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ひきこもりの優しさ

「は?今、なんて言った?聞き間違いだよね?」

 きょろきょろと先ほどまでとは打って変わって、挙動不審な動きをする有志を奈々枝は、こいつ馬鹿か、と言わんばかりの目つきで見ている。しかし、そんなことにめげている場合ではない。この年下のいとこは今、ものすごいことを言わなかったか?


「初恋もまだ、とか言った?」

 おそるおそる、奈々枝をうかがいながら質問する。

「言ったな。何をそんなに驚くことが?」

「いや、ナナちゃん、ナナちゃんあなたいくつよ?成人迎えたいい大人が初恋もまだなんてないでしょ?年上の男のひとにドキっ、とかなかったの?」

「初恋がまだだ、というだけでなぜ有志がそんなに必死になってるのかわからん。年上の男なぁ。興味ないな」


 有志は愕然とする。

 おかしな子だとはずっと思ってたけれど、ここまでとは。

 奈々枝は有志の動揺に気付かず、なおも平然と続ける。


「だいいち、有志も年上だけどへたれだし、何年も由梨絵さんに片思いしてるくせに、あっさり真樹にもってかれてしかも結婚も決まってもなおぐだぐだわたしに愚痴を言いに来るような男を間近で見ていたら恋愛にも興味が湧かないと思わないか?」

「すいませんでしたー」


 有志にできることはもはや謝り倒すことのみ。とりあえず土下座しておく。奈々枝にしてみれば、有志の土下座など何度見たことか。あまり価値のあるものではない。


「まあ、冗談はともかく」

「冗談やったんか!よかったー、ってことはナナ、初恋くらいはあるんだよね?」

「どこからどこまでが冗談かは秘密だがな。冗談は真実を混ぜてこそ面白いというものじゃないか?」


 フフフ、と笑う奈々枝に有志はおろおろするしかない。

 いとこ同士だし、そばにいることも多かったから、奈々枝のことはそれなりに理解していると自負していたが、そんなことはなかった、と言われているような気分だ。


「いやいやいや、あのさ、ナナ、そこはさはっきりさせて…」

「わたしの初恋がまだかどうかは本題じゃないし、有志に関係ないだろう。それはどうでもいい。とにかく、だ。問題はお前がさっさと由梨絵さんにフラれてくるべきだ、ということだ」

「フラれるも何も…。だって結婚も決まってるし、事実上、フラれたようなものじゃん」

「そうやって後ろ向きでうじうじしてるから、今までずっと片思いだったんだろう?一回すっぱり言って、はっきりフラれてこないと、お前、終われないだろ?どうせお前だって、わたしにそう言って欲しかったからこそ、うちに来たんじゃないのか?」


 奈々枝をまっすぐ見れなくて、有志は顔をそらす。この年下のいとこは最後の最後で有志に優しい。有志が望んでいる言葉をくれる。


「あーあ、どうして由梨が好きなんだろうな。ナナを好きになればよかった」

「それはごめんだ。お前みたいなのが彼氏なんてぞっとする。そこまでのボランティア精神はないからな」

「なんだよー、ちょっと言ってみただけじゃん。そんなにぼろくそ言わなくてもさー」

「ふんっ。馬鹿の考え休むに似たり、というやつだな。まあ、有志の場合、悩んでいるとすぐに音に出るから気をつけろよ。来月からまたヨーロッパなんだろ?」

「よく知ってるね」

「真樹や由梨絵さんがお前のこと、心配してたからな」

「ナナは心配してくれなかったの?」

「この甘ったれめ。心配してたわけないだろう。わたし以外にも心配してくれるやつは大勢いるのだから、わたしの心配など不要というものだ」


 話は終わりだ、といわんばかりに奈々枝は立ち上がり、キッチンへと向かう。どうやら夕食を作るらしい。


「そうそう、真樹が迎えに来て、由梨絵さんと5分間だけ二人にしてくれるそうだから、その間にきっちりフラれてこいよ」

「えっ、5分?たったの?みじかいよっ」

「知らん。真樹に言わせると、それが限界だそうだ。5分過ぎると真樹が部屋に乱入するつもりらしいから気をつけろよ」

「ひでー」

「そんな事態になったのも有志がうだうだしてたせいだろ。夕食は作ってやるからそれを食べたら、さくっとフラれてくるんだな。そしてさっさと寝ろ。明後日はリサイタルだろ」

「ちえっ。泊めてくれてもいいのに」

「泊めるとお前は際限なくダメダメになると学んだからな。お前を甘やかすと碌なことがない」

「ひどいなぁ」

「どっちが」


 それきり、奈々枝は何も言わなくなった。おそらく料理に集中しているのだろう。奈々枝は昔からそうだった、と有志は思い出す。

 結局、有志が奈々枝のところを訪れたのは、奈々枝が有志の欲しい言葉をくれるとわかっていたし、そろそろ由梨絵への思慕を断ち切りたいとどこかで願っていたからでもある。由梨絵と二人きりにしてくれるよう真樹に頼んだのもきっと奈々枝だろう。そういうフォローを奈々枝は忘れないのだ。


 あーあ、と思う。

 ずいぶん長い間、由梨絵に片思いしていた。真樹と由梨絵が付き合い始めてからも、ずっと諦めきれなかった。今でも好きだ。由梨絵が好きだと言ってくれるならなんだってできると思う。

 だって、好きなのだ。理由なんてない。好きだとしかいえない。ずっと、ずっと好きだった。

 奈々枝は有志の気持ちなんてお見通しなのだろう。結局、なぜ有志が奈々枝の家を訪れたかというと、落ち着いて考えたかった、というのもある。

 潮時、なのだ。いろいろと。

もう一人の主人公であるはずの藤堂がまったくでてこないとうまさかの事態。

次回からはまた藤堂が出てきます(たぶん)。

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