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【side:A】エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―  作者: 長谷川
第8章 いつか塵となる朝も
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261.糾える糸のごとく


 思えば彼は、ジェロディが現在置かれている境遇の、すべての元凶と言ってよかった。


 考古学者のジェイク。今からおよそ十七ヶ月前、勅命(ちょくめい)を受けたジェロディらと共にクアルト遺跡の調査に派遣され、眠っていた《命神刻(ハイム・エンブレム)》をジェロディの右手に刻んだ張本人。彼はあの遺跡で起きた一連の出来事を黄帝(オルランド)に秘密裏に報告し、皇室にジェロディの保護を仰ぐから待っていろと言い残して姿を消した。おかげでハイムの神子となったことがルシーンにまで知れ渡り、ジェロディが反逆者の濡れ衣を着せられて黄都(こうと)を追われたことは十七ヶ月前の出来事と言えど未だ記憶に新しい。

 彼が遺跡での経緯をきちんとオルランドに伝え、約束どおり情報の統制を図ってくれていれば、そもそもジェロディは今こんなところにはいなかったのだ。


 そんな男が、どうして──どうして間者(カイル)の雇い主としてここにいる?


「え、えっと……? つまり、いま聞いた話をまとめると? このオッサンは考古学者で? というか、前に考古学者を名乗ってて? ジェロたちとはそんときに知り合ってるというか? 何なら一緒に遺跡探検もしちゃった仲みたいな? でも急にいなくなったと思ったらオレみたいな幼気(いたいけ)な少年をたぶらかして? で、ずっとジェロを見張らせてたってことだよな? それって要するに……うん? どういうこと? 全然わけ分かんねーよ?」


 と隣でカイルがここまでの話を要約し、懸命に理解しようとしているが確かにわけが分からない。というかそもそもカイルの要約がひどい。ひどすぎて聞いていると余計に頭が混乱してくる。ゆえにジェロディは一旦カイルの存在を五感から閉め出すことにして、改めて目の前の男を見下ろした。〝名無しの男(ジョン・ドゥ)〟、あるいは考古学者のジェイクとジェロディたちが呼んでいた男は現在、森の中の手頃な木に縛りつけられてあぐらをかいている。この大所帯で村へ戻れば間違いなく目立つからと、まずはここで必要最低限の尋問をという流れになったのだ。

 もちろん最終的には彼をポンテ・ピアット城へ連れていき、トリエステの力も借りて(しぼ)()れるだけの情報を搾り取ることになっている。されど彼が一体何者で、何のために自分たちを(あざむ)き、さらにはカイルを操っていたのか。

 せめてそれだけは先に知っておかないと、ジェロディの脳裏には様々な疑問と憶測が駆け巡ってとても冷静になれそうになかった。こちらの動揺を余所に、当のジェイクは涼しい顔でジェロディたちの出方を(うかが)っているのも気に食わないし。


「……とにかく、まずは順を追って情報を整理させて下さい。ジェイク、あなたは今から十七ヶ月前、僕らと共にクアルト遺跡の調査へ向かった。そこで僕の右手に《命神刻》が宿ったのを確認したあと、陛下にことの顛末(てんまつ)を説明して来ると言い残して行方を(くら)ませましたね。ここまでの認識は合っていますか?」

「あー、まあ、そうとも言うなあ。あのときはお互い大変だったな、色々と」

「い、色々と、じゃありませんよ! クアルト遺跡の調査のあと、あなたのせいでティノさまがどんな目に遭われたか分かってるんですか!? わたしたちはあなたが陛下に掛け合って下さるという言葉を信じてずっと知らせを待っていたんですよ!? なのに何の連絡もないまま音信不通になるなんて……!」

「いやいや、ご立腹はもっともだがね。こっちもこっちでえらい目に遭ってたんだぜ? 何しろ《命神刻》の件を上に報告したあと、御沙汰(おさた)を待って待機してたらいきなりルシーンの刺客に襲われてよ。で、命辛々黄都を脱出するので手一杯で、悠長にあんたらの屋敷を訪ねてる余裕なんざなかったってわけだ。何の連絡もなしに消えたのは悪かったと思ってるが、ありゃお互い運がなかった。ルシーン派の動きが思った以上に迅速で、対応が後手に回っちまったからな」

