ギガタウロス
単体で強い奴が徒党を組んでんじゃねえ殺すぞ。そう思った直後、ドラゴンパピーのブレスが私を焼死体へ変えた。
ドラゴンパピーの様な、そこそこ強い奴が当たり前の様に徒党を組んで出てきやがる。この迷宮作ったやつは頭で蛆虫さんでも飼育してんのかよ。
その上対処法の分からない、新種のモンスターまでいやがる
例えば、二頭身の体にフードを被り、ともすればマスコットの様な見た目をしているものの、その手に持つ血で黒く染まったでかい鎌が【怪物】であると雄弁に語る【地獄の使者】
こいつは原理不明の生態探知能力、霊体化能力を組み合わせ、生けとし生けるものを異界兵器ホーミングミサイルの様に追ってくる。壁や床を通り抜けながら
実体化と霊体化を繰り返し、地獄の使者側からの攻撃も出来ないが私達からの物理無効の霊体状態と、物理が有効になるが、鎌での攻撃が可能になる実体化状態を切り替えて襲って来る。
【壁の中にいる!!】状態となったら詰みになる人間種と違って霊体種は本当に都合の良い体をしていやがるのだ。
壁の中から、天井から、床から、音もなく忍び寄る死神に何度も私は殺された。
しかし能力が初見殺し寄りの上、攻防共に大した事無いため、【死に戻り】との相性的にそこまで厄介では無い。
一度殺されて、飛び出してくるルートとタイミングを覚えれば良いのだから
その上不意を突くため壁から出ると言った、不意をつけそうな行動にこだわり過ぎているため正直私にとってはあまり怖くねぇ。
真に不意を突く技術、暗殺術を極めたものは敢えての正面突破等も入れて掻き乱していくものだ。そんなやり方をされていたら死に戻り込みであっても相当手こずっていただろうが、能力にかまけたタイプであったのでそこまで怖くは無かった。
そしていま狩る側に回っていると思っていると、狩られる危険性がすっぽり頭から抜け出すから気をつけろという、冒険者の基本を知らなかったクソ地獄の使者が今、鉛玉をぶち込まれ、間抜け面を晒して死んだ。
今地獄の使者をしとめたのは何の変哲もない【異界兵器】拳銃……何の変哲もないはおかしいか、音速で鉄の塊を射出する時点で十分マジックアイテムの範疇に入るだろう。しかし厳密に、魔力的な意味ではマジックアイテムに入らない。拳銃自体は。しかしこの拳銃の弾倉はマジックアイテムだ。名は【尽きぬ泉】
効果は一分に一つ弾丸を作成する。それだけだ。しかし実質ノーコストで飛び道具を撃てると言う特性上、財布に優しいのは金遣いの荒い私にはありがてぇ。
そしてこの国では、拳銃使い自体があまり多くない上、銃は弾丸の規格とやらが合って無いと使えない為調達するのも面倒だ。
それ故当分このマジックアイテムを手放す事は無いだろう
そして他に厄介だった奴と言えば二刀の、手の生えた、ずんぐりむっくりした蛇、というべき外見をした【シャーカ】だ。
こいつは私の天敵とも言える。
特殊技術だか、こいつの持つ双剣がマジックアイテムなのだか知らないが、こいつが斬撃を放った空間には一定時間経過後に再び斬撃が発生する。
それを利用し畜生にあるまじき賢さで回避出来るスペースを斬撃で埋めてくる。
耐久力の低さを回避と受け流しでなんとか誤魔化す私の天敵だ。
その上鎧の様な鱗は銃弾を容易く防ぎ、あっさり短剣を弾き返す。
握力が60キロ程度しか無い、非力な私の腕力ではダメージが通らないのだ。
攻防共に恐ろしく不利な相手だ
こいつ相手に真っ当にやってもジリ貧になると思い、私は切り札のある技術を切ることにした
その技術の名は【周断】
相手の肉体の弱い所に、適切なタイミング、適切な角度、適切な威力で刃を入れ硬度関係なく切りさく、【憤怒の魔王】が得意としていた斬撃。
細胞と細胞の隙間に、筋肉の筋にそって、弱い点と点を繋ぐ様に刃を滑らす。そういう理論らしいが自分でもなんで切れるのかは完全には分かっていない。
