188.神様が微笑まなくたって
メイベル・ティランジアが自分の故郷について思い出そうとするとき、いつも真っ先に浮かぶのは困り顔の両親だった。
回想の中の、幼いメイベルの前には焼け崩れた民家が横たわっている。言わずもがな、メイベルが六歳の頃まで育ったカウテスの町の生家だったものだ。
当時、メイベルが父親と母親と三人で暮らしていた家は、隣家数軒を巻き込んで跡形もなく崩落した。真っ昼間のことだったから、幸い死者は出なかったものの、少なくない怪我人が出たことは覚えている。
両親は家を失った人々に謝罪をして回り、怪我人には慰謝料を支払った。元々そんなに裕福ではなかったメイベルの家は、おかげであっという間に財産を失い、一家はいっとう高い崖の上の、風が強くて暮らしにくい古民家に移り住んだ。
古民家は隙間風がひどくて雨漏りもしたが、近隣に住まう人もなく、完全に孤立していたから良かった。おかげでメイベルが八歳になったとき、二度目の悲劇が一家を襲っても、被害に遭ったのはメイベルの両親だけで済んだ。
それからほどなくのことだ。天授刻を授かって生まれながら、その力を制御できない一人娘を、持て余した両親が町の修道院に預けたのは。
いや、あれは預けられたというよりも、たぶん捨てられたのだろうとメイベルは思っている。両親のメイベルに対する愛情は、あの頃にはもうすっかり冷めきっていた。何度も神術を暴走させては物を壊したり人を傷つけたり、果ては住居や幸せな結婚生活まで破壊する娘を、二人は心底疎んじていたに違いない。
翌年待望の第二子が生まれると、両親はメイベルに会いに来なくなった。手紙も来なかった。メイベルは時々遠くから、両親と彼らに溺愛される妹を眺めて過ごした。共同生活を送る修道女たちにも見限られ、神刻の扱い方を学ぶため──という名目で、白都にあるエルビナ大学への入学を促されるまで。
「あなたの今の状態を一言で言い表すなら、火にかけられたまま放置されてるお鍋って感じね」
と、やがて大学を退学になることが決まった日、メイベルという問題児をそう評したのは、希術学の権威マドレーン・マギステルだった。
「ずっと火にかけられていれば、当然鍋は沸騰する。沸騰すれば煮立ったお湯が溢れ出す。一度溢れてしまえば中の水嵩は減るから、しばらくは安心。でも鍋の底からはひとりでに水が湧いてきて、水嵩が増えたところでまた沸騰しちゃう。その繰り返しみたいなものよ。そしてあなたはそれを怖がって、いつもは鍋に蓋をしている。だから自由に力が使えないの。つまりあなたに必要なのは、適度な火加減の技術ってことね」
入学からまだ半年と経たない頃、暴走した神術によって大学の講堂を破壊し、メイベルは一生働いても支払えないくらいの修繕費を請求された。入学の際、喜んで推薦状を書いてくれたはずの修道女たちは助けを求めても知らんぷりで、泣きべそをかいていたとき、助けてくれたのがマドレーンだった。
彼女は五百金貨なんて大金を小切手一枚でポンと支払い、弁償を肩代わりしてくれたのだ。「ほら、私もう三百年近く生きてるから、お金なら有り余ってるのよ」と笑う彼女は世間から〝魔女〟と呼ばれていたけれど、メイベルにとっては生まれて初めて手を差し伸べてくれた救世主だった。溢れる神力を制御するための、青希石の杖を授けてくれたのもマドレーンだ。
「メイベル、要するにあなたは魔法のお鍋よ。黙ってたってどんどん神力が湧いてきて、沸騰すると爆発しちゃう。だからその杖には、あなたの力を制御する術をかけたわ。杖を持っている間は、ある程度神術の暴走を抑えられるでしょう。だけど本来、神術と希術ってとっても相性が悪いの。希術の力で神術を抑え込むのには限度があるわ。だからメイベル、あとはあなた自身の意思で神術を制御するのよ。大丈夫。あなた、才能あるんだから」
