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4.オリジン-魔女-装飾品

 黒魔術にはオリジンと言う概念がある。

簡単に言えば特定の使い手のみが使用を許されるオリジナルの魔法式だ。通常、黒魔術教会にて研究、発展されている魔術は使用可能段階になると、より良い黒魔術師たちによってスタンダードなものに変換され、魔力と技術、強い意志を備えていれば、どんな黒魔術師であろうとも使用できるようになるのが常であったが、このオリジンは少し違う。通常の黒魔術が皆で共有される公的な物であるのに対し、オリジンは個人で所有する私的な物なのだ。

 その大半は権威を持つ地方の貴族魔術師が自身と家柄に箔をつけるため、魔法式に自分にしか解除不可能な鍵を付けたものであったが、時代が流れていくにつれ、個人の力でオリジンを作成するものもあらわれてきた。自分だけの秘密を持ちたかった者。自分の発見は自分だけのものだと信じた者。他人にどうしても自分の弱みを見せられなかった者。作成者は様々だったが、そのどれもこれもが黒魔術師としては非常に優秀で、また、個性的であったことが共通している。


 アカナの親友も、また彼女にしか扱えないオリジンを所有していた。

「大したことじゃないわ。私にしか見えない隙間を軽く突いたら埃が出てきた。程度の物ね」

 昼下がりの陽光が差し込む白い部屋の中、彼女はそう言ってアカナに向かって笑いかけた。見る者の心をほろりと解かせる柔らかな笑みだ。

「だから、きっと君にもできる。もしかしたら私のオリジンよりももっと価値のある何かを創れる」

 彼女は力に価値を求めていなかった。自身が強力な黒魔術師であることが原因だったのかもしれないが、彼女は自分の才能を大したことがないと常に言っていた。

 アカナもその意見に全てではないが同意していた。彼女の魅力はその強力な黒魔術ではなく、その笑顔と慈しみだ。黒魔術師であろうが一般市民であろうが、貴族だろうが誰であっても平等に注がれるその温かさだ。

 彼も友人の言葉に何度救われたか数えきれない。


「そうだと、いいんだがな」

 当時のアカナは自分だけのオリジンを組み立てようと日々四苦八苦していた。力が欲しかったわけではない。大切な物を抱えていたかったわけでもない。

 ただ、尊敬する友人に並びたい。彼女に頼られるような男になりたい。その思いだけが原動力だった。

「生命魔術をベースに構築してるんでしょ」

「ああ、血液に魔力を練りこんで操作、増殖、変質させようとしてる。これが俺にもっともあっているような気がしてな」

 血の持つ邪なイメージを嫌い、それを積極的に学ぼうと言う黒魔術師は決して多くはない。しかし、アカナは自分の体の中に通っているこの血。父と母が残してくれたこの命の流れを何よりも尊く思っていた。

 オリジンは常に自分の本質と繋がっていなければならない。攻撃的な性質を持つ黒魔術師が治療系統のオリジンを持つことが出来ない。またその逆もしかり。

 アカナはふと胸に手を当てる。何でもない動作。しかし手のひらに伝わってくる心臓の鼓動が彼を安心させる。


「イメージが固まっているのは良い事よ。オリジンを創る上でもっとも大変なのはそこだからね。大抵の人はそれが出来ない。オリジンと言う言葉の響きに引っ張られて、個性ばかりを追い求めて、自分の中にある本質を掴みきれない。やっぱり君は才能があるよ」

 そう言う友人に、アカナはイエスともノーとも取れないような曖昧な返事を返した。彼女に比べれば大抵の黒魔術師は才能なしだ。かと言ってそれを直接彼女に伝え、否定をしたらきっと彼女は悲しむだろう。直接表情には出さずに、それでも心のどこかでため息をつくだろう。彼女の価値観はそこにはないのだから。

