↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/350

99.黒衣の剣士




 ときがきた ときがきた


 賢者のむすこ 守護者のむすめ


 なにをもたらす? なにをみちびく?


 星はどちらにおちるのか?


 かれらのねがいはかなうのか?






 耳元で、誰かがずっとそんな歌を歌っていた。

 〝誰か〟と言っても一人じゃない。

 大人? 子供? 女? 男?

 それすら判然としないくらい、たくさんの声。


 その歌が「パキン」という音と共に聞こえなくなってから、どれくらいの時が流れただろうか。

 カミラは蝋で固められたみたいに重い瞼を開けた。開けても見えるのは闇だったが、同じ闇でもうっすら赤い。視界の端でチラチラ躍っているあれは……炎?


「――カミラ……!?」


 寝起きの頭で、虚空に意識を漂わせた。

 ……ここ、どこだろう? 私、何してたんだっけ?

 ぼんやりそんなことを考えていたら、不意に視界の外から名を呼ばれた。けれどカミラがそちらに目を向けるよりも早く、赤い闇の中にぱっとフィロメーナが飛び込んでくる。


「……フィロ……?」

「ああ、カミラ、目が覚めたのね。良かった……!」


 そう言って胸を押さえたと思ったら、フィロメーナはたちまち泣き出した。その涙を見た途端カミラはふと覚醒し、慌てて上体を起こしかける。


「フィ、フィロ、なんで――ゴホッ」

「まだ無理に動くんじゃないよ、カミラ。とりあえずこれを飲みな」


 乾いた唇から絞り出そうとした声は、嫌に掠れて喉につかえた。それでカミラがゴホゴホ咳き込んでいると、横から差し出された水筒がある。

 涙目になって見上げたら、そこにいたのはケリーだった。黒い旅装に革の外套をまとった彼女は、焚き火に照らされながら微笑んでいる。

 そんなケリーに促され、カミラはひとまず水筒を受け取った。そうして一思いに中身を飲み切ってから、自分の喉が想像以上に渇いていたことを知る。


「ぷはっ……はー、生き返った! ありがとうございます、ケリーさん」

「いや、良かった。その様子じゃ、腕はちゃんと動くようだね」

「腕?」

「覚えてねえのか、お前。昼間影人(チェーニ・ムーシ)の一撃をまともに喰らって吹っ飛ばされてただろ」


 カミラの疑問に答えたのは、ケリーではなくウォルドだった。彼は焚き火を挟んでケリーと向かい合っていて、隣には安堵の表情を浮かべたジェロディやマリステアもいる。


「あ、そっか」


 と、そこでカミラはようやく思い出した。そうだ。自分たちは確かトラジェディア支部からの不審な手紙を受け取って、北の責任者であるスミッツに事情を問い質しに行くところだったんだっけ。

 だけど途中で巨大な人型の魔物に襲われている隊商と遭遇した。自分は彼らを救出するため魔物へ向かっていったのだ。

 結果、逃げ遅れた商人らしき男を庇って魔物にやられた。そこから先の記憶はまったくない……ということは、あれからずっと気を失っていたのか。


「……思い出した。ねえ、あのとき私が助けた人は? あれから無事に逃げてくれた?」

「バァカ。人の心配よりまずてめえの心配をしろ。お前、腹の傷から内臓がはみ出して、左腕も肘から先が変な方向に曲がってたんだぞ」

「えっ!?」


 とウォルドの答えに喫驚し、慌てて自分の腹部を押さえてみる。が、異変もなければ痛みもない。服も汚れていないところを見ると、戦闘のあと誰かが着替えさせてくれたのだろう。

 次いで左腕も眺め、軽く動かしてみるがやはり異常はない。さっきも水筒を掴んで飲むことができたし、手を握ったり開いたりしても平気だ。

 肘から先があらぬ方向に……ということは骨折していたのだろうが、治ったのか。カミラは左利きだから、この腕が使えなくなるのは非常に困る。


「と、とりあえず大丈夫みたいだけど……これ、マリーさんが治してくれたんですか? すみません、骨折を治すのってすごく大変らしいのに……」

「い、いえ、違うんです。あ、えっと、わたしが治したと言えばそうなのですが、わたし一人の力ではないというか……」

「……? でも、他に誰か癒やしの術を使える人っていましたっけ?」

「希石(きせき)の力だ。一般的には魔石とか魔導石とか言うんだったか」


 今度は低い男の声が答えた。ウォルドの声も大概低いが彼のじゃない。ジェロディはまだ声変わりしたてといった感じの、初々しい少年の声だから彼も違う。


 ……ってことは、誰?


