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【side:A】エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―  作者: 長谷川
第7章 その苦しみを愛と呼ぼう
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239.泳ぐエニグマ


 言われてみれば確かに妙だった。


 何が妙って、幹部ばかりが顔を揃える軍議の席に隊長でも何でもないパオロがいたことだ。それも親分であるゲヴラーが一緒ならともかく、あくまでパオロひとりだけ。今朝招集がかかって皆が作戦会議室に集まったとき、彼は既に末席で縮こまっていて、次々と集まってくる幹部たちを前にへこへこしていた。


 少なくともカミラが記憶している限り、こういった場にパオロが呼ばれたのは初めてのことだ。彼の親分であるゲヴラーは、新生救世軍に人が集まり始めた頃から「俺はあくまで武術師範(うらかた)だから」と謙遜して幹部たちの集まりに顔を出さなくなり、ジェロディが勧めた隊長職への就任も断った。


 そして現在も新兵を育て上げることに心血を注いでおり、軍議の類には出てこない。ゆえに舎弟であるパオロも当然のようにこうした場から離れていったのだが、そんな彼は今、居並ぶ救世軍幹部たちの目の前で青い顔をして震えていた。

 自分でも場違いだという自覚はあるのか、垂れ下がった(まぶた)の下の三白眼は忙しなく揺れ動き、薄い唇の裏では黄ばんだ乱杭歯(らんぐいば)がカチカチと音を立てている。


「あ、あのぅ、軍師さま……? こ……こ、これ、ホントにあっしの口から説明しなきゃなンないんですかね……?」

「ええ、お願いします。報告を聞いただけの私の口から説明するより、実際に現場に(おもむ)いたあなたにお話いただいた方がずっと効率的ですから」

「い、い、いえ、そうはおっしゃいますけどね。あ、あっしは見てのとおり口下手でして、こういうことには昔からてんで向かないというか何というか……」

「おいパオロ、前座はいいからとっとと話せ。さもねえと三枚におろすぞ」

「ひぃ!! す、すいやせん!! 話します、話しますからァ!!」


 相変わらず短気なライリーが刀に手をかけつつすごんでみせれば、パオロは気の毒になるほど縮み上がってまたへこへこし始めた。その彼の話によれば、あらましはこうだ。


「え、え、ええとぉ、実はですね……あっし、先々月から軍師さまの言いつけで、ちょいとパウラ地方へ旅に出てまして、しばらく島を留守にしておりやした。で、肝心なのがなんで旅なんぞしてたのかって話なんですが、パウラ地方の南部には黄砂岩がよく採れるサビア台地ってとこがありましてね。そこがまあ、古くから黄皇国の強制労働所になってまして。この国である程度の罪を犯した罪人は、だいたいサビア台地か北のフィエール鉱山に送られて、刑期が終わるまでつらい肉体労働させられるってぇ話は皆さんご存知かと思います、はい」

「それはもちろん僕たちも知ってるけど……トリエはどうしてそんなところにパオロさんを?」

「へ、へ、そりゃああっしが元こそ泥だからでやんすよ、軍主さま。自慢じゃあねえですが、あっしもまだヤンチャだった頃に、あそこの強制労働所にぶち込まれたことがありやしてね。もちろん途中で労役がイヤになって逃げ出したクチですが。労働所はフォルテッツァ大監獄と違って、あっし程度のこそ泥スキルがありゃあ、わりと簡単にトンズラこける場所でしたんでね、へ、へ」

「褒めていいのか悪いのか……まあ、要するに労働所(あそこ)はお前にとって勝手知ったる古巣だってこったな。だが一体何のために里帰りを?」

「あっしだって好きであんなとこへ出戻ったわけじゃねえですよ、オーウェンの旦那。ただ軍師さまから、サビア台地に収容されてる旧救世軍関係者の人数を調べてきてほしいと頼まれやしてね。最初は断ろうかと思ったんですが、まあ、そこはあっしも男ですから、美人の頼みを無下にはできなかったというか何というか……」

