168.星は瞬く
ホロホロホロホロ、ホロホロホロホロ、と、どこかで森孔雀が鳴いていた。
耳を澄ませば尾長猿の鳴き声もする。仲間と合唱する青色蛙の歌も、走り百足が下草を掻き分けて走り抜けていく音も。
すうっと鼻を抜けて肺を満たす草熱れ。土の匂い。雨上がりのジメッとした湿気。降り注いでくる葉擦れの音と、森を満たす生命の息吹。脈動。
瞼を開ければ、見渡す限り緑色の世界だった。
生まれ育ったグアテマヤンの森。ずいぶん久しぶりにここへ帰ってきたような気がする。
思えばたった一人で故郷を飛び出してから、もう一年が過ぎていた。兄を見つけるまでは帰るまいと心に決めていたけれど、同時にずっとここへ帰ってきたいと願っていた──のかもしれない。
だって森の景色を見渡すだけで、とても胸が満たされた。母が今も生きていて、その腕に抱かれたなら、きっとこんな感じがするのだろうと思う。
「カミラ」
とりとめもなくそんなことを考えていると、不意に名を呼ばれて我に返った。知らない女の声だ。誰だろうとあたりを見渡せば、さらに導くような声がする。
「カミラ、こっちよ」
赤い髪をぱっと舞わせながら、カミラは背後を振り向いた。そこに一人の女が佇んでいる。やはりまったく見覚えのない、華奢で華やかな印象の女が。
「……誰?」
思わずそう尋ねた。ただし警戒の心はない。カミラを見つめて優しげに微笑む女からは、敵意や作意をまったく感じなかったから。
「私のこと、覚えてない?」
ふわっとした短めの金髪を揺らして、女は逆に問いかけてきた。細波が寄せては返すような、不思議な抑揚で話す女だ。海色の瞳は星をまぶしたかのごとく輝いて、見つめられると心を奪われそうになる。
「ごめんなさい。分からないわ」
「そっか。まあ、仕方ないわよねー。あれからもう何年も経ってるし──でも、良かった。やっと会えた」
可憐な顔立ちを綻ばせ、女は笑った。
途端に胸に込み上げてくる、郷愁に似た何か。
──ああ、そうか。私は彼女を知っている。
知っているのに、思い出せない。
まるで記憶の箱にきつく蓋をされているような……。
その感覚がひどく不快で、カミラは思わず眉をひそめた。
すると女もカミラの異変を察したのか、再びまっすぐに見つめてくる。
「カミラ。ここはあなたの心象世界」
「心象世界……?」
「そうよ。この森はあなたの原風景。魂の奥底に刻まれた景色。要するにあなたの原点であり、あなたが最も愛する景色ってことね」
「つまり、ここは……私の心の中?」
「うーん、そうね。そう考えてもらえば間違いないわ。そして、私の名前は──」
と、女が名乗ろうとした、刹那だった。
ドッとにぶい音がして、彼女の胸に花が咲く。
赤い赤い血の花だ。鮮血の真ん中には、雄蕊のごとく突き出た血濡れの剣。
「あ……!」
突然の出来事に目を見張り、カミラはとっさに手を伸ばした。
しかし女の体はたちどころに霧散して、カミラの前から消えてしまう。
「彼女の言葉を聞いてはいけないよ、カミラ」
直後、ぞっとした。
光の塵と化して消えた女の背後。
そこから現れたのは、兄のエリクだった。
彼はカミラを見つめて微笑んでいる。
カミラの知らない、ひどく冷たい笑みを刻んで。
「お……お、にい、ちゃん……?」
「どうしたんだ、カミラ? 幽霊でも見たような顔して。まさか俺のこと、死んだとでも思ってたのか?」
「そう、じゃ、なくて……どうして、さっきの人を……!」
「ああ……何故って、あの女は魔女だからさ」
「魔女?」
