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第7話 異形・復讐・その理由

 「あッ……!あがッ……!?あッ……!」


 状況を理解できないままアミーユは激痛に悶える。

 太ももの半ばから端を発し全身を融かすように荒れ狂う痛みも、真一文字に切り裂かれた馬車の残骸も、ビチャビチャと音を立てる湿り気も、数m先に力なく転がる自分の大腿部も、全て彼の理解の範疇になかった。


 子供の戯れに泥水の中に投げ込まれた虫けらのように、彼は血溜まりの中を藻掻く。もっとも、幾ら藻掻けども立ち上がるのに必要な脚が切り離されている以上、彼の藻掻きは身を結ぶ事はないのだが。

 そして、彼の視線の先には。


 「『漂泊者ワンダラー』……ッ!」


 コツコツと、舗装の石畳を踵で鳴らしながら黒い復讐者がその姿を表した。

 

 「――選ばせてやる。情報を吐いて楽に逝くか、それとも散々痛めつけられて無様に死ぬかだ。」


 無慈悲な宣告には、嗜虐も油断も慢心もない。ただ、純粋な殺意だけがそこにあった。

 恐怖。ただ恐怖。自らの心を占拠したそれを振り払うかのように裏返った声で彼は叫ぶ。


 「ふざけるなァッ!死ぬのは貴様だ!僕じゃない!」


 その絶叫で、余りの突然事に呆気を取られていた護衛の武装馬車(チャリオッツ)達が動き始める。


 「<武装アームド>。」

 

 殺戮者の体が歪み始める。より戦闘に、より殺戮に適した形状に。

 

 端的に言うと、人馬ケンタウロスであった。下半身が、葦毛の馬のそれに代わっている。

 その上で、右腕はお決まりのフェンリルの前足。


 「馬には馬を、ってな」


 ドウッ、と音を立てて四足が地面を蹴り飛ばす。

 

 「——ッ、速……」

 

 御者が驚愕の声を上げる暇も、設置されたバリスタが鋼矢を引き絞る暇すらない。

 

 「ゼイッ!」


 刹那の内に彼我の距離を埋めきったその異形が、すれ違いざまに武装馬車チャリオットを真っ二つに引き裂いた。

 耳障りな破砕音と、乗員達の末期の絶叫。撥ねられた馬の首が、血を撒き散らしながら落ちる。


 一瞬、雷光が閃くが如きの早業であった。

 車体に張り巡らせられた鋳鉄製の装甲すら、彼の前では紙切れ同然。


 【クヴィーザル】における現行主力戦闘車両は、極大の力を持つ個人によって、容易く崩れ落ちた。


 アミーユが乗る馬車を切り捨てたのも、この一撃である。


 「怯むなァ!撃てッ!撃てッ!」


 異常極まる光景を前に、明らかに驚愕と怯えが混じった声で御者が射撃を命じる。

 ガシャン!ガシャン!と硬質な音を立てながら鋼矢がバリスタから放たれた。

 

 その弾幕をジグザグに搔い潜るように、異形の殺戮者は駆ける。

 甘い射線の鋼矢は瞬間移動じみた加速で躱され、直撃ルートの矢玉は爪が正確に叩き落とす。


 視界補足すらままならぬ圧倒的機動戦闘。空間に尾を引く藤色の残光だけが戦場に閃き、その度に武装馬車チャリオットは擱座していく。


 「躱されるってんならァァァァ!」


 射手が絶叫と共に引き金を引いた。

 放たれたのは乾坤一擲の偏差射撃。

 回避先の足先に突き刺さった音速の大質量が、石畳の舗装を吹き飛ばし濛々たる砂煙を挙げた。


 (——獲った。)


 射手に確信めいた予感が走る。


 「違う、上だ!撃て!」


 御者の声に咄嗟にバリスタの射角ごと自らの視線を上げた射手の目に映ったのは、先ほどとはさらに姿を変えた異形。

 馬の四つ足を模していた下半身はよりしなやかな逆関節に、背中には黒い翼。


 着弾の瞬間、シュウは『武装(アームド)』を切り替え。跳躍で射撃を回避すると同時に高空に舞い上がったのだ。


 それを射手が理解できるするも先に、歪んだ天使が落着を開始する。

 

 「ウ、ワ、ア、アアアァァァァ!」


 最早恐慌状態に陥った射手が遮二無二放った射撃を、シュウの左腕に形成された甲殻が受け止める。

 丸太を貫徹する火力すらも、彼の前には全くの無力。


 「潰れろッ!」


 自由落下の勢いを乗せた一撃が武装馬車チャリオットを圧壊させるように刺し貫いた。


 「……嘘、だろ。」

 

 アミーユの前に広がるのは、地獄それそのものの光景。

 砕け散った瓦礫の山と、赤く染まった血の海の上で、悪魔が嗤っている。


 ——こんな化け物を、どうやって殺せというのか。


 悪魔がこちらに向き直る。


 ……アミーユは、逃げる所か身じろぎ一つできない。


 悪魔がこちらに歩み寄る。


 ……アミーユは、この状況を覆す手段を持たない。


 悪魔がその眼光でアミーユを刺す。


 ……アミーユは、静かに絶望した。


    ◆


 「ガッ!アアアァァァッ!」


 無様な絶叫が響いた。


 「早く教えろ。『円卓の十二人(ダース・ラウンズ)』の内情についてだ、そんなに難しいことは聞いてない筈だが?」


 シュウが酷薄極まる表情で告げる。


 アミーユの脚部、フェンリルの爪で断たれたその断面には銀色の枝が巻き付いていた。第二席キュリアスより強奪した恩寵、<玉枝蓬莱>。出血は止まっている、故に「失血死タイムオーバー」すら望めなくなっていた。