「ですがあなたの証言には矛盾があります。他でもないカイルを雇った経緯についてです。彼の話によれば、あなたがカイルに僕の監視を命じたのは昨年の暮れ……つまり僕たちがクアルト遺跡の調査へ向かうより前のことだったそうですね。あなたはそのとき既に僕がルシーン派と対立することを予見していて、ことが起きたら即座に動くようカイルに指示を出していた。すなわち国に追われる僕を助けて、信用を買うようにと」

「さあ、そうだったかな?」

「い、今更とぼけんなよな、オッサン! オレはちゃんと覚えてるぞ! あんたが最初に接触してきたのは去年の境神(きょうしん)の月、縁神(えんしん)の日! オレが郊外に住んでるフローラに会ってきた帰りに、市門が閉まっててやべえって頭抱えてるときに声かけてきただろ! 最初は見るからに怪しいオッサンだと思ったけど、あの日は朝までに帰らないと母ちゃんに殺されるっていう命の危機に(ひん)してたから、仕方なくついていったらいきなりアーニャの話をされて……!」

「あー、なつかしいな。あったかもしれねえなあ、そんなことも」

「こっ……このオヤジ、こういうときだけとぼけやがって……!」


 今まで散々顎で使われてきた鬱憤が溜まっているのだろう、カイルはわなわなと肩を怒らせながら猫みたいにジェイクを威嚇していた。

 が、当のジェイクはカイルの非難などどこ吹く風で、口笛でも吹き出しそうな横顔をしている。逃げ場のない囚われの身だというのにその余裕はどこから湧いてくるのだろう。あるいはこちらを掻き乱す目的で余裕を演じているだけか?

 どちらにせよひと筋縄ではいかない男だ。彼がなかなかの曲者(くせもの)であることは共にクアルト遺跡の調査に向かったときから分かっていた。

 それでも一度は信用を託した相手だったのだけど。自分は信じる相手を間違えたのだろうか。そうして掛け違えた歯車が自分の人生を狂わせた?

 いや、自分だけじゃない。マリステアもケリーもオーウェンも、父の人生すらも歪ませて今ここにいる。そう思ったら胸の奥がズキンと痛んで、ジェロディは外套(がいとう)の胸もとを人知れず握り締めた。


「……教えて下さい、ジェイク。あなたは本当はどこの誰で、何のために僕を監視していたんですか。陛下の御前で僕と初めて会ったあの日、あなたは何をどこまで知っていて、どうして僕に《命神刻》を託したんですか」

「……」

「僕が《命神刻》を継ぐことは初めから決まっていたことだと以前ある人が言っていました。この世に生まれ落ちる前から神々によって定められていた運命だと……同じように、あなたも僕が神子に選ばれることを知っていてハイムのもとへ導いたんですか。だとしても何のために? 誰の命令で?」

「……」

「いや、それ以前の問題として……まずあなたは本当に考古学者なんですか? 陛下や竜父(りゅうふ)様は、以前からあなたのことを知っていたようだったけど──」

「はあ……やっとその質問かよ。なら逆に()くが、あんたらは今の今まで本気で俺を考古学者だと思ってたのか?」

「えっ……で、では違うとおっしゃるんですか……!? で、ですがクアルト遺跡では古代語を解読したり、遺跡の仕掛けを解いたりされていたはず……!」

「あのなあ。クアルト遺跡は黄皇国(おうこうこく)の建国以来、過去六回にも渡って調査され尽くした遺跡だぞ? 当時の調査内容はオリアナ学院書院から論文として詳細に発表されてる。そいつをひと通り精読してりゃあんな仕掛けはガキにだって解けるし、古代語に関しては俺は一度も解読してない。さすがに数千もある古代文字を全部頭に叩き込む時間はなかったんでね。だから論文に記載されてた石版の文面を暗記して、実物は全部ジェロディに読ませた。で、拾えた情報と論文の記述を照らし合わせて、この罠は調査報告書にあったアレだろうと当たりをつけてただけだ」

「あ……」


 そこまで言われてジェロディはようやく気がついた。言われてみれば確かにクアルト遺跡の調査において、ジェイクは一度も古代語を解読していなかったような気がする。調査隊が最初の罠に()まった部屋の石版だって、ジェロディの古代語の知識を試すとか何とか言って自分では読み上げなかったはずだ。

