タイトル未定2025/06/30 14:56
ハンターハンター、最高だよな。で、考えた。もし、最悪に思える能力が、実は唯一無二の使い道があったとしたら? 戦闘力ゼロの、地味な救世主の話だ。
この世界では、十六歳になると誰もが自分だけの「異能」に目覚める。
炎を操る者、空を飛ぶ者、人の心を操る者。彼らはヒーローや有名人になり、世界を動かしていく。僕、佐藤が十六歳で目覚めた能力は、【他人の夢を一口だけ食べる】というものだった。
使い道は、ない。眠っている人間に触れ、能力を発動すると、その人が見ている夢の「味」が、ほんの少しだけ口の中に広がる。ただ、それだけだ。
友人が「空を飛ぶ夢」を見ていれば、口の中に澄んだ風の味がする。「恋人とデートする夢」なら、わたあめのように甘ったるい味がする。だが、それで何が分かるでもなく、腹が膨れるわけでもない。
むしろ、気味が悪いと距離を置かれ、僕はいつしか、自分の能力を隠して、息を潜めるように生きるようになった。役立たずの、ゴミ能力。それが僕の全てだった。
社会問題になっていた「昏睡症候群」のニュースを、ぼんやりと眺めるまでは。
それは、ある日突然、人が深い眠りに落ち、二度と目覚めなくなるという奇病だった。脳波は、常に悪夢を見ている時と同じパターンを示しているという。患者は、悪夢のループに囚われ、現実への帰路を見失ってしまうのだ。
治療法はない。人々は、それを「魂の迷子」と呼んだ。
僕の幼馴染のユイが、その病に倒れたのは、そんなある日のことだった。
病院に駆けつけると、ユイはベッドの上で、苦しそうな寝息を立てていた。医者は、静かに首を振った。
「彼女は、もう自分だけの悪夢の中にいる。我々には、もう……」
僕は、祈るような気持ちで、ユイの手にそっと触れた。そして、ずっと封印してきた能力を使った。
【他人の夢を一口だけ食べる】
瞬間、僕の口の中に、今まで経験したことのない、強烈な「味」が広がった。
――冷たい鉄の味。焦げ付いた回路の匂い。そして、耳を塞ぎたくなるような、不協和音。
それは、壊れたオルゴールの味だった。
僕は、医者に叫んだ。
「オルゴールです!彼女の悪夢は、壊れたオルゴールに関係があるはずです!」
医者は訝しげな顔をしたが、ユイの両親が、はっとした顔で言った。
「あの子が小さい頃、大切にしていたオルゴールを、私たちの不注意で壊してしまったことがあるんです……」
それが、悪夢の正体だった。医者たちは、その情報を元に、カウンセラーと協力して、ユイの深層心理に「オルゴールは、ちゃんと修理されたよ」というメッセージを送り続けた。
数日後、ユイは、奇跡的に目を覚ました。
この日を境に、僕の人生は変わった。
僕の「ゴミ能力」は、悪夢のループの「核」となっている、たった一つの象徴的な味――すなわち、原因を特定できる、世界で唯一の能力だったのだ。
僕は、国中の病院を回るようになった。「魂のソムリエ」と呼ばれた。
昏睡状態の患者の手に触れ、その悪夢を一口だけ「味わう」。
「……この味は、錆びたブランコだ。きっと、公園での悲しい記憶が」
「……甘い、甘すぎるケーキの味。誕生日に、何かあったのかもしれない」
「……これは、雨の日の、濡れたアスファルトの匂いだ」
僕の伝える、断片的な「味」のイメージ。それを元に、医者たちが患者の過去を探り、治療の糸口を見つけ出していく。
僕はヒーローじゃない。悪夢と戦う力もない。ただ、誰にも分からない、悪夢の「味」が分かるだけ。
でも、それで十分だった。
今日も僕は、誰かの夢の淵に立ち、そっと手を伸ばす。絶望の味の中から、たった一つの希望のかけらを探し出すために。
やっぱ、能力バトルものは燃えるな。まあ、これはバトルじゃないけど。どんなにくだらない力でも、使い方次第でヒーローになれる。そういうのが、ロマンだよな。