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攻防戦 その4

 前回はうっかり藤堂の知っている分野での理論だったから負けてしまったけれど、今度こそ、と奈々枝は息巻いた。





「不法侵入だと思うんだ」

「は?」


 藤堂はいつも通り、スーパーに寄って奈々枝の家を訪れていた。

 前々日、居留守を使おうとしたことに対して重々釘を刺しておいたからか、スムーズに家の中にまでいれてくれるようになったのはよかったのだが、昨日と今日、待っていたのはなぜか自信満々の奈々枝だった。

 へぇ、奈々枝さんもこんな自信満々な顔するんだなー、などとそんな感想を持つ前に、奈々枝はいきなり不法侵入だ、と不穏な言葉を持ち出したのだった。


「だからだなぁ、藤堂の行為は不法侵入罪の構成要件に該当する。そして違法性阻却事由いほうせいそきゃくじゆうもない。ついでに藤堂はすでに高校生だし、藤堂を道具として利用しようとしている間接正犯がいるわけでもないから、責任も阻却そきゃくされない。構成要件的故意もばっちりあるから、刑法第130条にいう不法侵入罪の現行犯だな」

 ふふん、とでも言いそうな奈々枝に藤堂は、そうかなぁとのんきな声を出した。


「まず、不法侵入罪の保護法益って平穏な生活でしょ?僕は確かに奈々枝さんの家にお邪魔してるけど、お邪魔できるのは奈々枝さんがドアを開けてくれるからだよね。奈々枝さんがドアを開けてくれるから僕は玄関から奈々枝さんの家に入ってるわけだ。ってことは、奈々枝さんの平穏な生活を僕は侵害したりしてるわけじゃないから、不法侵入罪の構成要件には該当しないよね。つまり、不法侵入罪は成立しない、ってわけ。それに現行犯だって言うけど、こうやって喋ってる間に時間は経ってるから、現に罪を犯しとは言えないんじゃないかなー」


 それに、と藤堂は続けた。


「現行犯だとしてもすぐに警察か検察に引き渡さないと、むしろ奈々枝さんの方が不当に僕を拘束したてことになるから、逮捕罪に該当するんじゃない?」


 にっこり、とほほ笑む藤堂。


「なんっ、なんでお前はそんなことを・・・」

「いやぁ、単なる趣味だよ。昨日、奈々枝さんが憲法の話をしたでしょ?だから、ああ奈々枝さんは法律の勉強も大学でしてるんだろうなー、と思ってさ。そんで憲法の教科書の隣に刑法の教科書があったし、不法侵入罪のとこ付箋貼ってあったから今日はこのネタかなぁ、と」

「可愛くないっ」

「可愛くなくて結構。それに、だいたい男子高校生が可愛いなんてちょっとどうかと思うよ」

「なんで説得されないんだ」

「そんなこと言われても。それは奈々枝さんの説得が悪いからでしょ?僕のせいじゃないじゃん」

「ほんっと可愛くない」

「いや、だから可愛いとか言われてもうれしくないってば」



 ふんっ、と拗ねる奈々枝を見て、藤堂はこの人ほんとうに大学生なんだろうか、と不思議に思う。

 言ってることはしっかりしてるし、落ち着きもあるのにどこか子どもっぽい。子どもっぽいというよりも本能に素直に生きている、という感じだ。


 そういや、最初、ひきこもりたい理由を聞いたときも、そんなものに理由はない、とか言ってたもんなぁ。理屈をあれこれこねるのは好きみたいだけど、自分の行動にいちいち理由付けはしないし、そういうことに興味もないんだろうなぁ。ますます面白いかも。こんな人もいるんだなー。


 と、そんなことを藤堂が考えているとも知らずに、奈々枝はあれこれ頭のなかで使えそうな知識はほかにないかを考えていた。

 難しいことを言えば、煙に巻かれるに違いないと考えていたのに、なんて奴だ、というのが奈々枝の感想である。奈々枝も不法侵入罪がどうこうと出してみたものの、あまり理解はしていない。とりあえず、不法侵入罪と聞いたなら一般の人はびっくりしてごめんなさい、となるに違いないと踏んでいたのだ。こういうところが甘いのだということに本人だけが気づいていない。




「奈々枝さんさぁ、そろそろあきらめない?」

「ん?何をだ?」

「ひきこもること」

「なぜ?」

「いや、ひきこもる理由ってこれといってないんでしょ?だったらひきこもらなくてもよくない?」

「ひきこもる理由ならあるぞ?ひきこもりたいんだ」

「それは理由というか希望でしょ」

「希望というより行動指針だな。しかも、ひきこもりなんて大学生の間しかきっとできない。いろいろな経験をするのは有用だし、今しかできないのであればそれこそやっておくべきだろう」

「え、ひきこもりの経験って有用なの?つか、それ単に自堕落なだけじゃん。なんか人に会うのが怖いとかそういう理由があるならともかく。別に外に出るのが嫌なわけじゃないんだよね?」

「暑いから嫌だ」

「それ、やっぱり自堕落なだけじゃん」

「いや、そうとも言えないぞ。わたしはな、少し日光アレルギーなんだ。日焼けするとだな、全身火傷になるから時として生命の危険があるんだな」

「は?それ、ふつうに生活できんの?」

「うむ。それほど重度のものではないから気を付けていればそうそう危険な目にあうことはないが。たまに忘れるとひどいことになる」

「だからひきこもってんの?」

「それとこれとは話が別だ。ひきこもっているのはひきこもりたいからで理由なぞない。だいたい、なんにでも理由があると考えること自体間違ってる」


 きっぱりと言い切る奈々枝に藤堂は開いた口がふさがらない。

 なんか、この人よく今まで生きてこれたな、というのが藤堂の自然な気持ちである。



 やれやれ、と思いながらも、まあいいや、と考えることを放棄する。どうせ奈々枝さんが僕を納得させられるような理由を思いつけるとは到底想像できない。だったら、藤堂はその間、この面白い人を存分に観察することができるというわけだ。

 それで十分だな、と結論づけた藤堂は自然な笑顔を作って、とりあえず、と言った。


「とりあえず、今日の理論で僕を説得させられなかったんだから、明日も来るね。スーパーで何か買ってきて欲しいものはある?」

「ふむ、仕方あるまい。そうだなあ、ちーちくを買ってきてくれ。あれ、好きなんだ」

「ちーちくね。了解」




 こうして夏の日は一日ずつ穏やかに過ぎていく。









大谷實『刑法講義各論』第3版、成文堂 を参考にしました。

つか、現行犯逮捕して司法官憲に引き渡さなかった場合、逮捕罪が成立するかはわかりません。奈々枝が難しいことを言って煙に巻こうとしたので藤堂も同じように煙に巻いてみた感じです。

 とりあえず、ぐだぐだな感じで攻防戦は進みます。

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