128.付き合って下さい
「……どう思う?」
と、カミラは隣を歩くヴィルヘルムに尋ねた。
「それは今後の見通しについての質問か? もしくはジェロディたちの様子について尋ねているのか?」
と、ヴィルヘルムの方はいつもと変わらぬ平坦な声で聞き返してくる。
大人二人が並んで歩くのがやっとという狭い路地で、カミラは彼の横顔を盗み見た。しかし生憎ヴィルヘルムの左側を歩いているので、今は表情が読み取れない。
まったく本当に邪魔な眼帯だなと思う。こんなときこそ何にも動じないヴィルヘルムの顔を見て、大丈夫、何とかなる、と思いたいのに。
「どっちもよ。ティノくんたち、あのオーウェンとかいう人の裏切りに相当ショックを受けてたみたいだけど……ヴィルは知ってるの? オーウェンさんってケリーさんと一緒に、ずっとガルテリオ将軍の部下をしてたんでしょ?」
「ああ。だがケリーほどはよく知らん。俺の記憶が確かなら、あれは正黄戦争の途中でガルテリオに拾われた男だからな。俺とはあまり接点がなかった。そもそも元は偽帝軍の兵士だったはずだ」
「偽帝軍の? ってことは、そのときも偽帝軍を裏切って真帝軍についたの? だとしたらとんだ裏切り人生じゃない」
「いや、ガルテリオの部下になったときの経緯はよく知らんが……今回は少々事情が違うかもしれん」
「事情が違うって? 誰かを人質に取られてるとか、そういうこと? それにしてはノリノリでティノくんを襲ってたように見えたけど」
「……」
とりあえず人気のない路地に置いてきたジェロディたちの様子を思い返して、カミラは言いたいことをずけずけ言った。そうしなければ気が収まらない程度には、あのオーウェンという男に対する苛立ちと軽蔑の情が募っている。
だってあの男は、ジェロディたちの信頼をものの見事に裏切った。ジェロディがいきなり馬車を飛び出していったときは肝を潰したけれど、そうまでして会いたいと願ってくれていた相手に、彼は迷いもなく剣を突きつけたのだ。
その事実に打ちのめされ、茫然自失していたジェロディや泣いていたマリステアの姿を思い出す度、カミラはやり場のない怒りに襲われた。ケリーは何も言わずそんな二人に寄り添っていたが、彼女だって内心は決して穏やかじゃないだろう。
そう考えれば考えるほど腹が立って仕方がない。が、ヴィルヘルムの方は黙り込んで、それ以上何も語ろうとしなかった。ただいつものように、顔の左半分を覆う眼帯を軽く押さえてみせただけだ。
そこは古い家屋が積み重なるように佇むソルレカランテ西区。
今からおよそ二ヶ月半前、ジェロディたちと出会ったその場所を、奇しくもカミラは再び彷徨い歩いていた。
理由は単純明快。黄都の中でも特に歴史が古いと言われるこのあたりの街並みは、狭い路地が迷路のように入り組んでいて、いざというとき追っ手を撒きやすいからだ。
カミラは現在、その西区をヴィルヘルムと二人で哨戒していた。いや、正確には哨戒を兼ねた脱出手段探しといったところか。
最初に鉢合わせた憲兵たちはマリステアの神術でどうにか撒いたものの、今や黄都は追っ手だらけと言って良かった。こうしている間もどこかで甲高い警笛が鳴っているし、時折遠くをばたばたと駆け抜けていく足音も聞こえる。
そんな中、立ち上がることさえままならない状態のジェロディたちを連れ歩くのはかえって危険だと判断して、彼らのことはウォルドに任せてきた。ケリーもついていてくれるから大丈夫と思いたいが、とにかく一刻も早く黄都からの脱出路を見つけなければならない。
