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【side:A】エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―  作者: 長谷川
第6章 世界はやさしくなんかないけれど
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182.一足違い

 ずっと啜り泣いているマリステアを、どう慰めるべきか考えた。

 かけられる言葉はすべてかけたつもりだが、それでも彼女は泣きやまない。ムワンバの丘を目指して歩く一行は、気まずいのか先程からずっと寡黙だ。

 あのおちゃらけ者のカイルですら、空気を読んで黙っているのだからよほどの事態だと言えるだろう。かと言って終始彼女の手を握ってくれているカミラに預けっぱなしというのも気が引けるし、ジェロディは小さく息をついて、もう一度後ろのマリステアを顧みた。


「あのさ、マリー。僕ならほんとに大丈夫だから……ロカンダのときほど大きな力を使ったわけじゃないし、あれくらい何ともないよ。だから君が気に病む必要はないって」

「で……ですが……わたしがモタモタしていたせいで、またティノさまに大神刻(グランド・エンブレム)を……力を使えば使うほどティノさまにご負担がかかると、ヴィルヘルムさまから伺っていたのに……」

「だとよ、ヴィルヘルム。あんたが余計な知識を吹き込まなけりゃ、マリーを泣かせずに済んだかもな」

「お、俺のせいではないだろう……《神蝕》については、いずれ共有しなければならない情報だったわけだしな」


 マリステアの後ろを歩きながら、ウォルドとヴィルヘルムが何か言っている。さらにその後ろで肩を落としている影の主は、牛人(タウロス)族のケムディーだ。

 彼はひどくしょぼくれた様子で、のし、のし、と力無く歩いていた。耳を垂れ、長い睫毛を伏せている姿は、母親にこっぴどく叱られた子供のようにも見える──ウォルドの身長をも優に超える、あの規格外の体格を除けば。


「ヌウ……スマナイ。サッキノコトハ、ケムディーガ悪イ……オマエラ、ケムディータチノ味方、知ラナカッタ……」

「まったくだ。牛人の戦士ってのは一度暴走すると止まらないとは聞いてたが、まさかあそこまで盛大に暴れてくれるとはな」

「ス……スマナイ……」


 ジェロディの傍らを歩くオーウェンがそう苦言を呈せば、ケムディーはますます小さくなって謝罪した。彼の怪力によってサプタ川に叩き落されたオーウェンと、彼を助けるべく水中へ飛び込んだカミラは今もびしょ濡れだ。服は替え、髪の水気も絞ったようだが、二人の長い髪からは未だ水滴がしたたっている。


「ご、ごめんなさい。でも、ケムディーを責めないであげて……ケムディーはボクを守ろうとしてくれただけなんだ。確かにちょっと短気で乱暴だけど、ホントのケムディーは優しくて強くて、いいヤツなんだよ」


 と、ときに先頭を歩いていたポレが足を止め、必死の身振り手振りで訴えた。ジェロディたちは現在、彼の案内に従って地鼠人(マーモット)族の集落を目指している。

 ひとまずこちらに敵意がないことは川辺で根気よく説明して、ケムディーにも理解してもらえた。地鼠人のポレと牛人のケムディーは数年来の友人らしく、傍目から見ても固い友情で結ばれているのが分かる。


 しかし一方は身長二十四(アレー)(一二〇センチ)程度の子供のような体格で、もう一方は筋骨隆々の四十葉(二メートル)近い巨躯の持ち主。そんなふたりは並んで立つと、一層異種族であることが際立った。

 何しろ地鼠人であるポレはほとんど動物と変わらない見た目をしているが、牛人のケムディーは人間が牛の被り物をしている姿に近い。全身が黒い毛皮に覆われていることと、両脚に蹄が生えていることを除けば立ち姿はほぼ人間だし、何かの樹皮を貼り合わせてできた軽鎧は、人間が着用しても違和感を覚えないだろう。


「まあ、幸いにして双方無事だったのだから良しとしようじゃないか。ケムディーくんも深く反省しているし、素直に謝罪している者の気持ちを受け取らないというのは誠意なき者がすることだ。それよりも今は、互いの誤解が解けたことを喜び合うべきだろう。今日は長年隔てられていたトラモント人と獣人が手を取り合った、記念すべき日なのだからね」

