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1.裁判所-ルール説明

 ゴォン、ゴォンと言う頭の奥深くまで響くその鐘の音で、青年は我に返った。反射的にわが身を振り返る。腕、足、胴、全ては無事に存在していた。青年の記憶ではつい数秒前まで血と泥にまみれていたはずの衣服にも埃一つついていない。

 青年は恐る恐る自分の体のあちこちに触れていく。痛みはない。痛覚が死んでいるわけでもない、この体はいたって健康だ。

肌には衣服が掠れる感覚が伝わるし、口の中に血の味はない。自分は今鐘が鳴る音に反応して覚醒した。耳も問題ない。目には、そう、何が見える。


 青年の目に映るのは巨大かつ荘厳な裁判所だった。白くピカピカに磨き上げられた床と壁、そこにかけられている名前も分からない絵画。見たこともない壺。室内には机と椅子が列をなすように並んでいるが、不思議と狭さを感じられない。

 青年はその椅子の一つに腰掛けていた。もちろん彼にはここに来た記憶も、椅子に座った記憶もない。


 訳が分からない事ばかりだ。

 青年はパニックに陥りそうな心を何とか制し、冷静に辺りを見回してみる。


「定刻だね。では、これより第二十二回創庭会について説明しよう」

 声がした。続けて姿が見える。くたびれたスーツに身を包んだ男が部屋の中心、被告人席に立っていた。

 なんだこの男は、まるで気配が感じられなかった。

「失礼だが、あなたは何者だ。ここはどこだか教えて頂けるとありがたいのだが」

 もしかしたらこの男は自分の命を救ってくれた者かもしれない。そうであるなら礼を尽くすのが道理であろう。


「ルールを説明しよう。アカナ君」

 青年の問いを無視して発せられたその言葉に彼ははっとする。

アカナとは自分の名だ。なぜこの男が俺を知っている。

「これから君が落とされる世界には、合計八名の人間や人間でないものがいる。皆君と同じく会の参加者だ。彼らと力を合わせ、器を満たしてほしい」

「器だって?」

「そう、ここは世界の管理室。世界が滞りなく進んでいくために手助けを、あるいは邪魔をするための場所。私は……そうだね、世話係のようかな。君のいた世界には宿はあったね。客が健やかに体を休める為のアレ」


 アカナには目の前の男が何を言っているのか理解できなかった。宿だの世話係だの例え話も用いられているが、まったく飲み込めない。


「部屋のスペースも無限ではない。時には物置小屋を処分して、新しい空部屋を用意しなければならないんだ。誰でもない客のために。適宜に、適宜に。空き部屋の数は少なすぎても多すぎてもよろしくない。なかなか気苦労の多い仕事さ」

 そう言って男は自嘲的に笑うが、アカナは何が可笑しいのかわからない。

「よく分からない。世界は一つの部屋。世話係は神か何かか?」

「呑み込みが早くて助かるよ」

 眩暈がしてくるほどにとんでもない話だった。この男の言う事が本当であるなら、これまでアカナが生きてきた世界は、他にも数多くある世界のうち一つと言うことになる。楽しいことも辛いことも、様々な思い出が積もるあの世界が、善人、悪人、様々な人が今も生きているあの唯一にして絶対の世界が、たくさんあるうちの一つだとこの男は言うのだ。

 自分は狂人に助けられたのか?


しかし、そうであっても恩はある。


「この創庭会は新しく世界を創ろうと言う際に開かれる会でね。無いスペースを無理やり創る為の活動なんだ」

「今ある世界を壊して、か?」

 乾いた舌はうまく動かない。

「そう、ちょうど今いらない世界が一つ出来ている。どうにもうまく成長できなかった世界だ。これを壊してその下地に新しい世界を創ろう。と、なると神が必要になるのは分かるね? 管理者や指導者と言ってもいい」

「そう、かもな。それを俺にやれと?」

「アハハ、せっかちだなアカナ君は。それを決めるための会さ。先ほども言った通り、参加者は八名、神の座は一つ。残った者には権利を差し上げよう。自分好みの世界を創る権利を」


