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12.ジェッソ解放戦 ☆


 カミラがイークから聞いたところによると、事の全容はこうだ。


 まず救世軍がこの町で堂々と仲間集めを行っていた件について。カミラは救世軍による郷庁(きょうちょう)急襲作戦に加わることが決まると、イークからある書状を見せられた。カミラも兄のエリクほどではないがある程度の読み書きはできる。ハノーク語の手習いは幼い頃父と兄、そして族長のトラトアニから受けた。ハノーク語というのは現在エマニュエルでほとんどの国が公用語としている言語のことだ。

 かつて始世期(しせいき)と呼ばれた時代、世界でも唯一ハノーク大帝国の支配を免れたカミラの故郷には今もルミジャフタ語と呼ばれる古代言語が残っていて──いや、その話は今はいい。

 とにかくカミラが見せられた書状を読み上げると、そこにはこう書かれていた。


 現在我がトラモント黄皇国(おうこうこく)は救世軍なる反政府勢力の台頭により混迷を極めている。これには我らが君主、オルランド黄帝陛下(こうていへいか)も大変心を痛めている次第である。

 そこで我々憲兵隊は陛下より密命を(たまわ)り、偽報によって反乱軍に加担しようとする不届き者を(あぶ)()すこととなった。よってこの町でも一定期間、反乱軍への加入意思がある者を募り、これを一網打尽とする。ついてはジェッソ地方軍にも当作戦への協力を要請したい。憲兵隊による反乱分子の会集が成功したら、その後は作戦指揮官の指示に従い速やかに反抗勢力を抹殺するように。


 ……とまあ、こんな内容だ。ところどころ読めないところがあったから強引に要約したが、だいたい合っていると思う。

 これは何だと尋ねると、イークは偽の命令書だと言った。

 何でもイークたちは黄帝直属の部隊である憲兵隊──これは主に黄都(こうと)の治安維持と政治警察の役割を持った、兵力一千程度の小さな部隊だ──の命令書を偽造してそれを携え、ついひと月ほど前に郷守(きょうしゅ)のもとを訪ねたらしい。

 そして大胆にも憲兵隊の将校になりすまし、これこれこういう理由でこれから反徒狩りを行うから、一ヶ月の間救世軍の噂が町に流れる。

 それをわざと見逃すように、という()()を出した。


 郷守というのはトラモント黄皇国にある七つの軍管区、それをさらに細かく分割した『郷区(きょうく)』の地方長官だ。他方憲兵隊は黄都に暮らす貴族の子弟などが多く加わるきらびやかな部隊で、まあどちらが偉いかと言えば言わずもがな後者が偉い。

 だから郷守は大人しくその()()を承服した。というか郷庁に(おもむ)いたイークとウォルドを本物の憲兵隊将校だと頭から信じ込み、(ぜい)を尽くした歓待までしてくれた。

 早い話が黄都のお偉いさんにありったけの媚びを売り、いざというときのコネを作っておこうとしたわけだ。しかし悲しいかな、彼が上機嫌でもてなしたのはこれから彼の寝首を掻こうとしている反乱軍のふたりである。


 要するに今の地方役人どもというのは、そんなことも見抜けないほど落ちぶれ果てているのだった。イークは宴の席でうっかり郷守を斬り殺さないようこらえるのが大変だったと言いながら──何せその接待の席に並べられた贅沢品の数々は、すべてこの地の民の血税で購われたものだ──書状をしまい、そんなわけで俺たちはこれからもう一度郷庁へ行ってくる、と告げた。

 この命令書に書かれた作戦が見事成功したと嘘をつき、地方軍を何もない郊外の森へ向かわせるためだ。そこに集めた反徒どもを待機させてある、だから殺せと命じれば、郷守は喜々として兵を走らせるだろう。

 そうしてすっかり警備の薄くなった郷庁を、奇襲でもって制圧する。

 その時点で郷守の首と体はおさらばだ。でもってイークたちによってもたらされた情報が嘘だと気づき、大急ぎで取って返してくる地方軍は、


挿絵(By みてみん)


