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【side:A】エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―  作者: 長谷川
第4章 君を忘れないために
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129.ひとりじゃない

「――というわけで、君たちをお助けすることになりましたカミラの婚約者のカイルでーす! これからしばらく一緒に行動させてもらうんで、以後よろしく!」


 とカイルが元気良く挨拶したときの仲間の表情を、カミラは一生忘れないだろうな、と思った。

 それは予想外の展開にぽかんとしているようでもあり、突如現れた少年を不審に思っているようでもあり、まったく空気を読まない言動にイラッときているようでもあり――とにかくそういう複雑な表情だ。


「ぐえっ!? か、カミラ、首飾りを引っ張るのはヤメテ――」

「やめてほしかったら今すぐ訂正なさい。誰がいつ誰の婚約者だって?」

「い、いや、これは未来の話というか……だってオレたち、ゆくゆくは結婚するわけだし?」

「一体いつそんな話になったのよ? 私は友達からって言ったの、と・も・だ・ち・か・ら!」


 カイルの首にかかった大量の首飾りを後ろからギリギリ引っ張りつつ、カミラは殺意を込めてそう言った。

 傍らでは壁に背を預けたウォルドが、腕組みしながら珍獣でも見るような顔をしている。彼に目だけで「どういうことだ?」と問われたヴィルヘルムは、ため息と共にただ首を振った。


「……つまり今聞いた話をまとめるとこういうことかい? そこのカイルという少年は人目につかない抜け道を知っていて、その道を使えば門を潜ることなく黄都の外へ出ることができる。だから我々をこれから案内すると?」

「わっ、よく見たら向こうに綺麗なおねーさんもいるじゃん! そっちにいるメイドさんもなかなか――いたっ!?」

「まあ、だいたいそんなところだ。はっきり言って信憑性はゼロに等しいが、余計な危険を冒すくらいならこいつを信じてみるべきだと、カミラがそう言うのでな」


 カミラに思いきり足を踏みつけられ、カイルが黙り込んだ隙に仲間たちは会話を進めた。事の顛末を話すヴィルヘルムなどは実に遺憾そうだったが、今はこれが最善だと思うのだから仕方がない。

 話し合いの末――確かに死ぬほど胡散臭くはあるが――とりあえずカイルの言う抜け道とやらを見てみようということになった一行は、彼の案内の下、問題の場所への移動を開始した。その時点で多少の不安はあったものの、結果的には杞憂に終わる。


 さすがは黄都生まれの黄都育ちと言うべきか、カイルの土地勘はかなりのものだった。何せケリーすら知らないという裏道を自分の庭みたいに歩くのだ。

 途中人家の屋根の上を移動したり、元は何だったのかよく分からない廃墟の中を通る羽目になったりもしたが、人目をかわすという点では大いに有効と言って良かった。どうしてこんな変な道ばかり知っているのかと尋ねたら、「熊殺しから逃げるためだよ」とカイルは語ったが――なるほど、カイルの母親はカミラの想像以上に恐ろしい人物らしい。


 かくしてどうにか憲兵隊に見つかることなく、カミラたちが辿り着いたのはソルレカランテ南部の工業区と呼ばれるところだった。このあたりは鍛治師、細工師といった職人たちが工房を構える区画で、関係者以外はあまり立ち寄らない場所だと言っていい。


 工業区の外れには、真ん中にぽつんと銅像が佇む広場があった。城前広場と比べるとだいぶ見劣りする小さな広場だが、傍らには火事や事件などの際に鳴らされる警鐘の鐘楼が立っている。

 カイルが一行を案内したのは、その鐘楼に寄り添って佇むかなり小さな建物だった。どれくらい小さいかと言うと、屋根の高さはウォルドの身長と同じくらい。

 広場からはまったく見えない位置に設けられた鉄の扉も、身を屈めなければ通れないほどの大きさだった。カミラはてっきり薪小屋かと思ったのだが、カイル曰く秘密の抜け道とやらにはこの小屋から入れるらしい。


「いや、でもここの扉、しっかり鍵がかかってるんだけど……?」

「心配ご無用」


 歌うようにそう答えると、カイルは突然自らの服の中に手を突っ込んだ。そうして襟元から引っ張り出したのは、細い革紐に通された鍵だ。

 銅製のそれは他の首飾りと一緒にカイルの首から下がっていて、服の中に隠れている間はまったく気づかなかった。あるいはカイルは鍵の存在を目立たなくするために、あんなにたくさんの首飾りをしているのかもしれない。