まあ切れれば良いのだ。異界兵器の様に、原理が分からなくとも有用さは一切変わらないのだから。
もっともこの技術をそうポンポン放てたら苦労はしない。
机に手を叩きつけ、そのまま手が机をすり抜けるような奇跡、それを他者を殺害する用途に転用したのがこの技なのだから。
この技を使う技術を持った私が極限まで集中力を高め、理想的な体勢で放っても成功率は1%程度になる。
しかし私には死に戻りがある。自らの死体と共に試行回数を積み上げる切り札が。
万物を切断する奥義の発動でミスをし切り刻まれ死に、また失敗し、貫かれて死に、また失敗しかぶりつかれて死に、また死んで、くたばり、躯になり、くたばる。
くたばりながらも、時が戻る度必死に記憶にある【周断】を模倣する
そして50回目の死の直後発動した、【周断】が。
【シャーカ】に最適な角度で入ったそれは、銃弾程度なら容易く弾く鱗をまるで意に介さずに、それなりに頑強な肉をさっくり袈裟懸けに引き裂き心臓もろとも切断した。
呆けたように吹き出す鮮血を眺めていた【シャーカ】は程なくしてくたばった。
■■■
今なお出口は遠い。限界を迎えそうになりながらもドラゴンパピーの心臓を貫き、コボルトのモツを切り裂き、スライムの核を撃ち抜く。もう既に1500回は死んだ。辛い。
今聡明な皆様方はおめえ毎度毎度スナック感覚でサクサク死んでんじゃねえか1500回死んだくらいで嫌だとか何寝ぼけた事言ってやがると思われたかもしれないが実は私も死ぬのは辛いし痛いし苦しいのだ。
救いとしては、装備込みならという条件は付くが、新人冒険者としては規格外の戦闘力を持つ金髪戦士がいる事だ。
量産が可能な装備の中では、ぶっちぎりの性能を誇る聖剣ハースニール、及びコッズシリーズ。
一式売り払えば、どんな浪費家の家系であっても10年は遊んで暮らせるという究極の成金装備を装備したこいつは迷宮2層までであれば、万全の状態での正面戦闘なら負けることはないだろう。
そして貧相極まりなかった本体性能も、今回の迷宮探索でかなり改善されてきている。
こいつのポカミスで死ぬたびに、そのミスを指摘して改善させていったため動きがかなり良くなっているからだ。
対【地獄の使者】では壁や床、天井から飛び出す不意打ちには適応出来ていなかったものの、不意打ちを食らっても全身鎧がほぼ全て防ぎ、鎧の隙間から喉元を掻っ切られても装備に込められた対アンデッド防御が傷を抑え、食らったダメージは4重の持続回復が瞬く間に癒していく。
さらに奴の持つ疑似聖剣【ハースニール】には、この手の高位魔剣が共通して持つ能力、霊体や精霊を切り裂く効果があるのでそこまで苦労してはいなかった。
シャーカに至っては、回避困難な斬撃を鎧で受け止め、本来強靭なはずの魔鎧を疑似聖剣の凄まじい切れ味で切り裂き粉砕していた。
これを見て、厄介な【シャーカ】を金髪戦士に流し、地獄の使者は私が対処すると言った連携が取れるよう助言したことで、かなり対処は楽になった。
というか、こいつは何を言ってもとにかく飲み込みが早い。一を聞いて十を理解するというべきだろうか、とにかく土が水を吸収するかのように私の助言を聞き、成長する。センスの塊と言って良いだろう。
こいつ自身は嫌いだがこいつに戦闘技術や迷宮探索のノウハウを叩き込むのはちょっと……いや、だいぶ楽しいのだ。
■■■■
そんなこんなで一層階段近くまできたのだが今私達を追っている1体の怪物がいる
名を【ギガタウロス】
【渡り】と呼ばれる、迷宮の深層から浅い層に渡ってくる特殊な個体だ。
本来大迷宮全五層のうち四層に存在する【ミノタウロス】の【ネームド】と呼ばれる特異個体。レベルにすれば8程度に達するだろう。