「旧救世軍関係者? まさかあそこにも仲間が入れられてるんですか、トリエステさん?」

「ええ。今から数ヶ月前、旧救世軍の残党が収容された仲間を救出すべくサビア台地を強襲したとの情報が入ったため、事実関係の確認をパオロに依頼していたのです。もっともこちらから手を回すまでもなく、すぐに救出作戦を決行した本人から話を聞く機会に恵まれましたが」

「え? それって……」

「……フォルテッツァ大監獄に収容されたスミッツたちを救出するには、まず兵力の増強が必要だったからな。サビア台地を襲って収容されてる仲間を取り込めれば、勝算が見えると思ったんだよ。だが作戦は失敗した。敵も俺たちが攻めてくることを予想してたのか、台地の防備を強化されてな。だから俺はこの島へ来たんだ。新救世軍が大監獄を破ったって噂を聞いて、だったらサビア台地にいる仲間も助けられるんじゃないかと思ってな」


 頬を染めておかっぱ頭を掻いているパオロの戯言はまるっと無視し、カミラが驚きの視線を送った先には、不服そうにそっぽを向いたイークの姿があった。

 が、サビア台地に旧救世軍の仲間が収容されているなんて話も、イークが彼らを救出するために動いていたなんて話も初耳で、カミラは目を白黒させてしまう。


「ぼ、僕もそんな話は寝耳に水なんだけど……まさかイークとふたりだけで話を進めてたのかい、トリエ?」

「ご報告が遅れて申し訳ありません、ジェロディ殿。しかしサビア台地はパウラ地方のほぼ南端に位置する土地で、現状、救出作戦は困難を極めると予想されます。ですのである程度見通しが立ってからご報告申し上げるつもりだったのです。しかしここに来て事態が急変しました」


 言いながら、トリエステは再び指示棒の先で壁にかかった地図を叩いた。その先端が指し示したのはパウラ地方の最南端──たったいま話題に上がっているサビア台地があるあたりだ。タリア湖から中央海へ注ぐサルモーネ川がふたつに分かれ、海岸部に形成した扇状の大きな中州。トリエステはそこを指示棒の先で丸く囲うと、微かに眉を曇らせた。


「パオロの報告によれば、現在このサビア台地には二百人前後の旧救世軍関係者が囚われています。しかし問題は我々の同志が収容されている事実よりも、台地から囚人が次々と姿を消していることです」

「囚人が姿を消している? どうして?」

「そ、それがですね……あっし、見ちまったんでさ。官軍のやつらが囚人を(おり)つきの馬車に積め込んで、一斉にどっかへ運んでいくところをね。んなもん知っちまったら、気になってあとを()けるのが人情ってもんでしょう? 当然あっしもそうしやしたよ。そしたらなんと行き先がね、何にもない野っ原だったんです。しかも官軍のやつら、囚人をつないだままの檻を放置したかと思ったら、さっさとどっかへ行っちまいやがるんでさ。檻の扉を開けたままでね」

「扉を開けたまま? 一体何のためにそんなことを……」

「あっしも不思議に思って、官兵どもがいなくなったところで檻に近づいてみたんですがね。そしたら中の囚人どもが必死の形相で〝助けてくれ!〟と泣きついてきやがるんですよ。あれにはさすがのあっしも仰天しやした。何せやつら、口を揃えてこう言うんです──()()()()()()()()()()()()()()()とね」


 カミラたちは耳を疑った。誰かが掠れた声で「は……?」と聞き返したのが分かる。だって()()()()()()()()()って?


 ならば檻につながれた囚人たちは、まさか──


「あっしも話を聞いて、とにかく助けられるだけの囚人を助けやしたが……途中でとんでもねえ事態になっちまいやして。来たんですよ、魔物の群が。官兵どもがわざと切りつけていった、囚人の血のにおいを嗅ぎつけて」

「おい、待て。まさか」

「あ、あっしは、見てのとおり武芸はからっきしでやんすから……全員の救出は諦めて逃げるしかなかった。けど、途中で振り返って見た光景……ありゃまぎれもない地獄でした。檻につながれた囚人はね、()()だったんですよ。魔物を(おび)き寄せて捕獲するための」

