くっころ姫騎士さんと紳士なオーク氏
「くっ、殺せ」
ここはとある帝国と、勇者によって倒された魔王の手下である魔族のオーク族との戦場だ。そのど真ん中で行われた姫騎士さんと、胴の太い鎧に身を包んだオーク氏との戦いは、オーク氏の勝利で終わっていた。
「貴様らオークの穢れた欲をぶつけられるくらいなら、ここで殺せ! 我が忠義は永遠なり!」
「………拘束して勾留しておけ」
「ははっ!」
統制の取れたオークさんの仲間に縛り上げられ、姫騎士さんは連れられていった。
(ああ、穢されてしまう………)
一説によれば、オークは多種族を孕ませるのだと言う。オークはその人間とは比べ物にならない生殖器で多種族のメスを犯し、犯されたメスはオークに犯される精神的苦痛と、肉体的快楽の間で心を病んでしまう、姫騎士さんはその知識を自分の未来に照らし合わせいっそ自害してしまうかと思った。
やがて、姫騎士さんは道中で付けられた目隠しと猿轡を外され、後ろ手に拘束された状態で独房のような場所の椅子に座らせられた。
「ふん。下賎なオークの好みそうな場所だ。知能がある魔族と嘯き獣欲に支配された淫獣め!」
「っ………! もっと………ではなく、落ち着いて下さい」
姫騎士さんが冷静にオーク氏を見ると、オーク氏は姫騎士さんのよく知るオークとは大分違っていました。見た感じは細く感じますが、ほどよく引き締まった筋肉質な体をしていて、とてもではありませんが戦場で見たような肥た体つきには見えません。
「私は、オーク族の戦士長をしております。まず、大前提としてお話いたしますが、貴女は現在捕虜として拘束されています」
「捕虜だと? はっ、知恵があると見栄をはっているのか? 正直に言えばどうだ! オーク族の獣欲を満たすためだけの性奴隷にすると! 野蛮なオークめ! 我は屈しないぞ!」
「あ、ああ………はっ! すみません。良い罵倒だったもので。いえ、本当に捕虜として丁重に扱わせて頂きます。現在は反抗的な様子ですので、拘束させて頂いていますが、恭順な姿勢を示して頂ければ他の捕虜と同様に扱わせて頂きますので」
「丁重だと? 無様に腰を振るしか脳のない貴様らオークにしては上品な言葉を使うな! 抵抗する女を無理矢理犯す、貴様らの腐った頭にもそんな言葉が存在するとは驚きだ!」
「ブヒィッ! ありがとうございます! ………ではなくてですね、我々は捕虜を凌辱するような真似は致しませんし………」
「最終的に堕ちるから凌辱ではないと言いたいのだろう? 貴様らはそうやって自己弁護をしなければ悪行のひとつもできないのか。クズの中でも救えない中途半端なクズだな!」
「はぁ、はぁ、はぁ………っ!」
「一人前に怒るか? 獣め! やはり貴様らには理性など存在せぬようだな!」
「も、もう限界だ! これ以上言われたら私はどうにかなってしまう………! 卑劣なりヒト族………!」
オーク氏は息を荒く逃げ出し、姫騎士さんは勝ち誇った笑みを浮かべました。
(今日1日は乗り切れたな………だが、それも長くは持つまい。早く援軍が来てくれれば良いのだが………)
心の中で仲間の救助を期待する姫騎士さん。彼女の捕虜生活は始まったばかりなのでした。
「朝だ! 起きろ!」
姫騎士さんが目覚めると、自分は部屋を移されていました。ベッドが4つ設置されており姫騎士さんは捕虜の収容施設なのだと当たりをつけました。
「よし、全員いるな。それぞれトレイを手に食堂へ移動せよ!」
その号令がかかると、姫騎士さんの他に3人いた捕虜のヒト族がそれぞれトレイを取り、鉄格子の扉を抜けて出ていく。
「あ、姫騎士さん!」
「っ! 貴様は昨日のオーク………! ふん、我に捕虜の生活をさせて心を折る算段だな? 低能なオークめ! 貴様らの策略程度でこの我が折れるわけが無いだろう!」
「低能………はあっはあっ………おほん。いえ、私達が捕虜を蔑ろにしていないと証明するために、通常の捕虜に混じって生活していただこうと………」
「気持ちの悪い目で我を見るな淫獣め」
