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【side:A】エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―  作者: 長谷川
第6章 世界はやさしくなんかないけれど
222/350

220.オネエと熊殺し


 あれは──そう。(さかのぼ)ること今から半年前。


 当時まだロカンダを本拠地としていた救世軍は、ビヴィオの町でジェロディ率いる第四郷区地方軍に敗れ、再戦に向けての戦支度に追われていた。そんな中カミラがイークから命じられたのが、行方不明となっていたウォルドの捜索だ。

 昨年の暮れ、〝野暮用〟とかいうふざけた理由でアジトから姿を(くら)まし消息を絶ったウォルドは、事前に「黄都へ行く」とだけ言い残していた。カミラはたったそれだけの手がかりからどうにかウォルドを見つけ出し、引っ張ってでもアジトへ連れ帰るという無理難題を仰せつかったわけだ。


 で、文句を垂れつつソルレカランテへと走り、馬を預けようと立ち寄った場所がある。たくさんの商店や宿泊施設が軒を連ねる黄都の中心街、かの地のやや外れにこぢんまりと佇む一軒の宿。


 名を『ミード亭』といった。


 大きすぎず派手すぎず、どちらかというと質素で庶民向けといった感じの、家庭的な雰囲気溢れる宿屋。ウォルドがそういった宿屋を好んで選ぶ傾向があることをカミラは過去二回に渡る追跡劇で学んでいたから、馬を預けるついでに何か情報を得られないかと立ち寄ってみた。


 結果、カミラの予感は見事的中。ウォルドは確かに前日まで『ミード亭』に宿泊していたらしく、そこで法外な額の食事代を踏み倒して逃げていた。

 おかげでカミラは帳台(カウンター)にいた怖そうな女将に捕まり、仲間の(よしみ)という理由で、彼の飲食費を肩代わりさせられることになったのだ。

 そのあまりに理不尽な現実に憤激し、外へ出て道端の小石に八つ当たりをかましたら、ジェロディを探して街中を走り回っていた憲兵隊に目をつけられ追い回される羽目になったことは今はいい。


 問題は、そう、『ミード亭』だ。


 たった今、カミラたちの眼前に忽然と現れた一人の女性──名をアンドリア、カイルの母と名乗った──は、ソルレカランテで『ミード亭』という宿屋を営んでいると自ら明かした。瞬間、カミラの脳裏に電撃が走り、半年前の記憶がまざまざと(よみがえ)ってくる。間違いない。ということは彼女は、あのときの……!


「も、もしかして……前にウォルドが食い逃げした宿屋の、女将さん……!?」


 驚愕のあまり頭に浮かんだままの言葉を口にしたら、アンドリアの視線がこちらを向いた。かと思えば彼女は髪と同じ色の瞳を見開いて「おやまあ」と驚きの声を上げる。


「お嬢ちゃん、あんた確か年明けに、ウチに(うまや)を借りにきた……!」

「は、はい、そうです! タチの悪い食い逃げ犯の尻拭いをさせられた可哀想な旅人です……!」

「こりゃ驚いた! お嬢ちゃん、あんたも救世軍の一員だったのかい? こんな偶然があるもんかね……!?」

「え、えぇっ……!? カミラさん、ひょっとしてカイルさんのお母さまとお知り合いなんですか……!?」


 同じく面食らった様子のマリステアが横から尋ねてきて、カミラはこくこくと頷いた。驚愕のあまり上手く言葉が出てこないものの、まさかあのとき立ち寄った宿屋がカイルの実家だったなんて。

 いや、だけど思い起こせばカミラが馬を預けにいった日、アンドリアは確かに言っていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 アレはもしやカイルのことだったのか。だとすれば彼が〝実家では馬の世話ばかりしていた〟と言っていた事実と符合する。あまりにも出来すぎた偶然だが、カミラはカイルと出会う前に彼の母親と出会っていたのだ。


 けれどもその事実が信じられず、カミラは唖然としてカイルを振り向いた──が、そこにカイルの姿は既になかった。

 ついさっきまですぐ隣にいたはずなのに、気づけば影も形もなくなっている。「あれ?」と思いながらさらに首を巡らせたら、いた。カイルはいつの間にかカミラの傍らを離れ、抜き足差し足でどこかへ退散しようとしていた。

