17.処刑獣
ピシャン、ピシャン、ピシャン──と絶えず雷鳴が聞こえているので、イークを見つけ出すのは簡単だった。が、見つけ出してからが大変だった。
カミラたちが野営を張った地点からおよそ二幹(一キロ)。
故郷のグアテマヤンほどではないが、それでも世界は何色だと訊かれたら緑と即答したくなるほど木深い森の奥に、それはいた。身長はイークとウォルドの中間くらい。肌はやはり灰色で、頭の上に尖った耳が生えている。
尻尾はふた又。しかも個々が別々の動きをする。獣のそれにしてはずいぶん長くて、蛇のようにうねうねと蠢いている様は尻から生えた別の生き物のようだ。
手には赤黒い斑模様のついた片刃剣。……いや、現実逃避はよそう。
あれは斑模様なんかじゃない。血だ。それも黒っぽく変色しているところを見ると、付着してからずいぶん時間が経ったあとの。
大地に佇立する二本の足は人間のそれに似ているが、指の先には鋭い爪。
手の爪も足の爪も真っ黒なのは生まれつきか、それとも何か塗っているのか。
極めつけは先程までカミラたちが戦っていた魔物によく似た頭部、獣の頭だ。それでいてあの魔物たちのように複眼ではない。代わりに、ひとつ目。白目が黒い目玉がひとつ、獣の頭部の真ん中に居座り、ギョロギョロと忙しなく蠢いている。
「……ねえ、何あれ?」
「処刑獣だな。多眼獣がいるってことはこいつもいやがるだろうと思ったが、案の定か」
「え? ウォルドさんなんでそんな冷静なの?」
「これまでも何回か遭遇したことがあるからだよ。アレは厄介だぞ」
「や、厄介って?」
「見ろ」
ウォルドが無表情に前方を指差し、カミラはその先を視線で追った。そこには右手に雷気をほとばしらせたイークがいて、直後、再び雷鳴が轟き渡る。矢のような速さで雷撃が飛んだ。雷刻が生み出す神術はとにかく速い。光速だ。だから避けるにはよほどの反射神経と危機察知能力が必要とされる──のだけれど。
「バチィン!」
とすさまじい音がして、刹那、イークの神術が弾かれた。
──弾かれた? そんな馬鹿な。
だがカミラは確かに見た。ウォルドが処刑獣と呼んだ魔物が手にした刀。
あいつはそれでバチンと雷撃を弾き飛ばした。
刀で神術を斬るだって? そんなの聞いたことがない。
「魔工刃。どういう原理か知らねえが、神術をぶった斬れる魔界の武器だ。つまりあいつにゃ神術が効かねえ」
「う、うそ……そんなの……!」
「聞いたことがねえってか? そりゃそうだ。あの剣は人間が使うと呪われて気が狂う。だから長年軍人だの傭兵だのやってる人間以外はほとんど知らねえ。まあ、もともと神術なんざ使えねえ俺には関係ねえが……」
あいつはどうかな。そう言いながら依然ウォルドが指差す先で、イークがぜえぜえと荒い息をついていた。どう見ても神術の使いすぎだ。神術は人間の生命力を神の力に変えて使役する技であり、使いすぎると著しく体力を消耗する。神刻とは言わばそのための変換器で、無限に力を与えてくれる神々の恩寵ではないのだ。
「イーク!」
何だか剣の構えまで怪しくなっているイークを見るに見かねて、カミラはついに飛び出した。背負ってきた旅嚢はひとまず放り投げ、剣を抜く。カラリワリは?