 「だ、誰が、お前なんかに……」

 

 「さっさと答えろ。」

 

 シュウの爪先が再びアミーユの断面に突き刺さった。

 柔らかい肉がぐにりと歪み、血が滲む。

 激痛が再びアミーユを苛んだ。


 かれこれ30分近く、この拷問は続いていた。


 頑なに沈黙を貫いていたアミーユだったが、逃げ場が無いという事実と、一定の周期で繰り返し繰り返し襲い掛かる衝撃の前に、彼の心は崩れかける寸前であった。


 「……手間取らせるな」 


 シュウが、その目に憎悪の色を宿しながら再度右足を振りかぶる。


 「わ、分かった!言う!言うから!」


 男にしては長めの白髪を振り乱しながら、必死に叫ぶ。女給仕達に人気のあった幼い顔立ちも形無しであった。


 「では話せ。当然、嘘と判断した場合でも痛めつける」


 「あぁ……」


    ◆


 「何から話したもんかな……お前も含めて『円卓』『円卓』って、みんな一括りにして呼ぶけど実際にはそうじゃないんだよ。権力、名声、金、何でも良い――それぞれがそれぞれの目的の為に動いてる。どちらかと言えば、実力者の寄合世帯って面が強いんだよ、『円卓』って組織は」

 

 くだらない世俗の為に、争い、謀り、蹴落とし合う。世間で言われているほど、清廉高潔な組織ではないのだ。勿論、アミーユも含めて。

 アミーユは言葉を続ける。


 「それでも、組織として連立している以上、『魔王』の為に戦う、王都を防衛する為に戦うという大枠は変わらない。裏にどんな思惑があったとしてもな。

 だけどその前提すら共有しない奴らが――反逆者がいる。

 それが誰なのか、何人いるのか、何を目的としているのか、何もわからない。だが、それは確実に、王都内部に存在する。」


 それは王都に蔓延る噂。世を呪い、『魔王』の弑逆を目論む悪逆の徒が『円卓』には存在する。

 確たる証拠も無く、誰も犯人探しの魔女裁判など切り出さないものの、あの場に座る全員が、裏切り者の存在を確信していた。


 アミーユはここで一度息を止め、次の言葉を切り出す。

 ここが勝負所、分水嶺。


 「これが僕の知ってる円卓の内情だ、もういいだろ!?話せることは話した!お前が望むならスパイにだって――」


 まだ、終わってない。

 失った脚だって、どうにかなるはずだ。そうだ、王都にさえ戻りさえすれば、腕のいい回復師だっている。口を回せ。口を回せ。口を回せ。

 そうだ、ここさえ凌ぎきれば――


 ――そんなアミーユの希望を打ち砕くかのような冷徹な声が、上から降り注いだ。


 「いや、もう十分だ。スパイ?笑わせるな。そんな簡単に裏切りを切り出せる人間はどうせまた裏切って俺の敵に回るに決まっている。その場が助かればいい。どこまでも浅ましいな、貴様は。

 それに、最初に言ったはずだぞ、貴様が取り得るのは情報を吐いて楽に逝くか、それとも散々痛めつけられて無様に死ぬかの二択だと。ハナから解放なんてありえないんだよ」


 シュウの背中から出現した触手が、アミーユの首を締め上げた。 

 閉鎖した気道の息苦しさに、口がだらしなく開けられる。

 粘着質な唾が口の端から垂れた。 


 「グ……ガッ……!ふざけんなよ……!僕が君に、何をした……!」


 「何も」


 「なら……なんで……ッ!」


 「お前が『魔王』の臣下だからだ。俺からハルカを奪った世界、それを統べる『魔王』。全部潰す。当然、その手下のお前達も全員叩き潰す。絶対に、赦さない。」


 「……狂人が……ァ!」


 首を締め上げる触手の力が強くなる。


 「そうだ、俺は狂人だ。ハルカを失ったあの日から、致命的に歪んで二度と戻らなくなった。俺は、それでいい。狂わなければ為せないことがある。」


 「ク、そが……」

 

 呂律が回らない。

 頚椎が軋む。

 気道が潰れる。

 意識が遠のく。


 「……最後に言い残すことがあれば、聞いてやる。」

  

 それは修羅に残った仏心か。アミーユの眼前の復讐鬼が問いかける。


 「クソ……ッ!クソ……!クソ、クソ、クソクソクソッ!なんでこうなるんだよ……!?誰かの顎で散々っぱらコキ使われて、その果てに良くも知らん狂人に意味の分からん理由で絞め殺されて!こんなものが、こんなものが僕の人生だってのかよ!何のために!?何のために!?

 今より少し上に!今より少しだけ良く!そんな願い、人として当たり前だろ!?それ一つ叶わないってのかよ……!


 ……なぁ、お前。良く見とけよ。お前の末路は『これ』だ。仇討ちだかなんだか知らんが手前勝手な理由で人を踏み躙った報いが、いずれお前自身を裁くんだ。地獄から、その日を、楽しみに見といてやるよ……!」


 そう言って、若い貴族は自らの仇を呪った。

 激痛。自らの胸より下が食いちぎられたことに気づくこともなく、アミーユは死んだ。 


 「……チッ。」


 舌打ち一つ。

 どこか晴れない気分のまま、シュウは残骸を放った。

 

 世は全て事もなし。

 空は、咲き誇るような晴天だった。

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