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とある男子高校生の友人観察記 その2

「はじめまして、栃木亮太と申します。りょーちゃんでもりょうくんでもお好きなように。ちなみにそこにいる藤堂とはクラスメイトです」

「小西奈々枝だ。この男は藤堂が苗字か?」

「ええ、そうです」

「そうか」

 

 俺と奈々枝女史が話していると、藤堂が小声で余計なことを、とつぶやいているのが聞こえた。これから背後には注意しよう。女に刺されたら勲章だけど、男に刺されるなんて冗談じゃない。


 小西奈々枝女史という人はおかしな人だった。

 近所にある国立大学の3年生だと名乗った彼女は、ひきこもりになりたいらしい。いや、なりたいというのはちょっと違う。自分はひきこもりだが、なかなかひきこもることができないので、長期休暇くらいはひきこもりたいのだが、この藤堂とやらが邪魔をするのだと彼女は語った。


「邪魔をしてるわけじゃないよ。現に奈々枝さんはこの家からでてはないじゃない。食材だって食べた分は僕がスーパーで買ってきてるでしょ?十分ひきこもれてるよ」

「違うっ。いや、世間には家からでなければ十分ひきこもりだと考えることもあるのかもしれんが、少なくともわたしの考えるひきこもりとは違う。よって、野望は達成していない」


 奈々枝女史のしゃべり方は独特だ。声自体がハスキーなことも相まって顔を見なければ男性のようにも聞こえる。やがて、奈々枝女史は藤堂を説得するのを諦めたのか、冷たいアイスティーを藤堂と俺の前に置き、それを飲んだら帰れ、と言った。


「ところで、栃木くんとやらはこの男の同級生と言ったな?クラスメイトなんだよな?」

「ええ。そうです。出席番号も前後ですよー」

「ふむ。ならば図々しいお願いかもしれないが、この男がうちに来ないよう首根っこをつかんでおいてはくれないだろうか。この男のせいで、わたしはひきこもり生活ができていないのだ」

「その前に、奈々枝さんはどうしてひきこもりたいんですか?」


 隣で藤堂が奈々枝さんとか呼ぶな、とかなんとかわめいているが無視。まずは、奈々枝女史がなぜ、ひきこもりたいのか聞くほうが優先度が高い。こんなに面白そうなことなんてめったにない、と俺の本能が告げているのだ。


「理由なんぞないよ。ただ、わたしは自分がひきこもりであるとわかっているし、ひきこもっている方が性に合っているんだ。けれど、わたしは大学生であり、授業料を親に支払ってもらっている限りは、まっとうな大学生活を送る義務があるし、それが嫌だというわけでは決してないのだ。わたしはわたしなりに大学生活というやつをエンジョイしているからな。ただ、それとは別にやはりひきこもりたいという願望がある。その願望を実現するには、長期休暇というのはもってこいなわけだ。昨年まではいろいろあってひきこもることができなかったので、今年こそは、と万全の準備をして長期休暇に臨んだのだが、この男が」


 と、奈々枝女史はそこで言葉を切って、憎々しげに藤堂を見た。


「それは僕のせいじゃないでしょう。僕だって、好きで熱中症になっていたわけじゃないよ。たまたま、だって」

「別に熱中症になっていたのが悪いというわけではない。人間である以上、そういうこともあるだろう。しかし、そういうことじゃなくて、なぜ、まだ藤堂とやらはうちに来るのかということだ。もう用事はないはずだろう」

「藤堂じゃなくて、いつも通り、巽って呼んでよ」


 なんだろう、言葉だけ見れば、すごくバカップルっぽいのに、俺からすれば、犬嫌いなんだけど友人に頼まれてしぶしぶ犬の面倒を見ている仮飼い主と大型犬にしか見えない。


なんて面白い組み合わせだろうか、と俺は思った。藤堂がここまで年相応に見えたのはもしかしたら知り合って初めてかもしれない。


「確約はできませんが、善処します。でも、藤堂はすごく優秀なのでいろいろ使い勝手はいいと思いますよ?」

 案にこき使ってやればいいじゃないか、と伝えると奈々枝女史はいらん、と一言で切り捨てた。


「この男が優秀なのはまあ、そうなんだろうが、わたしには不要だ。わたしはわたしに満足しているし、助けが必要になれば、助けてくれる友人もいる。それにまだ藤堂は高校生だろう。高校生に重荷を背負わせるのは本意ではないよ」


 その言葉を聞いて、おれは、ああ、だからか、と納得した。

 この人のそばでなら藤堂は背伸びする必要もないし、わがままを言ってもいいのだ、と。わがままを言って叶えてもらえるかどうかは別として、わがままを言ったからといって、見捨てられることもあきれられたり失望されたりすることもない。それは、奈々枝女史が自分に満足しているからだ。藤堂に頼る必要なんてないからだ。


 面白い、本当に面白い。

 藤堂が奈々枝女史に対し、どういう感情を持っているのかは定かではない。ただ姉のように慕っているだけかもしれないし、恋愛感情なのかもしれない。ただ、居心地のいい場所と認識しているのは間違いないだろう。


「奈々枝さんの夏休みはいつまでですか」

「うちは案外遅いから、10月から後期授業が始まるな。それまでは休み、というやつだ」

「だったら、こうしませんか?俺らは一応9月の頭から新学期なんです。だから、あと2週間くらいで夏休みは終了。その間に奈々枝さんがこいつを諦めさせれたなら奈々枝さんの勝ち。9月は一切奈々枝さんの邪魔をせずに、快適なひきこもり生活をお約束します。こいつを近づけさせたりしません。だけど、8月中に藤堂を説得できなければ、ここに来ることは許してもらえませんか?奈々枝さんにとっても悪くないでしょ?」

 奈々枝女史は一度目を閉じてから、深く息を吐いた。


「それは藤堂にとって、かなり有利だし、わたしにとってあまりメリットになるとは思えないんだが、今のままでは藤堂は納得しないんだろう。だったら期限を区切るというのはいい提案と言わざるを得ない。藤堂もそれでいいか?」

 大人しく俺の提案を聞いていた藤堂も、少なくとも8月中はここに来てもいいということになったのだから、喜んで首を縦に振った。


「ただし、だ」

 と、奈々枝女史。

「わたしは案外疑り深い。そこで一筆書いてもらいたい。栃木くんは立会人ということでいいかな?」

「ええ、もちろん」


 


 こうして、奈々枝女史と藤堂の本格的な攻防戦が始まったのだった。

見直しをしていないので間違いがあるかもしれません。その場合は書き直すので教えてください。これでようやく本格的な攻防へと入ります。やれやれ、です。

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