かくしてメイベルは旅に出た。自分の神術を思いきりぶつけても問題のない相手──そう、魔物を狩る旅だ。
神々がメイベルに授けてくれた聖刻は、破魔の力に特化した神刻。だからメイベルは退魔師となった。魔物との戦いで経験を積み、体でやり方を覚えること。今のメイベルに必要なものはそれだけだという、マドレーンの言葉を信じて。
ただ、ひとりきりでの旅が心細くなかったと言えば嘘になる。これ以上誰かを傷つけるのが怖くて、巻き込まない道を選んだけれど、異国の地で過ごす孤独な夜は何度もメイベルを打ちのめした。
だから嬉しくて嬉しくて、泣いてしまいそうだったのだ。
こんな出来損ないの自分を「必要だ」と言ってくれた、彼との出会いが。
◯ ● ◯
見上げたフォルテッツァ大監獄は、まさに難攻不落の大要塞という感じだった。
いや、実際には要塞ではなく監獄なのだが、傍目にはとてもそうは見えない。小高い丘の上に建つ石造りの建物は、高さ二枝(十メートル)はあろうかという城壁に囲まれており、壁上には行き交う見張りの姿が見える。
あの壁の内側へ入る方法はひとつだけ。麓から曲がりくねって伸びる石段を登り、その先にある幅半枝(二・五メートル)ほどの鉄の門扉を潜るのだ。
それ以外にあそこへ入る手立てはない。監獄の建つ丘は急峻な斜面を岩と雑木で鎧っていて、人間ではよじ登るのに難儀する。
そう、人間では長い長い石段を登っていく他に、あそこへ到達する術はないだろう。
だが獣人居住区には、こういう岩壁や木々をよじ登り、移動することに長けた種族が暮らしている。
「へっ、こりゃまた大層なモンをこしらえやがったなァ、古代人どもは。よりにもよって、こんなどエラいところに監獄を造りやがるとは。いや、遺跡を監獄に造り替えたのはトラモント人だったか? まあ、どっちでもいい。こいつァワシらも腕が鳴るってモンだぜ」
隆々たる筋肉を蓄えた二の腕に、それを覆う長い体毛。四十葉(二メートル)に迫るがっしりした体躯と、狒々に似た長い尻尾。彼らは皆、長柄の先に棘つきの錘がついた独特の得物を担いでいる。あれは狼牙棒と呼ばれる武器らしい。
人並み外れた膂力と俊敏性でもって、彼らはあの得物を振り回す。牛人族にも引けを取らない体躯から繰り出される一撃は、鈍器とは言えかなりの威力を発揮するようだ。狼牙棒の重量は六果(三キロ)ほどもあって、錘に打たれた棘の形状もかなりエグい。ジョルジョがいつも使っている鉄の棍棒より殺傷力がありそうだ。
「ウーどの、どうだろう。作戦どおりいけるだろうか?」
「なァに、この程度の崖、ワシらにかかりゃあ朝飯前よ。いい具合にあちこち木も生えてるしな。あんだけ葉が繁ってりゃあ、身を隠しながら上まで行けンだろう」
と、アーサーの問いかけに答えたのは猿人族の長、ウー=シェンだった。赤褐色の体毛を鬣のごとく伸ばした彼は、仲間内でも頭一つ抜けている。体格も雰囲気も明らかに他の猿人たちとは違って、〝ボス猿〟という表現が最高にしっくりくる人物だ。
ジャラ=サンガでハーマンの目的を突き止めてから、六日。
ジェロディたちは現在、二十人ほどの猿人族の勇士と共に、フォルテッツァ大監獄が鎮座する丘の麓で身を潜めていた。
時刻は早朝。夜陰にまぎれて接近したので、ジェロディたちの存在はまだ見張りの者に気づかれていない。一行はこれから、山登りが得意な猿人たちの力を借りて敵を攪乱し、監獄内部へ潜入する。
目標はハーマンに引き渡された角人族の少女ルエラの捜索、及び反逆罪で投獄されたコラード・アルチェットの救出。
そのためにジャラ=サンガからは角人族のテレルと、コラードに雇われたという退魔師のメイベルがついてきている。救世軍先遣隊の七名にアーサー、テレル、メイベルを加えたこの十名が、今回監獄へ潜入するメンバーだ。
