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【side:A】エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―  作者: 長谷川
第4章 君を忘れないために
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120.お前が言うな

 事態が動いたのは翌朝だった。

 湖賊の砦で一夜を過ごしたジェロディたちを、ジョルジョが呼びに来たのは日が昇って間もなくのこと。

 朝食はひとまず後回しにして、言われたとおり砦の一階へ移動すると、そこにはなんとライリーを連れたブレナンの姿があった。


 砦の入り口を潜ってすぐの、ちょっとした広間のような場所だ。そこには何が入っているのか定かでない樽や木箱が乱雑に置かれていて、ライリーは隅の方でその上に腰かけ、半分あぐらをかいている。

 が、顔つきはいかにも不機嫌そうで、ジェロディたちの姿を見るなり彼はふいとそっぽを向いた。裏腹に、壁際に佇んだブレナンはすっとこちらへ顔を向け、相変わらずの無表情で話しかけてくる。


「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」

「え、ええ、おかげさまで……その、色々とお気遣い、ありがとうございました」

「お礼ならそちらにいるライリーさんに。私はあくまで彼にお願いしただけですから」

「〝お願い〟じゃなくて〝脅迫〟だろ。そもそもそいつらに礼なんざ言われたところで嬉しかねえよ」

「彼の発言内容についてはあまり気にしないで下さい。ライリーさんは少々シャイなので、皆さんをおもてなししたことを恥ずかしがっているだけです」

「おいてめえマジでブチ殺すぞクソ女」


 口元を不穏に歪ませながらライリーがとんでもない暴言を吐いたが、彼に背を向けたままのブレナンはまったく意に介していない様子だった。これからもこの島で暮らしていくつもりなら少しは気にした方がいいんじゃないかと思うのだが、ライリーの吐く汚い言葉などブレナンにとってはそよ風みたいなものらしい。


「で、そっちは一晩考えてくれたんだろうな。俺たちに協力するかどうか」

「いいえ。昨夜は新しい畑に何を植えるか考えているうちに夜が明けてしまったので、あなた方のお話についてはこれから熟考します」

「何ぃ?」

「ジョルジョさんは次に植えるなら麦がいいとおっしゃるのですけれど、麦畑は既にそこそこの広さのものがありますし、菜園もそこそこに充実しているのです。とすればここはさらなる自給力の向上を目指して、植えるのは食用以外の……」

「おいおいおいおい、ちょっと待て。俺たちはお前らの農場経営秘話を聞くためにここへ来たわけじゃねえぞ。それともまさか、これからその野良仕事を手伝えとか言い出すつもりじゃねえだろうな?」

「ああ、そうですね、すみません。あなた方をお呼びしたのは、お渡ししたいものがあったからです。――これを」


 そう言ってブレナンが懐から取り出したのは、一通の手紙……らしきものだった。一番近くにいたジェロディが受け取り確かめてみると、やはり封筒だ。ただし宛先も差出人の名も書かれていない。

 加えて口は蝋でしっかりと封がされ、中身を確認することはできなかった。仕方なく「これは?」と目だけで問うと、ブレナンはやはり取り澄ました顔で言う。


「それは私を知るある人物へ宛てた手紙です。あなた方にはその手紙を配達していただきます」

「はあ?」

「宛先は〝ロメオ〟。黄都ソルレカランテにいる人物です。彼に手紙を渡したら、またここへ戻ってきて下さい」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい! まったく話が見えません……!」


 あまりにも唐突なブレナンの要求に、マリステアが悲鳴を上げた。当惑しきりなのはジェロディも同じで、思わず手元の封筒とブレナンとを見比べてしまう。


「一体何だって私らがそんな面倒なことをしなくちゃならないんだい。手紙を送りたいなら町へ行って、伝達屋にでも頼めばいいだろう?」

「確かにおっしゃるとおりですが、今回はそうもいきません。これは交換条件ですので」

「交換条件?」

「はい。あなた方がこの手紙を無事ロメオに届け、返事を持ち帰って下されば、私はその見返りとしてあなた方の要求を飲みます」

「え……!?」

「逆にこの条件を呑めないとおっしゃるのであれば、残念ながら協力はできません。私との交渉は諦めて、早々にお引き取り下さい」


 ジェロディたちは呆然と立ち尽くした。話が急すぎて頭がまったくついていかない。……ええと、つまり。

 今現在ジェロディの手にあるこの手紙を、ブレナンはロメオなる人物へ届けたがっている。それを何故伝達屋に頼まずジェロディたちへ押しつけるのかはサッパリ分からないが、条件さえ達成すればこちらの要求を飲む、というわけだ。


 すなわちブレナンは、条件つきならジェロディたちに協力してもいいと言っている。昨日の態度から一転、どうして譲歩するつもりになってくれたのかは不明だが――いや、あるいは彼女は最初からそうするつもりだったのか? だからジェロディたちの問いかけに今はまだ・・・・答えられないと言った……?