「レディ・ファースト。というわけでお先にどうぞ、お嬢さん方」


 把手とってにかかっていた錠前をたやすく外し、カイルは気取った様子でそう言った。彼が開いた鉄の扉は小さいながらもかなり分厚く、相当の重量がありそうだ。

 まるで力づくでは破れないように造られたみたい。そんな感想を抱きながら覗いた屋内なかは、重苦しいほどの闇だった。

 扉が嵌め込まれた入り口以外、明かりの入る場所がないのだ。それを知ったカミラは先頭を切って中へ入り、すぐさま右手に火をともす。


 ――ボッ。


 神術の炎が狭い小屋の中を明るく照らした。と同時に息を飲む。

 何故なら入ってすぐ左――そこに螺旋を描きながら地下へと続く階段が待ち受けていたからだ。


「えっ……こ、ここにも階段、ですか……?」


 と背後で驚きの声を上げたのは、続いて中へ入ってきたマリステアだった。

 彼女の言うここに、とは、恐らくロカンダの地下遺跡のことを指しているのだろう。同じ理由でカミラも驚いた。まさかソルレカランテの地下深くにも、隠された遺跡があったりするのだろうか?


「おい、カイル。この階段はどこへ続くものなんだ?」

「どこって、秘密の地下道だよ。その道をまっすぐ辿っていけば、最後は南西にある森に出られる。途中で農園の枯れ井戸に出れたりもするけどね」

「そ、そんなものが黄都の地下にあったとは……」


 長く軍人をしているケリーも知らなかったのか、彼女が零した動揺の声はすうっと闇の底へ吸い込まれた。そうこうするうちに男性陣も次々と扉を潜り、最後に小屋へ入ったカイルが、壁にかかっていた小振りな角灯へ手を伸ばす。


「オレも地下道のことを知ったのは結構最近なんだけどさ。鍵を譲ってくれたオッサンの話によれば、ここはソルレカランテ城の築城と一緒に造られた皇家のための道らしいよ」

「皇家のための……?」

「そ。何か大きな事件が起きたとき、皇族の皆サマが安全に都の外へ出られるように造られた道だって。まあ要するに、城から伸びる隠し通路ってやつ?」

「じ、じゃあこの地下道を辿っていけば、ソルレカランテ城にこっそり入ることもできるということですか?」

「うーん、理論上はそうなるんだろうけどね。オレが知ってるのはさっき言った農園の井戸に出る道と、郊外の森の木こり小屋に出る道だけなんだ。たぶん城に続く道もどこかに隠されてるんだろうけど、オッサンはそこまで教えてくれなかったしなあ」

「その〝オッサン〟ってのは何者なんだ?」


 皇族専用の隠し通路を知っているなんて、恐らくただの〝オッサン〟ではない。カミラがカイルの角灯に火を移しながら抱いた疑問は、ウォルドが代わりに尋ねてくれた。

 と、ときにカイルが火の入った角灯をこちらへと差し出してくる。それを「持ってて」の合図だと受け取ったカミラは、右手の火を消し素直に角灯を受け取った。


「さあ、実はオレもよく知らないんだよね。たまにふらっと現れてはめんどくさいお使いを押しつけてくる人で……ぶっちゃけ名前も知らないなあ。訊いても〝好きに呼べ〟って言うだけだから、仕方なくオッサンって呼んでるけど」

「お前はそんな怪しい男と一体どこで知り合ったんだ?」

城壁かべの外だよ。オレ、前に閉門時間を過ぎてから街に戻ってきて困ったことがあってさ。朝までに家に帰んないと母ちゃんに殺されるって頭抱えてたときに、そのオッサンが現れてこの小屋の鍵をくれたんだ」


 言いながら、カイルは扉の把手付近にある小さな窓を開け手を突き出した。どうやら外にかかっていた錠前を元に戻しているらしく、ここを使うときは必ずそうしろというのが〝オッサン〟の厳命らしい。


「以来帰りが遅くなるときはいつもここを使ってる。だから安全は保証するし、道案内もちゃんとするから安心して」

「……だけどカイルって都会っ子なんでしょ? なのに門が閉まるような時間まで街の外で何やってるの?」

「あ、知りたい? 実は外の農園にフローラってがいてさ、これがまためちゃめちゃカワイイ娘なんだよ。だけど親が色々厳しいらしくてさ、仕方がないから日が暮れてからこっそり外で――」