「じゃあ、作戦を決行する前にもう一度確認するけど……本当にコラードさんはここにいるんだね、メイベル? 彼の身柄の確保は、僕たち救世軍にとっても進退を左右する重要事項だ。攫われたルエラが監獄にいる確証がない以上、せめてコラードさんだけでも確実に救出したい」
「う、うん……絶対いる、とは、言い切れないけど……でも、ハーマンはコラードを捕まえたら監獄送りにしろって言ってたし。何よりオヴェスト城には、今のハーマンはおかしいって思ってる仲間が他にもいるって、コラードはそう言ってた。だったらハーマンは、その人たちの中心にいたコラードをできるだけ遠くに置きたいはずでしょ? お城の中で結託されたら面倒だし……」
「確かに。それでなくともコラードは、部下にもだいぶ慕われてたからな。あいつを城の牢屋なんかに入れた日にゃ、必ず手助けするやつが現れるだろう。しかもコラードは、将軍の正体を知ってる。ここはそんな面倒な手合いをぶち込むのにはちょうどいい楽園だ」
と、枝葉の下で身を屈めながら肩を竦めたのはオーウェンだった。つい二月ほど前までハーマンの副官を務めていたというコラード・アルチェットなる人物は、オーウェンにとって見知った軍の後輩らしい。
メイベルの話によれば、彼は第五軍による獣人区攻撃に反対し、オヴェスト城を追われたらしかった。ハーマンは命令不服従を貫くコラードに業を煮やし、力で捩じ伏せようとしたというのだ。
だが問題の本質は、ハーマンが己の副官を不当に弾圧したことよりも、彼が何故獣人区への攻撃を強行したかにあった。ハーマン・ロッソジリオという男が本来、神術兵器などという法を外れたものを求め、無辜の獣人たちを虐殺するような人物でないことはジェロディもよく知っている。
コラードはそんな主君の変わり身について、何かがおかしいと感じていた。あるいは突然人格が豹変してしまうような謎の病魔に取り憑かれたのではないかと心配し、暇を見つけては市井へ下りて、医者や識者を訪ね歩いていたという。
そこで出会ったのが退魔師のメイベルだ。退魔師というのは魔物退治を生業とする神術使いのことで、特に聖刻の使い手をこう呼ぶ。
聞けばメイベルは生まれたときから聖刻を身に帯びた、言わば退魔の申し子だった。エマニュエルではごく稀に神刻を刻んだ状態で生まれてくる子供がいて、そういう子供に授けられた神刻を天授刻という。この子は神術の才能に溢れた子だからと、母親の胎内にいるうちに、神々が神刻の祝福を授けるのだ。
そうして授かった力を世のために使うべく、メイベルは十六歳という若さで退魔師となる道を選んだ。彼女はコラードの話を聞いただけで、すぐにピンときたらしい。曰く、ハーマンの突然の豹変には魔族が関わっているのではないか、と。
「そもそもあたしがトラモント黄皇国に来たのは、最近特に魔物の被害が深刻だって噂で聞いたからで。だったら普通の魔物にまぎれて、憑魔みたいな下級魔族が悪さしててもおかしくないかなって思ったの。で、実際コラードに連れられてハーマンに会ってみたら、案の定魔族の気配がビンビンで……だからその場で退治しようと思ったんだけど、ちょっと、えっと……色々あって、失敗しちゃいました」
とメイベルが話してくれたのは、グルの屋敷の地下でのこと。彼女はコラードと共にオヴェスト城を脱出したあと、一人で獣人居住区に迷い込み、行き倒れていたところを獣人たちに保護……もとい確保されたらしかった。
ジャラ=サンガの牢に入れられていたのは、彼女が発見された当時、獣人たちと軍がまだ交戦状態にあったからだ。メイベルは行き倒れを装ったトラモント人の間者なのではないかと疑われ、身の潔白を証明する術もなく、ジェロディたちが来るまでずっとあそこに囚われていた。
せめて身分証の一つでも所持していれば、すぐに異邦人であることは証明できただろうに、彼女は逃亡生活の途中でほとんどの旅荷を失ってしまったらしい。