「ヌウ……ネコ……オマエ、イイヤツ……」

「ネコではなく猫人(ケットシー)だ、ケムディーくん。もしくは名前で〝アーサー〟と呼んでくれたまえ」

「ウム……ワカッタゾ、ネコ」

「ね、ネコではなく猫人だ……」


 と、最後尾でケムディーと彼の頭に乗ったアーサーが、噛み合わない会話を繰り広げている。アーサーは現在、マリステアがこのとおりなので、ケムディーの頭に生える角と角の間を当座の特等席としていた──牛人は額が広いので、存外あそこは居心地がいいらしい。


 そうこうしながら一行は、ひたすら西を目指して歩いた。目の前には緩やかな丘陵が迫っていて、地鼠人たちが暮らすムワンバの丘はあの斜面の向こうにあるのだとか。とすれば目的の集落まではあと少し。そろそろ気持ちを切り替えようと、ジェロディは大きく息を吸い込んだ。肺が青臭い夏のにおいに満たされて、まだ五感で四季の移ろいを感じられる自分に安堵する。


 ……うん。マリーは心配してるみたいだけど、僕はまだ、大丈夫だ。


「ところで、ケムディー。君にはいくつか質問があるんだけど、いいかな」

「ヌウ? ケムディー、質問、答エル。ケムディーニ、ワカルコトナラ、ナンデモ」


 と、振り向き尋ねたジェロディに、ケムディーは金色の鼻輪を揺らして答えた。ケムディーは大きな鼻の先だけでなく、耳にもいくつかの耳輪をぶら下げている。

 いずれも皮膚を貫通させて直接つなげているようで、傍目から見ると痛そうだった。が、当人は痛みを感じないのか時折耳をぱたつかせ、耳輪を鳴らして涼しげな音を奏でている。


「実は、君がポレを助けに現れたときから疑問だったんだけど……ケムディーは、牛人族の戦士なんだよね? なのにどうしてたった一人であんなところにいたんだい?」

「ウム。ケムディー、ポレ、探シテタ。ケムディート、ポレ、トモダチ。ムワンバノ丘、キタラ、必ズ会ウ。ダカラ、ケムディー、ポレ、探シテタ」

「だけど君たち牛人は、ビースティアが抱える唯一の戦力だ。だから戦える者はみんな南の戦線へ出て、黄皇国軍を食い止めてるって聞いたんだけど……」

「そう、それだ。私もそれが気になっていたのだ、ジェロディどの。ケムディーくん、君は見たところ傷病兵というわけでもなさそうだが、何故戦線を離れてこんなところに? 他の仲間たちはどうしたのだ?」

「……??」


 頭の上から覗き込むようにしてアーサーが尋ねると、ケムディーはやや困惑気味に鼻輪を触った。考え事をするときや困ったときにはああするのがケムディー──あるいは牛人──の癖のようで、何度も上下する長い睫毛は、彼の戸惑いを静かに物語っている。


「ヌ、ヌウ……スマナイ……ケムディー、ハノーク語、苦手……ムズカシイ言葉、ワカラナイ」

「あー、要するにお前ら牛人族は、ビースティアに攻めてきた黄皇国軍と戦ってたんじゃねえのかって話だ。そこにいるアーサーの話じゃ、ビースティアの主戦力は牛人と猿人(ショウジョウ)だけなんだろ?」

「〝アーサー〟……?」

「お前の頭の上にいる猫のことだよ!」

「ね、猫ではない、猫人だ!」


 ……どうやらケムディーはハノーク語だけでなく、人や物の名前を覚えるのも苦手らしい。自らの頭上にアーサーを乗せておきながら、名前を告げられてもいまいちピンとこない様子で、小首を傾げながら答えた。


「ケムディー、牛人族ノ戦士。ダカラ、敵ト、戦ッタ。デモ、モウ戦ワナイ」

「え?」

「ケムディー、モウ戦ワナイカラ、ムワンバノ丘、キタ。大戦士クワンモ、一緒」

「だ、大戦士? それってまさか、お前ら牛人のおさ役をしてるっていう──」

「ウム。黄皇国(オーコーコク)トノ、戦イ、終ワリ。大戦士クワンニ、聞ケバ、ワカル」

「えぇっ!?」


 ケムディーの口から飛び出した予想外の言葉に、ジェロディたちは頓狂な声を上げてしまった。


 ──黄皇国軍との戦闘が終わり?


 仲間たちと思わず顔を見合わせたが、さっぱりわけが分からない。



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