第33話 終幕/王城決戦
「ヌラァ!」
怒声が轟くと同時、空間全てが黄金の光に満たされ、千々に斬り乱れた。
その斬撃網の隙間を掌サイズの妖精と化したシビュティアが潜り抜けていく。
「――法ノ一、視認した生命の形状模倣。」
(成程、『漂泊者』と同系統の能力ですか――時折先読みめいた回避行動をとるのはこの能力で私の生命力の起こりを視ているから、か。先読み、サイズ変化、飛行は厄介ではありますが――)
「――まぁだからなんだって話」
「何ッ!?」
瞬間、シビュティアの矮躯が壁に叩きつけられた。
(何だ、今何を――)
シビュティアは認識できなかったが、筋力のみで宙を八歩走ったアルアースが飛び蹴りを正確に叩き込んだのだ。
「カフッ……ガ……」
濁った唾液と血がシビュティアの口の端から漏れる。
「はい、お終い」
肺胞を銀の装飾付きの爪先で潰され呼吸一つ叶わぬシビュティアの腹に、遠隔斬撃が襲い掛かった。
上半身と下半身が泣き別れになり、途中で裁断された臓物が伸びる下半身だけが血の線を引きながらポトリと床に落ちる。
その亡骸を侮蔑の目線でチラリと見てから、アルアースは『漂泊者』を追走するべく駈け出そうとする。しかし、童女の声。
「――法ノ二……肉体時間の改竄……」
アルアースが声の方をはたと見やれば、確実に致命傷を与えたはずのシビュティアの体が、まるでビデオを逆再生したかのように、飛散した血飛沫も、斬れた腸も、全てが巻き戻り元の形状に戻った。
「しつこいですね、貴方!」
「当然じゃろう……貴様をシュウの元に行かせるわけにはいかんのじゃ、こちらは……!」
時間を巻戻してなお消え失せぬ激痛に、脂汗をかき、顔を激しく歪めながらシビュティアが口を回す。
(まぁだが、対策法は割れている、能力の種類が何であれ、そのトリガーは原則意思。ならば、能力の発動という意思に至らせる前に死なせればいい。ならば――)
「そうですか……貴方は斬首刑です、アバズレ」
「法ノ三、儀仗の創成ッ!」
脳味噌を狙った『魔剣・イェルネ』を咄嗟に右手に展開した儀仗で凌ぐ。当然、膂力差で儀仗はシビュティアの手を離れ吹き飛ぶが、飛び立ったシビュティアが再捕捉。
だが、次の瞬間には遠隔斬撃がシビュティアに向けて飛翔する。
「ヌァッ!?」
それを辛うじて先読みしたシビュティアが空中で身を捩り躱す。すぐ横を駆け抜けた斬撃の鋭さを感じる暇もなく、次々と斬撃が撃ち込まれる。
「ハッ……ハァ!クッ!」
体を捻り、体勢を変え、襲い掛かる無数の斬撃弾幕を躱していく。
ほんの一手読み違えるだけで、ほんの一瞬反応が遅れるだけで、終わりが訪れる決死の回避劇。
(脇腹を掠める軌道!)
放たれた一閃を身を翻して避けた瞬間、その背後からアルアースが現れる。狙いは脳天狙いの袈裟懸け。
(此奴、自分が飛ばした斬撃よりもなお早く動いたとでも――タダで斬られるものか!)
