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いいですか、猫は○○する生物なんです



 先導してくれている黒猫のお尻がふりふりしてて可愛い……じゃない。そんなことじゃなくて、何の疑いもなく私はこの猫を村にやってきた猫だと思い込んでしまっているけど、冷静になってみればあり得なくはないだろうか。


 フルール村から王都ノルファーレンまではアイラーのおかげで一日で行けたけど、普通の馬なら三日は必要だ。さらにそこから北の森まで半日。猫ちゃんが二日前フルール村を尋ねてきて引き返したとしても……アイラー並みの足がなければ、ここに帰ってくるなんて不可能だ。


 この子はあの黒猫じゃない?いや、絶対あの時の猫だ。確たる証拠はないけれど、私の勘がそう言ってる。猫なのに猫とは思えない洗練された立ち居振る舞いも、一瞬にして引き込まれてしまう金色の瞳も、“彼”が遣わした猫以外には持ち合わせてないはず。


 アイラーがそうだったようにこの黒猫も、常識を逸した存在なのかもしれない。そして彼らを使者として従わせる“彼”自身も――。



『気の狂っちまった男が一人で住んでるだとか』



 宿屋のおじさんの言葉が、ふと頭をよぎった。


 ……か、帰りたくなってきた……かも。



「ひぃっ!」



 空恐ろしさに思考がネガティブに傾いたのを見抜かれたのか、黒猫が振り返ってギロリと極上の睨みをきかせてくれたので『逃亡』の二文字は捨てた。両肩に鉛の乗った気分でアイラーの背に揺られ、ひたすら森を行く。


 それからのことは余り覚えてなくて、長かったようにも思えるしそんなに時間が経ってなかったようにも思える。とにかく“彼”のもとへ辿り着いたのだと悟ったのは、心地よかった揺れが止まったからだった。


 永遠とも思われた樹木の並列する風景が途切れ、私達は陽光満ち溢れる大広場に出た。


 息を、呑む。


 開けた先に在る光景が余りにも美しくて、余りにも幻想的で。この世の苦痛やしがらみや絶望から解き放たれて、生きてることさえも忘れてしまいそうな――それなのにどうして、懐かしささえも覚えるんだろう。


 陰鬱な森のなかに、こんな場所があったなんて。大きな円状の広場は太陽の光を遮るものはなく、明るくて暖かかった。そして広場中央に聳え立つのは、天まで届きそうな大樹。成人男性十人でも囲めそうにないほどに、幹が太い。見たこともない立派な樹だった。


 そんな神様でも宿っていそうな荘厳な樹に、家がある。……って言ったらおかしな表現になりそうだけど、何て表したらいいのか。家と樹が『融合している』の方が、まだしっくりくるかな。


 幹から屋根がひょっこり出ているし窓もあるし、ドアもある。大樹全体が住居になっているというか。私が気が狂ったんじゃないかと思うような光景だ。


 それでも先程までの恐怖心が消えたのは、大樹の周りでは色鮮やかな花が咲き乱れ、小鳥が唄い、蝶がひらひらと待っているから。まるでそこだけが聖地であるかのように、穏やかな時間が流れていた。


 私はアイラーから降り、草むらに足をつけた。空気は澄み渡り、肺から全身、果ては魂までも浄化してくれてそうで何度も深呼吸を繰り返す。ああ天国……。



「何やってんだ、早く来いブス」



 ………………


 …………


 ……へ?今、なんか聞こえた?


 うっとりしてるところに割り込んできたのは、低い男の声だった。でもここには私とアイラーと黒猫以外に、誰もいない。



「さっさとしろ。うるせえんだアイツが」



 目が点になるとは、まさにこういうことを指すのかもしれない。だって、だって、喋ってる。猫が喋ってる。


 声の主は、超絶うざったそうに私を見てる黒猫だった。


 え、もしかして本当に天国だったの?私いつ死んだの?まさかアレ?アレかい?盗賊に追われてた時点で死んでたの?夢オチとかそんな馬鹿な……


 これ以上ないくらいにマヌケ面で立ち尽くす私に、軽蔑を込めた一瞥をくれ、黒猫は大樹へと歩き出した。やはりお尻が可愛い……じゃなくて、オスだったんだ……でもなくて、意外と声は男らしくてかっこいい、これも違う。もう意味が分からない。


 猫は喋るものなのか?そういう生き物でしたか?


 完全に思考回路がイカレてしまった私はふらふらと、人語を発する黒猫の後をついていくしかなかった。大樹の家のドアを器用に開けて中に入っていく彼のオケツを、追う。ほんとに尻好きだな私。獣限定だけど。


 館と言っても過言では、ない。それが大樹の中の感想だった。ふわりと匂うのは、そこかしこに飾られている花のものだろうか。甘くて安らぐ、緑の匂い。そこにこの樹の香りも加わって、更に館の床や壁の木目が癒しを与えてくれる。


 入ってすぐの大広間には机があり、書類やら木の実やらガラス瓶とかが散乱していて乱雑な印象を受けた。内部は外観から想像するよりも遥かに広く、大広間から幾つもの廊下が延びてどこかに繋がっているようだ。



「おい、連れてきたぞバーンハード!」



 いきなり黒猫が大声を張り上げるもんだから、忙しなく大広間を観察していた私はひっくり返りそうになった。



『やかましい』



 そして、次にどこからともなく降ってきた声。黒猫のとは別の、声。「人をこきつかっておいて随分な言い方だな」とぼやく猫に、人じゃないじゃんとはさすがにツッコめなかった。


 落ち着いていて深みのあるこの声を……私は知ってる。



『ご苦労だった。その馬の骨を、私のところまで連れてきてくれるか』



 もう一度、姿なき声がする。間違いない。二日前に村で聞いた声だ。私をここまで導いた、“彼”のもの。


 しかし『馬の骨』とは、もしや私のことだろうか。馬ってアイラーしかいないけど、アイラーは骨ではないし……。


 ぶつぶつ言いながら考え込んでいると、



「いくぞ、ブス」



 めんどくさそうに舌打ちし、黒猫が言い放った。馬の骨だとかブスだとか、どうもこの館には無礼者しかいないらしい。


 度重なる超常現象に感覚が麻痺したのか、不思議と腹も立たない。どうとでもなれ精神で私は口の悪い黒猫に従い、“彼”のもとへ向かった。




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