……まだ取り返していないようだ。
「イーク! ねえ、大丈夫?」
「カミラか……さっきの魔物どもは?」
「あっちは全部片づけたから大丈夫。それより……!」
と言いかけて、カミラははっとした。こちらを向いて立ち尽くす処刑獣の周囲には、先程の複眼の魔物──ウォルドは多眼獣と呼んでいた──が数匹ぐったりと倒れている。だがその死骸の後ろからさらに一匹、二匹と新手の多眼獣が茂みを掻き分けて現れた。グルルルル……と響く複数のうなり声。この季節特有の湿気と混ざり、相変わらずひどい臭いだ。
「ああ、なるほど……それでさっきからピシャンピシャン言ってたわけね」
「あのなりそこないの犬人族みたいなやつ、あいつがあいつらの親玉だ。あいつをどうにかしない限り、どこからか無限に湧いてくる」
「ってことは近くに地裂があるってこと?」
「かもな。とにかくここに長居するのはまずい。さっさと片づけてずらかるぞ」
地裂。それは読んで字のごとく大地の裂け目だ。
ある日突如として地表に現れ、またある日気づくと消滅しているその現象は、エマニュエルで最も恐ろしい天災だと言われている。何故なら地裂は地の底の世界・魔界と通じ、そこから瘴気と魔物が溢れ出してくるからだ。尋常ならざる毒素を孕んだ瘴気の風は草木を枯らし、生物に死病をもたらす。地裂が生じた土地はあらゆる生命が死滅し毒の霧が舞う荒野と化す──そんなものがこの近くに。
だとしたらイークの言うとおり、さっさと魔物を倒して逃げるが勝ちだ。
この森はまだ生きているようだが、もし仮に地裂が発生しているのならじき枯れる。そもそもたとえ微量であれ、瘴気混じりの風を浴びるのは体に毒だ。
瘴気は高濃度のものに触れると肌が焼け爛れると言われているが、微量でも摂取し続けると内臓が腐る。地裂は人間の手ではどう頑張っても塞ぎようがない。
「ならまずは私たちがあいつらの気を逸らすからイークは神力の回復に専念して。あの多眼獣とかいうの素早いし、いざってときに神術が使えないと困るでしょ」
「いや、待て。あいつは──」
「神術が効かないことなら先刻承知! ウォルド、手伝って!」
「はいよ」
待て、と再度イークが呼び止めるのが聞こえた気がした。
しかしその頃にはもうカミラは駆け出している。幸いイークが魔物と戦っていたその場所はわずかだが木々が開けていて見晴らしが良かった。だからカミラたちにもしっかりと相手の姿が見えるし、向こうもカミラたちの動きを捉えている。
「イヅィ。ウ・ヴィヅ」
ときにあのひとつ目の魔物が刀をこちらへ向けて何か言った。
カミラはびっくりして足が止まりそうになった。
喋った? 魔物が? 魔物が喋るなんて有り得るの?
だがカミラが驚いている間にも、処刑獣の周りを固めていた多眼獣たちが一斉に駆け出した。こちらへ向かってくる。命令した?
あの二足歩行の魔物は言葉で多眼獣たちを操れるのか。なんてことだ。人を喰らうことしか能がないと思っていた魔物にそんな知能が備わっているなんて。
「ふっ……!」
だがいつまでも驚いている場合じゃない。
カミラは一瞬で意識を切り替えて、飛びかかってきた魔物を一刀両断した。
そこへ背後へ回り込んだもう一匹が間を置かず襲いかかってくる。カミラは無視した。無視して処刑獣へ突っ込んだ。何故なら背後にはウォルドがいる。
案の定すぐ後ろから「グギャッ」と鈍い悲鳴がして、カミラはウォルドが魔物を叩き伏せてくれたことを確信した。うん。とりあえずは信用していいみたい。
心の中でそっと胸を撫で下ろしつつ、一直線に処刑獣へ向かう。
横から多眼獣が襲いかかってきた。だがカミラはそれに一瞥もくれない。ただ左手を跳んでくる多眼獣の鼻先に翳し、祈唱を省略した神術で容赦なく吹き飛ばす。
「はっ……!」
処刑獣の間合いに入った。カミラはまず中段から打ちかかってみた。