「そう、魔女だ。お前に嘘や世迷い言を吹き込んで、惑わせようとする悪い魔女。だからあの女のことは忘れなさい。再び現れても、決して耳を貸してはいけない」
「だけど彼女、悪い人には見えなかったわ。それに何か、私に教えようと──」
「カミラ。俺の言うことが聞けないのか?」
尋ねられた瞬間、カミラはぞっとしてあとずさった。兄の姿をした何かから。
ソレはなおも微笑んでいる。カミラと同じ空色の瞳を細め、赤い髪を風に揺らして、血のついた剣を握ったまま。
「……あんた、誰」
「誰って、俺が分からないのか。俺はエリク。お前やイークと一緒にこの森で育った──」
「違う。あんたはお兄ちゃんじゃない。だってお兄ちゃんは何があったって、私を無理矢理従わせようとしたりしないから」
兄の皮を被ったモノの目が、さらに細められた。カミラはすかさず剣を抜く。眼前にいる、見るからに邪悪なモノから身を守るために。
されどエリクのふりをした何かは動じなかった。むしろそんなカミラを嘲笑うかのように、酷薄な笑みを浮かべている。
「分かってないな、カミラ。お前は何も分かってない。俺が一体誰のせいでこうなったと思ってるんだ?」
「誰って、」
「お前は俺から母さんを奪い、父さんを奪った。そして次は人生まで奪おうとしている」
「何、言って──」
「お前は災いを呼ぶ娘なんだよ、カミラ。だから殺さなければならない。俺が、この手で」
言って、エリクが剣を構えた。カミラも同じく身構えようとして、腰が引ける。
だって、何を言われているのか分からない。
奪おうとしている? 私が? 何を? どうして?
災いを呼ぶ娘? だから死んでしまった? 父も、母も──?
「どんなに足掻いたって無駄だ。定められた結末は変わらない。終局のときは近づいている……俺が終わらせる。俺もお前も、そのために生まれてきたのだから」
気づいたときには、エリクの形をしたモノが懐にいた。
いや、あるいはソレは、本当に兄であったのかもしれない。
そんな思考がカミラの反射をにぶらせ、すぐさま剣を弾かれた。
丸腰になったカミラの頭上に、エリクの剣が降ってくる。
「死んでくれ、カミラ。俺たちの未来のために」
そう告げた兄の瞳は、やっぱり氷のように冷たかった。
そのとき視界の端に映ったもの。
ああ、あれは。
兄の剣の柄に括りつけられたあの羽根は。
届いていたのか。
届いていたのに──
(どうして、お兄ちゃん)
カミラの頬を一筋の涙が伝った。
されどすべては噴き上がった赤の向こうに、
ぞっと背筋が凍るような感覚で目が覚めた。
目覚めると同時に瞳を見開き、切れ切れの息をつく。
幾本もの梁で支えられた、灰色の天井が見えた。それがここ一月余りの間に見慣れた自室の天井だと気がついて、深く安堵の息を吐く。
「夢……」
ずいぶんと不吉で悲しい夢を見たものだった。あんなに優しくて妹想いだった兄に斬られる夢を見るなんて、どこか病んでいるのだろうか。
汗ばんだ額に手を当てて、今度は浅く嘆息をついた。気づけば額だけでなく、全身汗まみれでひどく不快だ。
できれば湯を浴びたかったが、室内の明るさを見るに既に日は高かった。現在のコルノ島では女の人口が男に比べて圧倒的に少ないため、女が浴場に入れるのは朝の数刻だけと決まっている。
これじゃ入浴は無理だろうな……と諦めて、カミラは額から手を離した。
が、そこでふと気づく。
何気なく持ち上げた己の左手、その甲に刻まれた見慣れない神刻の存在に。
(あ、そう言えば……)
宴のあった晩、突如現れたペレスエラなる女にこんな神刻をもらったのだっけ。