「馬鹿な……! マティルダ将軍率いる第六軍がそのような非人道的な手段を取ったというのか!? だとしても一体何のために……!」

神術砲(ヴェルスト)です」

「え?」

「第六軍の目的は恐らく、魔物を利用して神術砲を無効化すること。彼らは軍隊同士の交戦の前に魔物を放ち、我々が対処に追われている隙に攻め込むつもりなのでしょう。神術砲の脅威を取り除くには……考え得る限り、それが最も有効な方法です。仮に私が官軍の立場であっても、同じ手段を講じたかもしれません」

「そんな……!」


 カミラは体中の血の気が引くほどの戦慄を覚え、絶句した。話を聞いた他の仲間も愕然と言葉を失っている。官軍による魔物捕獲作戦の一部始終を目撃したパオロは、うつむいて震えていた。祈るように組み合わされた彼の指は、見ていて痛々しいほど皮膚に食い込んでいる。


「す、すいやせん……あっしがドンくさくなけりゃ、あそこにいた囚人全員救えたかもしれねえ。だけど官軍のやつら、囚人をつなぐための(かせ)を何重にもしていやがって……それで、鍵開けに余計な時間を取られちまって……」

「あなたに罪はありません、パオロ。むしろ身の危険を冒してまで、救える限りの囚人を救って下さったあなたの勇気に感謝します。……つらい役割を与えてしまって、申し訳ありませんでした」


 トリエステは静かにそう言って、震えるパオロの肩にそっと手を置いた。その姿が初めてパオロと対面したときのフィロメーナと不意に重なり、カミラまで視界が滲む。同時に衝き上げてきたのは、官軍の非道に対するたとえようのない怒り。餌にされた囚人の中にはきっとロカンダで苦楽を共にした仲間もいたに違いない。そう思ったら、激情で目の前が真っ赤になった。


「……まあ、話は分かった。要するに次の戦は魔砲に頼れねえ戦いになるってこったな? ならどうやって二倍の兵力を持つ相手に挑む? 連中が魔物の盾を使ってくるってんなら、真正面から戦り合うのは分が悪いぜ」

「ええ。ですので我々は、常に敵の裏を掻く戦術を取らなければなりません。陽動、偽報、工作……あらゆる手段を用いて敵の目を欺く必要があります。よって第一の攻略目標となるのが、ここです」


 トリエステがそう言って指示棒を突きつけたのは、敵軍が真っ先に攻めてくるであろう獣人居住区とパウラ地方の境界点──ではなく、東のサルモーネ川に架かるとある城塞だった。それを見た皆の間にどよめきが広がり、身を乗り出したリチャードが(うな)るような声を上げる。


「ポンテ・ピアット城? 確かにあの城は第六軍が所有する支城のひとつだが、我々の目的は獣人居住区(ビースティア)の防衛でしょう。だというのに何故、会戦予定地からほど遠いポンテ・ピアット城を落とす必要があるのです?」

「狙いはまさしくそこです、リチャード殿。敵軍も恐らく、我々がビースティア防衛のためにまっすぐかの地へ上陸し、パウラ地方との境界に展開すると予想していることでしょう。ゆえにまずその予想の裏を掻くのです。真っ先にポンテ・ピアット城を落とす利点はふたつあります。ひとつはこちらが想定外の動きを取ることで敵軍を攪乱(かくらん)することが可能な点。もうひとつはレーガム地方とパウラ地方をつなぐこの堅牢な城塞を拠点とすることで、攻守両全の戦ができるという点です」

「なるほど。河川以外に利用できるものがないビースティアに陣地を築いて戦うよりも、城塞に()もって戦った方が確実かつ安全な戦いができる……加えて敵軍もまさか我々が真っ先にポンテ・ピアット城を狙ってくるとは考えていないから、今なら城の守りも薄い。そこへ一気に攻め込んで拠点を手に入れちまおうって作戦か」

「ご明察です、ケリー殿。付け加えて申し上げるならば、我々としても背後に守りの堅い拠点がひとつあるだけで、採れる戦略の幅は大きく違ってきます。何よりポンテ・ピアット城の奪取に成功すれば、救世軍はビースティアを目指して進軍する敵軍の横腹を()く形となる。当然ながらこれを無視してビースティアへの進攻を強行するほど敵も愚かではありません。ポンテ・ピアット城の陥落が判明した時点で彼らはすぐさま矛先を転じ、城塞の奪還を試みてくるでしょう」

