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【side:A】エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―  作者: 長谷川
第6章 世界はやさしくなんかないけれど
201/350

199.アシュタ川の戦い


 上下に青いラインの入った白旗が、高々と掲げられた。

 旗の中心に描かれるは、自由を標榜する自由の神(ホフェス)の翼と、希望を謳う天上の星。

 そして戦いを意味する二本の剣──その交点をじっと見つめたトリエステは、覚悟を決めた。


 義神の月、理神の日。


 照りつける真夏の太陽の下、救世軍は獣人居住区南西部を流れるアシュタ川を挟んで黄皇国軍と対峙していた。フィロメーナの時代から奇襲と即時離散を作戦の要としてきた救世軍にとって、戦陣を構えた初の野戦だ。

 コルノ島より結集した味方の兵力はきっかり二千。中には初陣に望む兵士も多くいて、調練どおり布かれた偃月(えんげつ)の陣の中では、誰もが不安と昂揚の入り混じった顔をしていた。


 対する黄皇国軍は、馬上から俯瞰する限りおよそ一万。第五軍統帥ハーマン・ロッソジリオが擁する兵力が全部で二万であることを考えると、うち半分がこの戦線に投入されていることになる。

 が、対岸の軍を率いているのは敵軍大将のハーマンではない。以前官軍との交渉を試みた蛙人(フロッグ)族のグルや牛人(タウロス)族のクワンによれば、あちらの軍をハーマンから預かっているのはジョサイア・グレンという軍人貴族らしかった。


 大将軍たるハーマンの下には二人の将軍がいて、ジョサイアはその片割れだ。統帥というのは中央軍における最後の砦であり、実戦の場に出てくることはあまりない。ゆえに代わって指揮を執るのが二人の将官──ということになるのだが、黄都を離れて久しいトリエステは、グレンという家名をついぞ聞いたことがなかった。

 ならばとケリーに尋ねてみれば、どうやらグレン家というのはルシーンの台頭と同時にポッと現れた新興貴族らしい。一体どんな手管を使ったのやら知らないが、当初は家禄五十(サデー)程度の下級貴族だったのが、ここ数年で一気に翼爵まで駆け上がった、いかにも曰くありげな人物だという。


「少なくとも今年の初めまでは、カムデン将軍とスレイド将軍が第五軍の二大将軍だったはずです。そこにいきなりジョサイア・グレンが割り込むなどという無茶な人事を見る限り、第五軍の編制にルシーンの介入があったことは間違いないでしょう。二人の将軍はまだまだ現役でしたから、突然軍を離れられるということは、まず考えられません」

「なるほど。とすれば恐らくハーマン将軍が魔物の支配下に置かれた時点で、第五軍の編制にもかなり手が入ったのでしょうね。それで、ジョサイア・グレンというのは一体どのような人物なのですか?」

「さあ、私は直接お会いしたことはありませんので。ただし風の噂を信じるならば、実戦の経験など一度もないのに何故か出世した優男だそうです。気位だけは竜牙山よりも高く、己の外見をずいぶん鼻にかけていたそうですから、大方どこぞの奥方たちに可愛がられて今の地位を手に入れたのでしょう」

「そうですか。では噂が真実ならば、我々はルシーン様に感謝しなければなりませんね」


 遠く対岸に布陣する敵軍を見据えながらトリエステがそう言えば、ケリーはちょっと意外そうな顔でこちらを振り向いてきた。

 彼女の目は「何故あの女に感謝しなければならないのか」と言いたげだが、ここから相手の陣を見ただけで答えは自ずと分かるはずだ。

 まったく何と覇気のない軍勢だろう。将兵は完全にこちらを侮り、そんな傲りがはっきりとだらしない陣列に表れている。

 五倍の兵力差を前にすれば、いかな反乱軍と言えど尻尾を巻いて退散するだろうと、(はな)から高を括っているのが丸分かりだった。戦陣らしい緊張感もなければ品位もない。その様子を瞥見しただけで、相手の指揮官の器量は知れた。


