2話
「入ればいいのに。女子バレー部。友達もめっちゃ褒めてたよ?」
時刻はあっという間に過ぎ去って放課後。
六月も終わりを迎えようという頃、十六時過ぎの空はまだ随分と明るく暑い。
茹だるような陽射しの下、制服を着た女子三人がくの字に並んで歩道を歩いている。藍墨と、隣のクラスの友人女子二名だ。友人はどちらも生徒会に所属している。
今朝の出来事を藍墨から聞いて思わずそんな声を上げたのは、樋口秋楽。
見惚れるほど綺麗なストレートを描く黒髪で、眼鏡をかけた愛嬌のある少女だ。夏用の半袖ブラウスから覗く腕は日焼けせずに白く華奢で、文化系であることは一目瞭然。
「でも、あたしの代わりに誰かをスタメンから外す気なんでしょ? 『優勝を目指す意思はありません。誘われたから入りました』。そんな人間が席を奪うことになる」
藍墨は感情的になることも無くそう応じ、今しがたカフェでテイクアウトしたマスカットティーをストローで啜る。秋楽はそれに釣られてカフェラテを一口呷り、唸る。
「真面目だなあ。スタメン入りしてチームが負けるのと、スタメンから外されてもチームが勝つこと。誰も彼もが前者を選ぶとは限らないよ?」
「あたしの気分の問題。そんな状況で部活に打ち込める気もしないしね」
二人の話を最後尾で静観していたもう一人の友人、一色小春は議論をまとめる。
「私も、こればっかりは朝陽の言い分が正しいと思うよ」
小春は三人の中では一番の上背で痩身の麗人だ。髪は後ろで一つ結び。顔立ちは端正だがその目は常に眠たげに半分ほど落ちており、その表情に相応しく面倒くさがりだ。
「そもそも、得意だったとしても、運動はそんな好きじゃないんでしょ?」
そう言って小春は手元の珈琲を一気に三割ほど飲む。藍墨は頷く。
「もちろん」
「だったら朝陽の意思を尊重するべきだと思うなぁ」
二人がかりで言い返された秋楽は少々むすっとした顔で頬を膨らませる。
「でもさぁ、やっぱり一年の頃からの友人としては、心配なのですよ。良い子だし、気が利くし、大体のことは上手にやれるのに、自分から何かをしようとはしない朝陽が」
秋楽から真っ直ぐな心配を向けられ、流石に藍墨もバツが悪い。
「心配は本当に嬉しいわ。気を遣ってくれるのも。でも、運動に打ち込める自身は無い」
腕を組んで唸る秋楽。小春は少し悩んだ後に、秋楽側に立つことを決めた。
「運動部以外でもさ、色々あるじゃん? 文化系の部活とかはどうなの?」
藍墨は少し考えるような素振りを見せた後、苦笑しながら言い返す。
「文科系ねえ――あたしがコンクールとかに向けて努力している姿が想像できない」
すると秋楽は「ちっちっちっ」と指を振り、小春に同調しながら藍墨を見る。
「いやいや、文化部も大会に出るようなものばかりじゃないよ。私達生徒会は弊校の部活を網羅してるけどね、色々あるよ。例えば天文学部とかはプラネタリウム観賞会とかやることもあるみたいだし、他にもモザイクアート部とか、モザイク除去部とか」
「明らかに異質なのが交じってんだけど。三つ目は何する部活なのよ」
「大人向けアート作品のモザイク除去を目的とした部だね」
「一番除去されるべきはその部活でしょ。仕事しろ生徒会。何の部活を認めてんのよ」
「前生徒会が寛容でね、今代の生徒会長もその系譜だから廃部は無いかな」
秋楽もどうかとは思っている様子だが、認知した上で存続しているのなら部外者の藍墨が口を挟むことではない。納得して呆れ顔で口を噤む藍墨に、秋楽はにやりと言う。
「美術部以外に写生部もあったりするよ」
「モザイク除去に写生を並べるな。別の意味に聞こえるから」
「ドスケベ条例部もあるよ」
「嘘を吐くな嘘を」
「いや、実はそれがマジであるの」
「嘘でしょ⁉」
