再会
「まずい!!!本当にまずい!!!」ロリンシスは急いでいた。体力の事など気にしては居られない。面接があと少しで始まってしまうからだ。
「あのクソガキのせいだ!!!」ロリンシスは先ほど小庭で会った、子供らしいとは言い難い可愛げのない子供の事を思い出していた。一体あの少年は何者なのか。もしかして使用人なのだろうか。
もし、使用人なのだとしたらこれまたずいぶん可愛げのない事だ。そんな事を考えていたせいか心なしか気が逸れていたロリンシスは前方から近づいてくる影に気付かなかった。
あっと思った時には時すでに遅し。ロリンシスは正面を歩いてきた白髪の老人とすごい勢いで衝突してしまっていた。急いで仰向けになった体を起こし、相手方の安否を確かめる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ええ、平気です。気にしないでください」
ロリンシスの心配など露知らずといった様子で老人が薄く微笑んだ。改めて老人を見て見ると上質な衣を使ったであろう燕尾服を纏っている。どうやら身分の高い人の様だ。
ロリンシスは背筋がぞっと凍るのを感じた。ロリンシスは慌てて立ち上がる。
「本当にすみませんでした!!!何分急いでいたものですから!!!前をきちんと見ていなくて・・・」
体をこれでもかというくらい曲げて謝るロリンシスに老人はイヤイヤと首を横に振りながらそれにしても・・・と続けて呟いた。
「本当に急いでおられた様ですけど、どうなされたのですか。見た所王宮内でお見受けした事ない顔ですけど・・・・」
「ああ、それがですね、俺今日庭師の面接受けに来たんですけど・・・」
ロリンシスのその言葉に老人はおや、と呟き、それからまことに言いにくいのですが・・・と言葉を続けた。
「今しがたその面接は終了しましたよ」
ロリンシスは絶望のあまり体が震えたのを感じた。確かにすぐそこの曲がり角から先ほど受付で見た顔触れが落胆した顔立ちで出てきている。終わったというのは本当らしい。だがしかしロリンシスには腑に落ちない事があった。
「あの、面接って正午からですよね?今時計を見たらまだ11時55分なんですけど・・・」
何度確かめても廊下にある振り子時計は11時55分の所を示している。ロリンシスのその言葉を受けて老人が参ったといった様子で肩をすくめた。
「いや、それがですね、今回の面接は少々特殊でして・・・」
「と、いいますと?」
「詳しい事はまあ、この際おいといといて、面接が早く終わった理由についてお教えいたします」
「は、はあ・・・」変に言葉を濁されたのは気になったが、ロリンシスは老人の言葉の続きを待つ。
「まあ、要するに今回の面接官のリーダーを務めていたお方がすこぶる機嫌が悪くていらっしゃいまして、部屋に入り、面接者の顔を見た瞬間に有無を言わさず全員不合格にしてしまわれて・・・」
訳が分からず困ってしまいました・・・。と老人は眉を下げて苦笑した。ロリンシスはと言うと完全に呆れてしまった。なんだその理由は。子供じゃあるまいし。
ロリンシスは何故か先ほど小庭で会った少年を思い出した。
「まったくあの少年みたいだな・・・」小声で呟いたつもりが老人には聞こえていたらしい。目を光らせながら少年とは?と問い正してきた。
少年について聞かれるとは思ってもいなかったので、少し驚きつつロリンシスは先ほどで会った小生意気な少年について語った。
「いや、ここの使用人だと思うんですが、王宮の中にある小庭で出会った少年がとても不思議な子で、小庭に大きな木があるでしょう?そこの枝にフランス語で書かれた歴史書を持って片手でぶら下がっていたんですよ。しかも今にも落ちそうなのに全然動じなくて。で、結局は落ちたんですけど俺が受け止めたんですよ。そこまでは良かったんですがそこからが問題なんですよ!!!」
握りこぶしを作りながら力説するロリンシスを老人は面白そうに見つめた。
「どうなったんです?」老人はなおも含み笑いでロリンシスを見つめていた。
「それがですね、助けてくれた相手に向かってお礼も言わなきゃ感謝の姿勢もあらわさない。それどころか離せとか言い出してですね・・・!!もう思い出すだけでも腹が立ちますよ・・・」
そこまで黙って話を聞いていた老人がここにきて初めてほぉっと感嘆したような声を上げた。
「”あの方が”見ず知らずの貴方に口を開いたのですね・・・それはそれは・・・」
目の前で一人納得している老人にロリンシスは戸惑った。それに”あの方”とは一体どういうことか。頭に?マークを浮かべながらロリンシスが頭を捻らせていると、ロリンシスの後ろからどこかで聞いたような声が耳に届いた。
「アルベルト。遅い。いつまで待たせる気だ。これから剣術の稽古があると言ったのはお前だろう」
その子供とは思えない口調に小生意気な態度。これはもしかしてもしかしなくともそうなのだろうか。
「ああ、坊ちゃん今大変興味深い話をお伺いしていたもので」
「なんだそれは」後ろから呆れたような声が聞こえる。ロリンシスは嫌々ながらに後ろを振り向いた。
振り向いた拍子に声の主と目が合ってしまった。やっぱりそうだ。ロリンシスは舌打ちしそうになるのをぐっと堪える。向こうもこちらに気づいたらしく、とたんに眉間にしわが寄った。二人の険悪な雰囲気を知ってか知らずかアルベルトと呼ばれた老人が一人場違いな程の朗らかな声を発した。
「おやおや、お二人とも仲がおよろしいようで」
「どこがだ・・・」子供とは思えないドスの利いた声で少年が返事をした。
「坊ちゃんがこのように初対面の人間に反応を見せるのは珍しゅうございますね。ここはどうでしょうか坊ちゃん」
「何がだ」
「彼を庭師として採用してはいかがですかと言っているのです」
その言葉に反応したのはロリンシスだ。
「え!?本当ですか!!!」
「冗談じゃない!!!!」
反対したのはもちろん少年だ。
「いいえ。爺はもう決めました。彼こそふさわしい人材だと思います」アルベルトは少年に物怖じける事なく飄々と言ってのけた。そしてそのあとに続いた言葉にロリンシスは衝撃を受ける事になる。
「ね、ロノイール王子」アルベルトは最後にそう締めくくるとにっこりと笑った。
名前を呼ばれたロノイールは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ん?え?お、王子!?!?!?!?」
ロリンシスは驚きのあまりすっとんきょんな声を上げた。まさか自分が生意気だとバカにしていた少年が王子だったとは・・・。呆然とロノイールを見つめるロリンシスにロノイールは一瞬だけ目をやるとプイッと逸らし鼻をフンっと鳴らした。
その態度にロリンシスのこめかみに再び青筋が浮かび出す。こんのクソガキがっっ!!!!今度は口には出さず心の中で叫んだロリンシスは最高の笑顔をその顔に張り付け、ロノイールと視線を合わせた。
「これから宜しくお願いしますね、坊ちゃん?」
今度はロノイールが青筋を浮かべる番だった。
これが俺と彼の二回目の出会い。