 ということはあれもまたジェロディに並んでいる文字の意味を抽出させて、過去の調査報告と照会しただけだったのか。それをさも全文を解読したように見せかけて、暗記してきた論文の記述を(そら)んじてみせただけだったのか。

 ああ、なんて笑える話だろう。自分はそんな単純なタネにも気づけなかったなんて。いや、ただ気づかなかったどころかまんまとこの男に利用され、皆を遺跡の奥へ導いた。あそこで調査隊長だったランドールに調査を断念させていれば、未来は変わっていたかもしれないのに……。


「でっ……ですが考古学者でないとおっしゃるのなら、あなたは一体いつからわたしたちに嘘をついていたんですか? 陛下や竜父さまはどこまでご存知なんですか? 何のためにわたしたちを騙したんですか……!?」

「何のためって、そりゃもちろんあんたらをルシーンの毒牙から守るためさ」

「はい……!?」

「さっきジェロディが言ったとおりだ。俺はルシーン派がガルテリオ将軍失脚のために裏であれこれ画策してることを知っていた。ついでにルシーンがクアルト遺跡に大神刻(グランド・エンブレム)が眠っていることを突き止めて、そいつを奪いに行こうとしてたこともな。だからある人とひと芝居打って、考古学者なんて柄でもねえ肩書きで調査隊に潜り込んだんだよ。あの遺跡調査は全部ルシーンの描いた絵図で、大神刻の奪取とヴィンツェンツィオ家失脚の一挙両得を狙った計画だったからな」


 予想もしていなかったジェイクの答えに、ジェロディは思わずぽかんと立ち尽くしてしまった。……自分をルシーンから守るため? 利用するためではなく?

 いや、だがおかしい。トリエステの話では、ジェイクは皇室と深い関わりのある人物ではなかったのか? だからカイルを通じて救世軍の情報を盗み、黄皇国に有利になるよう立ち回っていた。おかげで自分たちはポンテ・ピアット城で一度大敗を喫し、トリエステがその責任をカイルに求めてこんな事態に陥ったのだ。

 つまりジェイクはまた適当な嘘を並べて自分たちを騙そうとしている?

 彼の言い分には一見筋が通っているようにも思えるが──ダメだ。

 今の自分はヴィンツェンツィオ家どころか救世軍全体の命運を担っている。

 ゆえに目の前の男を簡単には信用できない。間違えるのはもうごめんだ。


「待って下さい。あなたの今の話を真実だと仮定しても、おかしな点はまだあります。あなたが考古学者でないのなら、陛下や竜父様とは一体どういう関係なんですか? 一緒に謁見(えっけん)したときの様子を見る限り、あのふたりとはあなたが学者を(かた)る前からの知り合いだったように思えますが?」

「ああ、そりゃ俺もこう見えて元黄臣(こうしん)だしな」

「元黄臣……!?」

「ま、遠い昔の話だ。俺が国に仕えてたのは正黄戦争(せいこうせんそう)の終わりまで。その後は念願だった隠居生活のために現役を退いた。偽帝(ぎてい)フラヴィオの首を()ねたら、あとはめでたしめでたしで物語は幕を閉じるはずだったからだ。とは言え現実はそう甘くはなかったがね」


 ジェロディたちの驚愕を余所に、ジェイクは木に縛りつけられたまま物憂(ものう)げに嘆息した。ずっと同じ姿勢でいるのがつらいのか、彼はポキ、ポキ、と気晴らしのように首を鳴らすと、次の質問も待たずにぺらぺらと喋り出す。


「で、そっからなんのかんのあって、とっくに引退したはずの老いぼれに白羽の矢が立ったってわけさ。人一倍国の内情に詳しいくせに、いかなる組織にも属してないなんて便利な野郎を駒として使わない手はねえからな。もちろん俺は楽しい楽しい隠居生活を返上する気はねえと()()ねたんだが、結局押し切られてよ。俺ァこう見えて人がいいからなあ。断れねえんだよな、食い下がられると」