「ヌウ、ソウカ……城ヲ奪ウコトガ、結果トシテ、ビースティアヲ守ルコトニ、ツナガル。ビースティアヲ、戦場ニスルコトモ、ナクナル」

「そのとおりです、クワン殿。無論、敵軍が我々の想定以上に愚かであった場合を考えて、あなたとウー殿には一度ビースティアの守りを固めていただくことになりますが──かの地を再び戦場にすることはしないと、今ここでお約束致します」


 直前まで地図を指し示していた指示棒をしっかりと(てのひら)に抱き、トリエステは微塵の迷いもない口調で断言した。そこにありありとみなぎる彼女の覚悟に、カミラも闘志が湧き上がってくるのを感じる。


(そうよ。せっかくみんなで力を合わせて、一度はビースティアを守り抜いたんだもの。もう二度と獣人たちにあんな思いはさせない……!)


 これ以上官軍の好きにさせてたまるものか。

 カミラは(たぎ)るような決意と共に膝の上の両手を握り締めた。

 やつらには報いを受けさせなければならない。

 人の命を(もてあそ)び、安い道具のように使い捨てた報いを……。


「だがよ、ひとつ気になることがある。いくら敵の意表を衝いて攻めるっつっても、攻城戦だろ。ポンテ・ピアット城もそこそこ守りの堅い城だから、相手の出方によっちゃ予想外の長期戦を強いられる可能性もあるだろう。そうなりゃ異変に気づいた第六軍が取って返してきて、城側に加勢するのは目に見えてる。布陣によっちゃ、俺たちはそうして駆けつけた敵軍に背後を衝かれる形になるぜ」

「いい質問です、ウォルド。確かにポンテ・ピアット城のこちら側……パウラ地方に上陸して攻めたのでは、いざというとき我々は城兵と敵援軍の挟撃に遭う危険性があります。ですので攻撃は城の東──レーガム地方側から行うのが理想的です。さすれば仮に敵援軍が到着したとしても、安全に城攻めを継続できます」

「本当にそうか? ポンテ・ピアット城の東にはシグムンド・メイナードが治めるスッドスクード城があるだろ。あそこを拠点にしてる黄都守護隊は、マティルダの軽騎隊をも凌駕(りょうが)する黄皇国最速の騎馬隊を(よう)してるって話だぜ。やつらが出撃してきたら、俺たちは結局挟み撃ちされることになる。場合によっちゃそいつは第六軍を相手にするより厄介じゃねえのか?」


 ところが刹那、ウォルドの口から(つむ)がれたある男の名前に、カミラは心臓がギクリと音を立てるのを聞いた。シグムンド・メイナード。そうだ、ポンテ・ピアット城の東、レーガム地方にはかの地の治安維持を司るあの男の軍勢が君臨している。

 もしも城攻めの真っ最中、彼らに背後を襲われ、戦場で再びシグムンドと(まみ)えることになったとしたら、自分は……。


「いや、恐らく黄都守護隊が今回の戦に介入してくることはない。というより政治的に()()()()()()と言った方が正確でしょう」


 にわかに早鐘になり始めた胸を押さえながら、カミラはそこで落ち着き払ったギディオンの声を聞いた。

 呼吸が浅くなるのを感じつつ顔を上げれば、リチャードの隣に腰を下ろしたギディオンが鋭い眼差しで地図上のスッドスクード城を睨んでいる。


「そもそも黄都守護隊というのは名前のとおり、黄都ソルレカランテの防衛を目的に創設された部隊でしてな。十年前の正黄戦争が黄都の内部から勃発したことを受け、かの内乱終結後に、ソルレカランテを外部から()()()()役割を持つ部隊として考案されました。よってかの部隊は黄都防衛以外の目的で出動することを禁じられています。常にソルレカランテに睨みをきかせ、その安全を保障するために創られた部隊が好き勝手にあちこち動き回っていたのでは、いざというとき黄都へ駆けつけることができませんからな」

