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【side:A】エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―  作者: 長谷川
第6章 世界はやさしくなんかないけれど
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183.タワン=クワン

「ピュイイイイイイイ!? に、ニンゲン!! ニンゲンよーーー!!」


 ようやく目的地に到着したジェロディたちを出迎えたのは、そんな悲鳴と恐慌だった。


 ──ムワンバの丘。


 ポレの話によると、〝ムワンバ〟というのは地鼠人(マーモット)族の古い言語で〝石〟とか〝岩〟とかを意味する言葉らしい。ムワンバの丘はその名のとおり、斜面のあちこちから黄砂岩が覗く岩だらけの丘だった。丘は緑に覆われているので、草木も育たぬ痩せた岩山……というほどではないのだが、あちこちから突き出た淡黄色の岩石が夏草の間によく目立つ。


 だが何より目を引くのは、そうした岩と岩の間や丘の麓、低木の陰などに設けられたいくつもの小さな扉だった。地鼠人族の集落というから、てっきり彼らの身の丈に合わせた家が立ち並んでいると思ったのに、現実は想像と大きく違う。

 ジェロディたちの姿を見た地鼠人たちが、それらの扉へ我勝ちに飛び込んでいくところを見るに、どうやら扉の先──すなわち丘の中(・・・)こそが彼らの棲み処であるようだった。丘と丘の間には橋の架かった小川や畑のようなものも見て取れるが、他に人工物がないせいで、ほとんど自然のままの景色に見える。


「ここがムワンバの丘……」


 と、今し方越えてきたばかりの丘の上から麓を眺め、ジェロディは思わず呟いた。が、生まれて初めて訪れる異種族の里に感激している場合か──と言われたら、否と答えざるを得ない。

 前述のとおり、人間(ジェロディ)たちの姿を見つけた地鼠人たちは大恐慌。慌てふためく彼らの目には、一行と共にいるポレやケムディーの姿は見えていないようだった。

 事前にこうなるかもしれないから覚悟しておけとは言われていたものの、実際に彼らの混乱ぶりを見ると、何だか申し訳ない気分になってくる。何度確認してもケムディーが「戦は終わった、間違いない」と言うので楽観視していたが、いささか目算が甘かったようだ。


「や、やっぱりポレに頼んで、先触れしてもらうべきだったかしらね……」


 と同じく逃げ惑う獣人たちを見たカミラが、隣で苦笑いしたのが分かった。確かにここまであからさまに怯えられると、魔物にでもなった気分だ。

 地鼠人は生来臆病な種族とは聞いていたものの、さしものジェロディもこれほどとは思わなかった。いや、あるいは最初のポレの怯えぶりを見て、察するべきだったのかもしれない。


「み、みんなー! 聞いて、聞いて! この人たちはキューセーグン、悪いニンゲンじゃないよ……!」


 と、皆の慌てようを見たポレが急いで斜面を駆け下りた。しかしとき既に遅し、ポレが丘の麓へ辿り着く頃には、地鼠人たちは集落から姿を消している。

 無人となったムワンバの丘にはシンと静寂が立ち込め、肩を落としたポレが「ピュイ……」と鳴く声だけが聞こえた。ジェロディたちもそれを見て丘を下る。

 通りすがりにふと目をやった畑には、さっきポレが持っていたラハの実がたくさん()っていた。が、農具が無秩序に散乱しているところを見ると、みな逃げるのに必死で、道具などはその場に放り出していったらしい。


