交流
毒薬事件は何とか収束をきわめた。あの女中は何者かの手先だったらしい。先刻警察にきちんと引き渡しされていた。
良かったと思う反面心配になった。王子と言うのはあんなにも危険に見舞われるのだろうか。もし、そうなのだとしたら一体彼は何を信じて生きているのか。いつどこで殺されるかも分からないなんて・・・。
そう思うとクソガキと言っているのが何となく申し訳なくなってきた。今度から生意気な子供に格上げしておこう。ロリンシスはそれから思いだしたように庭仕事を再開する。
働いていて気が付いた事なのだが、この王宮には庭師が自分の他にもう一人いるのだ。自分とは別の庭師と現に先ほど役割分担をしてきたところだ。自分は王宮内にある小庭全部と畑を任された。王宮に畑がある事に驚きを隠せなかった事を思い出す。
「畑を作ろうなんて誰が言ったんだろうか」王宮は不思議な所だなあと思いつつ、草をむしっていると、しゃがんでいたせいで気付かなかったが誰か近くまで来ていたようだ。手元に影が出来た。
ふと顔を上げるとそこにはまた分厚い本を抱えたロノイールが立っていた。そう言えばここはロノイールと最初に会った場所だ。もしかしたらお気に入りなのか。
ロノイールはしばらくロリンシスを見ていたがやがて視線を逸らすとロリンシスの横を通り過ぎ、大木のある所まで歩いて行った。そして大木までたどり着くとそこに腰をおろし本を開いた。
先ほどチラリと見た限りでは今回は歴史書ではなく薬学の本のようだった。今回はドイツ語だ。あんな子供がフランス、ドイツの文字何て読めるのだろうか。聞いた所によるとロノイールはまだ9歳なのだそうだ。自分よりも七つ年下だ。そんな子供が何か国語も駆使しているとは・・・・。
ロリンシスは少し興味が沸いたので、庭仕事を一時中断することにした。
そして徐にロノイールの所まで駆けて行くとそっと隣に腰を下ろした。ちょうど肩と肩がくっついて暖かい。無遠慮に自分の手元を見てくるロリンシスに顔をしかめながらも何も言わずにロノイールは読書を再開した。
しばらくそんな状態が続いていたがとうとう我慢が出来なくなったのかロノイールが声を上げた。
「・・・・・・・・何の用なんだ。さっきから」
耐えきれなかったのかロリンシスと少し距離をとるロノイールに今度はロリンシスが声を上げた。
「何で離れるんですか。本が見えないでしょうが!!!」
「お前は何なんだ、読み終わったら貸してやるから、それまで庭仕事してろ」
ビシッと先ほどまでロリンシスが作業していた所を指さしながらロノイールが言った。
「ええ~、いいじゃないですか。それに俺は坊ちゃんが読んでるから興味があるんですけど?」
その言葉にロノイールが固まった。何か変な事を言っただろうか・・・。せっかくこちらから歩み寄っているというのにかたくなだなこの王子も。
ロリンシスは心の中でそっと息をついた。話相手と言っても話が成り立たないのだからこれでは仕事のしようがない。前途多難だ。
ロリンシスが話す事を諦め、庭仕事を再開しようと腰を上げると、小さな声ではあるがロノイールが何かを呟いた。
「・・・今何か言いましたか?」ロリンシスが振り返りもう一度腰を木の根元に落ち着かせるとロノイールがだから、と少しいらつきながらロリンシスの顔を見上げた。
「・・・だから・・・居たいなら居ればいいと言ったんだ」
少し早口ながらにそれだけを伝えるとロノイールは何事もなかったかのように再び読書を再開した。
対するロリンシスはと言うと、驚きのあまり声を発する事が出来ないでいた。突然このような事を言われて平気でいられるはずがない。初めてこの生意気な王子様を可愛いと心から思った。
もしかしたらロノイールは素直になれないだけで、本当はとても甘えたさんなのかもしれない。そう思うと笑いが止まらなくなる。
隣で爆笑するロリンシスをロノイールはキッと睨みつけた。
「うるさいな・・・邪魔するなら向こう行け」
今までなら腹が立って仕方がなかった生意気な言葉遣いも、今ではなんのダメージにもならない。むしろ面白くて可愛くて仕方がないのだ。
「いやあ、坊ちゃんは意外と可愛いですね」ロリンシスはそう言ってニコニコしながらロノイールの頭をわしゃわしゃと撫でた。突然のスキンシップと言葉にロノイールは何も言う事が出来ず、ただただ呆然とロリンシスのされるがままになっている。
そんな二人の仲睦い触れ合いをそっと影から見守るアルベルトが居る事を二人は知る由もなかった。