あのときは彼女が放つ只者ならぬ気配に呑まれ、つい安請け合いしてしまったが、見れば見るほど得体の知れない神刻だった。
(五芒星とそれを囲む変な文字……これ、神聖文字……かな? 文字が入ってる神刻なんて初めて見た。ピヌイスの郷庁で見た封刻環の文字とは、ちょっと雰囲気が違う気もするけど……)
しかし神の力を宿した紋章に刻まれている文字なのだから、きっと神聖文字以外の何ものでもないはずだ。加えてカミラは確信している。この星刻が、大神刻にも準ずるほどの力を帯びていることを。
(シノビ……とか言ってたっけ。あいつらがティノくんに襲いかかる直前……誰がどこからどう攻めてくるのか、ほんの少し先の未来が見えた)
体感にしておよそ三十拍(約三十秒)。星刻が唐突に閃き出したあのとき、カミラはあまりにも現実味溢れる幻の中にいた。
その幻の中ではジェロディが背後から現れた刺客に斬られ、膝をついたところへ左右から新手が攻めてきたのだ。だがふと我に返ってみると、目の前には未だ無傷のジェロディがいて、不思議そうな顔でカミラを覗き込んでいた。
当然ながらカミラは混乱したが、どうも三十拍あまりの幻は、体外ではほんの一瞬の出来事であったらしい。
次の瞬間、カミラはジェロディが刺客に襲われることを確信して彼の手を引いた。おかげでジェロディは深手を負うことなく、カミラが見た未来も現実のものとなることは避けられた。
実に不可思議な体験だったが、ペレスエラが去り際に残した言葉を思い起こせば納得はできる。彼女は星刻のことを、仲間の過去、現在、そして未来を見ることのできる神刻だと言っていた。
話を聞いた当初は半信半疑だったものの、実際に力を体感した今なら言える。星刻の力はペレスエラが刻む《時神刻》の流れを汲むものだ。
さすがに本物の《時神刻》ほど強大な力は使えないだろうが、未来を垣間見ることができる──などという時点で、それに類する力を帯びていることは間違いなかった。島に残ったターシャはペレスエラの付き人だと言っていたから、彼女から《時神刻》のことを詳しく聞き出せば、きっともっとたくさんの力の使い道が見えてくるだろう。
(時神の眷属に当たる力、か……そんな神刻があるなんて、今まで聞いたことなかったな。だけどまさか私が二刻使いになるなんてね……)
本来、二つ以上の神刻を同時に刻み、双方を使いこなすのは至難の技だと言われている。生まれつき神術の素質に恵まれた者であっても、複数の神刻を操るのは難しく、数年の修行を要するとか。
加えてこれだけ貴重な神刻となったなら、使いこなせるようになるまでどれほどの時間がかかるのだろうか。
あの晩、ジェロディが襲われる未来が見えたのは偶発的なものであってカミラが意図したわけではないし、あんな僥倖が何度も続くかと言われたら──
「……って、あれ?」
と、カミラはそこでようやく思い至った。そう言えばジェロディと共に無事刺客を撃退してから、自分はどうしたのだっけ?
確かジェロディが窮地に陥ったところをライリーが助けてくれて、騒ぎを聞きつけたウォルドやトリエステもやってきた。それはうっすら覚えている。
でも彼らと今後の対策を練っていて、ジェロディが受けた毒の種類を鑑定するとかしないとかいう話になり……その先の記憶がない。どんなに思い出そうとしても無理だ。何故だろう。そう言えばあのとき自分は、突然の頭痛と耳鳴りに苛まれていたような──
「……え?」
と、ときにカミラは、チュニックの袖がくいくいと引かれるのを感じ取った。何だと思い振り向けば、そこには大きな瞳でこちらを見つめる幼い少女の顔がある。
