第1話:甘党少女、VRMMOにログインする
目を閉じると、ふわっと甘い香りが広がった。
次の瞬間、足元に石畳の感触が伝わる。
耳には街のざわめき、遠くで鳴る鐘の音。
私はゆっくり目を開けた。
「……すごい」
そこは、色とりどりの屋台と店が並ぶファンタジーの街だった。
焼きたてパンの香り、フルーツの甘い匂い、チョコレートの濃厚な香りまで漂ってくる。
五感すべてで感じる世界。
ここは、最新のフルダイブ型VRMMORPG――
《Sweet Frontier Online》
食べ物や料理、スイーツが重要な要素になっている、ちょっと変わった冒険ゲームだ。
私は空を見上げた。
「これが……ゲームの世界……!」
胸の奥がドキドキする。
その時、背後から聞き慣れた声がした。
「やっとログインしたか、ミユ」
振り向くと、そこには見慣れた少年が立っていた。
短い黒髪、落ち着いた目。
腰にはシンプルな片手剣。
私の幼馴染――
ソウタだ。
「ソウタ!」
私は思わず駆け寄る。
「このゲーム、すごいね!本当に匂いもする!」
「だから言っただろ。五感対応って」
ソウタは少しだけ笑った。
現実世界でも料理が得意な彼は、このゲームでは料理系ビルドを目指している。
そして私は――
「まずはスイーツだよね!」
甘いものが大好きなだけのプレイヤーである。
ソウタは呆れた顔をした。
「まずは戦闘だ」
「えー」
「このゲーム、素材を集めないと料理もできない」
「……なるほど」
確かに、料理ゲームではない。
冒険して素材を集める必要がある。
私は街の広場を見回した。
屋台、武器屋、装備屋、ギルド掲示板。
そして――
一軒の小さな店が目に入った。
看板には、かわいい文字で書かれている。
「スイーツの森亭」
窓からはケーキやタルトが並んでいるのが見える。
「……あそこ行こう」
「おい」
「絶対行く」
私は迷わず店の扉を押した。
チリン、とベルが鳴る。
店の中には、甘い香りが満ちていた。
ショーケースには苺タルト、プリン、マカロン、チョコケーキ。
見たこともないスイーツまで並んでいる。
「いらっしゃい」
カウンターの奥から、落ち着いた声がした。
白髪の老人NPCだ。
「初心者かい?」
「はい!」
私は即答する。
老人は微笑んだ。
「この店では、冒険者向けのスイーツを扱っている」
「スイーツで?」
「体力回復、スタミナ回復、バフ効果もある」
私はソウタを見た。
「最強じゃん」
ソウタは真面目にうなずいた。
「ポーションよりうまそうだな」
ショーケースを見ていると、突然、小さな音がした。
ぷる……
ぷるぷる……
振り向くと、カウンターの横に小さなゼリーのようなものがいる。
「え?」
それは、プリンの形をしたスライムだった。
カラメル色の頭に、つぶらな目。
「ぷる!」
私は思わずしゃがみ込む。
「かわいい……!」
老人が笑った。
「それはぷるぷるプリン。スイーツモンスターだ」
「モンスター!?」
「この世界には、食べ物の姿をしたモンスターがいる」
ソウタが腕を組む。
「つまり素材にもなるってことか」
「そういうことだ」
私はプリンを見つめた。
ぷるぷる揺れている。
「……仲間にはならないの?」
老人は少し笑った。
「なつけば、ね」
私は決めた。
「絶対仲間にする」
ソウタがため息をつく。
「冒険前から目的がズレてる」
「違うよ」
私はプリンを見ながら言った。
「この世界、絶対楽しい」
外では鐘が鳴り、冒険者たちが森へ向かって歩いている。
街のスイーツ店。
ぷるぷるプリン。
そして、幼馴染のソウタ。
私たちのVRMMOの冒険は、ここから始まる。
――甘くて、ちょっと不思議な世界で。




