表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/34

ヒスノイズ 04


 みなさん、お久しぶりです。

 筆者の柳瀬です。

 前回の書き込みからまた少し時間が経ってしまいました。

 心配してDMをくださった方、本当にありがとうございます。

 私は当初の予定通り愛知県の奥三河に赴き、周囲を山に囲まれた小さな民宿の一室でこの文章を書いています。

 具体的な場所までは明記しませんが付近に海老川の流れる丘の上のどこかだと思ってください。

 この数日間、私は皆さんから頂いた情報をひとつひとつ整理しながら読み耽っていました。


 なかでも2008年に放送された深夜テレビ番組。

 呪われたロケハンという名目で語られた『奥三河の山奥に伝わる畏れ』の書き起こし記事は今も私の頭の中に強く残っています。

 あれを読んだ瞬間、私の中でバラバラに散らばっていたピースが繋がり、今まで影に覆われていた怪異の関係性がはっきり見えてきたんです。


 まず、あのネット怪談『ノイズ』に出てきた女の子の怨霊は九十九早苗が身籠った小夜子とみて間違いないでしょう。

 某週刊誌に掲載された妊婦刺殺事件の婚約者への独占インタビュー記事から九十九早苗と小夜子の関係は偶然では済まされない域にまで来ています。

 九十九早苗は胎児の怪異である骸童をその身に宿し、小夜子と名付けてこの世に産もうとした。

 ただ、何者かによってそれは阻まれた。

 母は子を産めなかった悲しみから。

 子は産声をあげられなかった悲しみからそれぞれ怨霊となり、ネット怪談『ノイズ』のスレ主が砂嵐のテレビ画面に呼びかけることで小夜子を引き寄せてしまった。


 おそらく、スレ主は自分の都合で誰かに中絶を迫った罪があったのでしょう。

 そうでなければ小夜子との因縁が生まれない。

 それと『奥三河の山奥に伝わる畏れ』で語られていたワラボエ様。

 流産や間引きによってこの世に生まれることが叶わなかった胎児の魂を鎮める土着神。

 かつて『ノイズ』のスレ主は小夜子に発狂寸前まで追い詰められ、この奥三河の山奥に伝わる神様に自分の体から引き剥がしてもらった。

 その神様がこの地に伝わるワラボエだったとしたら。

 これまでの一連の顛末と一本の線で繋がる。


 この考えに辿り着いたとき、私のスマートフォンが突如として震え出しました。

 

 ――ブブッ……ブブッ……

 

 民宿の静寂を切り裂くような振動音。

 見ると画面には非通知の文字。

 出るべきか迷いましたが恐る恐る応答ボタンをタップするとスマホを通して聞こえてきたのは大人の女性の声でした。

 

「はじめまして、柳瀬佳織さん。

 私は九十九 久遠(つくも くおん)と申します」

 

 そう名乗ると彼女はとある神社の宮司でありこの辺り一帯の魑魅魍魎を請け負う霊媒師だと続けました。

 以前、私が伊勢でお会いした霊媒師の琴葉さんから私の連絡先を聞いたのだと。

 さらに彼女は私が疑心暗鬼に陥っていることを汲み取りビデオ通話に切り替えてきました。

 画面に映ったのは白い巫女服に身を包んだ女性。

 年齢は私と同じ二十代前半くらい。

 長い黒髪を後ろでひとつに束ね、驚くほど整った顔立ちをしている。

 彼女の黒い瞳は全てを見通しているかのように深く、挨拶もそこそこに耳を塞ぎたくなるような事実を私に告げたんです。

 

「残念ですが、あなたのご友人の亜香里さんはもう向こう側に連れて行かれてしまいました」

 

 私は息が止まるかと思いました。

 自殺した某大学生YouTuber、下島卓也の前に現れたのは霊的な残留思念となった亜香里の成れの果てだったと。

 彼女は表情ひとつ変えずに続けました。

 つまり亜香里が助かる道はもう残されていない。

 ここまで調べて、ここまで来て、それでも間に合わなかった。

 私は何のためにこんな山奥まで来たのか。

 頭の中が真っ白になり呆然とスマホの画面をみつめ続ける私に久遠さんは憐れむことなく淡々と事実を告げていきました。


 まず、すべての悲劇の元凶は小夜子ではなく九十九早苗にあると。

 九十九早苗は久遠さんの伯叔父母(はくしゅくふぼ)にあたり、何者かに殺害されて以来、成仏できずにこの世に留まり続けているとのことでした。

 2022年10月20日の新聞記事の切り抜き。

 あの記事に掲載されていた男性こそ『ノイズ』のスレ主であり、小夜子ではなく九十九早苗に魅入られてしまった結果、悲惨な最期を迎えてしまった。

 そして今。

 九十九早苗は我が子を取り戻そうとワラボエに対して執拗な干渉を繰り返している。

 