「い、いや、だが待て。そのロメオという人物はソルレカランテにいると言ったか? 悪いが私たちはお尋ね者なんだ。憲兵隊には顔も割れている。そんな状態で黄都に潜入するなんて――」

「もちろん、こちらもすべて承知でお願いしています。聞けばジェロディさんは、かの大将軍ガルテリオ・ヴィンツェンツィオ様のご子息だそうですね」

「……っ」

「あなたほどの身分のお方が謀反を企んだとなれば、国は当然黙っていないはず。加えてそちらにいるカミラさんの手配書も拝見しました。あなたの赤い髪はどうしても目立ってしまいますね。軍による反乱軍の残党狩りが活発化している現在、あなた方が黄都へ潜入するのは自殺行為に等しいでしょう」

「それを分かっていて手紙を届けさせるのか。さては国を使って私たちを体よく排除しようって魂胆かい」

「私はただ、あなた方の覚悟を問うているだけです。危険を冒しても反乱軍の再興を願うのか、はたまた我が身を惜しんで諦めるのか。もしも後者なら、あなた方は命を預けるに値しません。たとえ新しい拠点を築き兵を募っても、誰一人としてあなた方についていこうという者は現れないでしょう」


 ……確かにブレナンの言うとおりだった。他者にリスクを背負わせたいなら、まずは自分たちにその価値があることを示すべきだ。

 そんな証明すらできない者が「信じてついてきてくれ」なんて言ったところで説得力はまるでない。場合によっては口先だけのペテン師と罵られることになるだろう。


 しかし今ソルレカランテへ戻るのは、あまりにも危険すぎる。反逆罪で追われているだけならまだしも、自分たちを追跡する憲兵隊の後ろにはルシーンがいるのだ。もしもこれでしくじり、彼女に囚われるようなことになれば、右手の《命神刻ハイム・エンブレム》は……。


「――分かりました。その条件、受けます」


 ところがジェロディがそう思案している間に、突然後ろから声が上がった。

 皆が驚いて振り向いた先には、決意の眼差しを湛えたカミラがいる。彼女の空色の瞳は、目の前のブレナンを捉えたまま動かない。


「ただ一つ、確認したいことがあるんですけど」

「何でしょう?」

「黄都に潜入するのは、ウォルドとヴィルと私だけってわけにはいきませんか? ティノくんたちには色々複雑な事情があって、憲兵隊に見つかるとまずいことになるんです。ええと、つまり、終末的な意味で……」

「何だよ、終末的な意味でってのは。まさかお前ら、最近流行りのモルゲンリック教信者とかじゃねーだろうな?」

「な、何? そのモルゲなんとか教って」

「町中だの往来だので、気味の悪ィ終末思想をバラ撒く連中だよ。何でもやつらの教主の予言によれば、間もなく世界は滅ぶとかで、終末を回避したければ聖戦に命を差し出せと勧誘してくるイカレたオカルト集団だ」

「そ、そんなの初耳だけど……ヴィル、知ってる?」

「噂程度ならな。モルゲンリック教は世界的にも珍しい〝人間〟を崇拝対象とした新興宗教だ。嘘か真か教主ラムシアは未来予知能力を持つ預言者だとかで、実際に様々な未来を言い当て庶民の人気を集めている」

「じゃ、じゃあその人の予言は結構当たるってこと? それってルシーンの野望が叶って世界終了とか、そういう予言じゃないわよね……?」


 状況的に不穏でしかない予言に恐れをなしたのか、青い顔をしたカミラがちらと視線を向けてきた。

 彼女の目はジェロディに〝やっぱりここに留まって〟と懇願しているように思える。というか十中八九、カミラはそう望んでいるのだろう――でも。


「その予言は確かに気になるけど、カミラたちが行くなら僕も行くよ。黄都の中のことなら僕らの方がずっと詳しい。だったら行動を共にすべきだ」

「で、ですが、ティノさま……!」

「危険は承知の上だよ、マリー。だけど仲間が命懸けで黄都に潜入してる間、僕だけ安全な場所でのんびりしてるわけにはいかない。それに場合によっては、オーウェンの行方や屋敷の様子も分かるかも」

「ティノくん……」

「大丈夫。今ならヴィルヘルムさんもいるし、もしかしたら黄都へ向かったロクサーナやトビアスさんとも合流できるかもしれない。あの二人ならいざというとき力を貸してくれるはずだよ。きっと何とかなると思う」


 保証はないものの、できる限り楽観的に聞こえるようにジェロディは言った。自分を心配してくれるカミラの気持ちは有り難いが、ジェロディだって彼女が心配なのだ。今のカミラは救世軍のためなら簡単に命を投げ出しかねない。昨日自身と引き替えにジェロディたちを救おうとしたように。


 だから今はできるだけ彼女の傍にいたかった。ウォルドやヴィルヘルムを信頼していないわけじゃないが、監視の目は多ければ多いほど安心だ。

 ただそのためにマリステアまで危険に巻き込むのは不本意なのだが、仮に残れと言ったところで彼女も聞きはしないだろう。とすれば連れていくしかない。粗暴な男だらけのこの島に、彼女を一人残していくというのもそれはそれで不安だし。


