エピローグ 氷上の約束
拍手は、起こらなかった。
誰も、動けなかった。
声を、出せなかった。
リンク中央。
両手を広げた一つの氷像。
その静寂を裂くように――
ひとり、滑り出す影。
全身に包帯を巻いた、小さな身体。
血の滲んだ白。
傷だらけのまま、ゆっくりと進む。
リリア。
それでも止まらずに。
氷の前まで辿りつく。
まっすぐな空色の瞳が、氷を見つめる。
「……ばか」
かすれた声。
次の瞬間。
リリアは、氷に抱きつき、唇を重ねた。
❆ ❆ ❆
南の国の室内リンク。
冷房の風が、ゆるやかに流れている。
銀髪の幼い少女が、氷の上を滑っている。
軽い。
まだ荒削りな軌道。
転びそうになって、笑う。
その様子を、イリアは見ている。
隣には、白髪になったリリア。
手は、しわだらけ。
指先は、少し曲がっている。
イリアは、その手を見つめる。
あの日、震えていた手。
いまは、穏やかに膝の上にある。
銀髪の少女が、跳ぶ。
小さな回転。
不格好な着氷。
けれど、立っている。
その姿が―――あの少女と重なる。
青い空。
桜の下。
薔薇が咲き。
紅葉が色づく。
四季すべてが溶け込んだような光の中。
真っ白なリンク。
銀髪の少女と、母の背。
あの少女を思い出すと、鮮明に浮かぶ。
あの―――美しい世界。
イリアは、隣を見る。
リリアも、微かに笑っている。
遠い目。
言葉はない。
確かめない。
ただ、分かる。
きっと彼女も、同じ景色を見ている。
リンクの上。
少女は、もう一度滑り出す。
真っさらな青が、天井の向こうに広がる。
物語は、続かない。
けれど。
―――光景は、消えない。
✨最後まで読んでいただき、ありがとうございました。✨
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