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しかし男はそれすら見透かしているのか、口元の薄い微笑を絶やさない。
「僕があなたに求めるのは契約です。今のあなたに何を言っても理解してもらえないでしょうが聞いてください。――現在のあなたはもはや人間ではありません。人間ではなく、化物です」
そこまで言って男は言葉に迷ったらしく、ほんの一瞬の間があいた。何をどう表現すればいいのか分からない私は、ゴクリと喉をならすだけだった。
「あなたには何の罪もありません。ただ、不運でした。恐ろしく不運でした。ですがそんなあなたに僕たちは2つの選択肢を用意します」
穏やかなはずの男の声は氷のように冷たい。
「今ここで潔く死んでもらうか、僕と契約し従うか」
もう一押しするかのように、彼は私の目を静かに捕らえる。何とも言えぬ威圧感に圧倒された。考えていることはまるで読めない。
「どちらがお好みですか?」
答えを求められているらしい。反逆を許されていない私はしぶしぶ返事をする。
「……何が何だかさっぱり分からないが、殺されるくらいなら何でもする。だから早く縄を解いてほしい」
□ □ □
――結局、私の身体は解放された。
縄のあとがついた手首をさすりつつ、今度は正座で向き合う。平常心も取り戻しつつあるから、ようやく真面目な話が出来そうだった。
ここでもう1度部屋を観察してみる。それなりの広さはあるが、置いている家具からして物置か空き部屋といったところだろうか。現代的なもの、例えばテレビやクーラーは一切なく、タイムスリップしたかのように思えた。どこからどう見ても私の知らない場所だ。現在地の把握は諦めることにして、恐る恐る話を切り出してみる。
「……それで」
「はい?」
「さっきの話、全く意味が分からなかったから、きっちり説明してもらえるとありがたい。あと帰りたい、帰してくれ」
「説明ならさせてもらいますよ。ただし東堂さんが理解できるように、ゆっくり小出しで」
「そして説明が終われば家にお返しします」と付け加え、少しだけ目元を緩めた。次いで困ったように小さく首を傾げる。しぐさが若干あざとい。
「ですがどこから説明すればいいのやらさっぱりで……」
「私に言われても」
「と、その前に自己紹介すら忘れていましたか」
彼の会話はいささか自由が過ぎる。まさに本題に入ると見せかけてスタート地点に逆戻りだ。私はうっかり転びそうになった。男は思い出したかのように名乗りを上げる。
「僕は江崎蓮と申します」
小さく会釈をする男――もとい江崎蓮。清潔感のある髪が揺れる。