妹なんかに来た縁談はわたくしが奪って差し上げることにしましたの
「ルドルフ・キャンター、上官命令だ。求婚してこい」
目の前の男に呼び出されたルドルフは、その言葉に無言で踵を返す。
「待て。逃げるな」
「逃げる? この俺がですか?」
立ち止まり振り返ると上官はニヤリと笑った。ルドルフは舌打ちをする。
「なにルドルフ。悪い話じゃない」
「今まであんたの話にろくな話があったか?」
「はっははっ。何を言う。俺についてきたから今があるんだろ」
孤児だったルドルフが部下を持ち隊を任されるまでなったのは目の前の男に一応引き立ててもらったからだ。恩は幾ばくか感じている。
(話くらいは聞くべきか)
「誰に求婚してこいというのです」
ルドルフは上官命令について仔細を尋ねた。
──旧貴族であるシンファ家の次女が表舞台に出てこない。表向きは病弱であることが原因だとされているものの、両親と兄姉が虐待しているからだという噂が後を絶たない。
求婚をネタに屋敷に潜入しその次女を救い出せ。
成果を大々的に発表すれば、旧王侯貴族の地位は失墜し軍部へ賞賛が集まるだろう。
それが上官の上官、つまり軍部のお偉方の命令だった。
ルドルフは「くだらない」と心の中で呟いた。
「聞こえているぞ」
心の中で呟いていたつもりが、うっかり口に出てしまったらしい。いまさら取り繕っても遅い。ルドルフは上官が座る机に腰掛け顔を近づける。
「軍部に対する民の不満が大きくなっているからと、子供騙しのような恋物語で風向きが変わるとでも本気で思ってるのですか」
「そんなこと俺に聞くな」
上官は両肩をすくめる。
「悲しいかな上には逆らえないのさ。まあ、無理にとは言わない。思い人でもいて求婚出来ぬというのなら、他の者にあたってくれ」
つまり、ルドルフも上官命令に逆らうことはできない。自分が断るのなら部下にこのくだらない仕事を回すことになる。
嘆息を漏らし、上官からの指令を受けた。
***
──数日後。
突然求婚の申し出に現れたルドルフに対し、シンファ家の家長に妻、長男と長女は不愉快な顔を浮かべる。
想像通り次女はいない。尋ねても病弱で表に出られないとの一点張りだ。
もちろん準備をさせないように家長の休日を狙い前触れなく訪問したのだから、次女が出てこないのは想定済みだが。
「あら、シンファ家の娘と縁談を組みたいのであれば私でも構わないのではなくて? そもそも、病弱で表に出ることができないヴェロニカを舞踏会で見初めただなんてありえませんもの」
(美しい顔立ちなのだろうが、ここまで醜悪に歪ませることができるのか)
ルドルフはある意味感心していた。
目の前の女は報告書の情報によると長女のカトレア・シンファ。件の次女であるヴェロニカ・シンファを虐げているとされている。
ルドルフに対し汚泥でも見つめるような目を向けている。もちろんそんなことで怯みはしない。
「私は一年前……ヴェロニカ嬢が成人された年に開かれた舞踏会で庭の警護にあたっており、そこでお見かけしたのです」
ルドルフが生まれた二十五年前。王政だったこの国は軍部による政権奪取で軍事政権となった。
王侯貴族たちは地位を奪われたものの、祝い事にかこつけては舞踏会を開く。
旧貴族たちの集まりに目を光らせるために周辺警護という名で監視をするのもルドルフ達軍人の役割だ。
「庭で……」
カトレアの眉が微かに動き瞳が揺れたのをルドルフは見逃さなかった。
(やはりな)
ここ数日、ルドルフはシンファ家について調査をしていた。
ヴェロニカ・シンファについて調べたところ、舞踏会の参加したのは一度きりだった。その日警護にあたった軍人達に確認したが参加していたはずのヴェロニカに対する情報は何も出てこなかった。
そんな時、同僚の一人が声をかけてきた。
「普段の舞踏会では元お貴族様たちは汚れるからと庭に出るような者はいないのに、あの日は珍しく庭を歩く女性がいた。ドレスの裾も破けているように見え気になって声をかけようとしたのだが……生垣を周り近づいた時には姿を消していた。あの時は幽霊でも見たんじゃ無いかと思ったが、もしかするとあれがヴェロニカ嬢だったのやもしれぬ」
上官達の耳に入れば罰されるやもと内密に受け取ったその情報は、目の前の女に動揺を与えている。
(虐待されて育った少女は初めての舞踏会ですらまともなドレスは与えられず庭にいるしかなかった。ということか)
ルドルフはじっとカトレアの様子を伺う。
「だとしても、妹なんかに来た縁談はわたくしが奪って差し上げることにしましたの、ですから──」
「ルドルフ大尉! 怪しい小屋を見つけました!」
カトレアの宣言が終わるかどうかというところで、部下の一人が扉を開けて叫んだ。
ルドルフは立ち上がり、一家を見下ろす。
「もう、逃げられませんよ」
家長を後ろ手に縛り上げ、部下の先導で目的の場所に向かった。
***
騎馬隊のように何人もの部下を引き連れ屋敷についたルドルフは、何頭もの馬を馬丁に預けるのは負担になるからと部下に指示を出し厩舎へ同行させていた。
もちろんそんなことは方便にすぎない。途中に虐待している次女を閉じ込めるような怪しい小屋がないか探すのが目的だ。
ルドルフは部下が見つけた小屋の前に立つ。
古いが、思ったよりも手入れが行き届いているようだ。瑕疵は見当たらない。
窓からは暖かな光が漏れ、話し声が聞こえる。
ルドルフは不審に思いながら扉を叩く。
「はーい」
澄んだ鈴の音のような声が聞こえて扉が開く。
目の前には質素な服を着た細身の若い女性が立っていた。
(どういうことだ?)
