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舌戦の開始 

 実際の戦いにおいては奇襲がそれに該当するわけなのだが、予想外の行動によって相手の動揺を誘い、主導権を握ろうとするのは多くの戦場で見られる極めてオーソドックスな考え方である。

 もちろん交渉においてもそれは非常に有効な手段であった。

 交渉序盤においてそれを使用し、流れを引き寄せる手法を戦術のひとつしていたチェルトーザは当然今回もそれをおこなう予定であった。

 残念ながらそれを披露する前に魔族側に先に越された格好となってしまったものの、この場に相応しい形をしたものを用意していたチェルトーザがここから反撃に転じる。


 ……少々遅くなったが、今度はこちらの番だ。


 交渉をおこなう全員が席に着き、軽い挨拶と自己紹介の直後、その心の声とともにチェルトーザが持参した土産をグワラニーに渡される。

 その瞬間、微妙な空気が部屋に充満していく。


 ……自分たちがおこなったことに対してだいぶ少ないと感じたようだな。


 その感触を楽しみながら、チェルトーザは心の中で呟く。


 ……まあ、そうなるだろうな。


 ……その価値が知らぬ者にとっては当然のことだ。

 ……だが、これは予定通り。


 そう呟き終わると、チェルトーザが薄い笑みを浮かべながらその酒についてこう説明した。


「我が国は上質な葡萄酒の原産地として有名なのですが、天候その他に様々な条件の関係で出来不出来の差が激しいという欠点を持っています。そして、先日のお礼としてお持ちしたこれは我が国の葡萄酒で最高のものとされるものです」


「ですが、三十九年前につくられたものであるため、非常に希少で、現在確認されているものはこれと同じガラス瓶にして二十一本のみ。先日我が国の王がある貴族から同じ葡萄酒を買い上げた時にはアリターナ金貨二十五万枚が支払われています」


 アリターナ金貨二十五万枚。

 それは金含有率から割り出して換算すれば魔族金貨にして千五百枚。

 さらに別の世界の価値にすれば一億五千万円ほどにはなり、当然ながら、この世界に生活レベルから考えればとんでもないものとなる。


 ……大仰な言葉とともに差し出された多数の将兵の命を救ってもらったお礼の品がワイン一本なのだ。当然それくらいの価値はあるだろうな。


 元の世界でもそのような値がつくワインもあったことから、チェルトーザほどの男がこのような場に持ち込むものであるのならその金額も十分にあり得るとグワラニーはすぐに納得した。

 だが、残りの者は程度の差はあるものの、驚きの表情は隠せなかった。


 ……素晴らしい表情だ。だが、肝心のグワラニーがあまり表情を変えないな。

 ……もしかして、酒を飲まないのか?

 ……見た目はまだ子供だし、それはあり得るな。


「グワラニー殿は酒を嗜まないのかな?」


 少しだけ落胆したチェルトーザの問いに笑顔で応えたグワラニーが直後、言葉を加える。


「いいえ。好きですよ。葡萄酒もよく飲みます。ですが、私が飲むのは自国産の安物。まあ、酒の味がわからぬ若輩にはそれくらいがちょうどよいのです。それよりも……」


「それほど貴重な酒であるのなら、同行されたおふたりもこの酒を飲まれたことはないでしょう。せっかくならここで味わってはいかがか?」


 グワラニーのその言葉はふたつの意味がある。

 ひとつは貴重な酒を相手に気前よく振舞う器の大きさを見せること。

 そして、より重要なのは当然もうひとつのほう。


 ……鷹揚に振舞っているが、要は我々に毒見させるということか。


 ……用心深いな。

 ……だが、私自身がその中身を確かめたわけではない。

 ……気を利かせた誰かがおこなうことはあり得る。

 ……そして、魔族軍の中でも特別な存在であるこの部隊の中核を全滅させることができるのなら、「赤い悪魔」が消し飛んでもお釣りがくる。

 ……そして……。


 ……ここで断るようであるなら、疑いが深まる。そうでなくても、私の器は大幅に下がり、希少な酒を用意した効果は消える。


 ……つまり、踏み絵だな。これは。


 ……いいだろう。

 ……受けて立つ。


「アルタムラ。モンタガート。遠慮なくいただけ、それから、グワラニー殿。実をいえば、私もそれを飲んだことがないのです。せっかくならご相伴に預かりたいのだが、よろしいか」


 ……受けたか。

 ……まあ、自らの交渉能力に自身をもっているチェルトーザがやるとはさすがに思えないが、確率が一パーセントでもあるのなら、毒見は必要だからな。


 心の中でそう呟いたグワラニーは笑顔で応じる。


「もちろんですとも。では、器の用意を」


 こうして、チェルトーザの渾身の一手もグワラニーの「奇手返し」によって完勝からただの勝利に格下げされたところで、いよいよ本格的な戦いが始まる。

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