序 名も無き詩
――先の時代。
天上には神がおわし、統べる権能はその手の内にあった。
世は全て事もなし。未だ分かたれざる地は、不変なる永劫の最中にあった。
されど、何事にも永遠は存在しない。
争いが起きた。
まず初めに火ありき。三日三晩に渡って地平は灼かれた。
さらに続けて、雷猫が落ちた。旋風が唸りを上げ、洪水が押し流した。
七日の後に、天変は止んだ。
そうして八日目の夜明け、赤く色ずきゆく空から垂れる神血が遍く地上を濡らした。
神は死んだのだ。
統べる主が死に絶えた以上、隷属物が移ろい行くは物の道理。
世界は塗り変わる。或いは蛹が羽化するが如く。或いは屍肉の朽ちるが如く。
地平は五に分かたれ、凋落の法が生まれた。
空の神座には法を治する王が就いた。王の数もまた五。
魔の時代の始まりだ。
されど汝、違うことなかれ。
この地に於いて魔とは必ずしも邪ならず、故に勇は必ずしも善ならず。
そもそも善悪とは理を握する王が定める物。
善が故に絶対ではなく、絶対が故に善なのである。
——故に汝。
魔を恐れ讃えよ。
法を恐れ讃えよ。
王を恐れ讃えよ。
世界を恐れ讃えよ。
――此処は神忘の地、【フォアゴット】。