女性が着る服は質素ではあるものの清潔感がある。
細身ではあるものの病弱さや虐待によるやつれは感じない。手指は少し荒れているようだがむしろ日に焼けた肌に紅色の頬は健康的ですらある。
部屋を覗くと、こぢんまりとした台所に木のテーブルが置かれ、暖かそうな食事が並ぶ。
そして……
体格の良い男が小さな椅子に窮屈そうに座っていた。
「えっと……どなたですか?」
女性は不安げにルドルフを見上げて尋ねた。
「ヴェロニカ。不用心よ」
「姉さま!」
カトレアが女性に飛びつかれ体勢を崩しかける。ルドルフは慌てて背中を支える。
「どういうことだ……?」
腕の中に問いかけると顔を真っ赤にしたカトレアが倒れ込んできた。
小屋は狭いからと再びシンファ邸の応接室に戻る。
戻る時、横抱きにして運んでいたカトレアが目を覚まして再び気を失う騒動はあったものの、今は落ち着いてソファに座っている。
両親、兄に姉、そして妹が揃い、体格の良い男も当たり前のように着席している。
「見てお分かりのように病弱なヴェロニカよりもカトレアの方が軍人の嫁に相応しい」
横柄な父親は言い切り、扇で口元を隠した母親は同意しているとばかりに頷く。
(病弱じゃない方が倒れたのに何言ってんだ)
口を挟みそうになるのをルドルフは堪える。
「父様。わたしに縁談だったのですか?」
「いいえ。病弱な貴女に軍人と縁談などそんな良い話がくるわけないでしょう。もし貴女をというのならわたくしがその縁談奪って差し上げるわ」
「姉さまが犠牲になることはないわ」
「犠牲? 笑わせないでちょうだい。貴女が軍人の嫁など恥を晒すだけよ。淑女教育を受けたわたくしではないと、務まらないわ」
「そうだ。軍人の嫁は社交の場に出ることもあるのだ。病弱で田舎暮らしをしていたお前が淑女の振る舞いはなどできるわけがない。使用人に嫁ぐのがせいぜいだろう。カトレアに譲ってやれ」
姉と兄に口々に罵られてもヴェロニカに悲壮感はない。
ルドルフはくだらない芝居を見せられた気分になり、大きくため息をついた。
「貴殿たちは退室いただけないか。少しヴェロニカ嬢と話がしたい」
その発言に一家からの悪態を一斉に浴びる。何を言っているのか聞き取れない程の剣幕だ。体格の良い男まで参戦している。
確認すべきことがあるのに話が進まない。
「わかった。では、カトレア嬢と話させて欲しい」
ルドルフの提案が予想外だったのか、一家は密談を始めた。
「わかりましたわ」
決意を固めたかのような悲壮感あふれるカトレアを残してみな退室した。
しんと静まり返る部屋で対峙する。
沈黙に耐えられないのか、カトレアは落ち着きなく視線を漂わせ組んでいる指も忙しなく動く。
(手中に落とすのはたやすそうだ)
日頃、謀りごとを企ててばかりの相手をしているルドルフにはカトレアの相手など赤子の手をひねるようなものだ。
「さて。なぜヴェロニカ嬢が私からの求婚を受け入れられないのかもう一度説明いただこう」
「ええ。いくらでも説明しましょう。ヴェロニカは病弱だからですわ」
尋問だというのに、沈黙が終わったことにカトレアは安心した様子を隠さない。
「ヴェロニカ嬢は、いたって健康に見えるが?」
「いいえ。病弱です」
「病弱なら屋敷で療養した方がいいのではないか?」
「感染る病気だといけませんから隔離しております」
「ではあの小屋で何をしているんだ」
「一日中床に伏せっております」
「床に伏せっているにしては日焼けして、手指が荒れているのはおかしくないか?」
「……そんなこと知りませんわ」
「日頃家事をしているように見受けられる。使用人のように家事をさせて虐待をしているなどと噂されているが真実か?」
「まさか。虐待なんて! いっ一緒にいた使用人を貴方も見ましたでしょう? あの男が身の回りの世話をしております」
「あの男が?」
「ええ」
「台所は随分とこぢんまりした印象を受けた。調理道具など低い場所にまとめて置いてあったからだろう。あれではあの体格が良い男が使用するには窮屈ではないか?」
「それは……元々あのような台所なのですわ」