「しかし、血液の操作ね。お父さんのこと、まだ……」

「治療魔術の弱点は即効性に劣る点であると俺は考える。もし俺のオリジンが完成したら、それはきっと不死にも似た即行治癒能力になるのだろうな」

 アカナは彼女の発言を遮るようにして話を始める。友人は少しばかり、長い付き合いのアカナにしか分からないであろう、そんなわずかな影をその清らかな表情に落とした。

「そうね。その体、その心臓、その血、大事にしなさい。壊してしまわないように。穢してしまわないように」




「ハロー」

 女はそう言って手を振った。口元の締まらない軽薄な笑みだった。

見たことのない顔。

女はクシャクシャにされた前髪を弄りながら、長い付き合いの友人に向かってするかのような態度を取っている。

 アカナは一瞬躊躇した。今の自分は死体だ。少なくともそう言う風に偽装することによってあの野獣じみた少年を追い払った。

「生きているんでしょう?わかるよ」

 さらりと、どこか楽しそうな口ぶりで女は言う。

 仕方ない。このまま死んだふりを続けていても無意味だ。それどころか無防備なところに攻撃を受けるかも知れない。

 アカナは気を張りつつも、諦めたようにもぞもぞとその場に起き上がる。傷の痛みに唸るようなことはない。それもそのはず、少年に破壊されたはずの骨や内臓は何もなかったかのように再生されている。それどころか血の一滴すらそこにはない。まるで初めから攻撃など受けていなかったかのように。


 うまく行ったようだ。アカナは声には出さないが、深く安堵する。

 血液操作。生命操作。この二つを掛け合わせ、己の魔力を練りこみ加工。それが俺のオリジン。名こそまだついていないが、この高度な自動回復能力は他のオリジンと比べ、遜色はないだろうと自負している。

「すごいねぇ。どういう構造なの? 自動再生かな。心臓の破壊をトリガーにして予めセットしている、とか。時間の逆行、じゃないね、そんなことは出来っこない。うん、やっぱり機雷型かな。想像だけれどね。私が今考えられる構築はそれだけだけど、ううん、それでもかなりの訓練が必要だったでしょ。心臓を再生なんてさぁ。まあ、そのおかげであの狂犬の鼻をごまかせたわけだけど」

「ベラベラとお喋りな奴だ」

 アカナはフンと鼻を鳴らす。見渡してみると先の喧騒が原因だろう。人の気配はほとんどしない。わずかばかりの例外を除いては。

 例外、つまり目の前でニヤニヤ笑っているこの女と、もう一人。


「……お兄さん、平気なんですか」

 この世界に来たばかりのアカナに食事を施した、アイルランドのハーフを自称する少女だった。

「警察とか、あと、救急車とか」

「……何も問題ない。すまなかったな。驚かせてしまって」

「うん、驚いた。すっごく、です。でも、平気そうなら、良かったです。……本当に」

 台詞からは想像できないような、実に平然とした様子で少女は言う。内心は平気ではないだろう。突然の異変に神経が麻痺しているのだ。麻痺した心にアカナの傷や血痕を気にする余裕などない。

 そんな、放心しきった様子の少女の顔を見て、アカナはどこか胸が苦しむのを感じた。

「なぜ、逃げなかった?」

 他の人間はしばらくの間事態を飲み込めずに野次馬でいたが、ここで行われているのが殺し合いだとわかった瞬間、一目散に逃げて行った。当然の行動だ。誰だって自分の命は惜しい。娯楽と比べればなおさらだ。

 しかし、この少女は逃げなかった。

「いや、理由とかそう言うのはなかったんですけど、あ、でもあったかもです。これ」

 そう言うと彼女は右手を差し出した。そっと開かれたその手のひらに乗っているのは赤い宝石、柘榴石だった。

「お礼言ってませんでしたし、なんか、逃げるのも違うかなって」

 少女はうつむきながら、その細い体から絞り出すように呟いた。

「なんだそれは……。意味が分からん」

 本音だった。柘榴石はアカナのいた世界では非常にポピュラーな鉱石の一つであり、特別な価値がある物でもない。それこそアカナからすれば二束三文でも礼をしないよりはましだろうと言う考えから渡したもので、それを、これでは足りない。と言われるならまだしもお礼を言われるなど、予想のはるか外だった。


 何なんだ。この少女は。

 そう問いかけるのだが、当の少女もなぜ自分がそのような行動をしたのかは分かっていないようで、戸惑っている様子だった。

 人のいない鉄塔の森の中、乾いた風が通り過ぎて行った。


「綺麗だね。お嬢ちゃんには似合うよ。どれ、私に貸してみておくれ。手品を見せてあげよう」

 そこで割り込んできたのはアカナに声をかけた女だ。先ほどまでは気にも留めなかったが、胸元が大きく開いた濃い紫色のロングドレスに、指先がくりぬかれたフィンガーレスグローブ、色とりどりのアクセサリー。まるでどこかのパーティーから抜け出したかのような珍妙な格好をしている。