「い……いえ、待って下さい、おかしいですよ! だ、だってジェイクさんが本当に元黄臣なら、陛下や竜父さまはどうしてあなたを考古学者だなんて紹介したんですか? そもそもあなたは一体誰の命令でこんなことを……!?」

「雇い主の素性は明かせねえ。こっちもそういう契約なんでな。ただ少なくとも陛下は俺を味方だと思ってたはずだ。遺跡調査に同行してルシーンのたくらみを幇助(ほうじょ)する──あのとき俺はそういう名目でソルレカランテ城に潜り込んだんでね」

「じ、じゃああなたはティノさまを守るために陛下を欺いたということですか? でしたら遺跡から戻ったあと《命神刻》のことを陛下に相談するとおっしゃっていたのは」

「ああ、悪いな。ありゃ嘘だ。俺が相談を持ちかけたのは雇い主さ。だが結局ルシーン側に情報が()れて、想定されてた中でも最悪の事態になった。だから俺も連中に命を狙われ、直接あんたらを護衛することが難しくなり、仕方なくいざというときのために仕込んでおいた()()()を使ったってわけだ」


 と言ってジェイクが気怠(けだる)げに顎で示したのは、言うまでもなくカイルだった。

 正直この男の話のどこまでが真実なのか見極めきれないが、想像もしていなかった答えを返されたカイルは明らかに困惑している。


「い……いやいや、待てよ。じゃあ何か? あんたがオレと取引してジェロを見張るように言ってきたのも、救世軍を潰すためじゃなくてジェロを守るためだったっていうのか? だったらなんでさっきはオレを……!」

「ああ、ぶん殴ったのは悪かったよ。ただお前が一時の気の迷いで救世軍に入るなんて言い出したんなら、止めてやるのが大人の責務だと思ってな。お前の覚悟のほどを見させてもらったわけよ。そしたらまあ思った以上に本気らしいんで、こりゃ止めるだけ野暮だと気づいてな。しょうがねえから気絶させて、念受石(ねんじゅせき)だけ回収したらトンズラさせてもらうつもりだったよ」

「じ……じゃあ最初からオレを殺す気はなかったってこと……? い、いや、けどさ、だったらオレ以外に潜り込んでるスパイの件はどう説明するんだよ!? そいつが今回の作戦を密告したから、オレたちは黄都守護隊に……!」

「知らねえよ。俺が仕込んだのはあくまでお前ひとりで、しかも目的はたった今お前が言ったとおりだ。俺たちはジェロディ・ヴィンツェンツィオを守り、神子の名の下に腐り切ったこの国の(うみ)を出し切ってもらう──そういう筋書きで動いてきた。他に敵対目的で潜り込んだ間者がいるってんなら、そいつは俺たちとは別の陣営から送られてきた刺客だってこった。お前が国の間諜(かんちょう)だと代わりに疑われてくれたおかげで、今までまんまと身を隠していられたんだろうがな」


 ……仮に。あくまでも仮に、だ。もしもいま彼が吐露(とろ)した事実がすべて真実であるならば、自分たちはとんでもない思い違いをしていたことになる。

 カイルは初めからジェロディたちの味方で、敵対組織の一員ではなかった。

 いや、そのことは別にいい。本当だとすれば喜ばしいことだ。

 けれど、だとすると初めから自分が神子となり、国に反旗を(ひるがえ)すことは決まっていた? だからクアルト遺跡へ導かれ、黄都を追われ、革命の旗頭として担ぎ上げられた? 何もかもが仕組まれていたことだった……?


 ……分からない。仮に事実だと認めるとしても、それならば一体誰が?

 誰がそんな絵図を描いた? どうして自分が? 神子になる運命だったから?

 だから家族も、これまでの人生も、幼い頃から大切に抱えてきた夢も、全部全部投げ捨ててここに立つことを強いられた? どうして?