「わあ!? ラフィ!?」
自室に自分以外の誰かがいると思っていなかったカミラは、盛大に驚く羽目になった。思わず寝台の上に飛び起き、バクバクと鳴る心臓を押さえれば、ラフィも山吹色の瞳をぱちくりさせている。
「ごっ、ごめんっ……いるの、全然気づかなくて……! ていうか、ラフィがなんで私の部屋に?」
とっさにそう尋ねてから、すぐに「あ、しまった」と小さくひとりごちた。驚きと混乱で忘れていたが、ラフィは言葉を話せないのだ。何でも生まれたときから喉に蒼淼刻が絡まっていて、その力と引き換えに声を失っているのだとか……。
かと言って室内にラファレイの姿はないし、どうやって意志疎通を図ったものか。カミラが必死に頭を拈っていると、不意にラフィが、肩から斜めにかけた鞄にそっと手を差し入れた。
彼女が取り出したのは一冊の手帳と羽ペン、そして小さなインク壺だ。なんという鳥の羽根だろう、美しい桃色の羽根の先にインクをつけて、ラフィはせっせと何か書き始める。
そうしてしばらく熱心にペンを動かしていたと思ったら、カミラに手帳を差し出してきた。そこでようやく筆談という手段に思い至ったカミラは「なるほど」と納得して、亜麻紙に綴られたかわいらしい文字に目を滑らせる。
『カミラさん、おはようございます。今日は愛神の月、縁神の日です。みんなで宴を開いたあの夜から、カミラさんは三日間ずっと眠ってました。おからだの具合はどうですか?』
「……三日!? 私、三日も寝てたの!?」
仰天して尋ねれば、ラフィはこくりと頷いた。そうか、だから彼女はここで自分を看ていてくれたのか。ふと目をやった脇棚の上には薬品と思しい瓶が並んでいるし、きっとラファレイも出入りしていたのだろう。
そう言われてみれば、何だか体の節々がこわばっているような気がする。試しに上体を拈ってみると、腰から背中にかけてにぶい痛みがズキズキと走った。
おまけに持ち上げた腕の関節や肩まで痛い。こんなに眠り続けていたのは子供の頃、蜘蛛型の魔物に毒針で刺されて以来だ。
しかしなんでまた自分は三日も眠り続ける羽目になったのだろう?
理由が分からずカミラが首を傾げていると、ラフィは再び手帳を手に取り、今度はさらさらと短い一文だけを綴った。
『今、先生を呼んできます。待っていてくださいね』
……確かに理由は医者から聞いた方が早そうだ。ゆえにカミラが頷くと、ラフィはにこっと笑ってすぐさま部屋を出ていった。
言葉を話せないとはいえ、なんて愛らしい女の子だろう。ふわふわしたローズブロンドの髪も、それにくっついた大きなリボンも、白くてもちもちした頬もついつい触りたくなるくらいかわいらしい。
カイルじゃないが、あんな子が二十も歳の離れた性悪陰険眼鏡と同じ部屋で過ごしているなんてやっぱり犯罪じゃなかろうか。……なんて言ったらラファレイに手術用の小刀で刺されそうだ。カミラは一つ息をつき、額に貼りついた前髪を軽く掻き上げた。
(……髪、洗いたい)
何日も風呂に入らないなんて旅暮らしの間にすっかり慣れてしまったが、しかし何度体験しても不快なものだ。
寝ている間に汗もかいていたようだし、せめて体を拭って着替えたい。そう思い立ったカミラはふと、部屋の片隅にある大きな水瓶へと目をやった。
入り口付近に置かれたあの水瓶には、普段、顔や手を洗うための水が溜めてある。いちいち井戸まで行くのが面倒だからと、ライリーたちがそうしているのを真似たのだ。
(ラファレイが来るまで、まだ少し時間があるわよね?)