 恐らく母親がカミラに気を取られている隙に、この場を離れようという魂胆だったのだろう。ところが気づいたカミラが呼び止めるよりも早く、にっこり笑ったアンドリアが言う。


「お嬢ちゃん方。いきなりで申し訳ないんだけど、ちょっとだけ伏せててちょうだい──ねェッ!!」


 次の瞬間、カミラは信じ難い光景を見た。何って、アンドリアが大きな荷包みと一緒に背負っていた長い棒を掴むなり、勢いよく引き抜いて振りかぶったのだ。

 彼女が構えたのはギラリと光る鋭い薙刀(なぎなた)。それが凶器の類だと気がついたカミラは、はっと身の危険を感じてとっさにマリステアを押し倒した。

 直後、伏せたカミラの頭上を掠めて、薙刀が一直線に飛んでいく。コラードが射る矢よりも恐ろしい音を立てて投擲(とうてき)された薙刀は、寸分も(ねら)(たが)わず、豪速でカイルの鼻先に突き刺さった。


「ぎゃああああああああ!?」


 突如視界に飛び込んできた薙刀に、仰天したカイルが腰を抜かす。もしあと一歩踏み出していたら、薙刀は間違いなく彼の右足ごと地面を(えぐ)っていただろう。

 ぞっとして凍りついたカミラたちを余所にアンドリアは肩をそびやかし、ずんずんと息子へ近づいていく。そうして逃げ場を失い、青い顔で震えている息子の頭を、母親は肉厚な(てのひら)でガシッと鷲掴んだ。


「ねえ、カイル。おまえ、母ちゃんと感動の再会ってときに、一人でどこへ行くつもりだい? まさか逃げようなんて思っちゃいないだろうねえ?」

「い……いや、あの……ちょ、ちょっと、(かわや)に用がありまして……」

「ふむ。さてはおまえ、母ちゃんがどれだけ心配してたか分かってないね? 〝笑わせたい女の子がいるから旅に出ます〟とかいうわけの分からない書き置きだけ残して、そのあと便りのひとつも寄越さないなんて、おまえは一体どこまで親不孝を極めれば気が済むんだい? え?」

「そ、そ、それは、ですね……お、オレ、今、反乱軍にいるよーなんて言って、母ちゃんに心配、かけたくなくてですね……つ、つまりオレなりの、おおお親孝行だったと言いますか……?」

「へえ、そうかい。学校の女友達と駆け落ちごっこをしてみたり、貴族のお嬢さんにちょっかいかけたりして今まで散々母ちゃんを振り回してきたおまえが、ついにいっちょまえの〝親孝行〟なんて覚えたわけかい。そりゃあ嬉しくて涙が出るねえええええ」

「いだだだだだだだだ! 母ちゃん、潰れる! 世界でただ一人のかわいい息子の頭が潰れちゃう! 脳ミソ出ちゃう!」

「おまえのスカスカの頭に、これしきのことで潰れるほど大きな脳ミソなんか入ってるわけないだろうが、このバカ息子!!」

「ぎゃああああああああ!! ごめんなさいいいいいいい!!」


 雷鳴のごとき怒号を上げたアンドリアは、地面に突き刺さった薙刀の刃が鼻先に触れそうなところまで、ぐいぐいと息子の頭を押しつけた。

 あと半葉(ハーフアレー)(二・五センチ)も近づけば鼻が切れるというところで恫喝(どうかつ)されたカイルは、泣きながら母親に陳謝している。カミラたちはそんな二人のやりとりを唖然と眺めることしかできなかった。出会った当初、カイルは自分の母親を何よりも恐れている様子だったが、なるほど、納得の迫力だ。


 母親という存在は(がい)してマヤウェルのような、物腰やわらかで優しげなものなのだとばかり思っていたカミラは己の認識を改めた。世の中にはああいった形で我が子への愛情を示す母親もいるのだ。

 つまりあれもまた、形は違えど子を想う母親の気持ちの表れ……なのだと思う。きっとそうだ。そうだと思いたい。でないとあまりに恐ろしくて現実を直視できない。カミラは自分の母親を直接知らずに育ったから、なおさら。