 救世軍に入ったことを後悔していないと、皆に告げてきた想いは本当だ。でも。

 いや、ダメだ。分からない。分かりたくない。

 ジェロディは考えることをやめた。いま聞いた話は全部心の奥の見えないところに押し込めて、最後にひたとジェイクを見下ろす。


「……ジェイク。あなたの話は確かに理に(かな)っています。今のところ気になる矛盾点もない。だけど今日までカイルを使って裏から僕たちを操っていたあなたが、どうして今になってすべて話す気になったんですか? だったら最初から僕たちの前に姿を現して、きちんと事情を説明していれば話は早かったのに」

「へえ。なら俺が事前に全部打ち明けてたら、あんたは大人しく黄都を出て国に弓引いてたか? お前は汚ねえジジイどもの手駒として利用されるだけの存在だなんて、正面切って言われたかったか?」

「僕は」

「ここまであんたを利用してきた俺たちに言えた義理じゃねえけどな。世の中には知らねえ方が幸せなこともあんだろ。だからできれば騙し通したかった。あんたが将来、あの戦いは自分が望んで選んだことだと胸張って言えるようにな」

「……」

「ま、こんなしょうもねえヘマしちまった俺も悪ィんだがよ。やっぱ勝てねえよなあ、歳には。おまけに飼ってた猫は飼い主の手を噛んでそっぽ向いちまうし。結局山猫は山猫、完璧に飼い慣らすのは最初から無理があったってわけだ。俺ァ裏方の方が性に合ってるから、できれば表舞台には上がりたくなかったんだがね」

「……つまり今後はあなたがカイルに代わって救世軍を助けると言いたいんですか? 僕たちがそれを聞いて素直にあなたを受け入れると?」

「俺のことが信用ならねえってんなら好きにすりゃいいさ。俺も(はな)から信用されようとは思ってねえ。ただ感謝はしてもらいたいね。俺がいなきゃあんたはオヴェスト城で魔物に食い殺されて、今頃は魔界の肥やしになってたんだからよ」

「オヴェスト城、って……まさか、あのときの破魔矢(はまや)は……!?」

「そういうこと。んで、俺がどういう人間か知りたきゃトビアスとロクサーナを呼びな。どういうわけだかあいつらとは腐れ縁でな。なんだかんだで二十年来の付き合いになる。試しに〝ジャックが来た〟と伝えりゃ分かるさ。そっから先はあいつらの反応を見て決めるといい。俺の言うことは信用できなくても、光の神子と宣教師サマの話なら多少は判断材料になるだろうからな」


 ジェイクの話はそこで終わりだった。これ以上は叩いても何も出ねえぞ、と本人が言い張るので、恐らくは本当に叩いても殴っても徒労に終わるに違いない。

 あとのことはポンテ・ピアット城へ帰ってからトリエステの判断を仰ぐしかなかった。この男の話のどこまでが真実なのかは、彼を真実の神子(ターシャ)の前に突き出せば(おの)ずと知れることだろう。ジェロディはしばしの沈黙のあと、ジェイクを連れてポンテ・ピアット城へ帰還する旨を部下たちに伝えた。トリエステが選び抜いてくれた精鋭たちは命令を受けるやただちに敬礼で応え、きびきびと動き出す。

 何だか雨が降り出しそうな天気だった。顎を上げて見上げた先、綾をなす枯れ枝の間から見える雨雲が次第に黒さを増している。


「ジェロ」


 そうしてぼんやりしていたら、不意に名を呼ばれた。振り向けばそこには珍しく神妙な顔をしたカイルがいて、視線が合うなり気まずそうに目を逸らす。


「あの、さ……なんかごめんな、オレのせいで……」

「……どうして君が謝るんだい?」

「い、いや、だってさ……さっきのオッサンの話が全部ほんとなら、お前は……」

「仮にジェイクの話が事実だとしても、悪いのは君じゃないだろ。僕も君も、お互い悪い大人に騙されて利用された被害者だ。なら君が気に病むことなんかない」

「お、おう……そうかもな。けど……」

「けど?」

「まあ……なんていうかあれだ。あ……ありがとな、助けに来てくれて……」


 と、やはりそっぽを向いたまま、カイルは終始ばつが悪そうにそう告げた。

 異性の前では平気な顔で歯の浮くような台詞(せりふ)を並べるくせに、どうやら同性相手には礼すら言い慣れていないらしい。

 そうして口を尖らせているカイルの横顔を見つめてジェロディは笑った。

 言うべき言葉は決まっている。


「いいよ。仲間だろ、僕ら」


 そう返した言葉は嘘偽りない本心のはずなのに。


 何だかやけにそらぞらしく響くのは、何故だろう。


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