「ありがとうございます! ………ではなく、私は監視役ですので………」
「監視………」
姫騎士さんは剣や槍がなくても強くはありますが、目の前のオーク氏は恐らくオーク系の第四変異個体であるオークジェネラルです。流石に素手では勝てません。そもそもの話、武器を使っても負けているので、逃げることは不可能と考えました。
姫騎士さんが渋々従って食堂に行くと、整列した捕虜達が順番に食事をトレイの上に乗せられて、席について食べていました。食事をしているのは捕虜だけではなく、オークも一緒です。
「貴様らの食事風景を見せられながらの食事など拷問だな」
「くっ………っう………はあっ。食事はコミュニケーションをする上で大切ですので。我々は容姿の違いや文化の違いで戦争をしていますが、こうして捕虜の方々とわかり合えたなら、それを架け橋に他のヒト族ともわかり合えると信じています」
「………っ! 貴様ら豚とわかり合えだと? 冗談はその醜い顔だけにしろ!」
中々に立派な心情を語られて一瞬何も言えなかった姫騎士さんでしたが、これも姫騎士さんを懐柔する作戦の1つだと思い、辛辣な言葉を返します。オーク氏は、プルプルと震えて何かを堪えている様子でした。
捕虜の中には、姫騎士さんの見知った顔も多くいました。そして、その中には、オーク族と普通に話して笑いあっている者もいます。姫騎士さんは洗脳だと自分を納得させて、反抗の意思を示すために、美味しそうな食事の盛られたトレイをひっくり返そうとしました。
「豚の食事など、食えてたまる──」
しかし、その手を屈強なオーク氏の手が押さえました。姫騎士さんが振り向くと、オーク氏は見せたことのないような怖い顔で言いました。
「種族、文化は違うでしょう。しかし、食事をするということは変わりません。貴女は私達が用意した食事を豚の食事だと言う。しかしこれは、調理場でヒト族とオーク族の両方が受け入れられると考えて、ヒト族とオーク族が協力して作った食事だ。そして、食材は元々は全て命、それを食らうことで我々は生きているのですから、食材の命と、料理した者に感謝し、残さず食べるのが、人道ではありませんか?」
オーク氏のそんな言葉に何も言い返せなかった姫騎士さんは、ヒト族の文化である食前の祈りを捧げて、食事を頂きました。それは温かく、何故だか故郷の味がしました。
「オーク族とは、何なのだろうか………」
捕虜として囚われ、早くも一月が経とうとしていた。その間にわかることは、オーク族への誤解だらけで、戦争の意味すらわからなくなってくる。
姫騎士さんが醜い、肥えていると罵った体型は、実は腹の部分が膨らんだ鎧を文化的に愛用しているだけで、実際は筋肉質な者が多いこと。
姫騎士さんが多種族のメスを犯すと蔑んだ文化は、存在すらしていなかったこと。むしろ嬉々としてオーク族と関係を結ぶ女兵士すらいたということ。
捕虜への労働義務はあるが、ヒト族の国のように鉱山で働かせるような危険なものではない。自由時間も保証され、食事もオーク族の食べるものと同じものが出る。そして、捕虜は皆が笑っていた。
果たして、報告の通り、最初に仕掛けてきたのはオーク族なのだろうか。冷静に考えれば、個体数の少ないオーク族がヒト族の領土を侵害するメリットなど無いのだ。
「これでは、どちらが野蛮なのか」
姫騎士さんがそう呟いた時、慌てた様子で収容施設の監視のオーク族が現れ、次々と収容施設の牢を開けていきます。そして、オーク氏が現れ、全体に聞こえるような大声で言いました。
「現在! 東の山の大型のドラゴンがこちらに接近している! 標的は我々オーク族だ! ヒト族の皆は逃げてくれ!」
東の山のドラゴンは温厚なドラゴンですが、一度危害を加えると途端に狂暴になります。それが迫っていると言うことは、オーク族がドラゴンにちょっかいをかけたと言うことです。
「どう言うことだ!?」
姫騎士さんは近くにいたオーク族に詰め寄ります。姫騎士さんは、オーク族がそんなことをするはずが無いと確信していたからです。