唯一手元に残ったものは、今も両手で握り締めている宝珠つきの短杖だけ。それ以外の荷物は追っ手から逃れる際に置いてきてしまって、食糧を買い求めるお金さえなかった、とメイベルはうなだれた。
「で、ですがまさか、ハーマン将軍まで魔物に操られてしまっているなんて……メイベルさんのお話を聞いても、未だに信じられません。六聖日にお会いしたときには、いつもとお変わりないご様子でしたのに……やっぱり今回も、ルシーンさまの仕業なのでしょうか……」
「他に考えられねえだろ。あの女、自分に刃向かう人間は誰であろうと容赦しねえからな。ひょっとしたら黄帝も、実は魔物に取り憑かれてたりするんじゃねえのか? もしもそうなら本格的にやばいぜ、この国は」
「……だったらなおさら、僕たちがやらなくちゃ。コラードさんが僕たちに協力してくれれば、オーウェンのときみたいに、将軍に憑いた魔物だけ取り祓うことができるかもしれない。今回は退魔師のメイベルだっている。将軍さえ正気に戻すことができれば、獣人区の問題もきっと解決するよ」
《……どうかな。神術兵器を欲しがってるのは、案外ハーマン本人かも》
と、頭の中で声がして、ジェロディは思わずテレルを見やった。すると視線が搗ち合う前に、ふいっと顔を逸らされてしまう。
今回彼に同行を頼んだのは、フォルテッツァ大監獄が古代人の遺跡を元にした施設だと聞いたためだった。角人族は太古の技術や文字に明るい。ならば角人が一人味方にいるだけで、下手な考古学者よりずっと頼りになると踏んだのだ。
もっともテレルは恋人を助けたいという一心でついてきてくれただけで、人間たちに心を開くつもりは毛頭ないらしかった。利害関係の一致は認めるものの、決して信用はしないという方針のようだ。
が、一方で、彼は何故だかカミラにだけは心を許しているらしい。現にジャラ=サンガを出た直後からカミラの傍を離れない。ルエラを助け出そう、と最初に提案したのが彼女だからだろうか? 今もテレルはカミラにぴったりと寄り添って、しゃがみ込んだ彼女のチュニックの袖を、小さな手で握り締めていた。
「仮にそうだとしても、とにかく今はルエラとコラードさんを救出することに専念しましょう。あとのことは、無事にここを脱出してから考えればいいのよ。今頃獣人区でも、クワンたちがハーマンとの交渉を頑張ってるはず。私たちだけしくじるわけにはいかないわ」
「ンじゃあ、そろそろ始めるかィ」
と、猿人の勇士たちを引き連れたウーが、狼牙棒を担いでニィッと笑った。猿人たちは雑食だというものの、笑うと獰猛そうな犬歯が剥き出しになってちょっと怖い。噛みつかれでもしたら、簡単に肉を食い千切られてしまいそうだ。
そもそもジェロディは猿人族というものに対して、あまり良い印象を持っていなかった。彼らは剽軽で目端が利くが、同時にひどく狡猾でもある。表向きは友好的に見えるものの、実は極めて同族主義で、一族の利にならないと悟れば平気で裏切ることもある──と、そう話してくれたのは蛙人族の長老グルだった。
事実、愚直で退くことを知らない牛人たちが、今回急に裏切りに走った陰には猿人族がいるとグルは睨んでいる。口達者な彼らは仲間を想う大戦士クワンの心を手玉に取り、休戦のために利用したのではないか、と。
ゆえにゆめゆめ心を許すなと、グルにはそう釘を刺された。味方でいるうちはこの上なく頼もしいが、信頼しすぎれば手痛いしっぺ返しを喰らう。猿人族と手を取り合うからには、それを覚悟して臨まなければならない。
ジェロディは改めてそのことを肝に銘じ、頷いて立ち上がった。
「よし、行こう。みんな、準備はいいかい?」
「ああ」
「はい……!」
と、続いて仲間たちが立ち上がる。作戦内容は既に決まった。あとは成功させるのみだ。が、皆が続々と臨戦態勢を取る中で、唯一しゃがみ込んだまま動かない者がいる。杖を握り締めた体勢でじっと静止しているのは、メイベルだ。
「メイベル?」