 カミラは首を傾げて声の聞こえた方向を見た。一人だけ焚き火から離れているので気づかなかったが、ジェロディたちの背後にもう一人、誰かいる。

 地面から突き出た岩を腰かけ代わりに、前屈姿勢で両手を組んだ長身の男。そいつは一言で言うなら、黒い。カミラがすぐに見つけられなかったのも、黒ずくめの服装が闇に溶け込んでいたせいだ。

 更に腰には刃渡りの長い黒鞘の剣。同じ黒鞘でもジェロディのものより刃幅もあって、それでいてウォルドの大剣ほど武骨じゃない。


 極めつけは顔の眼帯だ。いや、あれは眼帯と呼ぶには大きすぎるが、とにかく黒い布が顔の左半分を覆っている。

 おかげで表情も年齢もよく分からない。声の感じからして三十代半ばくらいだろうか? 貫禄を滲ませつつも張りのある声色だったから。


「えっと……どちら様?」

「ヴィルヘルム将軍だよ、カミラ。この人が影人から僕らを助けてくれたんだ」

「ヴィルヘルム……将軍? 〝将軍〟ってその人……!?」

「おい、だからその呼び方はやめろと言っただろう、ジェロディ。俺が黄皇国軍に身を置いていたのは、もう十年近く前の話だ。今は流れの傭兵をしている。と言うより元々傭兵で、正黄戦争の前後だけこの国に雇われていた、と言った方が正確だが」

「すみません、将軍……じゃなくて、ヴィルヘルムさん。だけどどうしても小さい頃の癖が抜けなくて」

「三つ子の魂百まで、か。変なところで頭が堅いのはガルテリオ譲りだな」


 ため息混じりにそう言って、ヴィルヘルムと呼ばれた男は笑った。今の会話からして、ジェロディとこの男は古くからの知り合いなのだろうか。

 この国では知らぬ者などいない彼の父の名を呼び捨てにしているから、たぶんきっとそうなのだろう。一瞬黄皇国軍の人間かと焦った……と胸を撫で下ろしたところで、カミラは気づく。


 地面についた掌に当たる、硬い感触。石かと思って除けようとしたら、石は石でもキラキラ輝く宝石のかけらのようなものだった。

 それも一つだけでなくたくさんある。摘み上げてみると、かけらはどれも青色をしていた。天露石(てんろせき)みたいな澄んだ青だ。その石がカミラのすぐ隣で砕け散り、明かりを浴びてあちこちで光り輝いている。


「これって……」

「ああ、さっき言った魔石のかけらだ。お前の治療で力を使い切り、砕けてしまったようだな。おかげで在庫は残り一つだ。次にアビエス連合国へ行く機会があったら、新たに買い求めなくては」

「ま、魔石って……それって確か、魔女が創る魔力を溜めた石のことよね? 私の体、そんなので治したの……!?」

「心配するな。それは連合国にいる『口寄せの民』が創ったものだ。彼女らは人智を超えた力を持つがゆえに魔女と呼ばれているだけで、本物の魔女ではない。何せ魔物と契っているわけではないからな」