 そういう事か。アカナはようなく自体が呑み込めてきた。何が彼らと力を合わせ。だ。要するにこの男は、神と言うエサで俺たちを争わせたいのだ。

 アカナの胸にどんよりと熱いものが込み上げる。怒りだ。

まったく、この種の人間はどこにでもいるものだ。自分が生活していた世界にもいた。自分に権力があると思いこみ、俺たち黒魔術師をまるで人格のない優秀な武器か何かの様に使おうとしていた肥え太った人間が。


「参加を断る、と言ったら?」

 不快感が募るばかりだったが、それを表に出すようなことはしない。静かに、しかし重みをもってそう言った。

「ふむ、君がここに来る前、何があったのか私は知っているよ。あのような惨劇、私も心が痛めるばかりだ」

「……何が言いたい」

「アイリス君に会いたくないかい?」

 アカナの心臓が大きく高鳴る。

「アイリス君も八人のうち一人だ。縁があればめぐり合うだろう」

 言い終えた後男は愉快そうに顔をゆがめる。コツコツと靴を鳴らしながら被告人席からアカナのいる方へと歩み寄ってくる。くたびれたスーツを着ていなければ、その優雅な足取りも美しかったのだろうが、今の状態ではどこかアンバランスだ。

「おっと、君は辞退するから七人だったね」

「貴様……」

 裏切り者アイリスと、傲慢な目の前の男、二重の怒りがアカナの心を満たしていく。


「怒りたまえ、喜びたまえ、泣きたまえ、歌いたまえ、それこそが次の創造へとつながるのだから。私のささやかな祭りへの誘い、受け取ってもらえるね」

 男はうやうやしく手を差し出す。世界管理人の手。しかしアカナにはそれが悪魔の手にしか見えなかった。

「不安かな。怖いかな。大丈夫さ。途中で嫌になったら、参加権の譲渡も可能だから」

手に取ったら最後、一生その手のひらから逃げられなくなってしまうような、深い不安感がある。

 しかし。


「ありがとう。君なら答えてくれると思っていた。安心したまえ、何もこの祭りは一人が残るまで殺しあう残酷なものではない。うまくやれば君はアイリス君一人を討つだけで、勝者となることが出来るかも知れない。全ては君次第だ」


 掴んでいた手を放して、スーツの男は微笑んだ。純粋な優しさの垣間見える笑顔だった。

「誰かが誰かを手のひらの上で踊らせる。などと言う事はありえない。君は私を神のごとき人間と取るかもしれないが、そんなことはないのだ。私もまた無力な一人の人間。出来ない事など山の様にある。それこそ出来ることを挙げて行った方が早いほどに。だから、失敗してしまう。壊してしまう。壊すとわかっていても創ってしまう。いや、創る事が出来る人間を探し席に着かせることぐらいしかできない。が正確か。何にせよ。アカナ君、幸運を」

 男が語り終えることには、アカナの体はすでにこの場から消えていた。この広い裁判所に一人残された男は憂鬱そうにため息をつくと、その辺りにあった椅子に腰かける。


「ふう、出来るなら八人皆に世界を一つずつ与えてあげたいのだが、何にせよ空きスペースが足りなさすぎる。やりくりするのも大変だよ。ストレスがたまるし、主からプレッシャーをかけられるし、中間管理職も大変だね。しかし、今回の会。始まる前だと言うのに、妙な策が張り巡らされている様子。誰がやったのかは、まあ大体想像つくけれど、なかなか強かだね。さあ、アカナ君。復讐は果たせるかな。それとも……」


 ゴォン、ゴォンと鐘の音が響く。

「おや、次の来訪者だ。同じ説明を何度も繰り返すのも大変なんだがね。主に訴えてみようか。ふふ、まあ無理だろうけれどね」

 笑う声のみをかすかに残して、スーツの男はその姿を消した。


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