「ヌウ……シカシ、コノ戦、勝チ目ハ有ルノカ? 我ラノ交渉ハ、失敗シタ。モウ休戦、望メナイ」

「大丈夫ですよ、クワン殿。むしろあなた方はよくやって下さいました。我々がタリア湖を渡ってここへ駆けつけるまでの時間を、敵軍との交渉でしっかりと稼ぎ出して下さったのですから。結果、交渉が決裂して残りの角人(ケレン)族を差し出さずに済んだのは僥倖でした。これで心置きなく戦ができます」

「そもそも軍との交渉が決裂したのは、我らが獣人区……いえ、ビースティアに上陸したことが相手に知れたためです。貴殿らが気に病まれることではありませんぞ、クワン殿」

「ダガ、敵、トテモ多イ。我ラ、救世軍ガ来ル前ハ、川、渡ル敵ヲ討ッテイタ。ソノ作戦、モウ奴ラモ知ッテイル。同ジ手ハ使エナイ」

「そうでしょうね」


 ブルルッと首を振る馬の手綱を握ったまま、トリエステは冷静にそう答えた。兵法には〝客、水を(わた)りて来たらば半ば(わた)らしめてこれを撃つ〟という定石がある。敵軍が河川を渡って攻めてきたら、先鋒が上陸するのを待ってから攻めるのが最も効率的であるという先人の教えだ。


 そうすれば上陸した敵と水中にいる敵を分断できるし、岸に上がった敵兵は川を背にする形となって逃げ場がない。ビースティアの獣人たちがわずかな戦力で官軍と渡り合えていたのは、あちこちに張り巡らされた河川の恩恵と、その定石を守って戦い続けた粘り強さゆえだろう。


 だがクワンの言うとおり、敵もそんな獣人たちの戦い方を学習した。川を渡れば渡った先で討たれると分かっているから、簡単には徒渡してこない。そもそも迂闊に川に入れば、雷系神術で一網打尽にされる危険もあるのだ。だから敵もじっとこちらの出方を窺っている。救世軍の方から川を渡ることがあれば、これまでの報復と言わんばかりに、対岸へ渡ったところで集中攻撃を受けるだろう。


「ナラバ、ドウヤッテ戦ウ? 近ヅイテ、矢ヲ()ツカ?」

「いいえ。それでは早晩、こちらの矢種が尽きて押し負けます。兵力と物量という二点において、我々は黄皇国軍には敵いません。ですので──待ちます」

「待ツ?」

「はい。我々に攻め込む気がないことを、彼らが理解できるまで」


 トリエステが重ねて答えると、クワンは意味が分からなかったのか首を傾げた。同じように、すぐ傍に控えたケリーやリチャードも怪訝そうに眉をひそめている。


「攻め込む気がない……? ではこのまま、川を挟んで敵軍と睨み合いを続けるということですか?」

「はい。一万対二千では、まともに戦ったところで勝算はありません。ですのでこちらは防衛に徹することを態度で示します。向こうもできれば川を渡りたくはないでしょうから、現状を維持して膠着状態に持ち込みましょう」

「し、しかしビースティアを守るためには、どうにかして敵軍を打ち払わなければならないのでは……? 先程あなたがおっしゃったとおり、我々には官軍ほど潤沢な物資がありません。滞陣が長引けば長引くほど、兵站(へいたん)が細くなるだけですよ?」

「ええ。そして敵もそれを望んでいます。ならば思惑どおりに動いて差し上げましょう」


 困惑しているケリーにそう回答して、トリエステは馬首を返した。ケリーとリチャードに敵の動きを監視しておくよう伝え、自分は味方の布陣を見て回ることにする。陣形に乱れはないか。将兵に異変はないか。上官の命令は行き届いているか。調練の成果はきちんと出ているか……。


 何しろ救世軍初の野戦なのだ。自分の目で確かめるべきことはいくらでもある。総帥のジェロディが不在となればなおのこと。彼に代わって救世軍を預かる者として、手抜かりは許されない。


「前方の班は一刻(一時間)置きに後方の班と交替して休息。暑さに当てられないよう、全員水分補給を徹底しなさい。食事は上官の許可があってから。頭痛や吐き気の症状を訴える者には塩を与えるように。水と共に摂取すれば、症状がやわらぎます」