「ごめん。訊いた私が馬鹿だったわ」


 そこから先の言葉は何としても遮断しなければならないような気がして、カミラは強引に話題を打ち切った。するとカイルがニヤけながら「カミラ、もしかして妬いてる?」と尋ねてきたので、今度は脛を蹴っておく。

 かくして一行はカイルを先頭に階段を下った。ゆるやかな螺旋階段を下りきると、やはり真っ暗な通路が大きく口を開けている。


 カイルがかざした角灯の火が照らすのは、石の壁で造られた幅半枝ハーフアナフ(二・五メートル)くらいの道と無数に宙を舞う埃、そして塗り潰したような静寂だけ。

 いざ通路へ足を踏み入れれば、鼻を突くのはほのかなカビの臭い。時折サッと足元を通り抜けるのはネズミだろうか、見かける度にマリステアが悲鳴を上げた。


「しかしお前、名前はカイルとか言ったか。こんな通路を知ってるだけでも妙だってのに、手配書のカミラに一目惚れしてわざわざ会いに来るとは……物好きと言うか何と言うか、そのまま手配書に懸想してた方が幸せだったものを」

「ちょっとウォルド、それどういう意味よ?」

「考え直すなら今のうちだと、こいつに忠告してやってんだよ。救世軍おれたちに肩入れするってだけでも相当やべえのに、加えてカミラなんかに惚れたらあとは破滅あるのみだぜ」

「何なら今ここであんたに破滅をもたらしてあげてもいいけどね?」


 などと不穏なやりとりをしながら、カミラたちは闇の中を進む。不意に会話が途切れると、あたりを満たすのは闇の色をした沈黙ばかり。

 ただでさえ狭くて暗くて気が滅入るのに、空気までどんより重くなってしまうのは困りものだ。だからカミラは努めて話題を提供したが、気になるのは終始黙りこくったままのジェロディのことだった。


 例のオーウェンという男の裏切りが発覚してから、彼の口数は極端に少ない。マリステアもそうだが、数刻前のあの出来事が未だ胸をふさいでいるようだ。

 かと言ってカミラはかける言葉が見つからない。ヴィルヘルムと二人きりの間は言いたい放題だったけど、あれはオーウェンの人となりをよく知らないから言えたこと。たぶんここでカミラが代わりに憤っても、それは彼らを余計に傷つけるだけだろう。ジェロディたちはまだオーウェンの裏切りを信じられていないし、信じたくもないだろうから。


(かと言って、安い気休めの言葉をかけるのもね……)


 オーウェンにも何か事情があるのだとか、本当はジェロディたちのことを想っているはずだとか。そんな確証のない言葉はただのハリボテだ。彼らの関係を何も知らないカミラが口にしたって、チュリの実ほどの説得力もありはしない。

 だからカミラは敢えてその話題には触れなかった。ジェロディたちが一刻も早く立ち直れることを祈りながら、歩く。歩く。ひたすらに。


 黄都から近郊の森までは、直線距離でも三十ゲーザ(十五キロ)ほどあった。つまりカミラたちは四刻(四時間)近い間、暗闇の中を歩き通したということになる。

 「ここだよ」というカイルの言葉に導かれ、ようやく地上へ出たときにはとっくに日が暮れていた。行き止まりから伸びる梯子を登った先は木こり小屋。宿の四人部屋くらいの大きさの、丸太で組まれた小さな家屋だ。


「は~、やっと出られた……」


 四角く切り抜かれた床板を押し上げ、ようよう地下から這い出したカミラは脱力しながら吐き捨てた。同じ地下でもロカンダの遺跡とは打って変わって、ここの地下道は暗いし狭いし黴臭いしで、とても長居したいような場所ではなかったのだ。


「何とか無事に街の外へ出られたようだね……しかしカイル、この小屋の持ち主は? 今は誰もいないようだが、そのうち利用者が戻ってくるんじゃないのかい?」

「さあ、オレも詳しくは知らないけど、オッサンの話じゃ誰も住んでない小屋らしいよ? ここらの森は黄帝の所有物だから、何とかって大臣の許可がないと本当は入っちゃいけないらしいし」