何しろ市門の外まで送ってくれる予定だったオーロリー家の馬車は、ジェロディが飛び出した直後に屋敷へ帰してしまった。万が一の事態となればオーロリー家と救世軍の接点が取り沙汰され、今度こそエリジオの立場が危ぶまれるかもしれないと思ったからだ。
自分たちのせいで、フィロメーナの弟まで危険な目に遭わせたくはなかった。昼食の席であれこれフィロメーナの話をしてくれたエリジオは、とても素直で優しい少年だったから、なおさら。
あの少年は見た目にも言動にも、胸が苦しくなるほどフィロメーナの面影を残していた。それでいて心から姉を愛していたのだということが、彼女との思い出を語る言葉の端々から痛いくらいに伝わってきた。
だのに自分はそんなエリジオから最愛の姉を奪ったのだ。
彼は姉の死を、カミラの咎ではないと言ってくれたけど。
(だけどもし、これが逆の立場だったなら――)
たとえばエリジオから、兄を死なせてしまったと告白されたなら。
そのとき自分は許せただろうか。
あんな風に笑って、あなたに罪はない、なんて言えただろうか。
(きっと、言えない)
だからせめてあの少年には、姉の分まで幸せに生きてほしかった。
彼から祖国を奪おうとしているくせに、馬鹿げた願いだとは思うけど。
「――黄都からの脱出手段についてだが」
と、ときにカミラの思考を遮ってヴィルヘルムの声がする。
そこではっと我に返った。ヴィルヘルムはもうオーウェンの話題をするつもりはないのか、薄暗い路地の先をじっと見据えたままで言う。
「一つだけ、方法がないわけでもない」
「えっ」
「黄皇国軍内でそこそこの地位を持つ者と接触できれば、あるいは門を開かせることができるかもしれん」
「そ、それってヴィルの顔利きでお願いするってこと? だけどさっきの騒ぎでヴィルも憲兵隊長に顔を見られてるし……だったら入ってきたときと同じく、門衛に賄賂を握らせた方が……」
「いや。お前たちが前回黄都から脱出したときも、賄賂で話を通したのだろう? だとすれば軍もそのあと、ジェロディが市外へ逃れた経路を探ったはずだ。入ってきたときは平時だったから同じ手が使えたが、この非常時にもう一度アレが通用するとはとても思えん」
「じゃ、じゃあヴィルの案で行くっていうの? だけど軍のお偉いさんって言ったって、黄都にいる将軍のほとんどはルシーンの息がかかってるって話だし、ヴィルがお願いしたところで聞いてくれるかどうか……」
「俺は一言も〝お願いする〟とは言っていないぞ。ただ門を開かせると言った」
「え?」
「フィロメーナが生前気にしていただろう。俺が初めてお前たちの前に現れたとき、どうやって居場所を突き止めたのかと」
言って、ヴィルヘルムは立ち止まった。つられてカミラも足を止める。
だけど妙な胸騒ぎがした。ヴィルヘルムはこちらへ向き直って、黒刃石を嵌め込んだような隻眼でカミラをじっと見据えている。
その眼差しから、カミラは彼の覚悟と迷いを感じた。
それより先の言葉を、自分は聞いてはいけない気がする。
ヴィルヘルムは話そうとしてくれているけれど、でも――
「……お前には恐らくいずれバレる。だから今のうちに話しておくべきかもしれんと思ってな」
「い、いずれバレるって……なんで?」
「お前がそういう星の下に生まれたからだ。その意味も、いずれ分かる」
「な、何、言って……」
「まあ、お前の星の話は今はいい。それよりも、これは恐らくあのオーウェンという男にも関係のある話だが――」
言いながら、ヴィルヘルムはゆっくり右手を持ち上げた。
その手が彼の額に回った黒い眼帯の帯を掴む。
途端にドクンと心臓が暴れた。――見たくない。何故だか本能がそう叫ぶ。