秋楽の冗談かと思ったが、小春が身内の恥を晒すような苦悶の表情でそれを肯定。ふふんと秋楽が何故だか誇らしそうにするので、藍墨は目を剥いて声を荒らげる。
「もっと隠せ! 見習え、モザイク除去部を! いやソイツらは暴く側か! くそっ、何なのよ、ウチの高校。何で芸と性と精と政と星を網羅してんのよ」
「精は無いよ」
「うるせえ」
重なる秋楽のボケにツッコミを放棄して暴言を吐き出した藍墨を、小春は後ろで可笑しそうに眺めていた。そして珈琲を一口呷り、こう話題を軌道修正する。
「部活に限らず、恋愛とかでもいいんじゃない? 無縁じゃないでしょ」
すると藍墨は唇を尖らせて頭を掻き、今朝を思い出す。そして観念して頷いた。
「まあ、何度か告白されたことはあるけどね。交際は今のところ考えてないわ」
「えー⁉ 付き合ってみたらいいのに。段々と好きになることもあるかもよ」
秋楽が不満そうに声を上げるが、「好きにならなかったら?」と藍墨が淡白に訊くと、おどけた笑みで目を逸らす。「そういうこと」と藍墨が続けると、彼女は唇を尖らせた。
「じゃあ何なら納得するのさ」
「別に、今の生活に満足してるわよ」
「そんなところで満足してないで、もっと上を目指さないと」
「具体的には?」
「友達を作ったりとか」
「二人はあたしの友達でしょ」
藍墨があっけらかんと言うと、秋楽も小春も満更でもなさそうに照れ笑いを見せる。てっきり反論が返ってくるとばかり思っていた藍墨は少し恥ずかしそうに黙る。
しかし、嬉しくは思いつつも納得はできない様子で、小春が言葉を引き継いだ。
「でもさ、今年はクラスが違うし、私達二人は生徒会で幼馴染同士だから、昔なじみのメンバーで会ったりもするし、朝陽とは滅多に遊ばないじゃん?」
「別に寂しくはないし、誘ってくれることもあるし、誘われたら行くじゃない」
「だから、そこ。自分から誘いたくなるような友達をさ、作ってみれば?」
――藍墨は淀みなく動いていた口をピタリと閉ざし、見開いた目で小春を見詰める。
ローファーは歩道のアスファルトの上でピタリと止まり、本革に照り返す斜陽も動きを止めた。小春も、そして秋楽も先程よりかは幾らか真面目な顔で藍墨を見ている。
秋楽は感情を詰め込んだ表情で、黙する藍墨にこう続ける。
「中学の頃はご家庭の事情で殆ど登校できなかったんでしょ? 友達も少なかった。だから、その頃に比べればどんな状態でもプラスに見えるのかもしれない」
「……侮ってくれるわね。人を寂しい奴みたいに」
些か不本意な指摘に、藍墨は腕を組んで不満をこぼす。しかし、半眼でジロリと秋楽を見ると、彼女は幾らか申し訳なさそうに笑いつつも言葉を撤回しない。
「朝陽が心の底から満足してるなら何も言わないよ。でも、私の目にはたまに、凄く退屈そうに見える。君はきっと、ちゃんと何かに熱中できる人だと思うよ」
不満が一抹の剣呑を場に生んだが、それを承知で目の前の友人二人が声を上げてくれたことは分かる。故に藍墨は組んでいた腕を解き、溜息混じりに歩き出した。
「分かった、分かったわよ。省みる」
「んー! そういう素直なところは朝陽の美徳だね」
「決して馬鹿にしたい訳じゃないからね。強制する気も無いよ」
秋楽が笑いながら続き、小春が苦笑しながらそう弁明を付け加える。
言われずとも分かっているので「ん」とだけ軽く呟いておく。
「――ってもさ、結局、何すればいいのよって話」
部活に打ち込める自信は無いし、入ったら途中で抜けるのも迷惑だろう。
かといって誰かと親睦を深めて恋愛をすると言ったって、積極的に動いてどうこうという話でもない。では省みると言いつつも、具体的には何をすればいいのか。
そんな藍墨の問いに、秋楽が「んー」と唸ってスマホを取り出した。
「SNSとかやってみれば? 友達とか趣味が増えるかも」