「とするとこの小屋は、通路の出入り口を隠す偽装手段なのだろう。人が立ち入らない森だと言うならば、今夜はここで一泊しても問題あるまい」

「賛成。今日は色々ありすぎて疲れたし、ふかふかの寝台はなくてもせめて屋根のあるところで眠りたいわ」


 早速丸太積みの壁に凭れながら、長いため息と共にカミラは言った。思い返せば、本当に長い一日だったのだ。

 朝にはロメオ改めエリジオがフィロメーナの弟であることを知らされ、驚き覚めやらぬうちに憲兵隊と遭遇し、街中を逃げ回ったあげくに長時間暗闇の中を歩かされた。たった一日の間にこれだけ頑張ったのだから、今夜くらいは贅沢を言ってもいいはずだ。

 が、そこへカイルがにこにこしながらやってきて、さも当然と言いたげにカミラの隣へ腰を下ろした。振り向けば目と鼻の先に彼のにやけ面がある。……この少年、いちいち近い。


「カミラがそう言うならオレも賛成。じゃ、せっかくだし二人一緒の寝床で寝よっか?」

「今の文脈だと何が〝せっかく〟なのかさっぱり分からないんですが?」

「だってオレたち恋人じゃん? いや、正確には恋人候補だけど、まあ似たようなモンだし?」

「全然まったく一アレーも似てません」


 自分の周りに環状にある、他人との距離を測るためのテリトリーとでも言えばいいのだろうか。その輪の中へ無遠慮ににじり寄ってくるカイルを、カミラは全力で押し留めた。

 が、この少年はやはりめげない。肩を押さえられたまま、しかしずいっと顔を寄せて、自分の手をカミラのそれへさりげなく重ねてくる始末だ。


「じゃあ、添い寝がダメならオレにキスして」

「はあ!?」

「だって約束どおり君らを外まで連れ出したじゃん? だったらそんくらいのご褒美はあってもいいんじゃないかなーと」

「そ、そんなの聞いてないし! ていうかカイル、あなたいつまでここに居座るつもりなの……!?」

「居座るってひどいなあ、用済みになったらあとはポイッてこと? だけどお生憎サマ。カミラがイエスって言ってくれるまでオレ、どこまでもついていくから」

「じょ、冗談でしょ……!?」


 ギリギリと地味な攻防を続けたまま、カミラは軽く絶望した。だってこの少年がこれから先もついてくるって? こんな相手に四六時中つきまとわれたら、まったく気が休まらないじゃないか!


「おいカイル、血迷うのもそこまでにしておけ。今ならまだ引き返せる。このまま俺たちと行動を共にすれば、お前にその気はなくとも反乱軍の一味と見なされかねんぞ」

「いいよ、カミラといられるなら。オレ、彼女のためなら何にだってなるぜ」

「それは一時の気の迷いだ。現にお前はカミラのことを何も知らんだろう。遊びのつもりでついてくると、まず確実に後悔することになるぞ」

「そうかな。後悔するかどうかなんて、ついていってみなくちゃ分かんないじゃん? 何でも先を見通した気になって語るのは、オッサンたちの悪い癖だよ」


 瞬間、ビキリと青筋を立てたヴィルヘルムを、隣のケリーが「ヴィルヘルム殿、こらえて下さい」とどうにか宥めた。そんな彼らの心中を知ってか知らずか、ときにようやく離れたカイルが、壁を背にあぐらをかいて言う。


「ていうかアンタら、さっきから反乱軍反乱軍って言ってるけどさ。噂じゃ反乱軍ってこないだ潰滅したんじゃないの? 軍人さんが街でそう触れ回ってたけど」

「確かに壊滅的な打撃は受けたがな。まだ完全に終わったわけじゃねえ。今も散らばった仲間を集めるために、こうして下準備をしてるとこだ」

「だけど反乱軍を指揮してた幹部陣は、ここにいるカミラとウォルドさん……だっけ? アンタらを除いてみんな死んじゃったんでしょ? なのにこれからどーすんの?」

「……待って。カイル、あなた今なんて?」

「だから、カミラたち以外の幹部はみんな死んじゃったのに、たった二人でどーすんのって――うわっ!?」


 刹那、カミラは無意識のうちにカイルの胸ぐらを掴み、力任せに引き寄せていた。いきなり体を揺さぶられたカイルは目を白黒させているが、カミラは構わず詰問する。


「その話、本当なの? 救世軍の幹部がみんな死んだって、どういう……!」

「い、いや、だって街の高札にそう張り出されてたし……まあ、それによればカミラも死んだかもってことになってたけど――」

「じゃあイークやギディオンも? 死んだって言うの? まさかあの戦いで……!?」

「おい、カミラ」

「ねえ、もっと詳しく話して! イークは、どこでどうやって……!」

「おいカミラ、落ち着け!」


 深い深い胸の奥、ずっと見えないところへ押し込めていた不安が、一気に爆発した気分だった。だってカイルの話が事実なら、イークやギディオンはロカンダが包囲されたあの夜に死んでいたということになる。