「だ、だけど、ほんとに信用できるんでしょうね……?」

「だから俺はさっきその石を『希石』と呼んだ。魔石というのも他国の者が勝手に呼んでいるだけだ。だいたい人類滅亡を望む魔物の力が、人の傷を癒やすわけがないだろう」


 左目の眼帯を押さえながら、皮肉めいた口調でヴィルヘルムは言った。確かにそれはそうだけど……と思いながら、カミラはもう一度体のあちこちを触ってみる。

 人類が太古から恩恵を受けている神の力。〝魔力〟と呼ばれるものはその逆で、文字どおり地底で暮らす魔物や魔族の力だった。

 世の中には神ではなく魔物を崇め、黒き血を受けて妖しい力を手に入れる者がいる。そういう輩は『魔人』とか『魔女』とか呼ばれていて、ウォルドが黄帝の寵姫であるルシーンを魔女と呼んだのもそのためだ。


 魔物の力は魔術や呪術の源となり、エマニュエルでは忌み嫌われる。だがそう言えば、神にも魔物にも拠らない未知の力も外界では〝魔術〟と呼ばれ忌避されるのだ――と昔、故郷の長が言っていた。

 その代表例がルミジャフタにいる巫女ナワリだ。彼女たちは代々未来を予言する力や妖術による病の治療などを得意としていて、それを郷の外の人間が知ると不気味がる。

 とすればさっきヴィルヘルムが言っていた『口寄せの民』というのも、そういう部類の人間なのだろうか。……うん、きっとそうだ。そういうことにしよう。おかげで私は助かったんだし、と、カミラはひとまずそう思い込むことにする。


「しかし助かりました、ヴィルヘルム殿。あなたがこの石を持って現れて下さらなかったら、カミラはもちろんウォルドや私もどうなっていたことか……」

「礼ならば俺ではなくマリステアに言え。希石の力は人を選ばんが、やはり使い手によって効力が左右される。青希石(せいきせき)は癒やしの力に特化した石。その力を最大まで引き出せたのは、これまで多くの傷を癒やしてきたマリステアの経験と祈りがあってこそだ」

「そっ……そんな風に言われると、恐縮です……で、ですがまさかこんなところでヴィルヘルムさまとまたお会いできるなんて、夢にも思っていませんでした。今はお一人で旅をしていらっしゃるのですか?」

「ああ。また世界中をふらふらとな」

「ですが、以前黄皇国にいらしたときはお連れの方がいましたよね? ええと、お名前が思い出せないのですが……」

「……マナか?」

「あ、そうです、マナさんです! よくヴィルヘルムさまとご一緒にお屋敷へ遊びに来て下さった、とても賑やかな――」

「――あいつは正黄戦争のあとすぐ死んだ。俺は今、その訃報をあいつの知人に伝える旅の途中でな」


 ヴィルヘルムが発したその一言で、あたりがシン、と静まり返った。

 薪の爆ぜる音だけが、やけにくっきりと闇に浮かぶ。舞い散る火の粉に照らされた先で、マリステアは言葉を失っていた。


「あ……も、申し訳、ありません……わたし、そうとは知らずに……」

「謝る必要はない。あいつの死後、俺が黄皇国を訪れるのはこれが初めてだからな。誰も知らなくて当然だろう」

「マナ殿は戦で?」

「いや、あいつは……病だった。それで人に知られることなくひっそりと、な」

「そうですか……残念です。黄皇国にいた頃はあんなにお元気だったのに……」

「いや、あいつはあの当時から患っていたんだ。だがその事実をひた隠していた。腫れ物扱いされるのはごめんだと……これ以上惨めな想いはしたくないとな」

「そうだったのですか?」

「ああ。だから訃報も別に知らせなくていいと言われたんだが、そういうわけにもいかんだろう?」


 あいつはただでさえ他人に迷惑をかけまくっていたからな。そう言ってうっすら苦笑するヴィルヘルムを見て、ジェロディたちは複雑な顔をしていた。

 たぶんそのマナという人も彼らの旧知だったのだろう。あるいはヴィルヘルムは彼らにその人の訃報を伝えるべくこの国へやって来たのだろうか。


(そりゃ昔の仲間や大切な人が遠いどこかで亡くなってたら、誰だって教えてほしいもの、ね――)


 と内心呟きかけて、カミラはぎゅっと胸元を握った。


 ――お兄ちゃん。


 彼が旅立ってから、もうすぐ丸四年が経つ。

 けれど兄の消息は、未だどこからも伝わってこない。


 ……もし。


 もしも兄が旅先で命を落としていたとして、それを知らせてくれる人は?


