占星術 VS 便意
「つまり、お前以外に俺がここにいるって知ってるやつはいないんだな」
「うん。見た限り追跡系のチート能力を持ってる人はいなかったはず。つーかアンタこれからどうするつもり?」
「やっぱ見つかったら殺されるよなぁ」
「……そうとも言えないわ。王女様は絶対に生け捕りにしろって命じてたみたいだし」
「処刑するなら自分の手で、ってことじゃね?」
「それはー、あー、うん。ありえるかも」
「俺らの居た世界と違って、こっちじゃ人の命は安い感じがするからなぁ。つーか福島にゃどっちにしろ殺されそう」
「あー、ふっしーはね、どうなんだろ……」
「え、何? 福島どうなったの? 精神崩壊でもした?」
「元凶が何笑いながら言ってんのよ頭サイコパス? そうじゃなくて、ふっしーのチート能力がちょっと問題でね」
「どんなの?」
「……《手のひら返し》。起こったことを『なかったこと』に出来る能力」
「え、何それ激ヤバじゃね? つーことは俺らが異世界に来たことも『なかったこと』に出来るってこと?」
「ううん、それは無理。事象? 概念? さっきは起こったことをって言ったけど、そういう意味での起こったことを『なかったこと』には出来ない。私たちがこの世界に来たこととか、アンタが王女様を脱糞させた事実とか、アンタがお城から脱走したこととか」
「えーと、じゃあなんなの、その《手のひら返し》って」
「例えば、治療法のない難病とか、死にそうな大怪我とか、『なかったこと』に出来るのはそういうやつ」
「治癒魔法みたいな感じか」
「アンタ気付いてなかっただろうけど、あの場所には王女様はいたけど王子様はいなかったじゃない」
「知らね。覚えてねーわ」
「はぁ。なんでも王子様が病気で療養中らしくて、ふっしーはその治療のためにチート能力を使われそうって」
「あーなるほど。でも話を聞く限り、そこまでヤバい能力じゃないっぽいけど」
「ヤバいのはチート能力そのものじゃなくって、その発動条件」
「発動条件?」
「……ふっしーの、たいじ、よ」
「えーと、それは鬼退治とか、悪者退治とかの?」
延寿は首を横に振った。
「お腹の中の、赤ちゃんのこと」
…………なんて?
「胎児が成長していればしているほど、『なかったこと』に出来る範囲は広がるわ。その代わり、能力を使った瞬間にその子は死ぬけれど」
「無茶苦茶過ぎんだろ。なんだその条件。
てかこれ仮に男に発現してたら発動条件どうなってたんだろ。キンタマに激痛が走るとか?
「つかなんでお前そんなこと知ってんの?」
「《占星術》の副産物ね。占星術に必要な個人情報、生年月日とか、本名とか、チート能力とかが分かるの」
「あの変な鏡モドキいらねーじゃん。福島を助ける、っつーのは無理だよなぁ」
「そんなのお気楽なメサイアシンドローム連中にやらせてればいいのよ。戦えない私たちがいたところで邪魔なだけ」
ついでに、福島以外のチート能力や副次効果についてもいくつか教えてもらった。
例えば《勇者》。格闘魔法に特大適正。つまりは身体能力の大幅な上昇って感じだな。で、副次効果は、……精神汚染。なんでも恐怖を感じにくくなったり、英雄症候群的な精神状態になるらしい。
《守護者》。武器魔法に特大適正。これも副次効果は精神汚染。《勇者》のとは効果が違って、強い自己犠牲精神が発露する。
剣聖。これも武器魔法に特大適正。で、やっぱり副次効果は精神汚染。人を切り殺したくなるのと、剣や刀への強い執着心が生まれる。
聖女。霊魔法に特大適正。ただし偏りあり。霊魔法っていうのは幽霊を操作したり、浄化したりする魔法なんだけれど、聖女の霊魔法は浄化特化。やっぱりこれも副次効果は精神汚染。幽霊を怖がらなくなる。
「俺が知ってるテンプレと違う……!? ていうか精神汚染ばっかだな!?」
「だから私も逃げてきたのよ……。なんかみんな、以前と人格が変わっちゃったみたいで怖くなっちゃって……」
「俺の《ウォシュレット》は大ハズレって思ってたけど、なんかどいつもこいつもハズレしか引いて無くね? まともなのってなんかないの?」
「私の《占星術》とかアンタの《ウォシュレット》がまさかまさかのマトモ枠よ。……で、話を戻すけれど、アンタこれからどうするつもりだったの?」
「……国外に逃げるつもりだったの」
「じゃあこんなところで何してんのよ」
「どぶ掃除」
「……は? 馬鹿なの? 死ぬの? ひょっとして水洗トイレの自覚でも芽生えた?」
「うるっせぇな逃げるにしても国境までの距離とか旅費とか地図とか一般常識とか必要だろ!?」
「む。アンタにしては考えてるじゃない」
「何その評価」
「アンタが考え無しに王女様にチート能力ぶっ放したせいじゃない……! 困ったらとりあえず強い行動擦る癖やめな? それでいつも負けてんでしょ」
「え、なんで知ってんの怖」
「中学の時の近所のゲーセン。ゾンビ撃つ奴でアンタのレコード上書きしたの私」
知らなかったそんなの。
「で、どこの国行くの?」
「え、何? 付いてくんの?」
「当たり前でしょ。王子のためにふっしーに流産させるために妊娠させようとしているような国よ。こんなところにいられるわけないじゃない。それにアンタが死んだら私のお通じどうしてくれんの」
「転移する前のテメーの悪癖に説教しろや」
「てか私地図とか見たことないんだけど」
「俺もまだ見てない」
ていうかこの国の名前すら知らないっていう。
「何やってんのよ頭にウンコ詰まってんの?」
「うっせーぞテメーは腹にウンコ詰まってただろうが」
「便秘なのはしょうがないじゃないアンタ元居た世界に戻ったらセクハラで死刑にしてやるからね!」
「え? 戻れんの?」
ピタリ、と延寿の言葉が止まった。
「分かんない」
「あ?」
「私が《占星術》で占ったのは2つ。アンタに会う方法と、元の世界に変える方法」
そこまで言うと、延寿はポロポロと泣き始めた。
「いやお前、そこで泣くのはズルくねぇ? 甘いものでも食べる? ここパフェあるぞ。すいませーん! パフェ! パフェ1つくださーい!」
「うっさいしねばか。しね。うんこくってしねぇ……」
パフェを食いながら暴言を垂れ流し、完食する頃に延寿はズズ、と鼻をすすりながらも泣き止んだ。
「ていうかアンタ、私たちがなんで召喚されたか覚えてる?」
「……魔王の討伐?」
「頭にウンコ詰まらせて死ね馬鹿。戦争よ戦争。隣国との戦争の手駒にするって。それなのに国外に逃げるだけって、それで戦争に巻き込まれたらどうすんのよ。下手すりゃあいつらと戦うことになるわよアンタ《ウォシュレット》でどうやって戦うって言うのよマジで」
「戦えないのはお前の《占星術》もじゃん。てかクソッ一番近い国に逃げればいいって思ってたけど、そういうことなら話が変わってきちまうな」