だってあの眼帯の下にあるものを知ったら。
たぶん、ヴィルヘルムは……。
「――あっ……ぶね!?」
そのときだった。
突然頭上から素っ頓狂な声が聞こえて、カミラは「え?」と顔を上げた。
見上げた先に影が見える。形は人間。逆光を背負いながら、一枝(五メートル)くらいの高さを、地上のカミラ目がけてまっすぐに――
「うわっ……!?」
次の瞬間、カミラはヴィルヘルムに抱きかかえられるようにして地面を転がった。と同時に空から降ってきた人影も、空中でくるっと一回転して石畳に着地する。
まるで猫みたいな身のこなしだった。だけどヴィルヘルムがとっさに庇ってくれなかったら、カミラは今頃あの人物を顔面で受け止める羽目になっていたはずだ。
「って~……! くそ、マジで人使い荒いなあのオッサン……あー、君たちごめんねー、まさか下に人がいるとは思わなくてさ。だいじょーぶ?」
と、やがて呆気に取られているカミラの目の前で立ち上がったのは、ジェロディと同い年くらいの少年だった。同い年くらいとは言っても、身長は彼の方がある。少なくともカミラと同じかそれ以上だ。
干し草みたいな色をした短い髪は毛先があちこちを向いていて、その髪型がまず彼の人となりを物語っているような気がした。ジャラジャラと飾りのついた腰帯や細身の脚衣は彼の線の細さを強調しているが、かと言って病的な細さではない。言うなれば体のしなやかさを見せつける、そんな細さだ。
腰には刃渡りの短い剣が一振り。簡素な鞘の作りから数打ちの剣と見えるが、身のこなしはなかなかのものだった。
戦いを生業とする戦士には敵わなくても、ごろつき程度ならたぶん軽くあしらえるはずだ。腰だけでなく首にもたくさん首飾りを下げていて、一見軽薄そうに見えるものの、あの得物だけはたぶんただの飾りじゃない。
「……こちらもまさか上から人間が降ってくるとは思わなかったがな。下にいたのが俺たちでなければ大事故だったぞ。以後気をつけろ。カミラ、怪我はないか?」
「う、うん、おかげさまで……え、えっと、ありがと……」
仮にも戦士なら、不測の事態にぽかんと動きを止めるのではなくて、自分から回避行動を取るべきだった。そんなばつの悪さを覚えつつ、カミラはヴィルヘルムに礼を言った。前髪についた砂埃をせっせと払いながら。
そうこうする間にヴィルヘルムが立ち上がり、カミラに手を差し伸べてくる。そう言えば結局さっきの話ってどうなったんだろう、と思いながらカミラがその手を取ろうとした、刹那だった。
「――やあシニョリーナ、さっきはマジで驚かせてごめんね? だけどオレも驚いたよ、まさか思い切って飛び降りた先に君みたいな天使がいたなんて」
「……は?」
ヴィルヘルムの手を取ろうとしていたカミラの手は、横からサッと例の少年に掠め取られた。かと思えば彼は先日夜会で会った由緒正しき紳士たちのように、手の甲へ優雅な口づけを落とす。
瞬間、カミラの時間は静止した――何だこいつ。
身なりを見ても言葉つきを聞いても、この少年はとても良家の子弟とは思えない。貴族嫌いのあのジェロディですら、話し言葉や一挙手一投足には詩爵家のご令息らしい品の良さが滲み出ているのだから。
それに比べてこの少年からは平民のにおいしか感じない。カミラも貴族と平民の違いを論じられるほど偉くなったつもりはないけれど、少なくともこの見立てに誤りはないはずだ。
「ああ、これはまぎれもなく運命! でなければたまたま走ってきた先で、君みたいな可愛い子がこのオレを待ってるなんて奇跡があると思うかい? いいや、ないね! つまりこの出逢いは恋の女神のお導き、君とオレとは前世からの約束で結ばれた、永遠にして不可分の――」
