深まる謎と農民の意地
「ふわ~……」
すごい。とにかく、すごい。すごすぎて感嘆の声しか出てこない。
一歩足を踏み入れば、そこはもう別世界だった。
これがエスタリオン王国の王都、ノルファーレンか。大都市だってことは頭で理解してたはずだけども、『大都市』という単語だけが一人歩きして想像はとってもあやふやなものだった。
だって、自分自身が小さな村で育ってせいぜい近隣の町にしか足を運んだことのないんだもの。私にとってはこの街は何もかもが刺激的で、魅力的だった。
とにかく活気がある。お祭りでもしてるのかってくらい。もう夕刻だというのに賑やかすぎて人が多すぎて、あちらこちらで会話が飛び交っていて、いちいち聞き耳を立ててちゃこっちの体がもたないってもんだ。
まず建物の造りからして目に見えて違う。大都市にもなると、レンガ造りが主流になるのだろうか。その数だって半端じゃない。
道は入り組んでいて路地に入ればまた大通りに出て、終わりなんてあるのかっていうほどにどこまでも街は広がりをみせていた。あちこちで見かけるお店だってそれぞれが扱う物の種類が豊富で、初めて目にするものばかりだ。
華やかに着飾った人や厳めしい鎧を着込んだ騎士、馬車だって通りを行き交う。世界中の人がここに集まってるんじゃないかという錯覚すら、してしまいそうになる。
ああ、つい好奇心に引きずられそうになるけどそんな悠長にはしてられない。
「アイラー、ご主人様はどこ?」
王都に入ってから私はアイラーの背を降りていたから、今は隣を歩く彼に尋ねてみた。
問いかけても答えが返ってくるはずがないことくらいは、いくら私でもわかってる。そこまで末期じゃないらしい。良かった。手遅れになってなくて良かった。
じゃあなぜアイラーに不毛な質問を投げかけるのかって、この子は私の馬じゃないからだ。
アイラーは“彼”の使者だった。
“彼”が自分のところへ私を連れてくるために遣わした、使者。“彼”と私を繋いでくれる唯一の接点。
私が王都まで旅してきた理由は“彼”に会うためなんだけど、私は“彼”について何も知らない。たぶん貴族だろうという推測だけ。
それに“彼”が言ったのだ。アイラーが連れていってくれると。
「ひょっとして……ここ、じゃない?」
ぶるるんと、控えめにアイラーが鼻を鳴らすから。
「……そう」
どっと疲労が押し寄せた。ここにたどり着きさえすれば、それで何もかも順調にいくと思ってたのが甘かった。
だって“彼”は言ったじゃないか。『ノルファーレンで待ってる』と。
……まさか騙されたのかしら?
あれかい、貴族のお戯れというヤツか?私はただの暇つぶしだったのか!?
「ちくしょう、弄びやがって!」
農民ナメやがって!
誤解を招きそうな台詞を吐きながら、辺りを見回してみた。もしかしたらどこかで私を笑って見物してるかもしれない。でも、そんな人物はいっこうに見当たらなかった。不審な行動は控えよう。おっちゃんに怪訝な眼差し向けられたし。
……そんなわけ、ないよね。騙されてたわけ、ない。
思えば不思議なことだらけだったもの。“彼”と初めて会ったのは――いや、正確には会ってはいない。声を『聞いた』だけ。
昨晩、“彼”は私の脳内に勝手に侵入してきて話し出した。しかも私以外の人間には、その声は聞こえていなかった。おかしいよね、絶対おかしいよね。
どうやったらそんなことができるの。魔法使いじゃあるまいし。そもそも魔法なんてあるわけもないし。
とにかくノルファーレンへ向かうことを決めた私に、“彼”が用意してくれたのがアイラーだった。
もちろん馬一頭は田舎の村の農民である私からしたら、高額すぎて手が出せない貴重な存在。
けど、けどもね。貴族のはずなら馬車かなんかで迎えに来てくれるのかな~なんて、淡い期待もあったりしたのね。ちょっぴり夢見ちゃう可憐な乙女リズちゃん十八歳、うふ。
やめとこう。気持ち悪すぎて自分で自分を撲殺したくなった。
でも実際は……馬車なんていらなかった。アイラーはどんな馬よりも速い足の持ち主だったからだ。
私の住んでいたフルール村からノルファーレンまでは馬で三日はかかると聞いていたのに、アイラーはたった一日弱で到着してしまった。
常識で考えれば普通じゃあ、ない。“彼”もこの黒馬も。
それならば“彼”に会うのも、一筋縄ではいかないのかもしれない。
「疲れたね。それにお腹もすいたし。休もうか、アイラー」
話しかけると、アイラーは穏やかに目を細めた。まるで返事をするみたいに。人語を理解してるんだろうか。そんな目で見られると、ドキドキしちゃうよ私。罪なオスだ。
とりあえずは宿探しだ。腹ごしらえをして、情報収集しよう。
“彼”は世の中の枠組みから外れた人だもの、誰か一人くらいは“彼”について何か知ってるかもしれない。噂でもなんでもいい。
鳴き始めた腹の虫に責っ付かれながら、私は宿屋の看板を探した。