「ギディオン殿のおっしゃるとおりです。黄都守護隊に許された軍事行動はあくまで黄都ソルレカランテと天領の防衛のみ。我々が天領──すなわちジョイア地方ないしレーガム地方に属する郷区を襲った場合はすかさず彼らが飛んできますが、今回の攻略対象は第六軍の管轄下(かんかつか)にあるポンテ・ピアット城です。よって黄都守護隊がかの城の防衛戦に加わることは軍規的に認められておりません。無論陛下のお許しがあった場合は例外も認められますが、仮にシグムンド将軍が出動許可を申請したとして、今の軍上層部が承認するとは思えませんしね」

「そうなのか?」

「考えてもごらん、シグ様はルシーン派に毛嫌いされてるガル様の腹心中の腹心だよ。そして黄都守護隊が所属してる中央第一軍ってのはルシーンの傀儡(かいらい)だ。そこにあぐらをかいてるお歴々(れきれき)が、ガルテリオ党筆頭のシグ様にみすみす手柄をくれてやるわけがないだろう? 連中の狙いはむしろシグ様の足を徹底的に引っ張ることさ。唯一の頼みの綱の陛下も、今やルシーンの手の中だしね」


 落胆しきった口調でそう告げたのは、力なく肩を竦めたケリーだった。

 それを聞いたギディオンが無言で頷き、オーウェンが苦い顔をして、ジェロディもまた物憂(ものう)げに視線を落としている。つまりレーガム地方側からポンテ・ピアット城を攻める限り、救世軍の背後が脅かされる心配はないということか。

 とすればケリーの話は間違いなく朗報だし、ほっと胸を撫で下ろすべき場面なのに、カミラは胸が苦しくて苦しくて仕方がなかった。


(あの人はそんな危うい立場にいるのに、救世軍の残党だった私たちを逃がしてくれた。一歩間違えればその事実を(とが)められて、ルシーンに失脚させられてたかもしれない。なのに、どうして……あれは本当にガルテリオ将軍とティノくんを守るための決断だったの?)


 耳もとで唸る冷たい風が、軍議の回想からカミラの意識を連れ戻す。舳先(へさき)から見える陸地はどんどん近づいており、恐らく上陸まであと一刻もかからない。

 あの波打ち際から先はシグムンドが治めるレーガム地方。自分たちは獣人区防衛のためにそこへ土足で上がり込み、ポンテ・ピアット城を落とそうとしている。

 これは救世軍の勝利のために必要な措置だ。頭ではそう分かっている。

 だのに胸が騒いで仕方ないのは何故なのだろう。


「とにかく、だ。お前が見た夢の件も気になるが、まずは目の前の戦いに集中しろ。今回の作戦にはサビア台地に収容されてる仲間の命も懸かってる。あいつらをいつまでもあんなところには置いておけない」

「うん……」

「……俺があいつらを救出できてれば、こんなことにはならなかったんだがな」


 と、不意に耳へ滑り込んできたイークの独白を聞き、カミラは彼を(かえり)みた。

 羽根飾り(カラリワリ)を風にたなびかせたイークの横顔には慚愧(ざんき)と悔恨の色がある。

 イークのせいじゃない。

 とっさにそう声をかけそうになったものの、すんでのところで呑み込んだ。

 安い気休めの言葉なんて、かえって彼を傷つけるだけだと分かったからだ。


(……しっかりしなきゃ。ここが正念場なんだから)


 自らにそう言い聞かせ、パシッと両手で頬を叩いた。救世軍が第六軍と互角に渡り合えるかどうかはこの一戦に懸かっている。ならばイークの言うとおり、まずは目の前の戦いに集中すること。考えても分からないことを考えるのはあと回しだ。


 生き残らなければ、真実を探しに行くことさえできないのだから。


「勝ちましょう、絶対に」


 徐々に近づきつつある陸地を見据えてカミラは言った。

 こちらへ一瞥(いちべつ)をくれたイークが「ああ」と頷いた気配がある。

 刹那、ポツ、と小さな水音がして、舳先に小さな染みが生まれた。

 見上げた灰色の空から、冷たい雨が降り始めている。



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