「あ……あのさ……ここまで来といて何なんだけど、一つ、訊いてもいい?」
「何だい?」
「み、みんなは、なんであたしのこと、信じてくれたの?」
突然の問いかけに、ジェロディたちは揃って目を丸くした。次いで誰からともなく顔を見合わせる。どうして急にそんなことを尋ねようと思ったのかは知らないが、少なくとも見上げてくるメイベルの面持ちは真剣で、なおかつやや緊張しているのが見て取れた。
「そりゃもちろん、メイベルちゃんがかわいくてオレの好みだったから──ぶっ……!?」
「まあ、理由は色々あるけど、あなた、とにかく必死だったじゃない? アレ、とても嘘ついてるようには見えなかったし、アーサーの質問にもすらすら答えてたでしょ?」
と、カイルを押しのけてまっとうな回答をしたのはカミラだった。名前を出されたアーサーも腕を組み、先の白い尻尾を揺らしながら、うんうんと頷いている。
「そうとも、メイベルくん。君は私と同じ連合国の民でなければ知り得ないことを、すべて完璧に答えてみせた。エルビナ大学でマドレーン教授に師事していた、というのも本当のようだしね。彼女はマグナ・パレスの宮廷希術顧問でもあるから、私も幾度か面識がある。彼女の知人には曲者が多いが、しかしみな聡明で良い人だ。教授が見込んだ相手ならば、私は全幅の信頼を置くつもりだよ」
何の気負いも感じさせない口調で、当たり前のようにアーサーは答えた。するとメイベルは杖を持つ手に力を込めて、何故だかうつむいてしまう。
丈の短い外套を羽織った彼女の肩は、震えていた。どうしたのかと思って覗き込めば、メイベルは浅く唇を噛み、それから改めて口を開く。
「──コラードも、そうだった」
「え?」
「あいつも、なんでか知らないけど、あたしが退魔師だって言ったら手放しで信じて……確かにあたしは聖術使いだし、魔物についても勉強したから、人よりは詳しいつもり。でも、退魔師としては駆け出しもいいとこで、分かんないこともできないこともたくさんあって……なのにコラードはあたしのこと、信じて最後まで守ってくれた。あたし、あんなひどい失敗したのに……」
「メイベル」
「コラードが捕まったのは、途中ではぐれたからって言ったけどさ。正確に言うと、ほんとは違うの。あいつ、カンナの町で、兵士が〝出頭しないとグロッタ村を焼き払う〟って騒いでるのを聞いて……だから一人で出ていったんだよ。あたしとは途中で別れたことにするから、一人で逃げろって言って……」
「グロッタ村?」
「……コラードの故郷だ。あいつ、元はシャムシール砂王国の奴隷でな。ガキの頃にやっとの思いで逃げ出して、ハーマン将軍に拾われた。そのあと将軍の紹介で、グロッタ村の夫婦の養子になったんだよ。殴ることと奪うことしか知らなかった自分を引き取ってくれたってんで、あいつ、義理の両親をいつも気にかけてた」
カミラの疑問に答えたのはオーウェンだった。それを聞いたマリステアが口元を押さえ、瞳を揺らしている。つまりコラードは、守ったのだ。己の身一つで、故郷にいる両親とメイベル、双方を守りきった。反逆者の汚名を着てでも叶えたかった、ハーマン救出の悲願を投げ捨てて。
「あたし……あたし、あいつを助けたい。ここまでいっぱい助けてもらったから、今度はあたしが助けたいの。でも、コラード……ほんとに無事でいるかな?」
「……コラードさんの安否は、直接確かめなくちゃ分からない。だけど無事でいるのなら、助け出すよ。必ず」
宝珠の杖を大事そうに抱えながら、うなだれていたメイベルが顔を上げた。ジェロディを映す菖蒲色の瞳は涙で濡れている。
けれどほどなくぎゅっと眉を寄せ、彼女は立ち上がった。細い腕で目元を拭い、再びこちらを向いたときには、決意に燃えた顔をしている。
「じゃ、今度こそ行こうか」
仲間を見回し、そう告げたジェロディに、皆が力強い頷きを返した。
前代未聞の監獄破りが今、始まる。




