01.最果てにて
「生は慟哭の先にある」――生命神ハイムの言葉
そこは最果ての塔と呼ばれていた。
一体いつからそう呼ばれているのか、誰が最初にそう呼び始めたのかターシャは知らない。少なくとも五百年前、ターシャが彼女に連れてこられたときにはもうそのように呼ばれていた。
世界の南の果てにある、時の流れが止まった塔。
かの塔はどこまでも白く、高く、今日も天を貫いている。
「ユニウス……」
最果ての塔を訪れる客人は少ない。そもそもこんな場所がこの世に存在することを知っている人間すらほとんどいない。しかし今日は珍しく客人がいた。
高い高い塔の中ほど、祭壇のある円形の広間に横たわった女がひとりと、彼女に付き添う男がふたり。
「何だい、マナ?」
男のひとりが、仰向けに横たわっている女──マナへと顔を寄せた。
ユニウスと呼ばれた彼は〝男〟と言うより〝青年〟と呼んだ方がしっくりくる外見をしている。一方のマナはユニウスよりいくつか年上に見えた。具体的な年齢で言えば二十二か三、それくらい。しかしターシャはふたりが同じ年に生まれた男女であることも、既に五十年近い歳月を生きていることも知っている。
「あの、ね……ずっと……伝えたかった、ことがあるの……」
口もとまで寄せられたユニウスの耳に、マナはそっと囁きかけた。そうでもしなければ聞き取れないほどマナの声は小さく弱々しい。
命がじきに尽きようとしているせいだ。ユニウスは瞳に悲愴を湛えながら、しかしじっとそんなマナの言葉に耳を傾けている。
「今まで……一度も、言えなかったけど……ほんとは……ね……ユニウスが……私を……探しにきて、くれたこと……本当に……本当に、嬉しかった……ありがとう……」
ユニウスの青い双眸が揺れた。うつむき、唇を噛み締めた彼の姿をもうひとりの男──ヴィルヘルムが無言のまま見つめている。
「たくさん……ひどいこと、言って……ごめんね……だけど……私……本当は……ユニウスのことが……」
「もういいんだ、マナ。もういいんだよ……」
震えた声でユニウスは言った。そうして彼は顔を上げ、死にゆくマナに微笑んでみせる。それを見たマナも微笑った。満たされたような笑みだった。
「ペレスエラ」
やがて彼女は傍らに立つ女を呼んだ。血のように赤い髪に、血のように赤い長衣。そして血のように赤い目をしたその女は、じっとマナを見下ろしている。
「あの子たちのこと……お願いね」
最後の力を振り絞るようにマナは言った。彼女の声には縋るような響きがあった。ペレスエラはゆっくりと頷く。
「あなたの願い、しかと聞き届けましたよ、マナ」
微笑んだマナの瞳から涙が零れた。
彼女の命の灯火が今、消える。