出会い
最初に彼と話したときの第一印象は、笑わない可愛げのない子供。彼と関わっていく内にその印象は変っていった。甘える事が出来ない、許されない可哀想な子供。それが彼の第二印象だった。
ロリンシスが王宮に足を踏み入れたのは彼が16歳になって間もない、爽やかな風が吹く季節の事だ。
「ココが王宮かあ・・・。でかいな・・・」王宮に足を踏み入れて最初に感じた事はこれだった。そもそも何故ロリンシスがここに居るのかと言えばそれは彼の生い立ちを遡らなければならない。
ロリンシスには親が居ない、というより知らないのだ。ロリンシスは物心が付くころにはもうすでに孤児院で生活をしていた。施設長の話によればロリンシスが1歳の頃にここに連れて来られたらしい。要するに捨てられたのだ。
ロリンシスは別に捨てられた事に対して怒ってはいない。きっと生活に苦しんでいたんだ。施設長に話を聞いた時、そう片づけた。今はもう何も感じてはいない。会いたいとも思わない。
結局、孤児院には15歳まで世話になっていたのだが、そろそろ独り立ちをしなければと考えるようになっていたロリンシスは16歳になったのを機に孤児院を出た。
そして就職先を探し街を歩いていた時、たまたま入ったカフェに王宮で庭師を募集しているという求人広告の張り紙が目に入った。その広告を良く見て見ると、面接があり、そこで受かったものには住み込みで働いてもらうとだけ書いてあった。ロリンシスは急いで面接の日と時刻を紙に書き写した。
そして今に至るわけだ。辺りを見回してみると、門を入ってすぐの所に受け付けらしいものがあった。そこにはロリンシスと同様に面接を受けに来た者達で賑わっていた。ロリンシスはそれを見て改めて気をギュッと引き締めた。というのも、ロリンシスには今日どうしても受からなければならない大きな理由があった。現在ロリンシスは無一文だ。孤児院を出るときに施設長に渡されたはした金は昨日の時点で使い果たしってしまったのだ。このまま働き手が見つからなければ死んでしまう。あの狸爺・・・ともう二度と会う事もないだろう施設長を心の中でそっと毒づいた。
しかもここに就職出来れば住む場所も困らない。こんな好条件な就職先他にはない。ロリンシスは襟元を正し、受付へと足を踏み出した。そう、そこまでは良かったのだ。
「・・・・・ここは、一体どこなんだ・・・」ロリンシスは呆然と辺りを見回した。先ほどからもう何回もここを通っている気がする。受付で渡された紙をもう一度確認してもますます分からなくなる一方だ。案外自分は歩行音痴なのかとがっくりと首を垂れる。
面接の時間には間に合うように余裕を持って来てはいるが、このままだと間に合わない可能性だって出てきた。誰かに道を聞こうにも全然人が通らないため道を聞くという方法は実行できない。
ロリンシスはもうう一度辺りを見回す。どうやら自分は王宮の中にある小庭に居るらしい。大きな大木がいい感じにマッチしている、雰囲気的に落ち着いた庭だ。足元を見れば、ちらほらとユラシグレなどの薬草も見られる。とても充実した庭だ。
ロリンシスは何となくこの庭に足を踏み入れた。
「まあ、無駄に体力を使うよりここで人が通るのを待った方がいいしな」どこか言い訳じみた事を言いつつもロリンシスが大木の下まで来た時、突然上からガササッと言う音が聞こえた。
ん?っと上を向くと、そこには分厚い本を抱えたまま片手で木にぶら下がる9歳くらいの小さな子供だった。
子供が木にぶら下がっている事にも驚いたが、ロリンシスが何より驚いたのは子供がその手に持っている本だ。子供が持っているのはフランス語で書かれた歴史書だ。とても子供が読むものではない。
しかし驚いている場合ではない。今にも子供がぶら下がっている枝はミシミシと不吉な音を立てているのだ。子供の表情は前髪に隠れて見えないが、焦っている様子は微塵も感じられない。
この子はこのまま落ちる気なのか・・・・?そうロリンシスが思ったのとほぼ同時に子供がぶら下がっていた枝がバキッと音を立てて折れた。ロリンシスは反射的に手を伸ばした。伸ばした腕に子供は見事にすっぽりと納まってくれた。しかし受け止めた反動で後ろに尻もちをつく。受け止めた子供は歳の頃より少し体重が軽いように思われた。現に受け止めた腕にはほとんど負担はかかっていない。
受け止められた事に驚いたのか子供がぱっと顔を上げた。先ほどまで前髪で隠されていた目が露わになった。思わずロリンシスは息をのんだ。
顔を上げた子供は男の子だ。なのに驚くほどに美形なのだ。しかしもっと驚いたのは少年の瞳には何も映っていなかった事だ。まるで空虚だ。ロリンシスはそう思った。
孤児院でも似たような目を持った少年を見た事がある。この少年は孤児なのだろうか。ロリンシスが首を捻っていると、腕の中からくぐもった声が聞こえた。
「いい加減離してくれ。もう平気だ・・・」そう言いながらフイッと顔を逸らした少年にロリンシスは少しムッとした。助けてくれた相手になんだその態度は。思わず出かかった言葉を飲み込む。
ロリンシスの腕からすっと抜けだした少年は体に付いた草を取り払い本を抱え直した。その一連の流れを見ながらロリンシスは疑問に思った事を口にしていた。
「しかし何で木なんか登ってたの?」務めて優しい声音にしたはずだ。きっと頬は引き攣っているけど。
ロリンシスの気持ちなど知らない少年はフンっと鼻を鳴らした。
「お前には関係ないだろう」歳に似合わない口調でそう吐き捨てると少年は踵を返し、庭を出て行った。
少年の背中が見えなくなった後、ロリンシスはプルプルと怒りを露わにしながら、大声で叫んだ。どうせ人は来ないだろう。そう考えて。
「あんのクソガキがあああああああ!!!!!!!」
これが俺と彼との最初の出会い。