 さらに人間たちの身勝手な中絶は止まらず、小さな子供を無下に扱う大人たちが増える一方で信仰深かった地元民は老いて消えていく。

 供養されない胎児の叫びを一身に受け止めてきたワラボエの怒りはもはや臨界点に達しているとのことでした。

 この地の安寧を揺るがすほどに。

 

「この問題を解決するには……小夜子をワラボエから取り戻すしかないのかもしれません」


 久遠さんの瞳がすっと細くなりました。

 ワラボエの祠には赤い糸で結ばれたボタンが無数に吊られている。

 その中の特定の糸。

 小夜子を繋ぐ星型のボタンの糸を断ち切り、小夜子を母親である九十九早苗の元に返す。

 そうすれば連鎖する因果が断たれ、囚われている亜香里の魂も解放されるかもしれない。

 九十九早苗がワラボエに固執することもなくなるだろうと。


 そこまでいうと久遠さんはとあるトンネルの所在地を私に提示してきました。

 祠に向かうにはワラボエに自分の存在を認知させる必要があるらしく、そのためには『ノイズ』に出てきたトンネルをくぐる必要があるとのことでした。

 あのトンネルは我々とワラボエの領域を繋ぐ唯一の境界線だからだと。

 

「これからどうするかはあなたにお任せします」

 

 最後にそれだけ言い残し、通話は途絶えました。

 私は民宿の薄暗い部屋の中でひとり震えていました。

 亜香里はもう元の姿ではないかもしれない。

 トンネルの向こうには琴葉さんも恐れた底なしの絶望が待っている可能性もある。

 行かなければ私は無事に帰れるかもしれない。

 明日、高速に乗って今まで調べたことを綺麗さっぱり忘れて普段通り大学に通えば……でも、分かってたんです。

 私はもう逃げられない。

 すでに私も魅入られてしまっているから。

 実は奥三河にやって来て以来、私の耳には何重にも折り重なった耳鳴りがずっと鳴り続けているんです。


 ――ジジジジ……ギギギッ、キリキリキリ……

 ――ザザザッ……ピーピー……ガガガガ……

 ――ギー……ジリリリ……ブツ、ガーー……

 ――ギギッ……ザラザラ……ジリジリジリ……

 ――ピッ、ピピ……ギーギー……

 ――ガガッ……ギチギチ……ザーー……

 ――ジリ……ジリリリ……ギギギ……

 ――ザッ、ザザ……ピィィ……

 ――ガーー、ガガガ……ギッ、ギチ……ジジ……

 

 まるで得体の知れない何かが私の脳を直接指先でいじくり回しているかのように。

 そして毎晩、あの夢を見る。

 不気味なメンフクロウのお面を被った女の子が私の前に現れる夢。

 その女の子は私の枕元に立ち、じっとこちらを見下ろしている。

 そして、ゆっくりと白いお面に手を触れ、外しかけたところで私は絶叫とともに飛び起きる。

 

 なぜ、彼女は私の前でお面を被っているのでしょう。

 亜香里が姿見を通して見た小夜子はお面を被っておらず顔は剥き出しだったはず。

 私に見せようとしているのは小夜子の本当の素顔なのか、それとも何かを知らせようとしているのか。

 考えれば考えるほど頭が割れるように痛み、思考がノイズに埋め尽くされていく。

 

 どちらにせよ、もう助からないのであればせめて亜香里だけでも成仏させてあげたい。

 亜香里が向こう側で孤独に泣いているのなら彼女を縛り付けている糸をこの手で断ち切ってあげたい。

 それがここまで踏み込んでしまった私の果たすべき役割なのかもしれないから。

 明日の朝、私は久遠さんから提示されたトンネルへ向かいます。

 皆さんとこうして言葉を交わすのもこれが最後になるかもしれません。

 

 情報をくださった方、励ましてくださった方。

 皆さんの力がなければ私はここに来ることさえ叶いませんでした。

 心から感謝しています。

 それでは行ってきます。

 もし、この後に私の投稿が途絶えたら。

 その時は誰かがこの地に赴いて私と亜香里のことを……いえ、やっぱり来ないでください。

 ただ遠くから私たちの魂が安らかであることを祈っていてください。

 どうかノイズの向こう側で私と亜香里のふたりが迷子になりませんように。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