 いなかった、のだろうか。一人も?

 あんなに頼もしくて、誰からも愛されたあの兄に……?


(い……いやいや、お兄ちゃんは行方不明なだけで死んでなんかないから……)


 とカミラは自分に言い聞かせ、慌ててぶんぶんと首を振る。このところ救世軍の任務に忙しくて、兄の情報集めをしている暇がなかった。だから弱気になっているだけだ。

 もしかしたら次にロカンダへ戻る頃には、カールが何か情報を掴んでくれているかもしれない。郷にいるアクリャから手紙が届いている可能性だってある。カミラも新年を祝う手紙を書いて年末に送ったし。だから――


「まあ、しかし俺も驚いたぞ。八年ぶりに黄皇国を訪ねたら、まさかあのティノが生命神(ハイム)の神子になっているとはな」

「え、ええ、それは……正直、僕も驚いてます。先日ロクサーナやトビアスさんと再会したときも、まったく同じことを言われました」

「何? あいつらも今この国に来ているのか?」

「はい。二人は恐らく黄都に着いた頃だと思いますけど……」


 カミラが悶々とそんなことを考えているうちに、ジェロディたちの会話は続いていた。すると光の神子ロクサーナとその付き人トビアスの名前を聞いたヴィルヘルムが、角張った顎に手を当てて考え込む素振りを見せる。


「そうか……ということは、やはりあいつの予言は……」

「え?」

「……。ジェロディ、お前たちはこれからどこへ行く?」


 また焚き火が音を立て、パッとあたりに火の粉が散った。

 それが何かの合図のようで、カミラもふと顔を上げる。


「え、えっと、僕たちは……今はタリア湖の北のボルゴ・ディ・バルカを目指しています。そこである人に会わないといけなくて……」

「その〝ある人〟とは?」

「そ、それは僕たちではなく、そちらにいるフィロメーナさんたちのお知り合いというか……」


 慎重に言葉を選びながら、ジェロディはちらりと視線を向けてきた。その様子から察するに、ヴィルヘルムはまだカミラたちの正体を把握していないのだろう。

 ところがそう思った矢先に、


「そうか。だが大将軍であるガルテリオの息子が、反乱軍の首魁と行動を共にしなければならない理由は何だ?」


 ぶわっと、あたりに殺気が噴き上がった。

 それはウォルドの殺気であり、カミラの殺気だ。そしてそんなこちらの異変に反応したヴィルヘルムの殺気でもある。

 ウォルドがすかさず剣を掴み、カミラも傍にいたフィロメーナの腕を引っ張った。驚いている彼女を背後へ庇い、枕元にあった剣を引き寄せる。

 たったそれだけの動作をするのに、息が上がった。血を流しすぎたのか。でもこの体がどんなに悲鳴を上げたって、フィロメーナだけは必ず守る。


「おい、そう殺気立つな。俺は何もお前たちの首を取りに来たわけじゃない」

「だがあんた、傭兵だろ。ってことは俺たちの手配書くらい持ち歩いてるんじゃねえのか?」

「まあな。どいつもこいつも人相書きがよくできてる上に、その美貌、赤い髪、頬の傷と分かりやすい特徴を備えてくれているのですぐに気づいた。三人合わせると、確か懸賞金は百金貨(シール)を超えたはずだな」

「で、どうするの? 私たちを官軍に突き出して路銀の足しにする?」

「いいや。お前たちの首が目的なら、さっき死にかけている間に頂戴したさ。だがそうしなかったのは、俺がある依頼を受けてここにいるからだ」

「依頼?」

「ああ。俺は、カミラ――お前の護衛を頼まれてここへ来た」


 え、と聞き返したはずの言葉が、声になっていなかった。

 一拍の静寂があたりを包み、皆の視線が集中する。

 ……いや、待って。そんな目で見られても知らないって。

 そもそもこのヴィルヘルムという男と会うのはこれが初めてだ。なのに自分を護衛しに来たって? 救世軍総帥のフィロメーナではなく、一介の隊長にすぎない自分を?