「ンフッ、おっかないわねえ。さすがは伝説の『熊殺し』。現役引退からもう何年も経つってのに、気迫も腕っぷしも昔のままだなんてホントお見逸(みそ)れしちゃうわぁ」

「え……? 何、『熊殺し』って……?」

「あら、知らないの? アンドリアはね、アタシの師匠のハリエット(おう)がまだ北の元締めをやってた頃、竜牙山で名を馳せた元山賊よ。かつてはリンチェ一味の(かしら)を張ってたんだけど、内輪揉めで山を追い出されてからカタギに身を落としたんですって。だけどまさかあのアンドリアが子供作って宿屋を開いてたなんてねえ。野生の熊を素手で(ひね)(ころ)すような女が、山を下りてカタギの男とまともな人生送ってたなんて、ちょっと信じられないじゃない? ま、アタシはそういうの、ロマンがあって好きだけどネッ。ンフフフフフフッ」

「……」


 できればカミラは何も聞かなかったことにしたかった。アンドリアの半生を語ったジュリアーノは、まるで青い恋物語でも読んだあとのようにうっとりしているものの、カミラはとてもそんな気分にはなれそうにない。だって怖い。怖すぎる。

 このジュリアーノというオカマ……いや、オネエも、カイルを地面に組み伏せて生まれてきたことを後悔させているアンドリアも、どちらも恐ろしくてたまらない。カイルがやたらとヤクザ者の流儀や事情に詳しくて、気難しいライリーにもあっさり取り入っていた理由には合点がいったけれども。


「──というわけで皆さん。改めましてウチのバカ息子が大変お世話になってます、『ミード亭』のアンドリアとカイルと申します。まったくほんとにウチの子ときたら、救世軍(みなさん)のところにご厄介になってるなんてひと言も親に知らせませんで……きっと皆さんにも今まで散々ご迷惑をおかけしたことでしょう。愚息に代わってお詫びします。ほらカイル、おまえもちゃんと頭を下げな!」


 ハノーク語の〝肝っ玉〟という言葉は、たぶん彼女のためにあるものなのだろう。抜け殻と化したカイルの首根っこを掴み、再びカミラたちの前まで引きずってきたアンドリアは、息子の頭に手を添えて無理矢理低頭させようとした。

 ところが抜けかけていた魂をどうにか手繰(たぐ)()せたのか、カイルはすんでのところで踏み留まり、されるがままになるのをこらえている。

 正直頭は半分下がりかかっているものの腰までは折らず、全身の筋肉を総動員して何とか母親という名の運命に(あらが)っている様子だ。


「ていうかそもそもなんで母ちゃんがここにいるんだよ……! こうなるって分かってたから居場所を知られないようにしてたのに……!」

「フン、残念だったね。おまえがここにいるってことは、こいつを届けてくれた伝達屋さんが教えてくれたのさ。おまえが()()行方を晦ましたって聞いた番頭(ヘイデン)たちが心配してあちこち手を回してくれてね。まったく大人の情報網を甘く見るんじゃないよ」


 呆れ顔でそう言ったアンドリアはやにわに(ふところ)から紙きれを取り出すと、それをカイルの眼前へと差し出した。いや、あれはただの紙じゃない──封筒だ。よくよく見れば赤い封蝋(ふうろう)が垂れていて、まだ一度も開封されていないことが分かる。

 ところがその封筒を見た途端、カイルの顔色が豹変した。彼はにわかに目を見開くや母親の手を跳ねのけて、バッと封筒を奪い取る。

 かと思えば差出人の署名を凝視し、しばらく言葉も発さなかった。

 封筒を持つ彼の両手は心なしか震えている。


「な、なんで……なんで母ちゃんが()()を持ってんの!?」

「なんでって、ウチに届いたからに決まってんだろ。今更何を驚いてんだい。どうせ驚くならそいつをおまえに届けるために、遥々黄都から旅してきた母ちゃんの優しさに驚いてほしいもんだね」

「……っ! だってオレ、ちゃんとサラーレの伝達屋に……!」


 と、常にない剣幕で食ってかかるかに見えたカイルは、言いかけた言葉を呑み込んで再び封筒へ目を落とした。次いで短く舌打ちするや、至極ばつの悪そうな顔をしてたちまち身を翻す。