言いながら彼女が見せてくるのはインスタグラムだった。つい先ほど、カフェを出た直後に撮影した三人の手元が映っており、『友達とカフェ!』の文が添えられている。
「SNSねえ」
言って、藍墨は悩ましそうにちゅーとマスカットティーを啜る。
「一度は始めようと思ったこともあるのよ、これでも。ただ、最近のSNSって炎上騒動ばかりが目に付くからさ。あんまり迂闊に手を出すのもなぁ、って悩んでる」
すると、藍墨の言葉を受けて小春が己のスマホを取り出した。
「使い方次第だよ。朝陽が言う通りに負の側面もあるけど――良い所もある」
言いながら小春がスマホを見せるので、藍墨と秋楽は立ち止まって覗き込む。
「例えばダークサイドならXってSNSで暴れてる『両翼の大天使ミカエル』とか」
「両翼ぅ?」
「大天使ぃ?」
胡乱な声を上げる藍墨と秋楽が見詰める画面には、その人物のアカウントが表示されていた。フォロワーは七十二万人。アイコンは小学生がノートの切れ端に書いていそうな、羽の生えた棒人間。プロフィール文には呆れるくらいトレンドのハッシュタグが詰め込まれており、それだけでこのアカウントがロクでもないことが明白だった。
「何、痛々しいってだけで炎上してるとか?」
藍墨が訊くと、小春の返答は画面のスワイプだった。
プロフィール画面の直下には、彼女の直近の投稿が表示されていた。
――『これだけ不自由な国で表現の自由を叫ぶことの愚かさを自覚しましょう』
「あー……政治的に偏ってるタイプか」
「まあ、よくある炎上系? でも七十万フォロワーも行くような内容?」
藍墨と秋楽がそう評すると「と思うじゃん」と小春は次の投稿にスライドする。
――『日本ほど自由で豊かな国は無いのに外国を引き合いに出すのはやめましょう』
「両翼って右翼と左翼かい!」
信じられないほどのダブルスタンダードに思わず目を疑ってしまう。
秋楽が唖然としながら小春のスマホを奪って投稿を眺めるも、流れてくるのは政治的思想が極めて強いくせに信念のしの字も感じさせない対極的な言葉の数々。
『女が一人につき五人産めば少子高齢化は解決する! 今すぐ股を開け!』
『少子高齢化はクソオスの雑魚精子で子孫を残すことの本能的な女性の忌避感』
度し難い投稿の数々はダークサイドと呼ぶに相応しいそれだった。
「政治系とか炎上騒動に首を突っ込んでは燃える火だるまのようなアカウントでね。ある時は伝統の重要性を過激な言葉で叫んだかと思えば、舌の根の乾かぬ一時間後に伝統に支配されている日本国民に警鐘を鳴らす。女性蔑視へ怒りの声を上げたかと思えば文末で女性に中指を立てる、そんな『究極の構ってちゃん』――と、これがSNSでの悪い例ですね。つまるところ、掃きだめです」
「掃きだめって言うか……煮詰めた下水ドレッシングの生ごみサラダって感じ」
心底呆れながら秋楽が吐き捨てて、スマホを小春に返す。
すると、小春は次に「で、こっちが綺麗な方」と言いながら再び二人にスマホを見せる。
SNSは先程と替わってインスタグラム。アカウント名はシンプルに『SUMI』。
それを見るや否や、秋楽はパッと顔を明るくしてぴょんぴょんと踵を跳ねた。
「あ、私、この人知ってるよ! めちゃくちゃ有名な人! フォローしてる!」
「ふぅん。明らかにインスタキラキラ系って感じね」
フォロワーはミカエルに匹敵する七十一万人だが、次いで映った投稿内容は彼または彼女とは比べ物にならないほど美しい。
最初に映ったのはどこかの有名店で購入したらしきソーダフロートの写真。お洒落なカウンターに乗ったグラスの前で綺麗な指がピースサインを作っており、その上には可愛らしい手書きの文字で値段やイラスト、注目ポイントが書いてある。お店の場所まで丁寧に記載されており、コメントにはお店のアカウントからお礼の言葉が付いている。