カンッと味気ない音がして弾かれる。しかし怯まず上段から。これもカンッ。
ならば素早く体を横にずらし、側面から。カンッ。また弾かれた。
なるほど。反射神経も剣の腕も人間の剣士程度にはあるようだ。
「──ウォルド、交替!」
とカミラが叫んだのが先かウォルドが前へ出たのが先か。とにかく処刑獣が大きく刀を振りかぶったところで、カミラはウォルドと入れ替わった。
片刃の刀剣が降ってきて、ウォルドの大剣がそれを受け止める。
鍔迫り合いになった。処刑獣はひとつ目をギョロギョロ動かして「おっ? おっ?」みたいになっている。ウォルドの怪力に押されているのだ。ならば、今。
カミラは処刑獣の視界から隠れるように身を屈め、駆け出し、背後を取った。
魔物に恥じらいなんてものがあるのだろうか、処刑獣は腰にボロボロの布切れみたいなものを巻いているけれど他に目立った装備はない。だからいけると思った。
カミラは肌が剥き出しになっている処刑獣の背中に斬りかかろうとした。
だがその刹那、
「カミラ、下がれ!」
イークの声。「え?」と思った瞬間、何かが顔のすぐ横を掠めた。
尻尾。ふた又になっている処刑獣の尻尾だ。うち一本がカミラの顔面、というか目を狙って槍のように突き出された。もう少し顔の位置がずれていたらやばかったかもしれない。イークはこれを知っていたのか。いや、違う。
彼は見たのだ。そしてカミラより早くそれに気づいた。
目。目だ。処刑獣の後頭部にも目が。
さっきまではそんなもの見当たらなかった。ということは瞼を閉じていたのか。
だがひとたび覚醒した眼はギョロギョロと動き、そしてカミラを捉える。
ぞっとした。嫌な予感がした。カミラはイークの警告どおり下がろうとする。
しかし、
「あっ……!?」
突如左手を引っ張られた。いや、正確には剣が。剣が処刑獣の尾に巻き取られている。そのままぐいと引っ張られ、カミラの手から剣が奪われた。嘘でしょ……!? と驚いている暇もない。
「カミラ……!」
いきなり後ろへ体を引かれた。そのままもつれて倒れ込む。
処刑獣の長い尾が倒れたカミラの眼前でビンッと止まった。その先端から何か出ている。あれは黒い……針? いや、あるいは骨なのだろうか?
「か、間一髪だな……」
呆然としているカミラの上から声がした。そこで我に返ってみると、どうやらカミラは現在、同じく腰をついたイークの懐にすっぽりと収まっているらしい。
「ああ、そういやこいつ後ろにも目があるし、尻尾も凶器だから気をつけろよ」
「先に言え!」
と、ときに処刑獣と鍔迫り合ったままのウォルドが言い、カミラとイークの怒号が綺麗に揃った。やっぱり彼を信用したのは間違いだったかもしれない。
少なくとも完全に心を許すのはまだ早そうだ。しかしカミラがそんな後悔の念に駆られている間にも、剣を握った処刑獣の尾が襲いかかってきた。
ふたりは慌ててそれを避け、一旦後方へ退避する。そこへまた茂みの奥から多眼獣が現れた。ウォルドと処刑獣はなおも斬り結んでいる。
カミラは腰に差していたもう一本の剣を抜いた。短剣だ。いざというときの護身用に帯びているものだが、しかし魔物相手にこのリーチではいささか心許ない。
「カミラ、多眼獣は俺が引きつける。その間に何とかして剣を取り戻せ」
「う、うん……!」
イークが走り出した。多眼獣たちも群に突っ込んでくる人間を排除しようと、うなりを上げて彼に集まっていく。そのイークは今、神術がほとんど使えない。
大丈夫かしら。心配だったが、他人の心配をしている余裕があるのかと言われたらあんまりない。まずは剣を取り戻さなくては。カミラは一旦多眼獣のことは思考から切り離し、処刑獣──の背中──と差し向かった。頭の後ろのひとつ目が、まるで〝自分はウォルドさんと戦っているのとは別の生き物ですよ〟とでも言いたげにこちらを見ている。あの魔物には脳がふたつあるのだろうか?
(でも背中なら……!)
