9話
トップバッターはやはり部長、二夕見弥香であった。
彼女は自身のアカウントを見せながら勝気な表情で朗々と語る。
「皆は分かってないよ。やっぱり最初に始めるならXが一番。何故かって? 私が思うに、XというSNSは『最も簡単に左右の繋がりを作ることができる』のさ!」
「――なんて言ってるけど、実際、どうなの?」
話半分で聞いた藍墨が他二人に真偽を確かめると、澄冷が腕を組んで唸った。
「一理はある、かな。そもそも投稿されているコンテンツの種類が雑多で幅広いって部分に加えて、X最大の長所はそのリアルタイム性にあると私は思うの」
「ええと……同時期に同じ話題で盛り上がれることによる連帯感、的な?」
藍墨がリアルタイム性という単語の解釈を尋ねると、肯定するのは弥香だった。
「その通り! 例えばこの下書き、見て藍墨。歓迎会の準備中に作ったんだけど」
言いながら弥香が三人に見せたのは、『両翼の大天使ミカエル』という炎上アカウントにおけるXの投稿の下書きだ。
それを見た三人は一斉に顔を引き攣らせ、弥香だけが堂々と不敵な笑みを浮かべる。
『先日、カラオケに行った際に隣のボックスから大音量の国歌が聞こえてきました。堪えかねて怒鳴り込みに行ったら店員に追い出された。言論統制。カラオケ店員にまで国の魔の手が及んでる。もう日本は終わりだよ』
「終わってんのはアンタの頭だ! 消せ消せ!」
藍墨は反射的に弥香の頭を叩き、スマホを奪って彼女の下書きを消そうとする。しかし、弥香は必死に藍墨の腕にしがみついて奪い返し、それを阻止してきた。
「待って、違うの藍墨! 話を聞いて!」
「何が違うってんのよ! アンタの話を真面目に聞いたこと⁉」
「この後に別垢で国歌全文を返信するの! 日本国旗が名前に付いた別垢で!」
「何も違くない! 何も誤解は生じてないのよ。せめてマッチポンプでありなさい! なんでガソリン持ってくんのよ! ああクソ! 歓迎会は素直に嬉しかったのに。その裏でこんなアホみたいな投稿を考えてたなんて……!」
藍墨が頭を抱えると「まあまあ」と澄冷と海月が宥めてくる。
「で、弥香。その投稿が何だって言うんです?」
海月が話を先に進めると、弥香はむふんと笑ってスマホを指す。
「まずはこれを投稿します」
「あ、普通に投稿するんですね」
「するとあっという間に『いいね』が付きます。あ、ほら、もう三桁」
「こんなに伸びてるのが嬉しくない投稿も初めて見るよ、弥香ちゃん」
「まあ待って待って、で、ほら。気付けばカラオケ店員から返信が来てる!」
「何々、『国歌はいい加減消せ』……おい同業者来てるって! どうすんのよコイツ!」
「失敬な! 一緒にしないでよ、私は両翼! この人は片翼!」
「前科は一犯より二犯の方が重いんです。弥香」
「弥香ちゃん、もしかしてXのネガキャンしてる? ちょっと色々危ないよ?」
流石に見かねた澄冷が問うも、弥香はぶんぶんと首を振って弁明する。
「ち、違うの! こうやって、自分の投稿を、今、世界の誰かが見てくれてるって分かるじゃん⁉ Xはね、他のSNSより投稿が拡散しやすい傾向にあると思うのさ! だからね、もしも藍墨が寂しいなって思うことがあったら、Xが一番おすすめなの!」
何だか真面目な言葉で締めくくられて、煙に巻かれた気分だった。
藍墨は呆れ混じりの溜息を吐いた後、少し真剣に考え――肩を竦める。
「生憎、今は騒がしくて楽しい奴らと一緒だから、寂しくはないかな」
すると、その言葉を聞いた三人は満更でもなさそうな顔を見せるので、何だか恥ずかしくなった藍墨は軽い咳払いをして「次」と海月と澄冷を見る。
「それでは、僭越ながらお次は私が」
海月はどこから取り出したのか、伊達眼鏡を着けて壁際の黒板前に立つ。元々は教室だったものを分割して準備室に作り変え、それを部室として転用しているのがサイバーセキュリティ研究部の部室だ。彼女は残っているチョークを掴み、眼鏡を上げる。
「私のプレゼンを始める前に、藍墨さん。お一つ質問です」
「何よ」
「仮にSNSを始めるとして、貴女はそこに何を求めますか?」
本質的な質問に、藍墨は面食らって考え込む。――正直、部の他の面々がアカウントを持っているのなら、自分もそれに迎合しようかと、その程度の考えだ。しかし、触るのならそこに何かを求めるべきだとは思うので、考えた末に結論を出す。
「普遍性、かな。目的は……『他の皆と同じようにSNSを楽しんでみたい』」
ふむふむ、と頷いた海月は「であれば」と黒板にチョークを走らせる。
「SNSにユーザーが何を求めているかという話になってきます。まず、SNSとは広義の意味ではLINEやYouTubeといったツールも含みます。が、今回、この場では匿名で不特定多数と交流するツールの意で用いられていると思うので、これらや、後はビジネスシーンで使われがちなFacebookを除外します」
カツカツと縦横無尽にチョークが動き回った後、白い文字が残る。
「では残ったSNSにユーザーが何を求めているか、というと……まあ、この辺りですね。『承認欲求』『情報や幸福、悪意の共有』『同志との交流』『雑多な投稿の吐き出し口』『ビジネス』と、取り敢えず今はこの辺りにしておきましょう」