「ヴィル、こいつ斬っちゃってくんない」
「ああ、心得た」
「えぇ!? ちょ、ちょっと待ったちょっと待った!」
隣でヴィルヘルムが剣を掴むや否や、途端に少年が跳び退いた。そういう動きもまるで天敵に遭遇した猫みたいだ。男のくせにやけにくりくりした瞳も、困ったように耳の裏を掻く仕草も、どことなく猫っぽさを醸し出している。
「あのさ、さすがにそれはひどくない? オレみたいな幼気な少年を出会い頭に斬り捨てるとかさ、そういう野蛮なのはシャムシール人の専売特許だと思うわけ。ていうかオジサン何よ、その子と一体どういう関係? 親子……にしては似てなさすぎるけど、まさか恋人なんてことはないよね? 愛の前に歳の差なんて関係ないとは言うけどさ、そこまで離れちゃってるとやっぱ犯罪だと思うんだよねー、オレとしては」
「……ヴィル、こいつ一体何なの」
「俺に訊くな。だがまあ、典型的トラモント人であることは確かだな」
「あぁ……」
と気の抜けた声を上げて、カミラは妙に納得してしまった。この少年の言動にはどこか既視感があると思ったら、そうか。チッタ・エテルナの亭主カールか。
言われてみれば彼もまた、異性と見れば口説きにかかる極端な女好きだった。妻のロザンナなどは「トラモント人の男は大抵ああだからしょうがない」とことあるごとに諦めの表情を浮かべていたっけ。
「おい、小僧。お前の戯れ言も一度だけは聞き流してやる。俺たちは今取り込み中でな、悪いがガキの戯れに付き合ってやれるほど暇じゃない」
「取り込み中って、オレには二人仲良く裏路地デートしてたようにしか見えなかったけど? 最近流行ってるんだよねー、そういうの。知らない路地に恋人とわざと迷い込んでさ、帰り道が分からないスリルを楽しんだり、人気のない場所を探して路上でイチャイチャしたり……」
「それがお望みなら余所へ行って、気の合う女を見つけることだな。生憎俺たちにそういう趣味はない。行くぞ、カミラ」
「う、うん――」
「――へえ、その子の名前、カミラっていうんだ? じゃあさっきから憲兵隊が探し回ってるのは、やっぱり君らってわけか」
ぞわり、と不穏な気配が肌を舐めた。今度こそヴィルヘルムに手を引かれて立ち上がったカミラは、背中に冷たい汗を感じて硬直する。
そう言えばさっき地面を転がった衝撃で、気づけばフードが外れていた。狭い路地を吹き抜ける風が、カミラの赤髪をふわりと宙に舞わせていく。
瞬間、ヴィルヘルムが無言で剣把に手をかけた。ところが少年はさっきみたいに跳び退くでもなく、へらりと笑ってひらひら手を振ってくる。
「いやいや、そう怖い顔しないでよ。別に君らを憲兵隊に突き出そうなんて思ってないからさ。ていうかむしろ、オレは君を助けに来たっていうか? さすがにこんなに早く見つけられるとは思ってなかったけどね?」
「わ、私を助けに……? 一体どういうこと?」
「どういうもこういうもないさ。さっき言ったろ、これは運命だって。実を言うとオレ、ずっと君に会ってみたかったんだよねー。この手配書って君のことだろ、カミラ?」
言いながら少年は腰の物入れをごそごそあさると、そこから取り出した紙切れをぱっと広げた。それは紛れもなくカミラの手配書で、実によく似た人相書きが無表情にこちらを見つめている。
「……なるほど。今更人違いだと言っても通用しそうにないな」
「そりゃもちろん! 赤い髪に空色の瞳、ついでにちょっと変わった訛り――ほんとに全部手配書のとおりだ。いやぁ、でも本物の方が人相書きより百倍カワイイね! アンタもそう思うだろ、オジサン?」
