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【side:A】エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―  作者: 長谷川
第7章 その苦しみを愛と呼ぼう
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247.行くな


 セドリックにまんまと時間を稼がれたと悟ったときには、もう遅かった。

 敵の手に渡った神術砲(ヴェルスト)の砲口に不吉な光が収束していく。

 砲撃の前触れ。どうやら砲身の冷却は、ジェロディたちがセドリック隊と小競り合いを繰り広げている間に完了してしまったようだった。されど当のセドリック隊は今なお乱戦の真っ只中だ。まさか彼らも砲火に巻き込むつもりか?

 いや、違う。光を呑み込んだ神術砲の砲口が刹那、ゆっくりと上を向く。

 途端にジェロディはぞっとした。

 待て。あの射角で砲を撃たれたら、砲弾はジェロディたちの頭上を軽々と飛び越えて、下手をすれば後陣にいる民兵(ピヌイスの民)に直撃する──


「──突撃せよ!」


 だがジェロディの脳裏をよぎった最悪の筋書きは、わっと上がった鯨波(げいは)によって回避された。街道の左右に(そび)()つ黒い枯れ山。その斜面を駆け下りてきたふたつの部隊が、神術砲を抱えた敵本隊へ雪崩(なだれ)れかかったのだ。伏兵として山中に潜ませていたウォルド隊とギディオン隊。彼らがとっさに動いてくれた。当初の計画では、ふたりの隊はジェロディたちが上げる合図を待って突撃をかける予定だったのだが、ウォルドもギディオンもいま砲撃を防がなければまずいと判断したらしい。

 おかげで敵の布陣が乱れた。向こうも向こうで乱戦が始まったのが見える。しかし問題はここからだ。こちらは頼みの綱だった地術兵を失い、伏兵という最後の切り札も使ってしまった。あらゆる手を駆使して二刻(二時間)から三刻(三時間)は時間を稼ぐつもりだったのに、あとはもう正面から敵軍にぶつかるしかない。


「作戦は失敗です、ジェロディ殿。これ以上民兵を戦場に留めてはおけません。彼らを撤退させましょう。あとは我々だけで戦わなければ」

「け、けど、いま民兵部隊を下げたら敵に勘づかれる。まだ全然時間を稼げてないじゃないか。もう少しここで粘らなきゃ、別働隊(カミラたち)が──」


 ポンテ・ピアット城を落とせない。そう続けようとしたジェロディの言葉はしかし、地を震わせるほどの轟音(ごうおん)によって遮られた。

 あの音は神術砲。まさか敵は乱戦のさなか、強引に砲を撃ったのか。

 唖然と仰ぎ見た青空から巨大な火の玉が降ってくる。防ぎ切れなかった。

 ジェロディたちの頭上を無情にも通りすぎた炎弾が、後方に落ちて炸裂する。


「うわあああああああっ……!?」


 すさまじい爆音と火柱が上がり、着弾地点にいた味方が弾け飛んだ。

 砲撃の直撃を受けたのはリチャード隊だ。

 吹き飛ばされた人馬が街道に散乱し、味方の内に悲鳴と怒号が交錯する。


「くそっ……! ジェロディ、無理だ! トリエステの言うとおり、民兵を退却させるしかない! このままだと次は町民から被害が出るぞ!」


 あまりにも早すぎる限界だった。されどイークやトリエステの言うとおりだ。

 何しろ次の砲撃は、自陣の最後方にいる民兵の頭上に降り注ぐかもしれない。

 そうなったらもう取り返しがつかない。苦渋の決断だったが、ジェロディはすぐさま撤退を命じた。リチャード隊に民兵の護衛を任せつつ後退させる。

 しかしさらにもう一発、駄目押しの砲音が(とどろ)いた。ヒュルルルル……と背筋が凍るような音を立てて降った炎弾が再び味方を肉片にする。


「くっ……! トリエ、本隊も神術砲を押さえに突撃する! イークは騎馬隊の指揮を!」


 これ以上民兵を危険には晒せない。

 そう判断したジェロディは三百の兵を率いて突撃を開始した。セドリック隊の牽制(けんせい)はイーク隊、ケリー隊、オーウェン隊の三隊に任せ、街道を疾駆する。

 谷への入り口。そこでウォルド隊、ギディオン隊の奇襲をものともせずに防いでいるのはエリク率いる敵本隊だった。乱戦の狭間に、次なる砲撃をしかけようと光を集める神術砲の姿が見える。砲の守りは固く、ウォルドもギディオンも押し切れそうにない。三発目。撃たれる。だがもう撃たせるわけにはいかない。


「撃つな! お前たちが狙っているのはピヌイスの民だ! 黄都守護隊(こうとしゅごたい)は力なき民を虐殺するのか!」


 そう叫びながら敵兵の群へ突っ込んだ。

 ここまできたらもう、味方の後方にいるのが民兵であることを明かすしかない。

 問題は敵が信じるかどうかだが、現に退却が始まっているのが何よりの証拠だ。

 ピヌイスの民を守れ。続く本隊の兵たちも口々に叫びながら敵兵と斬り結んだ。

 しっかりと守りの陣を布いた黄都守護隊との衝突は、まるで微動だにしない壁とぶつかったような手応えだったが、それでも前へ進むしかない。

 救世軍(こちら)が敵兵を一人斬り伏せる間に、黄都守護隊(あちら)は三人の命を刈る。

 練度の差は火を見るより明らかだった。

 救世軍は三隊同時に攻めかかっているというのに、劣勢にもほどがある。

 ところが突然、敵陣からけたたましい(かね)()が鳴り始めた。

 あれは撤退の合図だ。これだけの優勢を保っておきながら、撤退?