「い、いや、あの……わけが分からないんですけど?」

「別に分かる必要はない。俺は傭兵として与えられた任務を遂行するだけだ」

「そ、そういうことじゃなくて、なんで私なの? 依頼人は誰? 何のために護衛なんか?」

「質問が多いな」

「だってあんたの言うこと意味不明だし!」


 と怒鳴り返してから、はっと気づいた。

 ……私、この人と本当に初対面? じゃあなんで自然とタメ口で話してるの?

初対面の、しかも年上の相手となれば、初めは猫を被るのが癖になっているのに。


「まあ、俺にとっては意味不明でも何でもないがな。俺とお前は過去に一度会っている。お前の故郷のルミジャフタで」


 刹那、こちらの心を読まれたようなことを言われてカミラは更に戦慄した。


「え……!? そ、そうなんですか、カミラさん!?」

「い……いや、あの……正直、覚えてないです……」

「無理もない。俺があの郷を訪ねたとき、お前はまだ九歳か十歳くらいだったからな。しかも俺があの郷に滞在したのはほんの数日だ。それで覚えていろと言う方が無理だろう」

「ぎゃ、逆にそっちはそんなんでよく私のこと覚えてたわね……?」

「忘れるわけがないさ。俺はお前の家を訪ねに行ったのだから」

「は……?」

「いや、正確には俺の連れが――マナが、な。あいつはかつて西のルエダ・デラ・ラソ列侯国で、お前の父親と共に戦った戦友だった。それでちょうど西へ戻る道すがら、顔を見にいきたいと言い出したんだ。俺はお前たち家族と面識はなかったが、あいつがどうしてもと騒ぐので一緒に訪ねることになった」


 ――この人、なんで知ってるの?

 お父さんが昔ルエダ・デラ・ラソ列侯国で傭兵をしていたこと。

 いや、それこそがこの男の言に嘘はないという証明?

 だけど、そうだとしても、やっぱり意味が分からない……。


「で、だ。そんな俺に、これから起こる厄災からお前を守ってくれと頼んできた男がいる。そいつは俺の古い馴染みでな。特に断る理由もないんで、ならばとお前を追ってきたらさっきの魔物騒ぎに出会したというわけだ」

「そ、その男の人って……?」

「悪いが依頼人の名は明かせない。傭兵稼業にも守秘義務というものがあるからな」

「な、なんで私を守れって依頼をしといて名を明かさないのよ……!?」

「知られたくないからじゃないか?」

「それは彼女に知られたらまずい立場にいる人物だから、ということですか?」


 と、突然鋭く尋ねたのはフィロメーナだった。

 驚いたカミラが面食らっているうちに、彼女はずいと前へ出る。その横顔があまりに深刻で、カミラは更にぎょっとした。

 戦場の外で彼女のこんな顔を見るのは初めてだ。さっきまではすぐそこで、カミラの無事を喜んで泣いていたのに……。


「別にそういうわけじゃないが……いや、そういうわけでもあるのか?」

「どっちです?」

「あいつの考えていることは俺には分からん。だが恐らくカミラを直接知らないからだろう。手配書を見たことはあるが、面識はないと言っていた」

「面識もないのにカミラを守れと?」

「ああ……これくらいなら言ってもいいか。依頼人もマナと同じく、カミラの父親とはかつて列侯国で共に戦った仲だそうだ。俺の前ではその父親を〝とんでもなくお節介で鬱陶しいおめでた野郎だった〟と評していたが、あいつもあいつなりに友情らしきものを感じていたんだろう。……それに、マナにも」


 と言いかけて、ヴィルヘルムは言葉を呑んだ。カミラはじっと緊張して続きを待ったが、ついにその先が語られることはなかった。


「……とにかく、俺はそういうわけでここへ来た。ガルテリオの倅(せがれ)がお前たちと行動を共にしていることは予想外だったが――」

「待って下さい。確認したいことはまだあります」

「何だ?」

「あなたはさっき、カミラの護衛を務めるために私たちを追ってきた(・・・・・)と言いましたよね? ですが私たちが今ここにいるのは、非常に偶発的な理由からです。本来なら今日、私たちは拠点を出る予定なんてなかった。その消息を、ヴィルヘルムさんは一体どうやってお掴みになったのです?」