とカミラは右手に神力を集中した。手套の下で神刻が閃き、拳が熱を帯びる。
「えいっ……!」
燃え盛る炎。カミラは再びそれを拳から撃ち出した。人の頭ほどの火の玉が処刑獣目がけて飛んでいく。だが次の瞬間信じ難いことが起こった。神術が直撃する寸前、処刑獣はくるっと体位を入れ替えた。つまり頭がこちらを向いた。
尻尾がいきなりウォルドを襲う。と同時に処刑獣は両手で刀を振るい、ブンッと火の玉をぶった斬った。というか刀で弾いた。
火の玉が跳ね返ってくる。カミラへ向かって飛んでくる。「えぇええ!?」と叫びながらカミラは避けた。火の玉が樹木に直撃し、燃え上がる。
「あ、や、やば……!」
「おい、そっちに行ったぞ!」
ウォルドの声。カミラははっとして振り向いた。処刑獣。魔工刃とやらを振りかぶり、跳躍して襲いかかってくる。カミラはあわやというところでそれを避け、さらに向かってきた刃を短剣で弾いた。それでも処刑獣は斬りつけてくる。
横からの一撃。弾いた。上段からの斬り下げ。弾いた。下段からの刺突。弾く。
弾く、弾く、弾く。弾くだけで精一杯だ。だって間合いが違いすぎる。
ウォルドとまたスイッチしたいが駄目だ。
またも茂みの奥から多眼獣が現れて、ウォルドにまで襲いかかっている。
そうしてジリジリと後退していくうちに、カミラは背後に熱を感じた。
すぐ後ろで樹木が炎に包まれている。これ以上は下がれない。
それどころか炎が燃え広がっていてやばい。逃げ場がない。火刻の力を使えば炎を鎮めることもできるがそんな隙、処刑獣が与えてくれるわけもない。
「ふっ……うっ……くっ……!」
次々と繰り出される斬撃を、カミラは踏み留まって弾いた。弾いた。弾いた。
端から見たらその命のやりとりは、ふたつの刃が高速でぶつかり合っているように見えただろう。だがその攻防戦も長くは続かなかった。
俄然カミラの背後で枝が弾け、飛び散った火の粉が降りかかったのだ。
「熱っ……!」
と、それに怯んだ一瞬の隙。処刑獣の刀がカミラの短剣を絡め取った。
あっと思ったときには既に遅く、刃が弾き飛ばされる。
ギョロギョロ動いていたひとつ目がこちらを向いてぴたりと止まった。やばい。カミラは一歩あとずさる。でもそれが限界だ。もう一歩下がったら、右足が炎に、
「カミラ!」
イークの呼び声がした。
こちらへ向き直ろうとする彼に多眼獣が飛びかかって邪魔をした。
魔工刃が振り上げられる。巨大なひとつ目が細められた。処刑獣。笑っている。
「ウムリィ・チェ」
魔物が何か言った。低くてぜろぜろした声だった。
この状況だ。たぶん「死ね」とか「終わりだ」とか言ったのだろう。
刃が降ってくる。けれどもカミラは、笑った。
「──死ぬのはそっち!」
瞬間、カミラは左手を薙ぎ払うようにして投げた。何を?
決まっている。飛刀だ。ルミジャフタの女が護身に使う常套武器。カミラはそれを左足の太腿、そこに巻きつけた革帯の鞘に収めて隠し持っていた。
刃が処刑獣のひとつ目に吸い込まれる。刺さった。魔物の絶叫が谺する。
その隙にカミラは横へ抜けた。駆けながらもう一本投げる。尻尾の剣がそれを叩き落とした。しかし間合いを取るための牽制にはなったようだ。
「テオ・エシュ・アンクィ・ポロア──火焔嵐!」
間を置かずカミラは神術を発動させた。火炎が渦巻く風に乗り、処刑獣へと向かっていく。それは地面と水平に走る火柱のごとく熱風を噴き上げて魔物に迫る。
「ブリシカッチ……!」
目を潰された魔物が、しかし火柱へ向けて刀を構えた。火柱はうなりを上げてその刃に激突し、処刑獣の体がずずずっと押しやられる。しかし処刑獣は耐えた。炎の渦を魔工刃によって押し留め、ギリギリのところで耐えていた。カミラも翳した右手から炎を吐き続ける。カミラの神力が尽きるのが先か、魔物が神の力に押し負けるのが先か。熱風が噴き上げ、カミラの長い髪を煽った──キツい。
「イーク!」
カミラは右手の神刻にどんどん体力を吸われるのを感じながらイークを呼んだ。
跳んできた多眼獣を斬り伏せ、イークがこちらを向く。
「合体神術……!」
カミラの発したそのひと言で、イークはすべてを察したようだった。
彼はウォルドに何事か叫んで素早くスイッチすると、再び右手に雷気を呼ぶ。
「雷槍!」
雷が大地を走った。それは稲妻の姿を取った大蛇のように意思を持ち、カミラの放つ火柱に勢いよく巻きついた。〝雷火旋〟。途端に神術が力を増す。カミラの生み出した炎の蛇は雷の蛇とひとつになり、咆吼を上げて処刑獣へと襲いかかる。