「あっ、ちょいと待ちな、カイル! おまえ、話の途中でどこ行くんだい!」


 呼び止めるアンドリアの声も聞かず、カイルは一目散に城へと走り去った。何が何やら分かっていないカミラたちは彼を制止することもできず、アンドリアがやれやれと言いたげに嘆息するのをただ眺めているしかない。


「ごめんなさいね、救世軍の皆さん。ウチの子が勝手ばかり働いて……突然救世軍なんかに入ったのも、どうせどこかの女の子にひと目惚れしたとかそんなしょうもない理由でしょう? もしくは反乱軍に入れば女の子にモテるから、とか」

「え、ええと……まあ、救世軍に入った理由はだいたい合ってますけど……」

「やっぱりね。まったく死んだ父ちゃんは優しくて真面目な人だったのに、なんで息子はあんなになっちまったんだか。これじゃ父ちゃんが浮かばれないよ。カイルも根はいい子のはずなんだけどねえ……」


 豊満な頬に手を当てながら悩ましげに吐き出されたアンドリアの言葉に、刹那、カミラはドキリとした。他の皆がどう感じたかは分からない。けれど今の彼女の話を真に受けるなら、カイルには父親がいないのだ。


 確かに今まで彼の口からは母親の話しか出てこなかった。でもあの年頃の少年なら、きっと父親も健在なのだろうと勝手に思い込んでいたカミラは息が詰まる。同時に自分の父の顔が脳裏をチラついて、胸が軋んだ。カイルが父親を亡くしたのは彼が何歳の頃だったのだろう。


「アンドリアさん……とおっしゃいましたね。私は救世軍の軍師を務めておりますトリエステ・オーロリーと申します。あなたは先刻、カイルに渡した手紙を届けにいらしたとおっしゃいましたが、今後息子さんをどうされるおつもりですか? このまま彼を黄都へ連れて帰られるとか……?」

「んー、問題はそこなんだよねえ。あたしとしては、これ以上皆さんにご迷惑をかける前に引きずってでも連れて帰りたいんだけど、カイルはああ見えて頑固でね。一度自分で決めたことは、昔からなかなか曲げようとしないんだよ。あたしがどんなに反対しようが張り倒そうが、絶対に言うことを聞かなくてねえ……」

「それはまた、昔のアンタにそっくりね、アンドリア」

「茶化すんじゃないよ、おチビ」

「まあ、失礼しちゃう。今のアタシのどこが〝おチビ〟だって言うのかしら」


 相変わらずライリーを座椅子代わりにしたまま、ジュリアーノは無駄にぷりぷりして言った。しかし今、自分たちはわりと真面目な話をしているのだから、その怖気(おぞけ)しか感じないぶりっ子顔をやめてほしい。確かに彼を〝おチビ〟と形容するのは、熊をネズミと形容するくらい間違っているとは思うけど。


「とにかくそういうわけで、息子のことは連れて帰りたいけど簡単には連れて帰れそうにないってのが正直なところでね。まあ、あの子もあの子なりの考えがあって行動してるわけだから、反対されると余計意固地になっちまうんだろうさ。だからもしあんた方のお許しをいただけるなら、あたしもしばらくこの島に留まろうかと思ってね。ジュリアーノの知己ってことで置いてもらうわけにはいかないかい?」

「えっ……そ、それって、アンドリアさんも救世軍に入るってことですか?」

「ああ、そうさ。カイルが今後も救世軍の厄介になるってんなら、あたしも黄都でのんきに蜂蜜酒(ミード)なんか売ってる場合じゃないだろ? 反逆者の身内ってことがバレれば、あたしも国に追われる身だ。だったら最初からここで(かくま)ってもらった方が賢明ってもんじゃないか」

「ま、まあ、確かに一理ありますけど……」

「何よりあたしゃ元山賊だ。盗賊稼業からはとっくに足を洗ったが、腕っぷしにはまだ覚えがある。ついでにこう見えて厨房や洗濯場を仕切るのにも慣れてるからね。お荷物にはならないつもりだよ」