 ――嘘だ。そんなの嘘だ。

 誰かにそう言ってほしくて、カイルに縋りついていたら後ろから襟首を掴まれた。そうしてぐいっとカミラを引き離したのは、ウォルドだ。


「幹部が全員死んだってのは、生き残りの士気を削ぐために軍が流した作り話だ。情報操作は戦の基本だろ。現に俺もお前も、まだ生きてる」

「でも……!」

「軍の連中が言うことなんざ、自分の目で確かめるまで信用すんな。だいたいあのイークやギディオンがそう簡単にくたばるわけねえだろ。特にイークの野郎は、憎まれっ子世に憚るって言うしな」


 いつもと変わらぬ乱暴な言い草。それが不思議とカミラを落ち着かせた。心はまだ波立ったままだけれど、感情のままに暴れたがっていた体からは力が抜ける。

 と同時に涙腺が緩んで、カミラは不覚にも泣いてしまった。泣き顔を見られたくなくて顔を伏せ、辛うじて頷けばウォルドもようやく襟首を放す。


 ……イークはまだ生きている。


 そんな言葉を、まさかウォルドの口から聞けるとは思わなかった。

 顔を会わせれば言い争いばかりしていた二人だけれど、ウォルドも心のどこかでイークの身を案じてくれていたのだろうか?

 そう思ったら余計に涙が溢れて、カミラは小さく嗚咽を零した。すると大きな手が降ってきて、一度だけくしゃりと赤い髪を撫でていく。


「とにかく今夜はもう休もうぜ。ライリーとの待ち合わせまであと何日だ?」

「十日だな。合流場所までまっすぐ向かえば余裕はあるが、追われながらだといささか厳しいかもしれん」

「だとしたら明日は日の出と共に出発だ。ティノ、お前らも早めに休んどけ。一応俺とヴィルヘルムとで見張りはしておく。カイル、お前もついてくるのは勝手だが、遅れるようなら迷わず置いていくからな」

「うわっ、マジか。オレ朝弱いんだよなあ……」


 カイルのぼやきを聞きながら、カミラはようやく顔を上げた。視線の先ではヴィルヘルムたちが立ち上がり、部屋の隅に積まれた物資の物色を始めている。

 その中にはちょうど寝床に使えそうな毛布類もあって、一晩有り難く拝借することにした。小さな木こり小屋は七人が並んで寝ようとするとさすがに狭かったが、一人は外で見張りについてくれるというので何とか横になることができる。


 一緒に寝ようと騒ぐカイルは一番端に追いやって、カミラは毛布にくるまった。隣からは早くもマリステアの寝息が聞こえる。彼女もきっと泣き疲れていたのだろう。

 明かりを落とした暗闇の中。雪割りの下の小窓から注ぐ月明かりが、微かに呼吸を繰り返すマリステアの寝顔を照らしていた。

 すぐ後ろではケリーも横になっているはずだ。こういうとき、仲間がいるのは有り難い。ひとりじゃない、と、自分に言い聞かせることができる。


(……イークもひとりじゃないといい)


 そう思いながら、マリステアと寄り添うように目を閉じた。


 誰もが誰かといつかまた、こうして寄り添い合えることを、願った。






※『2CHread』による本作の無断転載について

 2018年4月16日現在、『2CHread』という海外サーバーを利用したWeb小説自動収集サイトに本作が無断転載されております。転載に伴い作者名は削除されており、『2CHread』の管理人が拙作の著作権を主張している状態です。

 しかしながら本作の著作権が著作者本人である長谷川に帰属することは明白なため、『2CHread』内における同名作品の著作権もまた長谷川に帰属するものとしてここに権利を主張します。『2CHread』からの転載もまた長谷川の保持する著作権を侵害する行為とみなし、場合によっては法的措置を取らせていただきますので、ご留意のほどよろしくお願い申し上げます。


(『2CHread』内『エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―』掲載ページ)

 https://www.2chread.com/13334/


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