「ごめんよ、ポレ。君の仲間を怯えさせちゃったみたいだね……」

「ピュウ……こちらこそ、ごめんなさい。ムワンバの丘、滅多にニンゲンが来ないから、みんな怯えるんだ。ボクら地鼠人は戦えないし……」

「にしたってこれはあんまりじゃない? 女の子がいたら試しに口説いてみようと思ったのにさー」

「カイル、お前は節操というものを母親の腹の中に置いてきたのか……?」

「だがまあ、このままではろくに話も聞けんというのは確かだな。おい、ケムディー、ここにはお前たちの長が来ているのだろう? そいつは今どこに──」

「──此処ニ居ルゾ、人間」


 刹那、不意に響き渡ったどら声に、皆が体を硬くした。理由は言うまでもない。聞こえた声の端々に、明確な殺意が滲んでいたからだ。

 ジェロディたちは一斉に身構えながら、ぐるりと周囲を窺った。すると一際高い丘の向こうから、ぬっと覗いた角がある。


 ──金。


 そう、金色だ。現れた牛人(タウロス)の角は何か塗っているのか、あるいは生まれつきなのか、まるで神話に出てくる《太陽を戴く雄牛(レーム)》みたいに金ピカだった。

 加えて体格も並じゃない。若くしてウォルドを凌ぐケムディーよりもさらに一回り立派な巨躯を誇る、かなり大柄な牛人だ。


「ケムディー、タマイ・クン・トン・マ・ティーニ?」


 と、金色の角を持った牛人が、知らない言語で低くおめいた。分かるのは彼が殺気立った様子でケムディーの名を呼んだことだけだ。

 途端にケムディーはおろおろとし始めて、やはりジェロディたちの知らない言葉で何か答えた。が、彼がみなまで言い終えるより早く、あちこちから牛人の咆吼が上がる──なんてことだ。他にも牛人がいたのか!


「おいおい、こりゃちょっとマズいんじゃねえのか?」


 腰の剣へ手をかけて、ウォルドが皮肉っぽく口角を上げた。気づけばジェロディたちは牛人たちに包囲されていて、あちこちの丘の上に巨大な斧の閃きが見える。

 数はざっと六、七人。これが人間の兵士ならまだ何とかなるものの、相手はかの竜人(ドラゴニアン)とも互角に渡り合う、生粋の戦闘種族だった。

 さっきのケムディーとの交戦を思い返しても、まともにやり合えば苦戦を強いられるのは目に見えている。あの牛人たちが一斉に雄牛となって丘を駆け下りてきたならば、ジェロディたちは為す術がない。


「人間、何シニ来タ? ビースティアハ、我ラ獣人(ラオ)ノ土地。オマエタチ、邪魔者。立チ去レ」


 金の角の牛人は片言だが、ケムディーよりはしっかりとしたハノーク語で威圧してきた。見ればかの牛人は斧まで金色で、明らかに他の戦士たちとは風格が違う。

 ということは言うまでもなく、あれがケムディーの言っていた大戦士クワンだろう。聞くところによると獣人区で暮らす牛人たちは、三人の大戦士によって束ねられているらしい。


 強さを尊しとする牛人たちは、一族の中でも特に優れた戦士を『大戦士(ヤイムム)』と讃え、彼らに従って生きている。三人の大戦士は銘々『太陽(タワン)』『(ダオ)』『(プラジャーン)』の称号を持っていて、最も高い権威を持つのが『太陽』の大戦士だ。

 牛人族についてジェロディが知っていることと言えばそれくらいだが、あの金色の角を見るに、恐らくクワンはその『太陽』なのではないかと思われた。

 つまり獣人区で暮らす牛人の中で最強の戦士というわけだ。下手を打って彼を刺激するのはまずい。たぶん想像している以上に、まずい。


「武器を収めてくれ、偉大なるタワン=クワンどの。彼らをビースティアへ招いたのは私だ。人間は人間でも、我らの敵でないことはこのアーサーが保証しよう。鈴の騎士(リッタリー)の名に懸けて」


 ところが刹那、朗々とした声があたりに響き、大戦士クワンが黒い耳をピンと立てたのが分かった。かと思えば、それまでケムディーの頭部にいたアーサーが颯爽と地面へ飛び降り、二本足で大地に立つ。

 その一挙手一投足、まさに騎士。彼がもしも人間の男児であったなら、きっとアーサーの行くところ、必ず若い娘たちの歓声が上がっていたことだろう。

 ジェロディがとっさにそんな感想を抱くくらい、アーサーは毅然と胸を張ってクワンを見上げていた。三十(アレー)(一五〇センチ)以上もある身長差などものともしない、強気な態度だ。


「……オマエ、アーサーカ?」


 と、途端にクワンが斧を下ろし、股の後ろに見える尻尾を振った。どうやら彼らのやりとりを聞く限り、アーサーとクワンは顔見知りのようだ。


「そうとも、アーサーだ、クワンどの。先日は挨拶もなしに戦線を離脱してすまなかった。実は蛙人(フロッグ)族の長老どのに頼まれごとをしてね、数日ビースティアを離れていたのだ」

「ヌウ……ソウカ。オマエモ、死ンダト、思ッテイタ。ヨクゾ戻ッタナ、カリタスノ騎士。シカシ、何故、人間連レテキタ?」


 クワンはアーサーがいるのを見て多少警戒を緩めたようだが、あたりにはまだピリピリとした殺気が漂っていた。その証拠にポレは全身の毛を膨らませて震えているし、他の地鼠人たちが巣穴から出てくる気配もない。


「お騒がせして申し訳ありません、大戦士クワン。あなた方の許可なくこの地へ足を踏み入れたこと、衷心よりお詫びします。僕の名前はジェロディ・ヴィンツェンツィオ、ここにいるアーサーから獣人区──いえ、ビースティアがかつてない危機に直面していると聞いてやってきました」


