プロローグ
“ねえちゃん、まーたその本見てるの?そんなんだから恋人もできないんだよ”
“うるさいなー。いいじゃない、見るくらい。私の息抜きだもん。いい?もしかしたら将来アンタの義兄さんになるかもしれないんだからね?”
“やだよー!ねえちゃんが言うとシャレになんないじゃん!”
弟が私によこす眼差しが明らかにヘンテコなものを見やるソレだとしても、気にはしない。もう慣れっこだ。
だから負けじと言い返してやる。弟の小生意気な口を封じるために、眺めていた本のページをヤツに突きつけて。
本来ならば、私が口にしたセリフは冗談だと笑い飛ばす類であるはずなのに、弟の顔面には笑みなど皆無。それどころか引いていた。
どうやらヤツは私が本気だと感づいてるらしい。
気を取り直し、私は手元の本に視線を落とす。『ある動物』が描かれた本に。
そしてまた、別の日。
“ねえリズ聞いてくれる!?この前見かけた行商人がカッコよくてさあ……って、聞いてんの?”
“え?ああ、立派な毛皮持ってたよね。まあ私が追い求めてる『彼』の毛皮には到底かなわないけどね”
“いや何言ってんのあんた。誰が毛皮のランクの話してんの。そこまで毛皮に対してアツくなれんわ。っていうかなんかムカつくから、得意げに『ふふん』って笑うのやめてくれる!?ほんとにリズってばいっつもそう。もう十八だってのにこれっぽっちも男に興味ないんだから。あんたが追ってるのはいつだって――”
村で数少ない友達の一人であるマリーが少し怒り調子で頬を膨らませる姿も、何度もこの目にしてきた。
“ライオンなんだから”
そう。そうだ。
一度たりとも人間の男に、この胸を高鳴らせたことなんかない。
普通の女の子が抱くであろうドキドキを、私は人間の男に求めることはできなかった。
もしあるとするならば、それは……男ではなく、オス。
私の心を捕らえて離さない、唯一の存在。
ライオンだった。
どうしようもなく惹かれている。あの日からずっと。
そして――
私は信じてる。
『ウルマ』の伝説を。