「では、交渉は成立ということでよろしいですか?」

「はい。お望みどおり、この手紙は僕たちが必ず届けます。そうしたら本当に協力してもらえるんですね?」

「ええ。ここにいるライリーさんが証人です。本来であれば聖職者を公証人に立てて誓うべきなのですが、生憎彼らは無神論者で」

「フン。千年も寝腐ったままの神サマなんざ、信じたところでバカを見るだけだ。目の前の現実を何とかしたきゃ、てめえの手でどうにかするのが一番早え」

「ではライリーさん、あなたは船を出して彼らをジョイア地方まで送り届けて下さい。あなたの船なら最短でタリア湖を横断できるでしょうから」

「……は?」


 と、ときに刀を鞘ぐるみ抜いて肩に立てかけたライリーが、またもや不穏きわまりない顔をした。

 しかしブレナンは動じない。まるで壁に向かって話しているかのように淡々と、用件だけを伝えていく。


「そうですね。では約束の期日を決めましょうか。今日は天神の月の初日ですから、月末の翼神の日を期限としましょう。タリア湖の東岸からソルレカランテまでは、街道を迂回しても片道七日ほどですので時間は充分足りるはずです。ライリーさんは期日が来たら彼らを迎えに行って下さい。もちろん船で、最初に彼らを送り届けた地点まで」

「おい、ちょっと待て。何が〝では〟なんだ、全然話がつながってねえだろうが」

「すみません。ライリーさんの戯言たわごとは聞かなかったことにしたものですから」

「サラッと無視してんじゃねえよ、傷つくだろうが! だいたいなんで俺がこいつらの足にならなきゃならねえんだよ!? 船ならガタが来てるのを一艘やるから、あとはてめえらで何とかさせろ!」

「言ったはずです、あなたの船なら最短で・・・・・・・・・・と。昨日私が提示した条件を考慮するなら、あなたとしても可及的速やかに事を運んだ方が得なのではありませんか?」

「ああそうだな、だがてめえは一つ大事なことを忘れてるぜブレナン! 残念ながら俺サマは人に使われるのが大っ嫌いだ!」

「――ジュリアーノ」


 と、ときにブレナンが意味不明な言葉を呟き、あたりはしんと静まり返った。〝ジュリアーノ〟とは人の名前……のような気がするが、実はライリーの怒りを鎮める呪文だったりするのだろうか。あれほど激昂していたライリーが嘘のように大人しくなっている。

 かと思えば彼は樽の上でドッと汗をかき、ブレナンからあからさまに目を逸した。顔面は蒼白で視線も完全に泳いでいる。何だろう。すごく具合が悪そうだ。さっきまであんなにピンピンして怒鳴り散らしていたというのに。


「ライリーさん。先程も申し上げましたが、世間は今日から天神の月です。そして彼は先日〝天神の月には戻る〟とおっしゃっていましたよね?」

「……」

「私は別に、これから彼の店を訪ねても構いません。この島で最も早い船を借りて、今すぐボルゴ・ディ・バルカを目指しても構わないのですよ」

「……」

「そこで彼に真実を話しましょう。あの日彼に伝えたことはすべて嘘で、あなたと私は――」

「あーーー! 分かった、分かったよ、そいつらを俺の船で送迎すりゃいいんだろちくしょうめ! だが覚えてろ、てめえ絶対ェろくな死に方しねえからな!」

「ええ。それも承知の上ですので、特に問題ありません」


 驚いた。ブレナンは本当にライリーを説得してしまった。いやあれはどう見ても説得というより脅迫だが、あの暴れ馬のようなライリーを相手に一歩も引かず手綱を掴んでしまっている。

 おかげでライリーはヤケクソ気味に喚き散らすと、椅子代わりにしていた樽を飛び降り蹴っ飛ばした。そうして改めて刀を担ぎ、威嚇する獣みたいに血走った目でぎろりとこちらを振り返る。


「そういうワケだ、行くならさっさと行くぞてめえら! ジョルジョ、お前はレナードを呼んでこい! 『零號ゼロごう』を出すぞ……!」

「は、はい!」


 八つ当たり気味に怒鳴り散らされ、ジョルジョが慌てて駆け出すのが分かった。ライリーもそれを確認すると、あとは肩を怒らせながらずんずんと砦をあとにする。

 残されたジェロディたちは、唖然としているしかなかった。正直あんな状態のライリーと同じ船に乗り合わせるなんてまっぴらごめんなのだが、直立したまま動けずにいる一行を見かねたのか、ブレナンが声をかけてくる。


「そういうことですので、手紙の件はよろしくお願いします。ああ、それからライリーさんですが、あの方は一度怒らせると手がつけられません。ですので行動を共にしている間はくれぐれも発言に気をつけて下さいね。では、ご武運を」


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