 アンドリアは自信満々にそう言うや、右腕に大きな力こぶを作ってニカッと笑ってみせた。その笑い方が思ったよりカイルにそっくりで、カミラが目を見張っているうちに、突然「あっ!」とマリステアが声を上げる。


「あ、あの、でしたらアンドリアさんは、女中さんにあれこれ指示を出したりするのもお得意だったりしませんか……? 宿の経営をしていらっしゃるということは、従業員の皆さんを監督するお立場ということですよね?」

「ああ、そりゃもちろん、あたしゃ『ミード亭』の女将だからね。若い娘を顎で使うのは大得意さ。ついでに物臭な野郎どもの尻を蹴っ飛ばして言うこと聞かせるのも得意だよ。ウチの酒場にゃ、いつだってろくでもない飲んだくれがたむろしてたからねえ」


 頼もしい受け答えをしながらアンドリアは呵々(かか)と笑った。まるで豪放磊落(ごうほうらいらく)という言葉を絵に描いたような人物だ。武芸の腕も立つようだし、トリエステとはまた違った意味で怖いもの知らずなのだろう。

 けれどマリステアの質問の意図を察したカミラは、思わず彼女と顔を見合わせた。次いでトリエステへと向き直り、二人仲良く勢い込んで言う。


「トリエステさん、これって渡りに船じゃありませんか……!? 私たち、ちょうどビースティアへ行く前に、マヤウェルさんが織物小屋の仕事で忙しそうだから女中頭は別に立てた方がいいって話をしてたじゃないですか!」

「そ、そうです、それです! 長年宿の切り盛りをしていらっしゃるアンドリアさんなら、マヤウェルさまの代わりに女中さんを上手くまとめて下さるのでは……!? そうすればマヤウェルさまも織工(しょっこう)さんの育成に集中できて大助かりだと思いますし……!」


 カミラとマリステアからこもごもに提案されたトリエステは、束の間黙って思案顔をしてみせた。

 かと思えば彼女はふと視線を宙にさまよわせ──ジュリアーノが現れたあたりからなりゆきを傍観していたヴィルヘルムと、意味深な目配せを交わす。


(……え?)


 トリエステと視線が()()ったヴィルヘルムは、瞑目(めいもく)してそれに応えた。

 その仕草が二人の間でどんな意味を持っていたのか、カミラは知らない。


「……そうですね。ジェロディ殿、私もカミラたちの意見に賛成です。マヤウェル殿のご負担を軽くするためにも、カイルを()()してもらう意味でも、彼女を島に留めるのは悪くない案だと思います。カイルも先程は反発していましたが、母君をお一人で黄都へ送り返すよりは、傍にいていただいた方がずっと安心でしょう」

「うん。僕も同じことを考えてたところだよ。アンドリアさん、救世軍を代表してあなたを歓迎します。僕はジェロディ・ヴィンツェンツィオ、カイルの友人……と言えるかどうかは分かりませんが、救世軍の総帥代理として今日まで一緒に戦ってきました。よければこれからは息子さんを傍で見守ってあげて下さい。カイルもお母さんと無事に再会できて、本心ではきっと喜んでいるはずですから」

「まあ、あなたがヴィンツェンツィオ家のお坊ちゃん? さすがはガルテリオ将軍のひと粒種(つぶだね)、ウチのとは出来が違うねえ」


 そう言ってまた豪快に笑うアンドリアに苦笑しながら、ジェロディは手を差し出した。歓迎の意味だと理解したのだろう、アンドリアも眉尻を下げると、手にしていた薙刀を再び地面に突き刺して言う。


「何だか親子揃ってお言葉に甘えちまって、申し訳ないですけれど。今後は息子共々ご厄介になります」

「いえ。こちらこそどうぞよろしくお願いします」

「あのバカ息子も少しはジェロディさまを見習ってくれりゃいいんだけどねえ。騒がしい子ですが、仲良くしてやって下さいね」


 口ではそう言いながらも、破顔したアンドリアの表情からは我が子へ向かう確かな愛情が感じられた。ジェロディも何となく同じものを感じ取ったのだろう、「はい」と穏やかな返事をしてアンドリアと握手を交わしている。


 お母さんか、と何だか少しまぶしいものを見る気分で、カミラはそっと目を細めた。


 おかげでまた一段と島が賑やかになりそうだ。



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