「そのオジサンというのをやめろ。俺にはヴィルヘルムという名前がある」
(一応気にしてたんだ……)
と珍しく苛立っている様子のヴィルヘルムを前にして、カミラは彼の意外な一面を見たような気がした。が、今はのんきに仲間の言動を面白がっている場合じゃない。確かにカミラとヴィルヘルムは親子ほど歳が離れているけれど、問題はそこではなくて、こちらの正体を知りながらへらへらしている少年の方だ。
「で、あなたは結局どこの誰なの? 私に会いたかったって、どうして?」
「オレの名前はカイル。生まれも育ちもこのソルレカランテだよ。だけどずっと君に会いたかった。理由は強いて言うなら――一目惚れだ」
「……は?」
「要するに君に恋してるってこと! オレ、この手配書を初めて見た瞬間に確信したんだよねー、君とオレの間には運命的な何かがあるって。そしてそれはこの出会いが証明してくれた。だって憲兵どもが君の名前を呼んでるのを聞いて探しにきてみたら、マジで見つかっちゃうんだもんなー! というわけでオレと付き合って下さい!」
「お断りします」
「えぇ!?」
どうして今ので了承してもらえると思ったのだろう。カミラが真顔で即答すると、カイルはさも予想を裏切られたと言いたげに仰け反った。
だけど初対面の、しかもいきなり空から降ってくるような相手に付き合ってくれと言われて受ける方がどうかしている。いや、もしくはトラモント人ってみんなそんな感じなの? だとしたらこの国の貞操観念を疑うんですけど?
「……いや、違うな。今のはたぶん聞き間違いだ。というわけでもっかい言っとくけど、良かったらオレと付き合って下さ――」
「お断りします」
「綺麗に言い直したね!?」
「これが普通の反応でしょ。でなきゃどうしてたったいま会ったばかりの赤の他人と付き合おうなんて思えるのよ」
「カミラ。人生ってのはさ、出会いと別れの連続なんだよ。出会いがあれば別れがある。それは明日かもしれないし一年後かもしれない。だけど別れがいつになるのか分からない以上、人は一つ一つの出会いを大切にすべきだって思わない? というわけでオレと――」
「付き合わないって言ってるでしょ。これ以上言うと消し炭にするわよ」
「ああ、そういう刺激的なところもイイ! 好き!」
刹那、カミラはイラッとして右手に神気を集中した。そのまま予告どおり火をともし、炎の拳を一発ぶち込んでやろうかと思ったのだが、ときにカイルと名乗った少年が、手配書をくるっと自分の方へ向けながら言う。
「でもさー、こないだ君の手配書が更新されてさ、元は懸賞金十金貨だったのが今は三十金貨になってるんだよね。おかげで憲兵隊だけじゃなくて、たまたま街にいた傭兵たちも目の色を変えてるよ。まあそりゃ三十金貨もあれば当分は遊んで暮らせるもんなー」
「だから何だ? カミラが条件を呑まなければ、そいつらのもとへ突き出すとでも脅すつもりか?」
「まさか! オレ、こう見えて好きになった女の子には尽くすタイプだもん、そんなことしないよ。ただ憲兵隊に加えて街中の傭兵どもまで敵に回して、無事に逃げられるのかなーって心配に思っただけ」
「……」
「オレなら秘密の抜け道を知ってるよ。そいつを使えば、誰の目にも留まらずに黄都を出ることができる」
「え?」
「もちろん門を通る必要もない。カミラがオレと付き合ってくれるなら、その道を教えてあげてもいいんだけどなー」
手配書の向こうからチラッとこちらを窺いつつ、カイルはとんでもないことを言い出した。黄都を出るための秘密の抜け道を知っている……? そんなものが本当にあるのだろうか?
