ぎ、敵弓兵が狙いをつけられずにいる。


(地術兵は──)


 果たして無事だろうか。

 トリエステが息を詰めて注視した先で、土色の光が炸裂した。

 地刻の光。地術兵。生きていた。生きていてくれた。

 神の奇跡によって目覚めた大地が隆起し、塹壕に覆い被さる。

 大量の土が流れ込み、道を作った。そこを素早くウォルド隊の先兵がならし、投石機が一列目の塹壕を越える。二列目。生き残った敵銃兵の銃撃と矢の雨を掻い潜り、地術兵がさらに道を作った。投石機が前進する。入った。射程圏内だ。


「ウォルド」


 祈るように彼の名を呼んだ。ここから先の作戦は彼の采配に懸かっている。


 あの投石機こそが、今回の戦の(かなめ)だ。


「さあて、そんじゃいっちょ派手にやってやるか」


 刹那、敵味方の矢が飛び交う最前線で不敵な笑みを刻んだウォルドが、投石機と共に運ばれてきた荷車の上の土嚢(どのう)を掴み──火をつけた。


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