 偃月(みかづき)の形を取った自陣を隅々まで見回りながら、トリエステは同じ指示を繰り返し将兵へ刷り込んだ。ジリジリと照りつける夏の陽射しは、じっとしているだけでも容赦なく体力を奪う。

 あちこちに川が流れ、湿度が高いこの獣人居住区では、特に心身の消耗が激しかった。それでなくとも救世軍の将士たちは、初の野戦で緊張しっぱなしなのだ。変調を来たして動けなくなる者が出る前に、事前の策は講じておくべきだろう。


 そうこうするうちに日は中天へと差し掛かり、さらに陽射しが強まってきた。今のところ全軍の様子に異常はない。だが早朝からずっと陣形を維持しているだけで、兵たちの間には焦燥や疲れが見えるようになってきた。時折誰かの腹の音が聞こえるのは、昼時に差し掛かったためであろうか。


「トリエステ殿、そろそろ兵たちに食事の許可を」

「いいえ。まだです」


 リチャードの進言を退けてから一刻あまり。朝から一歩も動かぬ救世軍の様子を見て、敵軍もついに気が大きくなったようだった。

 反乱軍は臆病風に吹かれて動けない。敵の指揮官であるジョサイアは果たしてそう判断したのかどうか、敵陣のあちこちから炊煙が上がり始めた。川の向こうで官軍の豊富な物資を見せつけ、こちらを挑発するつもりのようだ。


「──狼煙(のろし)が上がりましたね」

「え?」


 トリエステの独白を聞いたケリーが、何のことかと自軍を顧みた。当然、救世軍は狼煙どころか炊煙すらも上げていない。

 狼煙を上げたのは、敵軍の方だ。トリエステはこのときを待っていた。敵兵が飯炊きをするあの煙こそが合図。相手が布陣の定石も知らぬ凡将で良かった。おかげで彼らの背後には、低いが身を隠すには充分な丘陵が放置されている。


「弓兵、前へ」


 再び陣頭へ戻り、即座に命じた。向こう岸で敵兵が昼食にありつくのを羨ましそうに眺めていた将兵たちが「えっ?」という顔をしている。

 だがトリエステには聞こえていた。敵軍が背にした丘の向こう。

 そこから矢のように迫り来る〝鬼〟の足音が。


「あれは──」


 少し遅れてケリーたちも気がついた。彼女らは自隊の兵を従えながら、目を見開いて対岸を凝視している。何故なら、談笑して昼食を取っている敵軍の背後。そこに百人ほどの軍勢が忽然と現れた。丘の向こうから姿を見せた彼らは一気に斜面を駆け下り、敵軍へと肉薄する。

 その距離およそ二(ゲーザ)(一キロ)まで迫ったところで、敵兵もわっと算を乱した。慌てて食事を放り出し、陣形を立て直そうとしているがもう遅い。

 彼らの背後から現れたのは、人馬一体となった騎馬隊だった。救世軍が現在所有するすべての軍馬、それを一騎残らず投入した遊軍だ。

 コルノ島から別ルートを使って上陸した彼らは、敵軍が自ら上げる突撃の合図を待っていた。百騎の人馬ごと島から運んでくれたカルロッタには感謝せねばなるまい。そしてあの馬たちを育て上げてくれたカミラにも。


「突撃!」


 雷鳴のような怒号が轟き渡り、たった百騎の騎馬隊が一万の敵軍に突っ込んだ。数の上では無謀だが、敵兵が武器ではなく食匙(スプーン)を手にしている今なら蹴散らすのは造作もない。実際、騎馬隊は何人もの敵兵を蹄にかけ、敵陣を縦横無尽に走り回った。逃げ惑う兵の間を巧みに擦り抜け、薙ぎ払い、決して散らばることなく一頭の獣となって暴れまくる。


「ぐ、軍師殿、あれは……!?」

「敵軍の背後に待機させておいた別働隊です。彼らもすぐにこちらへ渡ってきます。援護の準備を」


 突然の騎馬隊の登場に面食らっているケリーたちを急かし、トリエステは自ら前に出た。偃月の陣を組んだ救世軍も前進を開始する。と言っても河川には近づきすぎない。辛うじて矢が届く程度の距離まで行ければ充分だ。そうして弓兵部隊の配置が完了した頃、敵陣内で散々に暴れ回った騎馬隊が進路を変えて向かってきた。敵軍もさすがに体勢を立て直し始めている。あれ以上対岸にはいられない。

