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涙と変化

部屋に入るとロリンシスはベットの上にロノイールをそっと下ろした。そして自身はロノイールの目の前にしゃがみ込む様にして腰を下ろす。


ずっと黙ったまま何も言わないロリンシスにロノイールは戸惑いを隠せない様だった。


「・・・・・・お、前傷・・・・手当てしないと・・・」そう言いながら救急箱を探そうとするロノイールの手をロリンシスが掴んだ。


「・・・・っ痛い・・・」掴んだ力が強かったためかロノイールの顔が歪んだ。しかし今のロリンシスにはそれを気遣ってやる余裕はない。


ロリンシスは感情を抑え込む様にしながら言葉を紡いだ。


「・・・・貴方は・・・俺に、仕事を放棄しろと仰るのですか」


「・・・・・・え?」


「俺の仕事は庭師ですが、それと同時に貴方を守る事も俺の仕事なんです・・・・」


ロリンシスの言葉にロノイールが目を見開いた。そしてそっと目を伏せる。


「別に・・・・いいんだ。守らなくても・・・・」


「は・・・・?」今度はロリンシスが目を見開く番だった。


「お前が言いたいのは要するに僕が先ほど僕のことははいい、と言った事に対してだろう」


ロリンシスは黙って言葉の続きを待つ。


「先ほどの・・・・兄上を見ただろう・・・。つまりはこう言う事だよ」


ロノイールはそう言って自嘲気味に笑って見せた。その子供には似つかない表情に胸がチクリと痛んだ。


「兄上は・・・いや俺の兄妹、一族のほとんどが僕を殺したい程憎んでる」


だからあんなに震えていたのだろうか。ロリンシスの心に何かすとんと落ちてきた感覚がした。


いや、だとしたら・・・もしかして・・・・


「もしかして、あの女中に毒を盛れと命じたのも・・・?」


「ご明察だ」ロノイールはそう言って肩をすくめた。


「だから、僕と居ると危険なんだよ」


そう言ってロノイールはすでに力の入っていなかったロリンシスの手をゆっくり払った。


だからずっと一人でいいんだとでも言いたげな瞳をしてロノイールは救急箱を本格的に探し始めた。


一人脱力したように動けないでいるロリンシスはふとアルベルトが以前言っていた事を思い出した。あれはここへ来て丁度三週間たった位だったと思う。ロノイールの嫌な態度に腹を立てていた時だ。アルベルトがそっと近ずいて来たのを覚えている。


『あまり、気を悪くしないで下さいね。坊ちゃんは聡いお方です。それゆえに孤独を好む寂しい人なだけですから』と。あの時のアルベルトの表情は今でも忘れられない。


ロノイールは自分の傍に居る事で危険にさらされる人を少しでも減らすために一人でいる事を選んでいる。あの言葉はそういう意味だったのだろうか。自分の買いかぶりかもしれないが、そう考えると色んな事に辻褄が合うのだ。


突き放した態度を取り、相手の神経を逆なでするような事を常に言う。そうして嫌われる様に仕向けていたとしたら。ロリンシスはロノイールが本当はちゃんと礼儀を弁えている事に最近気づいていた。まあ、生意気は生意気だが、ちゃんと子供らしさもあるのだ。


いつの間にか結構時間が経過していたのだろう、救急箱を探し出し、ロノイールがロリンシスの元へ帰って来ていた。


ロノイールは徐にロリンシスの目の前に屈み込むと、救急箱を取りに行ったついでに濡らしてきたであろうハンカチをそっとロリンシスの頬に当てた。


ちりっとした痛みが全身を駆け抜ける。思わず顔をしかめてしまった。それを見たロノイールが目をそっと伏せた。


「・・・・・お前は何で俺から離れないんだ」


ロリンシスの頬に薬草をすり潰した薬を塗り込んだ湿布を貼りながらロノイールは呟いた。


「どれだけ嫌味ったらしく接しても、突き放しても全く離れようとしない。むしろ笑顔で接してくるバカんじゃないのか」


ああ、やっぱりそうだった。この小さな体に一体どれほどの重荷を彼は抱えて生きているのだろう。自ら人に嫌われる様にする、というのは大人といえども辛いものがある。それをましてや子供が・・・そんな何て哀しい事だろうか。


ロリンシスはロノイールに近づき、勢いよく抱きついた。反動で二人揃ってその場に倒れ込む。


「・・・・ッおっまえ!!!!急に何を!!!」声を荒げながら逃れようとするロノイールを放さない様に強く抱きすくめる。


「・・・・・からですよ」


「・・・えっ?」ロリンシスは抱きすくめる力はそのままに、顔だけをロノイールに向けた。


「そんな、いじっぱりで嫌われ者の貴方と仲良くしたいと思ったからですよ」そう言ってロリンシスはロノイールに向かって笑って見せた。もしかしたら上手く笑えてないかもしれない。自分が泣きそうになっているから。


ロリンシスの言葉を受けたロノイールは目を大きく見開いたまま何も言わない。大きな目だな、なんて呑気な事を考えていると、ロノイールの瞳が大きく揺らめいた。あ、っと思った瞬間にロノイールが静かにその目から涙を流した。それからは止まる所を知らないといったように次々と涙があふれ出す。


彼はこれほどまでに溜め込んでいたのか。こんなになるまで。そう思うと胸が締め付けられる。ロリンシスは再びロノイールを抱きしめる。するとロリンシスの背中にロノイールがオズオズと腕をまわしたのを感じた。


俺は彼がありのままの自分であれるような存在になろう。ロリンシスは秘かに心にそう誓った。





朝、ロリンシスはいつもの服に袖を通す。今日もこの王宮での一日が始まろうとしていた。


あれ以来特に変わった事といえば、ロノイールの自分への態度だと思う。大きく変わった訳ではない。相変わらず生意気ではあるし、子供らしくもない。でも確実に変わっている。雰囲気が以前より柔らかくなったし、言葉数も増えた。事の次第を知っているアルベルトも驚いていた。結局、あの後フィンはフェルナンデスによって無実とされたと風のうわさで聞いた。


と、そんなに悠長に準備をしている暇はない。はやく彼を起こしに行かなければ。


そろそろ彼の本当の笑顔を見て見たいと思いつつ、ロリンシスは今日もロノイールの元へと足を進めるのであった。

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