「まぁいいとしよう。しかしながら、そもそも異性の使用人に世話をさせるなど外聞が悪いのでは?」
「それは……」
言い返す言葉が思いつかないのか黙ってしまった。
「病弱だというのは虚言だな? なら私の求婚を断る理由はない」
「理由なぞ関係ありませんわ。わたくしはただ、妹なんかに来た条件の良い縁談ですからわたくしが奪って差し上げることにしただけですの」
開き直ったかのような態度を取るカトレアを眺める。
「王侯貴族の中でも特に気位の高いシンファ家の令嬢が軍人との縁談を条件が良いなどと考えるか? 普通であれば軍人の慰みものになどなりたくないと難色を示すのではないか?」
「慰みもの……? でしたらわたくしの方が相応しいですわ。わたくしフルートが得意ですから毎晩演奏して音楽で癒して差し上げましてよ」
「夫が毎晩聞きたいのはフルートよりも妻の声だろうな」
「わたくしは歌も得意ですわ」
「ふっ。枕元で毎晩歌われるのは困るな」
「?」
蝶よ花よと育てられたお嬢様には意味がわからないらしい。耳元でわかるように伝えると目の前でみるみる赤くなっていく。
「可愛いらしいあの子にそんなことはさせられないわ! 早く国外に逃さないと!」
「おや。一日中床に伏せっているはずなのに国外に逃亡などできるのか?」
「あ、その……」
カトレアが自身の発言に気がついた時にはもう遅かった。
馬車で座って移動するなら平気だとかいくらでも言い訳をすればいいはずなのに、動揺してしまっては取り返しがつかない。
「どうして君たち家族はヴェロニカ嬢を秘匿しているのだ」
病弱でもない、虐待でもない。ならばなぜ隠す必要があるのか。
沈黙に耐えられないだろうカトレアが話し出すのをルドルフはじっと待つ。
「……本当に、ヴェロニカは病弱だったのです。小さい頃は何度も何度も高い熱を出しては寝込んでばかりで、だから療養のためお祖母様の暮らす自然豊かな田舎で離れて暮らすことになりましたの。ヴェロニカは田舎暮らしが性に合ったのでしょうね。花が好きなあの子は土いじりに夢中になって外で過ごすことが増えると、そのうち熱を出しても寝込まなくなり、成長するにつれて熱を出すことも減ったわ」
予想通りポツポツと思い出話が始まる。遠くを見つめるカトレアの視界にルドルフは入っていないようだ。
「一緒にいたのは田舎屋敷を管理していた使用人の息子よ。ああ見えてヴェロニカと歳は変わらないの。一緒に野原を駆け回って育ったらしいわ。本当はそのまま田舎暮らしをさせてあげたかったけど、お祖母様が亡くなられたらそういうわけにはいかなくて……」
軍事政権になってから旧貴族の所有財産について厳しくなった。二拠点に土地を所有することは認められない。
都会の土地はシンファ家の今の家主が保有しているのであれば、田舎の土地は所有者である祖母が亡くなった際に接収されたのだろう。
「だからせめて田舎暮らしをしていた頃のように、あの子には好きなだけ土いじりをさせてあげているの」
「それであればヴェロニカ嬢を隠さずともいいのでは?」
「可愛いらしいあの子を表に出したら旧貴族の結束のための政略結婚や軍人との伝手を得るための政略結婚に巻き込まれるじゃない! 貴方だって庭で一目見ただけであの子に恋に落ちてしまったのでしょう? わかるわ。あんなに可愛いらしい子、誰でも恋に落ちてしまうのはしかたないのよ」
「不思議なものだな。君が可愛らしく見えてきた」
「ふぇっ⁈」
ルドルフは勝手に口にでた言葉に自分でも驚く。
「このまま君に求婚を奪われたままにしておこう」
髪の毛をすくい唇を落とすとカトレアは首元まで真っ赤に染めて気を失ってしまった。
(さて、どうやって話を進めるべきか)
軍部の意向に沿わないからとカトレアを手に入れるのを邪魔されては困る。
ルドルフは気を失ったカトレアの呼吸や脈を確認しながら求婚が奪われたことに対して、上官にどう言い訳をしようか考える。
浮き立つ心に自分でも面映ゆさを感じながら……
~完~
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