「グ……ヲグ……ブリヤーチ……ッ!」
処刑獣の最後の雄叫びが谺した。炎と雷、双頭の蛇が魔物を呑み込む。
爆発が起き、大地が揺らいだ。
ふたつ目の魔物の姿が、劫火の中に掻き消えた。
◯ ● ◯
「熱っ……!」
指先に鋭い熱が走った。もうそろそろ大丈夫かと思ったのに、カミラの剣は未だに熱を湛えている。カミラはとっさに引っ込めた左手をぷらぷら振って、渋面をした。これじゃいつになったら出発できるのやら。
処刑獣を打倒してからおよそ半刻(三十分)後。カミラたちは魔物の去った森でようやくひと息ついていた。あれほどいた多眼獣は、親玉である処刑獣がやられるとぱったりと湧くのをやめている。逃げたのか、あるいはすべて倒しきったのか。
どちらにせよ助かった。カミラは先の大技と森に回った火の手の鎮火で、すっかり神力を使い果たしてしまっている。
「にしてもたまげたな。お前ら合体神術なんて使えたのか」
焦土に落ちた自分の愛剣と睨み合うことしばし。渋面で熱が冷めるのを待っていたカミラは、しゃがみ込んだままちらと声の方へ目をやった。
そこでは地面から突き出た岩に腰を下ろし、ウォルドが干し肉を囓っている。
さっき「たかが食糧くらいで」などとのたまっていたのはどこのどなたさんだったか。魔物から食糧袋を取り戻すなりこれだ。
「実際に使ったのはこれが初めてだけどな。合体神術の原理さえ分かってりゃ、やろうと思ってできないことはない。実際にやり方を見せられたこともあるし」
と答えたのはイークの方だった。彼は食糧袋と一緒に取り戻したカラリワリを再び頭に括りつけている。あれが燃えてしまわなくて良かったと、カミラはそれを見て心底ほっとしていた。何せ処刑獣を消し炭にしたとき、カミラは近くにあれが落ちているかも、なんて可能性は綺麗に忘れ去っていたから。
「けどよ、聞いた話によると合体神術ってのは術者ふたりの相性が相当良くないと無理なんだろ。何でも術と術を合わせようとしたところで、相性が悪けりゃお互いの術を相殺しちまうとか」
「それは、まあ……」
「ってことはアレだ、つまりお前らは相当相性がいいってことか。これはフィロにいい土産話ができたな」
「なっ……なんでそこでフィロが出てくるんだ! 別にわざわざ話すようなことじゃないだろ!」
今度こそ触れるんじゃないかしら? そう思いながらそろそろと愛剣に手を伸ばしかけていたカミラは、突然の怒声に驚いて手を引っ込めた。
何事かと目を見張れば、イークが何かいきり立った様子でウォルドに食ってかかっている。対するウォルドは若干無精髭の生えた顎をさすりながらニヤついているようだ。まるで面白いオモチャが手に入った、とでも言うように。
「合体神術が使える駒が揃ったってことは救世軍にとっちゃ朗報だろ。それをフィロに報告して何が悪いんだ?」
「だ、だったらそれは俺からフィロに報告する! お前に任せると余計な尾ひれがつくに決まってるからな!」
「たとえば昨日の夜のこととか?」
依然ウォルドがニヤつきながらそう言えば、イークは束の間絶句した。
かと思えば彼はたちまち肩を怒らせて、腰の剣を握り締める。
「ウォルド、お前……あのとき本当は起きて……!」
「あ、そうだ。そう言やカミラ、お前大丈夫か?」
「え?」
「さっき目を覚ますまで魘されてたろ。ずいぶんな魘されようだったんで、イークがうろたえまくってたぜ」
「ウォルド!」
いよいよイークの怒りが爆発した。彼は顔を真っ赤にして激昂すると、ウォルドと不毛な舌戦に突入する。だがカミラは直前に言われたことが気になって論争の半分も頭に入ってこなかった──魘されていた? 私が?
そう言われてみればイークの呼び声に叩き起こされる直前まで、自分は何か夢を見ていたような気がする。懐かしさと恐怖が一気に押し寄せてくるような……そんな夢だ。けれど夢がもたらした感情は思い出せても、どんな内容の夢だったのか、カミラはさっぱり思い出せなかった。何となく思い出せそうな気がして手を伸ばすと、夢の残滓はするりと指の間を擦り抜けて消えてしまう。
何かとても大事な夢だったような気がするのに、
「何だっけ……?」
真っ黒に焦げた地面の上で、カミラはしゃがんだまま首を傾げた。
向こうではなおもイークとウォルドが言い合っている。
結局カミラがこの日見た夢の記憶を取り戻すことはついぞなかった。
◯ ● ◯
運命が、狂い始めている。