「寒暖差で風邪ひきそうなんだけど。ホントにミカエルと同じ地球上に存在する人?」
すると秋楽は我が事のように「良いよね、SUMIさん」とうっとりする。
「悪評とか全く聞かないし、なんか有名になろうとかそういう野心も感じない。写真の一枚一枚を綺麗に撮って――自分の好きなことを伝えようって感じがする!」
確かに、投稿をスクロールすればするほど、良い意味で刺激的な情報が目に入る。
人気のお店の好きな料理を紹介したり、有名でないが質の良いものを拡散したり、日常の些細なものを喜怒哀楽豊かに表現して、投稿の大半がポジティブを与えてくれる。顔は出していないようだが、ネットリテラシーも高そうだ。
藍墨は明るい気分になって頬を綻ばせ、「良い人なんでしょうね」と呟いた。
小春は大きく頷き、そしてスマホをポケットに戻して結論を結んだ。
「とまあ、こんな具合に、良いも悪いも使い方次第。炎上だとか悪い部分ばかり取沙汰されるけど、正しく使えば好きを広げてくれるコミュニケーションツールだよ」
非常に学びのある時間だった。「ふぅむ」と藍墨は比較的乗り気で考え込む。
今すぐに何かを発信したいという衝動は無いが、今後機会があれば挑戦してみようか。
そんなことを考えていると、秋楽が藍墨へスマホを胸元に振りながら歩き出す。
「どのSNSでもいいからさ、アカウント作ったら言ってよ。繋がろ!」
「もちろん私にも教えてよね。ここまで丁寧に説明したんだから」
小春も秋楽の言葉にニヤリと続き、藍墨は苦笑しながら肩を竦めた。
「そうね。もしも作る機会があれば――」
と、そこまで言った時だった。
秋楽の掲げるスマホが鳴動し、その場に居た三名の視線が画面に突き刺さる。
どうやら電話の着信らしく、バイブレーションは規則的に延々と続いていた。電話に心当たりが無いらしい秋楽は不思議そうに画面を覗くと、首を傾げながら電話に応じた。
「あ、もしもし樋口ですぅ。みんな大好き秋楽ちゃんですよ」
軽口を叩きながら電話に出た秋楽は、直後、電話越しの声に笑みを強張らせた。
藍墨と小春が見守る中、強張った笑顔を段々と青褪めさせていき、その額には薄っすらと夏にしては冷たい汗が滲む。黙って話を聞いていた唇がもにゅもにゅと動き、やがて「すみません、すぐ戻ります」と掠れる声を辛うじて絞り出した。
そして電話を切った秋楽は、「どうした」「どうしたの」と藍墨と小春の言葉を受け、「えー……」としょんぼり肩を落として、そっと白状した。
「生徒会の仕事を完全に忘れてました。急ぎのタスクが残ってるらしいです」
揃って額に手を当てて溜息を吐く藍墨と小春。小春は即座に逃げの姿勢を見せるが――生憎と、藍墨は暇人だ。「付き合うわ」と、やや面倒が滲んだ笑みでそう伝えた。
「ご協力ありがとうございました。練習、頑張ってください」
「ごっつぁんです」
「はい、ごっつぁんです」
一時間が過ぎて十八時。夏場といえども空は既に紫紺に染まっていた。
あの後、秋楽は一人で仕事に戻るつもりの様子だったが、藍墨も然して忙しくはなかったため、宣言通り秋楽に付いて戻り、手伝うことにした。秋楽は心底申し訳なさそうだったが、心底助かったと言いたげに、あまり属人性の高くない作業を藍墨に振った。
内容は部活動の活動実態の抜き打ち監査。
相撲部の野太い声に背中を押されながら部室を後にした藍墨は、渡されたリストにチェックを付けて一息を吐く。相撲部の部室は、屋外に校舎とは別で建てられている。校舎の方へと校庭を歩きながら空を仰ぐと、鮮やかな月と星が見えた。
さて、残すところは――『サイバーセキュリティ研究部』だけ。
活動は十九時までが基本らしいが、まだ残っているだろうか?