 カミラははっとした。そうだ。ここまでもっと謎な部分に気を取られていて気づかなかったが、カミラたちが現在ここにいるのはトラジェディア支部のスミッツから偶然手紙が届いたから……。

 その手紙の件がなければ、今日はチッタ・エテルナでビヴィオ解放戦の事後処理をするはずだった。自分たちがそれを差し置いてロカンダを発つことなど、きっと誰にも予測できなかったことだろう。

 なのにこの男はカミラたちを追ってきた(・・・・・)。恐ろしいほど正確に。


「ずいぶんと守りが堅いな。その用心深さは父親譲りか?」

「……父をご存知なんですね」

「ああ。十年前、俺は真帝軍で戦っていたからな。あの軍師殿にはずいぶん世話に(・・・)なった(・・・)」

「それはお気の毒様でした。ですがあなたを警戒する理由は他にあります」

「と言うと?」

「ベルント・シュバルツ・ヴァンダルファルケという男性をご存知ですか?」


 ……誰?とカミラが思うと同時に、ヴィルヘルムも口を噤んだ。彼の方は何か思い当たることがあったのだろう。束の間沈黙すると、やがてため息と共に口を開く。


「……そうか。あいつに会ったのか」

「ええ。数年前、私は彼と彼の仲間にある村を救う手助けをしていただきました。そのとき彼が言っていたんです。自分はヴィルヘルム・シュバルツ・ヴァンダルファルケという裏切り者を追っている、と」

「う、裏切り者……?」


 その話は初耳だったのだろう、ジェロディたちも驚いたようにヴィルヘルムを振り向いた。だがヴィルヘルムの表情は動かない。彼はしばしフィロメーナを見据えたあと、ふと自身の剣に目を落とす。


「確かに俺はかつて仲間を裏切った。それについて釈明するつもりはない。ただ一つだけ言えることは、俺はあのときの選択を後悔していないということだ」

「つまり彼らは裏切られるべくして裏切られたということですか?」

「いいや。あいつらには悪いことをしたと思っている。だが他に選択肢はなかった。フラルダの願いを叶えるためには……」


 ヴィルヘルムが答えたのはそれだけだった。どうやら本当に弁解するつもりはないらしい。

 でも〝裏切った〟って、具体的には何をしたのだろう? 昔の仲間に追われているということは、復讐されるほどとんでもないことをしでかしたのか。

 そんな人物が自分を守りに……? カミラはますます不安になった。依頼人のことも引っかかるし、簡単にはこの男を信用できない。けれどカミラがそう結論づけた矢先に、ジェロディがまったく違う意見を口にした。


「フィロメーナさん。僕は小さい頃、三年ほどヴィルヘルムさんにお世話になりましたが、この人は安易に人を裏切ったり騙したりするような人じゃありません。その証拠に父もヴィルヘルムさんには全幅の信頼を置いていました。父さんだけじゃない、当時真帝軍で戦ったすべての人たちがです」

「だけどそれだけじゃ納得できないことがいくつもあるわ」

「どうやってお前たちの居場所を掴んだのかという話なら、チッタ・エテルナという宿の主人に聞いた。依頼人からカミラはその宿に逗留しているらしいと知らされていたのでな」

「そんな、ありえない。カールが私たちの行き先を見ず知らずの相手に教えるだなんて。そもそも依頼人は一体どうやってカミラの居場所を――」

「――今夜、ロカンダは黄皇国軍に包囲される」

「……………は?」


 居合わせた全員の声が揃った。それはもう奇跡的なまでにぴったりと。

 けれどヴィルヘルムは眉一つ動かさず、燃え盛る炎を隻眼に映しながら、言う。


「言っただろう。俺は〝これから起こる厄災からカミラを守るよう頼まれた〟と。つまりお前たち救世軍は――今夜、滅びるということだ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。