 立ち塞がる敵手を弾き飛ばして、人馬が川へ飛び込んだ。そのままザブザブと馬を進め、水中を渡ってくる。このときのために川幅が狭く、水深も浅いところを陣地に選んだ。騎馬隊は半刻(三十分)もかからずに、易々と岸へ上がってくる。


「構え」


 だが敵にとって最大の誤算は、いきなり背後から奇襲を受けたことよりも、それによって指揮系統をズタズタにされたことだろう。

 上官の命令が行き届いていないのか、敵兵の中には自身も馬に飛び乗り、騎馬隊を追って川へ飛び込んだ者が多数いる。おかげで敵の弓兵は弓を引けない。川を渡る救世軍兵を狙うと、味方を誤射するおそれがあるからだ。まったくあの騎馬隊は素晴らしい働きをしてくれた。ならば次は、自分たちが彼らの善戦に応える番だ。


鏑矢(かぶらや)を」


 味方の弓兵の一人が、夏空に向かってピュウッと鳴り物のついた矢を放った。その音を合図に、一塊となって此岸に上陸した騎馬隊が左右に割れる。おかげで渡渉中の敵が丸見えになった。これでこちらは味方を誤射する心配がない。


「放て」


 トリエステは至極冷静に命令を下した。弓兵が一斉に弓弦を放し、まだアシュタ川の半ばにいる敵軍めがけて滝のごとき矢種が降り注ぐ。


「ぐわあっ……!?」


 アシュタ川の水があっという間に赤く染まった。馬と人間の悲鳴が入り混じり、死体が次々と川面(かわも)に浮かぶ。かと言って後ろから仲間が殺到してきている現状、敵兵は退くこともできない。アシュタ川の真ん中で、引き返そうとする敵兵と進もうとする敵兵がぶつかった。敵軍は大混乱だ。


「ぐっ……くそっ……! 怯むな、全軍進めェーっ!」


 と、そんな自軍の醜態を見た敵指揮官たちから怒声が上がる。どうやら敵は多少の犠牲は覚悟の上で、数を(たの)む作戦に切り替えたようだ。

 矢衾(やぶすま)を恐れて引き返そうとしていた者たちも、ついに前進を再開した。何百、いや何千という敵兵が一斉に徒渡を開始する。

 それも愚直に水中を渡ってくるだけではない。神術を使って岩や氷で足場を作り、水に入らずに川を渡る術を、どうやら敵軍も編み出したようだった。あの方法なら確かに雷系神術の脅威は免れるし、渡河にかかる時間も短縮できる。


「トリエステ殿、いかがなさいます? このままでは数で押し潰されますぞ」

「ええ。ですので()()を使います。リチャード殿とケリー殿は、味方に後退の指示を。神術兵を出して術壁を張りつつ、抗戦しながら退がります」


 トリエステが発した〝アレ〟という一言で、リチャードたちはすべてを悟ったようだった。二人はすぐさまトリエステの指示に従うと、未だ矢をち続けている兵を連れてじりじりと後退を開始する。わずかな神術兵も前に出し、術壁を展開させた。これで敵の矢は通らないし、神術を撃たれる心配もない。

 ところが敵もほどなくこちらを真似た。神術兵が前に出てきて術壁を開く。こうなるとあとはもう白兵戦だ。人と人とがぶつかり合い、武器を交わす以外に攻撃の手段はない。しかしそれを許せばリチャードの言うとおり、数で圧倒されるだけだった。そうなることを避けるためには、ひたすらに退がり続けるより他にない。


「進め、進め! 反乱軍を追撃せよ!」


 此岸への上陸に成功した敵の指揮官が、部下たちを焚きつけた。救世軍が後退を始めたことで、形勢が逆転したと勘違いしたらしい。

 彼らは偽装退却という言葉を知らないのだろうか。そんなことをぼんやり考えながら、トリエステは味方の真ん中に佇んでいた。後退する将兵が次々と通りすぎてゆき、やがてトリエステとわずかな手勢が味方の最後尾となる。