 ──だったら、ここは自分が。


 ジェロディは救世軍の代表として仲間の間から進み出、アーサーに倣った。相手への敬意を忘れてはいけないが、見下されてもいけないので堂々と。そういう振る舞いは、貴族社会で暮らしていたおかげでジェロディも多少は身についている。


「……ヴィンツェンツィオ?」


 と、それを聞いたクワンの耳がまたも反応した。彼の様子にジェロディはおや、と思ったが、アーサーの方は異変に気づいていないのか、すたすたと隣へやってきて言う。


「クワンどの。貴殿がご存知かどうかは知らないが、彼らは救世軍という。救世軍とは、黄皇国軍の暴虐を止めるべく立ち上がった人間たちのこと──すなわち貴殿らの味方だ。私はジャラ=サンガの長老どのに頼まれて、彼らに救援を求めに行っていたのだ。そしてここにいるジェロディどのは、総帥フィロメーナ・オーロリーどのの代理として、ビースティアの窮状を確かめに来て下さった。〝総帥〟というのは、貴殿らの村で言うところの大戦士に相当するお方なわけだが……」

「救世軍……ヌウ、カエル(・・・)ドモ、マタ、災イ呼ビ込ンダ。ヤツラハ、ビースティア、滅ボスツモリカ」

「え?」

「我ラ、モウ、カエル(・・・)ニハ従ワヌ。救世軍、イルト、マタ、ハーマン攻メテクル。我、ビースティア、守ル」

「か、カエルには従わない、って──」

「ヘー、プァック・カォ・ペン・サッタルー。カー!」

「オオォォォ……!!」


 クワンが何か叫ぶや否や、牛人たちが一斉に殺気立った。彼らは斧を頭上高く掲げ、雄叫びを上げたかと思えば、ぎろりとこちらを見下ろしてくる。


「ちょ、ちょっと、これって──」


 とカミラが口角を引き攣らせるが早いか、牛人たちが丘を駆け下りてきた。彼らはみな巨体を揺らし、大地を踏み鳴らして、四方から攻め寄せてくる。


「おいアーサー、こりゃどういうこった!? こいつら俺たちを殺す気だぞ!」

「な、何故だ……何故だ、クワンどの!? 彼らは人間だが敵ではない! それなのに何故……!」


 アーサーの必死の叫びは、牛人たちが上げる鯨波に遮られた。ポレは怯えてケムディーの足に縋りつき、ケムディーも背中の斧に手をかけたままおろおろしている。


「オ、オマエタチ、敵……? 大戦士クワン、ソウ言ッタ。敵ハ、斬ル……??」

「違う、僕たちは敵じゃない、君たちを助けに来たんだ! なのに、どうして──」


 ──どうしてこうなった? わけもわからぬまま、ジェロディは剣把へ手をかけた。しかしひとたびこれを抜けば、牛人たちとの殺し合いは免れない。

 どうすればいい? 困惑している間にも、猛牛たちは眼前に迫っていた。

 戦うしかないのか? だがそうなれば、獣人区は──


「く、クワン殿、お待ちくだされ……!!」


 そのときだった。ジェロディたちがついに剣を抜きかけた刹那、どこからともなく悲鳴じみた声が響き渡った。それを聞いたクワンが、丘の中腹で足を止める。

 金色の角を閃かせ、彼は元いた丘の上を仰ぎ見た。そこにいるのはポレと同じ毛むくじゃらの、やたらと顎の毛が長い……地鼠人、だろうか?


「彼らを殺めてはなりませぬ! なりませぬぞ……!」

「何故ダ、フォンリ。何故止メル?」

「ワッシら地鼠人には分かります。このにおい(・・・)──神子さまがいらっしゃいますな?」


 顎の毛だけじゃない。ちょうど二つの目の上の、人間で言えば〝眉〟に当たる部分の毛も長い地鼠人は、そう言って鼻をひくつかせた。彼の瞳は伸びた眉の毛に隠されていて、あれではちゃんと前が見えているのかどうかも怪しい。


 なのに彼は言い当てた。嗄れた声で、神子(ジェロディ)の存在を。


「ユット」


 クワンが短く何か言った。するとジェロディたち目がけ、今にも斧を振り下ろそうとしていた牛人たちの動きが止まる。


「……神子ガ居ル……本当カ?」


 尋ねられ、ジェロディはぎこちなく頷いた。


 すぐそこに斧を振りかぶった牛人がいるが、どうやら殺し合いは免れた……ようだ。



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