カタ、とチョークを置いた海月は、手をパンパンと払ってから澄冷を見る。
「では澄冷さん。この中でユーザーが最も強く求めているものは何でしょう?」
「ええ⁉ わ、私? うーん……私個人の所感でいいなら、承認欲求、かな?」
「同感です。言わずもがなSNSとは相互交流に留まらず、一方的な自己表現の場としても活用されます。『いいね』という定量的な他者からの評価を求め、その果てに威力業務妨害や過激な発言、肌の露出といった凶行に走る者も居るくらいですから」
「ウチの部活に三分の二が居るんだけど」
「――つまり、朝陽さん。私は貴女にも承認欲求を満たしてほしいんですよ」
藍墨の苦言をしれっと聞き流した海月がそう言って眼鏡を持ち上げる。相変わらずそれらしい建前を並べるのが得意な少女だった。藍墨は肩を竦めて聞き返す。
「で? それがどうしてTikTokに繋がるのよ」
「簡単なことですよ、明智君」
「朝陽です」
海月は自らの乳房を下から支えて適当に揺らした。
「おっぱい揺らしてバズりましょう」
「おーい、どこかにこいつの品性落ちてない⁉」
下ネタに耐性が無いらしい澄冷は顔を真っ赤にして黙り、弥香は神妙な顔で己の両胸に手を当てる。そして藍墨の胸を盗み見ると『一緒に頑張ろうね』と言いたげに笑った。
「あたしの胸見て微笑むな。揺れるから。ほら、清川が免疫無さそうだからストップ!」
真っ赤な顔で俯く澄冷を見かねて藍墨が制止をかけると、二人は口のチャックを引く。
「駄目だ、この馬鹿二人の話を真に受けちゃいけない」
藍墨が溜息混じりに吐き捨てれば、「失礼な」「失敬な!」と二人が抗議の声を上げた。
「大体、朝陽さん。ちょっと私達への当たりが強いんじゃないですか?」
「そーだそーだ、私は部長だぞ! もっとチヤホヤしなさい!」
「省みる前に他責してるところがアンタらの人格を物語ってんのよ」
「知ったように言いますね。私達のことをどう思ってるんですか?」
不満そうに腰に手を置く海月。それに倣う弥香。
藍墨は微かに椅子を引いて三人を視界に入れ、左から海月、弥香、澄冷と並べる。
「左から――二人飛ばして、真人間」
真人間でない二人から、抗議の声と共にお菓子の空き箱が大量に投げ付けられた。
唯一の真人間認定を食らった澄冷は満更でもなさそうに「日頃の行いだぁ」と笑う。
藍墨は個性的過ぎて非倫理に片足を突っ込んでる二人に溜息を吐いた後、断言する。
「消去法であたしが始めるSNSはインスタグラムに決定」
すると、澄冷が一人嬉しそうにパチパチと拍手をする最中、二人は不満そうだ。
「いいんですか、朝陽さん。私達がプロデュースすれば――伸びますよ。投稿」
「そうだよ、藍墨。逃げるの? 『バズ』から。逃げちゃうの? ん?」
「腹立つわねこいつらマジで……大体、アンタらの投稿が伸びてるのって、別に質が高いからじゃないでしょ。むしろ投稿自体は低品質。フォロワーが多いだけじゃない? そのフォロワー数だってエロと火力に頼りきり」
藍墨がハンと笑って言い放つと、弥香と海月がカッと目を見開く。
「おや、おやおやおや! 聞きましたか弥香! 今の発言」
「おうよ海月、聞いたとも。何だって? 私達は社会の癌で世間のお荷物でカスでゴミで馬鹿でクズであり倫理観に乏しい犯罪者予備軍だって⁉」
「言ってない言ってない。何一つ言ってない」
首を左右に振る藍墨へ、弥香が問答無用で指を突き付ける。
「私達のフォロワー数が多いのは投稿が高品質だからだよ!」
「脱衣と炎上を繰り返してるからでしょ」
「そもそもSNSをやったこともない人に軽々しく言わないでほしいですね!」
「アンタらみたいのが居るからやらないのよ」
声高に非難してくる二人に藍墨が淡々と言い返すと、弥香は悔しそうに奥歯を噛む。
「そこまで言うなら藍墨は私達より良い投稿ができるんだろうね?」
「もう名前の原型が無いわね――で、投稿? まあ、余裕でしょ。アンタ達みたいのが伸びるなら、あたしならその倍は伸びるね。しかも脱がないし、燃えない」
藍墨が吐き捨ててポテトチップスを食べると、その見事な啖呵に澄冷が拍手する。
弥香はそれを噛み締めるように受け止め、「分かった」と頷いて藍墨を指した。
「それなら藍墨! 私達と勝負だ!」
「勝負ぅ?」と胡乱な声で呟き、口の油分を烏龍茶で流す藍墨へ弥香が叫ぶ。
「これから三人で新しいアカウントを作ろう! そして今日から――二日! 二日間の投稿における『いいね』の最高到達点で勝負! どうだ!」
海月と澄冷がやや好奇心の覗く目で藍墨を見るので、藍墨はティッシュで指を拭きつつ思案する。――余裕だと言った以上、嫌だと拒むのは格好が付かない。だが、勝てない戦いに臨むのは勇者ではなく蛮勇だ。実際のところ、勝機はあるのかと考えると――アカウントを新設する以上、彼我の力量差はノウハウの有無に限定される。
ノウハウと言えば、燃え方と脱ぎ方くらいの差しか無いだろう。
こちらはプライドなど無いので澄冷にでもやり方を訊けばいい。
「乗った。裁定者は清川ね。負けたらどうする?」
急な飛び火に「私⁉」と声を裏返して自分を指す澄冷。
ニヤリと笑いながら椅子を立った藍墨に、弥香が腕を組んでふふんと笑い返す。
「負けたら一日メイド服! 相手の呼び名は『ご主人様』!」