「始めましょう」


 軍師の合図に従って、ガコンと石筒が音を立てた。

 ぽっかり開いた砲口は、嵩にかかって押し寄せる敵軍を向いている。


『いいか。コイツを使うのは簡単だが、絶対に壊されたり奪われたりするんじゃねーぞ。アタシらの大事なお宝なんだからな』


 そう言って()()を貸し与えてくれた海賊とのやりとりを思い出し、トリエステは瞑目した。次の瞬間、大地に並んだ五基の神術砲(ヴェルスト)から一斉に炎弾が発射される。

 とんでもない轟音と烈火。真っ赤に燃える炎の塊がすさまじい速さで迫り来るのを目の当たりにして、敵兵たちが天を仰いだ。直後、炎弾が炸裂する。敵を守る術壁が消し飛んだ。あちこちで爆発が巻き起こり、敵兵が吹き飛ぶ。粉々になる。


 まったくとんでもない威力だった。これがハーマン──いや、ルシーンが角人たちに造らせようとしている古代兵器の威力か。神術による防御壁などものともしない破壊力。ルシーンはこんなものを量産して何をしでかすつもりなのだろう。

 その答えが何であれ、これほどの力を秘めた兵器を国へ渡すわけにはいかない。次々と放たれる炎弾と、それが着弾する度に消し飛ぶ敵兵の動揺を眺めながら、トリエステは改めてそう思った。


 あんなに気勢を上げていたはずの敵軍は、一瞬にして腰砕けになっている。敵兵は見たこともない兵器の威力に恐れおののき、とんでもない砲音に肝を潰され、すっかり足が止まっていた。かと思えば隣で炎弾の直撃を受けた味方が肉塊と化し、あちこちから悲鳴が上がる。呆気ないものだった。得体の知れない兵器を前に恐れをなした官軍は、川に向かって潰走を始めた。


 だが対岸へと逃げ帰るための道はもうない。神術砲に気を取られて彼らは気づかなかったようだが、敵軍が川に架けた神術の橋は、水の中に潜んでいた蛙人たちが同じく神術でもって破壊した。此岸に残された敵兵の数はおよそ三千。おかげでたった二千の救世軍でも問題なく対処できる。

 〝客、水を(わた)りて来たらば半ば(わた)らしめてこれを撃つ〟とはこのことだ。橋が消失したことを知って茫然としている敵軍に、トリエステは死を宣告する。


「撃て」


 砲身に取りつけられた車輪を回し、前進した神術砲がさらに火を噴いた。川辺で進退極まっていた敵軍に再び火の玉が降り注ぐ。逃げ場を失い、ただただ業火に焼かれるのみとなった敵兵たちは錯乱し、ついには川へ飛び込み始めた。炎弾の直撃を受けて跡形もなくなるくらいなら、最後の希望に縋ろうと判じたようだ。


「では、グル殿。仕上げを」


 そう告げたトリエステの視線の先で、グルが重々しく頷いた。そうして彼が瘤木(こぶき)の杖を掲げれば、ゴロゴロと低い雷鳴がする。

 直後、アシュタ川に雷の雨が降った。水中にいた蛙人たちは既に役目を終えて退避している。ゆえに感電して水に浮かぶのは、いずれも黄皇国軍の兵ばかり。

 川に飛び込めず、逃げ場も失った敵兵たちは、為す術もなく立ち尽くした。そこへ勇ましい咆吼を上げた牛人族の戦士が、クワンを先頭に躍りかかっていく。


「撃ち方、やめ。全軍、敵兵の掃討にかかりなさい。武器を捨てて投降する者には慈悲を。そうでない者は、徹底的に排除するように」


 味方から狂喜の雄叫びが上がった。勝利を確信した救世軍の兵たちは、空腹も忘れて武器を振り上げ、此岸に残された敵兵へと殺到していく。

 決着はあっという間に着いた。この戦いで救世軍が投降を受け入れた敵兵の数は千にも上った。兵士たちの()(どき)(こだま)する。


 救世軍は、勝った。


 新しい時代の幕開けを世に知らしめるかのような、劇的な大勝利だ。



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