いや、でも仮に事実だとしたら、情報は喉から手が出るほどほしい。さっきヴィルヘルムが言っていた策だって成功するかどうか分からないし、危ない賭けのために彼を行かせるくらいなら……。
「カミラ、聞くな。お前の気を引くための嘘という可能性もある」
「嘘じゃないって! オレがいつも使ってる道だもん。そもそもオレは、好きになった女の子にはウソつかないって決めてるの。不誠実な男は嫌われるからねー」
「だがカミラは反乱軍の幹部だぞ。それを助けるということがどういうことか分かっているのか?」
「国を敵に回すってこと? 平気だって、そのくらいの障害があった方が逆に燃えるし?」
「も、燃えるとか燃えないとかの問題じゃないでしょ! 私を助けるってことは、あなたの人生がめちゃくちゃになるかもしれないってことよ? もしも身元がバレたら、あなたの家族だって――」
「あー、そういうことなら大丈夫。ウチの母ちゃん殺しても死なないし。ていうか熊と戦っても普通に生きてるし……マジで怖くて逆らえないし……」
「そ……それはお気の毒さまだけど、そういう問題じゃなくて……!」
「ていうかさー、カミラ、君、優しいね」
「は?」
「この状況って、どう考えても人の心配してる場合じゃないだろ。普通だったら自分が無事に逃げおおせることを優先しない? そういうとこ、ますます惚れ直したかも」
ついに手配書を物入れへしまい、カイルはニッと笑ってみせた。その屈託のない笑顔についつい毒気を抜かれそうになって――いやいや、だからそういう問題じゃないんだってば。
「そ、それはもちろん、私だって安全な脱出手段があるなら教えてほしいけど……でも、だからって出会ったばかりの人を巻き込むっていうのは……」
「オレのことなら心配いらないって。愛さえあれば何も要らないタイプの男だからさ。こう見えて結構タフなんだぜ? まあさすがにそこのオジサ……いや、お父さんには敵わないかもだけど」
「勝手に父親呼ばわりするな。仮に俺がカミラの父親だとしても、お前にだけは父とは呼ばせん」
「まーまーそう堅いこと言わずに。信じてくれたら損はさせないからさ!」
「……その、もしあなたの言う抜け道っていうのがほんとにあるなら……つ、付き合うのは無理だけど、お友達くらいからなら……」
「ほんとに!?」
まさに電光石火、こちらの答えを聞くなりカイルは瞬時に飛んできて、ぱっとカミラの両手を掴んだ。
しかしそれがまた癇に障ったのだろう、ヴィルヘルムは瞳を爛々とさせているカイルの顔面を押さえると、強引に引き剥がしながら言う。
「おい、カミラ。本気で言っているのか?」
「だって今はカイルに頼るしかないでしょ? ヴィルの案は成功確率五分五分ってところだし、わざわざそんな危険を冒すくらいなら……」
「だがこいつの言う抜け道とやらが、本当に安全だという保証もない。危険性で言うなら同じくらいだ」
「大丈夫だって、普通の人は入れない場所にある道だから。危険があるとしたら、入り口まで移動する間のことくらいかな? ここからだと結構歩くんだよね」
「しかし普通の人間ならば入れないような場所にあるものを、どうしてお前が知っている?」
「そりゃ、オレが選ばれたからさ。ま、大船に乗ったつもりでついてきてよ。絶対にガッカリさせないからね」
パチンとウインクを飛ばしながら、カイルは自信満々にそう言った。それがまた胡散臭くて、カミラは早くも自分の判断を疑いそうになる。
だけどまあ、これで本当に黄都を出られるのなら儲けものだ。街を出てからのカイルの扱いについては一考する必要があるものの、まずは脱出が最優先。あとのことは逃げおおせてから考えればいい。一旦ジェロディたちと合流して、彼らの意見も聞いてみたいし。
「よーし、じゃあ早速行くとしようか。というわけでまずは手をつなぐところから始めたいんだけど……」
「カイル。私、さっき〝お友達から〟って言ったわよね?」
「友達でも手くらいつなぐだろ? それともカミラってば、何だかんだ言ってやっぱり照れちゃったりなんかしちゃってる感じ? ってことはもしかして、早くもオレに恋――あ、冗談です。マジで冗談だから、燃やさないで? 怒った顔も最高にキュートだけど、極力怒らせないようにするからさ。ね?」