 ドレスの女は少女から柘榴石を受け取るとそのままグローブを付けた両手でそれを包んだ。

「ホニャララー」

 腑抜けた声でそう言い、再び両手が開かれた瞬間、喜びと驚きの声が上がった。少女の物だ。少女が驚くのも当然のことだろう。ドレスの両手に収まっていたのは先ほどまでの赤黒い石の塊ではなく、綺麗に加工された柘榴石のペンダントだったからだ。

「すごい、どうやったんですか」

「ふふん。驚いたかな。実のところ、私の正体は東の森にすむ魔女なのさ。名前はシノ。聞いたことない? 結構有名なんだけれど」

「……いいえ」

 当然だろう。そんなもの初めから存在しないのだから。

あからさまな冗談を口にしつつ、女、シノはアカナの肩を抱き、自身に引き寄せて笑う。

「こっちは弟のアカナ。お世話になりました。姉としてお礼を申し上げるよ。その柘榴石はその気持ちとして受け取ってほしいな」

「おい、お前何をふざけたことを……」

 アカナはこんなへらへらした女を姉に持った覚えはない。そもそも初対面だ。

「まあ、照れちゃって。それでね、これからが本題なんだけれど、私達最近遠くから来たばかりなんだ」

「遠いところ、ですか」

「うんうん。それはもうすごく遠い所。気が遠くなっちゃうくらいに、意味分からない位遠い所。で、来たのは良いんだけれどね。本来寝泊まりする場所を提供してくれるはずだった案内役の男が、直前で金だけ持ってトンズラこいちゃってね。途方に暮れてたんだ。弟も私も。この世界の通貨の用意もその案内役の仕事だったし、そうなるとご飯も食べられなくてね。お嬢ちゃんの助けがなければ弟はどうなっていたことか。お嬢ちゃんはアカナの命の恩人だよ。はい、アカナお礼をしなさい。深く礼をしなさい」


 ベラベラと凄まじい勢いで舌を回すシノと言う女。その堂々とした滑らかな語りもさることながら、その内容にほとんど真実が含まれていないことが恐ろしい。

 アカナには分かっていた。この女が祭りの参加者と言う事が。

 先ほどの少年の同じく、シノの体もコラージュ作品の様に、合成画像の様に、像が歪んでおり、確実にこの世界の者でないことを示している。

 では、この茶番の意味はなんだ。なぜこの女は俺に対して攻撃を仕掛けてくるでもなく、奇妙な演技を続けている。

「まあ、アカナったらお嬢ちゃんがあまりに可愛いから照れてるのかな。ごめんねぇ。でも本当に感謝しているんだよ」

「はあ。大変ですね」

「そう、大変。何て言ったって、今日眠る所さえないんだから。ああ、どうしようか可愛い弟よ」

「いい加減離せ、通貨がないのならばその無駄にある装飾品を売り払って作れ」

 しびれを切らしたアカナがシノの腕を勢いよく振り払う。


 シノはアカナの反撃にさして驚きの表情を浮かべるわけでもなく、むしろ嬉しそうに笑みを浮かべ、両手を胸の前にあわせて言った。

「そうだね。さすがアカナ。ナイスアイデア」

 歌うようなその声に、アカナはゾッとした。魔女の冷たい手に背筋を撫でられたような、そんな寒気が全身を走っていった。

「お嬢ちゃん。申し訳ないけれど、しばらくの間宿を貸してくれないかな。もちろんお礼はするよ。たとえば、これとか、どうかな」

 そう言ってシノは人差し指にはめられていた指輪を一つ抜き取り、少女に寄こして見せ、にやりと笑った。

 ぼんやりと、そこにあるのが何なのかよく分かっていないかのような表情で手のひらの指輪を見つめる少女。

 やめろ。中止だ。そもそもこの女の言っていることは全て嘘だ。そう叫ぶ心が、外から押さえつけられている感覚。

 アカナは何も言えずにただ、その場に立っていた。


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