昇降口で上履きに履き替えた藍墨は、薄暗い廊下を歩きながら教室棟の二階にあるサイバーセキュリティ研究部の部室へ向かう。
部室は、元々準備室として使用されていた少し小さめの部屋が割り当てられているらしい。教室の引き戸とは異なり、扉は押戸で窓ガラスが付いていない。
それ故に中の様子は窺えないが――扉に吊り下げられた『サイバーセキュリティ研究部』のネームプレートの下には『OPEN』の両面マグネット。
「カフェか」と思わずツッコミを入れた後、藍墨は二度、ノックする。
そして、返事を待たずに扉を開けた。薄暗い廊下に部室の明かりが漏れ出す。
「お疲れ様です。生徒会の代理で――」
そこまで言った藍墨は、そこでピタリと口を閉ざす。
部室は準備室だった名残の見える狭苦しさをしていた。間取りは教室の半分程度。側面には使われていないのに処分もされていない棚。床には学校の備品とは思えないタイルカーペットが敷き詰められており、中央には二人掛けの長机が向き合って二つ。
そして、その内の一席に一人の女子生徒が座っていた。
一人で静かな部室を過ごしていたその女は、あまりにも美しかった。毛髪は少々日本人離れした亜麻色で、やや無造作なロングボブが肩を撫でている。
小顔に端正に配置された柔らかく小さな唇は微かな驚きに開いて、冬の澄んだ空を思い出させる双眸は丸く見開かれ、その中央に藍墨を捉えていた。
やや色白で、背丈は藍墨と然程も変わらないだろうが、全身の華奢で繊細な印象のせいか、一回り小さいように錯覚してしまう。
そして胸は然程大きくないが、その分だけお腹周りの肉も少なく、それでいて柔らかそうな輪郭を全身に帯びている。下着は赤のアクセントが入った黒で上下を統一していた。
――なぜお腹周りの肉付きや下着の色まで分かるか?
その女が下着姿だからである。
机の上には丁寧に折り畳まれた制服が。彼女の手には何やらスマートフォン。
藍墨は何度か瞬きを繰り返し、目を擦る。しかし、サイバーセキュリティ研究部の部室で一人下着姿になっているその女は現実のものらしく、消えることはない。
「こんばんは。少々お待ちください」
やがて我に返った女子生徒は、そう軽く会釈をしたかと思うと、そのまま何事もなかったかのようにスマートフォンを操作。インカメラを自分に向けた状態でパシャ、パシャと何度かシャッター音を鳴らしたかと思うと、満足そうに微笑んだ。
藍墨はどこでもドアの行き先を間違えただろうかと、無言で一度扉を閉めた。
明るい室内に慣れてしまった目は、薄暗い廊下を余計に暗く感じさせる。
廊下の端にある非常口の緑色の明かりをぼんやりと眺めながら、今の出来事の意味を考えること数十秒。そろそろいいだろうかと、再び扉をノックして開けた。
「お疲れ様です。生徒会の代理で抜き打ちの監査に参りました」
すると先程の女子生徒はブラウスの第一ボタンまで綺麗に閉めた状態で平然と立ち上がり、はらりとそのスカートを舞わせた。それから慇懃にお辞儀をして藍墨を迎える。
「こんばんは。すぐに紅茶を用意しますのでお掛けになってお待ちください」
「ああ、これはご丁寧に。お構いなく」
言いながら藍墨はチェックリストを机に置き、パイプ椅子を引く。
「……」
そしてすぐ椅子を机に差し戻し、置いたチェックリストを円筒型に丸めて持ち直した。そして口笛混じりに紙コップを棚から取り出す女子生徒の後頭部にくしゃ、と一閃。
「いや説明しろ!」
「あいて!」