「──殲滅(せんめつ)しろ! そのまま突き崩せ!」


 つまりそういうことになった。イークの指揮に応えるように、わっと喊声を上げた救世軍の兵士たちが地方軍に殺到していく。あたりは目の回るような乱戦になった。完璧な奇襲だ。カミラたちはほとんど一瞬でジェッソの郷庁を制圧したのち、森から帰ってくる地方軍を帰路で待ち伏せてこれを襲撃した。夜闇に紛れて地に伏せ、また丘陵の陰に身を隠し、左右から挟撃をかけたのである。


「殺せ! 自由ある未来のために!」


 などということを口々に叫びながら突撃していく救世軍の兵士たちを見て、カミラは物騒だな……と思いながら駆け出した。黄皇国の悪政に終止符を打つという彼らの理念には賛同できるが、喜々として人の命を奪うのはどうかと思う。

 黄皇国兵の中にだってまともな人間はいるかもしれないし。

 だがここは既に戦場だ。今更人間を斬ることに躊躇(ちゅうちょ)などしてはいられない。

 カミラは雄叫びを上げて向かってきた敵兵の脇を擦り抜け、身を(ひるがえ)し、背後を取ってその右腕をザクッとやった。

 相手が悲鳴を上げて剣を取り落としたところで、サッと腿も斬りつける。

 結構深くやった。死にはしないが、これで彼はもう起き上がれない。


「──おい、後ろ!」


 なんだ案外上手くいくじゃないか。

 そう思ったのも束の間、カミラは横合いから聞こえたどら声で我に返った。

 反射的に反転し、振り返ると同時に剣を振る。

 左手に鋭い衝撃があって、すぐ目の前で火花が散った。

 カミラの剣が背後から迫っていた敵の剣を弾いたのだ。それによって相手が怯んだ刹那のうちに、カミラは素早く跳びずさって距離を取った。

 そうして相手が体勢を立て直すより早く踏み込もうとして、


「がっ──」


 と、突然敵の姿が視界から消えた。いきなり横からすっ飛んできた大剣が、革の(かぶと)を被った相手の側頭部にめり込みそのまま吹き飛ばしたのだ。

 出鼻を挫かれたカミラは唖然として地に伏した敵の姿を見た。

 頭が潰れている。安い革兜は鋭い剣先くらいなら防げるが、鈍器にも似た鉄の塊で殴られたらひとたまりもないというのがそこからはっきりと見て取れる。


「おい、もっと周りに目を配れよ、嬢チャン。死ぬぞ」


 目線より一段高いところから声が降ってきて、カミラは再び我に返った。見上げればそこには、カミラより頭ひとつ分もでかい大男──ウォルドの姿がある。

 言うまでもなく、先程敵兵を吹き飛ばした大剣の持ち主は彼だった。ウォルドはずいぶんと刀身の分厚い両刃剣で、バッタバッタと豪快に敵を()()()()()いる。

 どうやらやたらと重量のある彼の剣は、肉を斬るというより叩き潰すことに特化しているようだ。

 おまけに盛り上がった筋肉は彼に竜人(ドラゴニアン)並の膂力(りょりょく)が備わっていることを物語っていて、カミラは口もとが()()りそうになるのを何とかこらえた。なんというか、すぐ傍に立たれるとものすごい威圧感だ。正直ちょっと離れてほしい。


「あの、ご忠告は大変有り難いんだけど、その〝嬢チャン〟っていうのやめてくれる? 私にはカミラって名前があるの」

「ああ、そうかい。そいつは失礼──っと」


 そのときウォルドの背後から剣を振り上げて迫る敵影があった。

 ウォルドはそれをいち早く察知して動き、今度はこちらに背を向ける。

 だがそのウォルドを挟み込むように左右からも敵が来た。

 たぶんでかいのと赤いのが一緒にいるせいで目立つのだ。

 三対二。左から来る敵の目線はカミラに向いている──ならば、こうだ。


「テオ・エシュ・クィミン──火箭(ナール・ヘッツ)!」


 カミラはすかさず祈りを唱え、右手を()いだ。

 赤い閃光が闇夜を走り、子供の頭ほどもある火の玉となって敵手に襲いかかる。

 その火の玉が左の敵をまんまと吹き飛ばしたのを視界の端で確認し、確認したときには既に右から来る敵と斬り結んでいた。相手の剣を絡め取るように()なし、隙ができたところに蹴りを見舞う。もちろん金的(きゅうしょ)を狙った。