 となれば考えられる可能性はひとつ──勘づかれた。こちらの策に。


(たったいま民兵の正体を明かしたばかりなのに、もう僕らの策を見抜いたのか……!)


 撤退を命じたのはエリクかフィオリーナか。どちらにせよ驚異的な推理力と判断力だ。黄都守護隊はわずかな殿(しんがり)の兵を残し、迷わず反転を開始する。


 引き返す気だ。ポンテ・ピアット城へ。


「チッ……! そう簡単に行かせるか──よっ……!?」


 しかし乱戦のさなか、いつの間にかすぐ傍にいたウォルドがそう言いかけた直後だった。突如味方の後方から凄まじい衝撃が走り、追撃に移ろうとしていた救世軍が蹴散らされる。味方の間を嵐のごとく駆け抜けていったのはセドリックの軽騎隊だった。どうやら彼も撤退の鉦を聞いて兵をまとめ、本隊を追いかけるついでにジェロディたちを()()ばしていったらしい。

 何とも忌々しい男だ。だが蹂躙(じゅうりん)された味方を急いで立て直そうとジェロディが号令を上げかけたところで、にわかに砲音が轟き渡った。一発、二発、三発、四発──耳を疑うほどの連撃。退却を始めた黄都守護隊の最後の攻撃。

 されどその砲口は西の山を向いていた。恐らく大重量の神術砲を輓馬(うま)につないで牽引(けんいん)し、持ち帰る余裕はないと判断したのだろう。

 黄都守護隊は残弾を撃ち尽くすことでまんまと砲を破壊した。

 おまけに山肌に直撃した炎弾が炸裂し、本物の地崩れを誘発する。砕けた斜面がジェロディたちの眼前に押し寄せ道を塞いだ。これでは敵を追撃できない。


「ジェロディ様、山が……!」


 さらに兵のひとりが指差した先で、山を覆う枯れ木が燃え上がっていた。山火事だ。乾燥した秋の風の助けも相俟(あいま)って、烈火はあっという間に燃え上がっていく。

 このままでは早晩山中が火の海となり、ピヌイスは炎に包まれるだろう。

 山火事が町へ延焼すれば、きっととんでもない被害を出すことになる。

 まさか黄都守護隊はそれを狙って山へ砲弾を撃ち込んだのか──?

 いや、違う。彼らも利用するつもりなのだ。()()()()()()()()

 救民救国を(うた)う以上、ジェロディたちはピヌイスの町を、民を見捨てられない。

 町を救うには黄都守護隊への追撃を諦め、全軍で消火活動に当たるしかないと、エリクは救世軍(こちら)がそう判断することを承知で山に火を放ったのだ。

 なんと巧みな意趣返しだろう。ジェロディたちが彼の正しさを利用したと知るや否や、まったく同じやり方で即座にやり返してくるなんて。


「くそっ、エリクの野郎、こっちの目標を逸らして逃げおおせる気か……! おいティノ、どうする? 連中を行かせたら間違いなくカミラたちと鉢合わせるぞ!」

「分かってる、だけどあの火を消さないと町が……!」


 迷っている暇はなかった。こうしている間にも山を覆う枯れ木の黒が炎の赤に塗り替えられ、どんどん燃え広がっていく。ジェロディは手勢を見回し、すぐさま山へ飛び込むよう命じた。城攻めに向かった別働隊のことはもちろん激しく気がかりだが、今はこうする以外に手立てがない──


「お前ら、どいてろ!」


 そのときだった。背後から突然イークの怒声が聞こえ、はっとして(かえり)みる。

 騎馬隊の指揮に戻った彼は百騎ほどの騎兵を従え、街道を猛進してきた。

 かと思えば先頭を駆けるイークが右手に雷気をまとわせる。

 まさか。ジェロディが悪い予感に息を飲んだ直後、とっさに左右へ割れた味方の間を縫うようにイークが極大の雷撃を放った。ジェロディの真横を通り抜けた神術は街道を塞いだ土砂の山に直撃する。瞬間、折り重なっていた岩やら倒木やらが弾け飛んで、あたりにとんでもない塵煙を巻き起こした。

 おかげで味方も視界がきかず、あちこちから悲鳴が上がる。

 神術で飛び散った砂礫(されき)が雨のごとく降り注いできたせいだ。ところがジェロディがそちらに気を取られた隙に、すぐ傍を一陣の風が通りすぎた。その風は無数の馬蹄(ばてい)の響きを引き連れて、神術に(えぐ)られた土砂の狭間を駆け抜けていく。


「イーク……!? 無茶だ、ひとりで追うなんて……!」


 彼の狙いを即座に理解したジェロディはとっさに引き止めようと声を荒げた。

 されど街道を覆っていた砂煙が晴れる頃には、イーク率いる騎馬隊の姿は既に遠くなっている。まずいことになった。敵は精鋭三千、それを追うイーク隊は満身(まんしん)創痍(そうい)の百騎のみ。まともにぶつかって無事で済むわけがない。

 しかし今の救世軍に、騎馬(イーク)隊に追いつけるだけの機動力を持った部隊はない。


「イーク……!」


 ジェロディの呼び声は虚しく、山の上げる悲鳴に掻き消された。


 濛々(もうもう)と噴き上がる黒煙が暗雲のごとく、太陽の光を遮っていく。



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