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【短編小説】明日を確認する(離婚ファーム)

掲載日:2025/12/16

「明日を確認しなかったらどうなるの」

 女が眠たげな目で訊く。

「確認をしなかった事が無いから分からないな」

 おれは答える。

「今日も確認するの」

「あぁ、確認するよ」

 女を引き剝がすと恨みがましい顔をしたが、おれの目を見て無駄だと悟ったのか素直に離れてうずくまった。

 まるで猫だなと思う。

 そんな女の頭を撫でながら明日を確認する。

 そして確認しながら、実際に明日を確認しなかったらどうなるのだろうと考えた。


 明日を確認する。

 夕方になると明日を確認する。それは日課だ。ほんの5分程度で良い。

 明日があり、今日と同じように無事に過ごす事を確認している。

 それを未来予知だとかタイムスリップと呼ぶのかはわからない。とにかく夕方になると明日を確認する。

 それはおれの日常だった。

 いつから夕方になると明日を確認するようになったのかは覚えていない。

 物心ついた時にはそうしていた。



 別に明日を確認してどうする訳でもない。

 例えば馬券を当てるだとかスポーツの試合結果を知るだとか、そういう事はしない。

 単に自分が五体満足に生きていて、仕事を馘にならず、メシを喰えていると言う事を確認するのだ。

 今日と同じ明日がある、些細だけれど重要な事があればそれでいい。



 女を撫でながらふと思った。

 もし確認しなかったらどうなるのだろう。

 そもそも確認する前はどうだったのだろう。

 確認する前の時期があったはずだし、その頃はどうやって過ごしていたのか。



 記憶にない。



 ならば明日を確認しない、と言う選択肢もあるのでは無いか。

 猫のような女を撫でながら明日を確認しつつ考えた。

 おれには明日があった。

 ちゃんと明日があった。

 明日は休日で、同じように夕方の部屋でこの女と過ごしている。

 そして同じ様に明日のおれも、女の頭を撫でながら明日の明日を確認しようとしている。

 そして明日の女も猫のようだった。



 今日のおれは明日を確認していて、明日のおれが明日を確認していると言う事は、明日のおれも確認をやめないと言う事だ。

 そこに習慣と言う化け物がいる。

 いつか明日のおれが明日を確認する事をやめる日を確認するのだろうか。

 その時のおれは何を見るのか。

 または何も見ないのか。

 明日を確認しない明日はあるのだろうか。

 明日を確認しないその明日に死ぬのかも知れないし、これまでと変わらずに明日があるのかも知れない。

 そうなったらおれは明日を確認する事を再び始めるのだろうか。

 もう明日を確認する事をやめてしまうのだろうか。

 いつかまた明日を確認する日が来るだろうなと思いながら過ごすのか、気が向いた時だけ確認するのか。


 習慣と言う化け物が少し嗤った気がした。


 女の頭を撫でながら明日も明日を確認するのを知ってしまったから、きっと明日も明日を確認するのだ。

 とりあえず明日のおれは明日を確認する。

 このまま明日を確認しなくなった時にはこの女が望む日を過ごせるのかも知れない。

 でも明日を確認しない事でおれは死ぬのかも知れない。

 それはそれで女が望む結末のひとつかも知れない。

 もしかしたら女も一緒に死ぬのかも知れないが、明日を確認をしない事で世界そのものが終わってしまうのかも知れない。


 別に何だっていいか。


 おれの確認だけが世界を支えているのか。

 世界中に何人かいるであろう、おれと同じような人間の確認で世界が形を保っていると言う仮定を立ててはみたものの、実際にそれを確認する事はできない。


 おれ以外に明日を確認している奴なんているのか。

 おれが死ぬ事と世界が終わる事についてはおれ個人の観点からするとそんなに差が無い。

 仮に世界が終わるとして、巻き込まれて終わってしまうおれ以外の人間からするとたまったものじゃないだろうけれど、結局はおれも死んでしまうのだし詫びる方法もない。


 だからって、明日を確認して世界を維持しているおれに金を払えとも言えないし、おれを崇めろとも言えない。

 仮におれの確認で世界を維持しているとしてもおれは創造主じゃあないし、単に世界を明日まで固定してる存在に過ぎない。

 

 おれにとっての平和だとか明日だとかは世界の誰にも顧みられることは無い。

 でもそれをかさに着て世界や明日を崩壊させようとも思わない。

 ただ今日と同じ明日があればいいし、きっと明日のおれも明日を確認する。明日のおれも明日のおれが明日を確認するのを確認する。

 それでいいし、それがよ良いのだろう。

 おれは女の髪を撫でた。

 洗い立ての女の髪は細く、美しい黒光りを放っていた。

 その手に光る指輪を外すのはいつか、そのうち確認する日がくるのだろうか。


 化け物が嗤った。

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