 相手が「ハウッ!?」と(うめ)いて怯んだ隙に顔面へ華麗な回し蹴りを見舞う。


「へえ、やるじゃねえか」


 すぐ後ろから感心したような声が降ってきて、カミラはちらとそちらを窺った。

 ウォルドの方も肉薄してきた敵を無事に片づけたようで、ニヤニヤしながらカミラの背中を眺めている。……何だろう。特に理由はないけどムカつく。


「おい、カミラ! 勝手に俺から離れるな!」


 と、ときに五馬身ほど先から怒声(こえ)がしてカミラははたと振り向いた。

 その先に馬に(また)がったイークの姿が見える。そんなに離れたつもりはなかったのだが、どうも敵と交戦するうちに距離が開いてしまったらしい。

 だが再び近くへ行こうにも、カミラとイークの間には敵味方の濁流がどうどうと横たわっていた。橋があるわけじゃあるまいし、これをひょひょいっと渡っていくのはさすがに無理だ。

 かと言って強引に突破するのも──と、カミラが眉をしかめたときだった。


 背後から、殺気。


「──っ!」


 カミラはとっさに地を蹴って飛び込むように前転した。

 直後、それまでカミラが佇んでいた場所に巨大な斧が叩きつけられる。

 地面が砕け、土が飛び散った。前転から跳んで身を翻し、素早く相手と向き合ったカミラは「げっ……」と口角を歪める。

 そこにいたのはウォルドにも負けず劣らずの体躯(たいく)を誇る大柄の黄皇国兵だった。

 しかも革鎧に革兜という比較的軽装な地方軍兵士の中で、そいつだけは何故か全身を覆う鋼鉄の鎧を身にまとい、顔も鼻のあたりまで覆い尽くす鉄の兜で守られている。おまけに武器はリーチの長い長柄の戦斧。

 鋼鉄兵はそれを軽々と頭上で振り回し、カミラを見据えて再び構えた。


 ……なんで私を狙うわけ? かわいいから?


 カミラは口角を歪ませながら後ずさる。

 いや、冷静に考えて目をつけられたのはたぶんカミラが神術使いだからだ。

 砂漠で竜人と戦ったときもそうだった。乱戦の中で厄介そうな相手を見つけたらまず真っ先にそいつを叩く。それが集団戦の鉄則だ。

 しかしこちらが不利と分かっていて大人しくそれに付き合ってやる義理はない。

 カミラは剣を構えながらじりじりと鋼鉄兵から距離を取り、


「ねえ、ウォルド! ここにあなたにピッタリの相手が──」


 と振り返ったところで絶句した。いない。どこいったあいつ。


「おりゃあああっ!」


 そのときだった。俄然(がぜん)勇ましい喊声(かんせい)が上がり、カミラは剣を振りかぶった救世軍の兵士たちが数名、それぞれの方角から鋼鉄兵へ襲いかかるのを見た。

 味方もまた重装備の鋼鉄兵は厄介だと目をつけたのだ。

 やった。これで自分が相手をしなくて済む、と思ったのも束の間。

 瞬間、鋼鉄兵は無言で戦斧を持ち直し、ブルンッと豪快に振り回した。

 途端に四方から攻めかかっていた味方が吹き飛ばされる。

 まるで露でも払うように、全員が一撃でのされてしまったのだ。


「う……嘘でしょ……」


 カミラは愕然と立ち尽くした。

 鋼鉄のバイザーの向こう側で、強敵(てき)の目が炯々(けいけい)と光っている。



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