回避不能。だが、一瞬の判断で首を傾げ、刃が脳天に食い込むことだけは避ける。肩口から切り裂かれた矮躯が、血飛沫を撒き散らしながら地面に転がった。
当然のように切り捨てられた亡骸が元の形へと巻き戻っていく。
(チッ、時間を稼がれましたか。にしても妖精以外の変化を使わない……いや、使えないのか。『漂泊者』のような攻撃性能の強化はないと判断する、ならば敵に勝算を確信された攻め手は)
「……法ノ四、基礎呪五素の制御……ッ!」
右手に収まった儀仗、その中央部に据えられた水晶が淡く光る。
(呪。四つ目の能力、いくらなんでも異常ですね。それに――)
アルアースが違和感を抱いたのはシンプルに能力の異常な多さだけではない。
現在確認されている能力は生命の形状模倣(副効果としての敵の動きの先読み)、肉体時間の改竄、儀仗の創成、基礎呪五素の制御。
これらの能力は系統的には『命法』、『時法』、『創法』、『呪法』のそれぞれ一端に区分されると考えるのが妥当だろう。だが、『魔王』ならざる身で『魔法』の一端を行使するには『恩寵』を受け取るしかない。『恩寵』の下賜という性質上、これらの能力全てを『恩寵』であると仮定するのであれば、シビュティアは四人以上の『魔王』の元を次々と渡り歩いたということになる。現実的ではなさすぎる。
(何か、そもそも前提条件から――)
掻痒感にも似た不快さの正体を探るアルアースの思考を、銀鈴の詠唱が妨げた。
「業たる火よ、焚き、滾り、燻べよ――焼尽。」
「流たる水よ、満たし、湧き、濁れよ――氾濫。」
告げるや否や、手毬程の大きさのいくつかの赤と青の球体がシビュティアの周りに浮かび上がる。素火と素水である。
呪の詠唱の基本的なシステムは、限り無く聖言の詠唱に近い。言霊で以て語り掛ける事によって現象を引き起こす技術である。違いとしては、語り掛ける対象が世界そのものか『神』かということである。
よって呪は『神』が殺害されて久しい神忘の地【フォアゴット】でも問題なく使用可能であり、直接世界に干渉している都合上、聖言よりも『魔法』『魔王』の領域に近しい。
素火と素水を自らの周囲でゆっくりと旋回させる。
(さて、手札は晒したぞ――ショウ・ダウンじゃ、騎士公。)
◆
地面に緑色の液体が広がる。その起点はエルキガンド。
「再演と行こうか」
液体から『魔王』の眷属が姿を表す。純白の毛並み、鋭く藤色の光を放つ爪。巨狼、フェンリル。あの日、シュウが最初に殺した敵。
だが数が尋常ではない。一つ、二つ、三つ─―総勢十八体。
単騎で完全武装した小隊を秒殺出来る怪物が、十八体。悪夢めいた光景。
だがシュウは恐れることはない。
爪の外側のリーチから触手を伸ばして内臓を捕食。そのまま振り回してもう一体にぶつけ、階下に叩き落とす。振り下ろされる爪と爪の間をすり抜けるようにして跳躍、飛び回し蹴りを首筋に叩き込み、頚椎を叩き折った。反動で逆側に飛び眉間に全体重を生かした拳を打ち込む。頭蓋骨が粉々に砕け散りピンクの脳漿が飛散した。受け身を取りつつ着地し、触手で四肢を拘束。力で強引に引きちぎり八つ裂きにする。
捥いだ四肢をまだ息のある個体に投げつけて牽制。その隙に飛び上がり、触手を展開する。
「終いだ。」
『恩寵』<命力放弾>、起動。
砲口として使用する端末を手から変更。
「――弾けろ。」
宙に漂う無数の触手の先端全てが、白い光を宿す。
通常、<命力放弾>の使用にはかなりの量の生命力が要求されるが、幸いにも生命力なら今はそこかしこに転がっている。これ以上ない絶好の環境だった。
斯くして。
――花火の様に散った一瞬の残光が、未だ残存するフェンリル全てを瞬きの内に灼き殺した。
余熱によって膨らんだ空気によって玉座の間に張り巡らされたステンドガラスが粉々に打ち砕かれる。
光を反射しキラめく破片の最中、復讐者が吠える。
「まだ続けるか、『魔王』!」
「成程、攻め手を変えるとするか」
ポツリと呟いた『魔王』の体が赤い光を迸らせる。
(ッ、速――!?)
『魔王』が発動したのは<骨肉命宿>。単純に肉体を強化する力。しかしその効果は絶大。シュウが対応しきれない速度で肉薄する。
そのままシュウの胸板に掌をピタリと当てた。
「何を――」
「――<命力超過>。」
それは先程『亜人闘争戦線』の軍列の三分の一を単技にて葬った一撃。身体許容量を超えた生命力によって対象を一撃で破壊する能力。
それを、個人に対して使用すればどうなるか。
「グ……」
─―まず最初に、血涙が流れた。
「ガフッ――」
次の瞬間。
全身の穴という穴から血を吹き出し、シュウは倒れ伏した。
心臓の破壊。
ただ一撃の元に敵に致命を与える、『魔王』の力、その一端である。
「他愛もない。手間を掛けさせるな、俗物」
石畳の上に転がるシュウの屍。その体に、生気はもはやない。