「ひ、ヒト族だ! ヒト族がオーク族の仕業に見せかけてドラゴンに攻撃したんだ!」
「そんな! そんなことをするはずが………」
しかし、姫騎士さんには心当たりがありました。オーク族の集落をドラゴンに襲撃させようという計画も確かに存在していたからです。
「外道め! オーク族だからと言って、民間人を巻き込むなど………! それに、捕虜もいるのだぞ!」
姫騎士さんは、そのオーク族から剣を奪い、外に出ます。すると、遠目に迫ってくるドラゴンの姿を見つけました。
「姫騎士様! 逃げてください! ここは我々オーク族が!」
太って見える鎧を着て、大きな戦槌を構えたオーク氏に、姫騎士さんは言います。
「これは………償いだ。我はオーク族を誤解していた………それに、貴様らはヒト族の捕虜も守ろうとしてくれただろう? ならば、我もオーク族を守ろう」
「姫騎士様………っ! よく聞けオーク族の戦士達よ! この場においては、オーク族もヒト族もない! ただ、命を守るために、我々の命を使う! 命が惜しいものは、今すぐ逃げろ!」
しかし、誰も逃げ出しません。それどころか、ヒト族の兵士の捕虜も、没収されていた鎧や剣を装備して、戦うつもりでいます。
「姫騎士様。実は、この戦いを終えたら言いたいことが」
「聞いてやろう。その代わり、必ず生き残れよ」
ドラゴンの力は強大です。勇者によって倒された魔王すら手を出さなかった存在ですから、それはそれは強いです。オーク族とヒト族が束になったところで、叶う相手ではありません。
ですが、オーク族とヒト族の戦士は、空から急襲するドラゴンに向かって、果敢に立ち向かいました。
そして、そこに一陣の風が吹き荒れました。
その風の主はオーク族もヒト族も風圧で吹き飛ばし、ドラゴンに体当たりします。風の主はドラゴンとほとんど同じ大きさでしたから、ドラゴンと揉みくちゃになって地表を転がりました。
「あれは………ケルベロス!?」
それは、半ば白骨化した頭を3つ持つ巨大な狼でした。それを見て、オーク族は歓喜の声を挙げました。
「い、いえ、あれは、ジョンとポチとミケ………まさか、オーク族の盟友が駆けつけてくれたのか!」
「オーク族の、盟友?」
すると、目の前の空間が歪み、そこから1人の魔族………骸骨にボロ布を着せたような容姿をした、ワイト氏が現れました。
「大丈夫ですか? オーク氏?」
「救援感謝いたします! ワイト氏!」
「わ、ワイト氏?」
そう言えば、風の噂で聞いたことがある。と姫騎士さんは思い出しました。
勇者が魔王を倒す時、共に戦い、勇者以上に魔王を追い詰めた魔族がいたと。
その魔族は、数多の死霊と、魔獣の亡骸を使役していたと。
「私は、王国より派遣された帝国とオーク族の和平協定の仲介を担当いたします、ワイトと申します。さしあたってはまず──」
──共通の脅威を払うところから始めましょう。
10年後
「このあと、無事にオーク族との和平が成立して、お父さんとお母さんは結婚したんだぞ」
「へえー! お父さんとお母さんでせんそーしてたの?」
「ああ、お父さんは強かったんだぞ」
「でも、この間寝る部屋でお母さんがお父さんと喧嘩してたよ?」
「いや、あれはお父さんが望むから………なあ、オーク氏?」
「子供にはまだ早いですよ。姫騎士様」
そんな一家の楽しげな会話は、いつまでも続いたとさ。
ワイト氏「よし、これで帝国の戦争は止めた。まったく。オーク族はまともに農業生産をしてくれる数少ない種族だというのに。さて、ドラゴンの素材で国庫が潤った。これは水路の予算に当てるとして、王国の支配下に入ったオーク族への竜害手当ての金額はこれこれと………はっ、東の山のドラゴンがいなくなったら東の山の生態系が! 魔物被害が増えるかもしれない! 周辺の街の兵を増やして、その分の予算はどこから出すべきか………! 今日も仕事が多いな!」
王女様「お手伝い致します!」
ワイト氏「社長はお休みください! これは我々文官の仕事です!」