だったら全身を拭うのは無理でも、顔を洗う程度はできる。脇棚に手を伸ばしたカミラは白い手巾を取り出して、いそいそと寝台を下りた。
が、いざ一歩踏み出してみれば、ガクンと膝が落ちて体勢を崩す。そのまま床に突っ伏しそうになり、思わず「うわっ……!?」と悲鳴を上げた。
どうやら三日も眠っている間に、すっかり脚が鈍ってしまったらしい。とっさのことで床に手をつくこともできず、代わりに体を横にして顔面の強打を避けた。
おかげで額から突っ込むのは回避できたものの、硬い石の床に右肩を打ちつける羽目になる。倒れたカミラは激痛の走った肩を押さえ、涙目になってうずくまった。
「いっ……たたたた……あーもー、何やってんの私……」
「ほんとに何やってんだ、お前?」
「へ?」
どうにか転がってうつぶせになり、肘をついて起き上がろうとしていたところで、にわかに頭上から声がした。ぽかんとして見上げれば、こちらを見下ろすとびきり大きな人影がある。
ボサボサの黒髪に悪人面を助長する頬の傷。言うまでもなくウォルドだった。彼に呆れ顔で見下ろされたカミラは、芋虫みたいに転がったまま空色の瞳を瞬かせる。
「ウォ、ウォルド……!? なんでここに……!?」
「たまたま通りかかったら、ラフィが走って部屋を出てくのが見えたんでな。なんかあったのかと思って見に来たら、お前が床に転がってたってわけだ。それ、新種の暇潰しかなんかか?」
「んなわけないでしょ! ちょっと歩こうと思って寝台を下りたら、足がもつれて……わ、私、三日も寝てたんですってね」
「ああ。つまり三日間動いてねえし何も食ってねえってこった。そんな状態でまともに立って歩ける方がどうかしてんだろ。少しは考えろ」
馬鹿にするような口調で言われて、カミラは思わずむっとした。そりゃあお説ごもっともだが、三日も寝てたら顔くらい洗いたいと思うのは道理じゃないか。この男はまったく乙女心というやつを分かっていない。
……いや、そもそもむさ苦しいという言葉が筋肉をつけて歩いているような男に、乙女の機微を理解しろと言うだけ無駄か。カミラは嘆息しながらぐっと体を持ち上げた。
が、そこへふと日に焼けた手が下りてくる。やはり言わずもがな、ウォルドだ。
どうやらその手を掴めば引き上げてくれるつもりらしい。あまりにもさりげなく手を差し伸べられたのでうっかり掴んでしまいそうになり、されどばつの悪さにわずか左手を引っ込めた。
「あ、あのさ……私が倒れた理由について、ラファレイは何か言ってた? 私、もしかして深刻な病気だったとか……?」
「ばあか。お前みてえな野生児がそうそう病気なんてするかよ。ラファレイの野郎が言うには〝過労〟だとさ」
「か、過労……!?」
「正確には、〝慣れない神刻に生命力を根こそぎ吸われたがゆえのショック症状〟──とか言ってたな。要するに神力の使いすぎで一気に過労の症状が表れたってことらしい。……お前、その神刻は何だ?」
と、勘繰るように見下ろされ、カミラははっと右手で左手の甲を隠した。
いや、今更隠したところで既に手遅れだし、きっと眠っている間に星刻のことは皆に知れ渡ってしまったはずだ。だけど、それでも……。
「隠すってことはやべえもんなのか。お前、そんなものいつどこで刻んだ?」
「え、えっと、これは……」
「ティノも何か知ってる様子だったが、問い詰めても答えなかった。と言うよりヴィルヘルムに邪魔されてな。お前ら、揃いも揃って一体何を隠してやがる?」
「か、隠してるって言うか、上手く説明ができなくてですね……」
「だが今回お前が倒れたのはそいつが原因だろ。ちょっと使っただけで三日も寝込む神刻なんざ聞いたことがねえ。大神刻ってわけでもなさそうだが、知ってることがあるなら洗いざらい話せ」
「い、いや、そうしたいのは山々なんだけど、私もまだよく分かってなくて……」
「じゃあまずはそいつを見せろ。リチャードの話じゃ、ピヌイスには腕のいい神刻師がいるらしい。そいつに話を聞いてきてやろうじゃねえか」
「ちょ、ちょっと待っ──」
て、とみなまで言い切るより早く、ウォルドがぐいとカミラの左手を掴んだ。そのまま力任せに引っ張られ、否応なしに腰が浮く。
分かってはいたがものすごい力だった。ウォルドの腕はカミラのそれより一回り以上太く、一度捕まったら簡単には逃げ出せない。
だけど、ウォルドは何故そこまでこの神刻を──と思ったところで突然、左手の神刻が瞬いた。え、と思わず呟いた瞬間、閃光がほとばしる。
「わっ……!?」
視界が真っ白に塗り潰された。
同じだ。ジェロディが襲われる未来が見えたあのときと。
あまりのまばゆさに目を瞑り、瞼の裏の明滅が過ぎ去ったところで薄目を開ける。恐る恐る視界を開き──そして、瞳を見開いた。