落とし穴だけでは私達を殺せなかった迷宮が、まるで悪意を持って呼び寄せたかのように。恐らくこいつと戦えば最悪の場合詰み、要はどんな行動を取ろうが死ぬ状況に追い込まれるという、永遠に死んでは蘇生してを繰り返す地獄を見ることになる。
そんな事させるつもりは無いが。運命を壊せ、悪意を踏み躙れ。そう思い【ネームド】と相対した。
ギガタウロスが咆哮を上げる。物理的な衝撃を伴った、それ自体が飛び道具とも言える、生物としての、絶望的な基礎性能を突きつける死刑宣告。
戦闘が始まった。
こいつの能力は単純だ。シンプルな攻防速を極めた究極の脳筋。この迷宮に入ってから始めてのシンプルなパワーファイター。
【ギガタウロス】が担ぐはハルバード。斧と槍を組み合わせたかのような斬打突全ての攻撃を繰り出す事の出来る、全近接武器の中で最強と言われている武具だ。
しかしその習熟難度故に使いこなすのは難しく、武具自体の面倒な形状から付与系の魔術をかけにくい為、強力なマジックアイテムにするのは難しいという欠点がある
逆に言えばこれを使いこなすだけの技量があるが、マジックアイテムを調達出来ないという、限られた状況下ならこれほど優れた武器は無いと言うことだ。
長期戦は不利だろう。短期決戦であれば偶然の上振れ等で仕留められる可能性があるが長期戦になるほど偶然の要素は減り、地力がもろに出てくる。
そう思って速攻で方をつけようと思ったのだが近づく事すら難しい。
凄まじい速度とリーチと威力を持った斧槍に何度裂かれた事だろう。
単純に切断されるのみならずその瓦礫が首元に直撃しただけでボキリという小気味良い音と共に首がへし折れる事もあった。
蹴りで天井に叩きつけられ爆散し、汚ねぇ花火となった事も。
脇腹をがぶりといかれモツがまろびでた事も。
超質量のタックルによって血煙になった事も。
頼りの金髪戦士も、10回戦えば7回は瞬殺、2回はちょっと粘ってやられ1回は善戦出来る程度だ。
鎧の性能に任せ斬撃自体は防げるようだが、衝撃までは殺せなかったようで鎧の中で血溜まりになっている事もある。
それでも死なない限りこいつは「裏切るものか」と不屈の闘志を燃やして何度でも立ち上がる。
「英雄になるんだ!」と叫びながら。
「好きな女の子一人守れず英雄になんてなれるものか!」と私を横目で見つつ叫びながら。
最後の発言を聞いた時はあまりの不快感に嘔吐した。そもそも私の中身は男だろうが。そう思っているうちにあっさり金髪も私も轢き殺された。
それでも私達は必死で戦った。
そして体感では1年近くかかったがその時はきた。
私が斧から金髪戦士を庇い突き飛ばしたその瞬間。
私の脇腹から大量の鮮血が吹き出し、【ギガタウロス】の目に血が目潰しの様に大量にかかった、そしてギガタウロスが血で滑って転んだ時だ。
本来なら優れた戦士であるこいつはこんな間抜けな姿を晒すことは無い。しかし試行回数と試行錯誤がこの、本来絶対にありえない奇跡を起こした。
そして下がってきた首に飛びつき私はもう一つの切り札を発動しようと試みる。
【首刎ね】
【周断】を首筋に叩き込み、首を刎ねる即死攻撃だ。
何故これが即死攻撃になるのかは例によって分からない。【周断】で切られると魔力回路もろとも断ち切られる為、脳で扱って肉体の隅々に行き渡らせなければならない魔力が供給されないからでは?と一応の推測は出来ているが裏付けは無い。
ただ一つ確かなのは、とある一人の化け物を除いて私にこれを首元に向かって叩き込まれた相手は全員即死したと言うことだ。
迫る、迫る、首筋に向かって刃が。
そして……私は……華麗に……この怪物を……仕留め……
られればかっこよかったが刃の入れ方が悪かった。失敗した。そもそも成功率1%だぞ。フィクションじゃあるまいし肝心な時に都合よく成功する理由ねえだろ
反撃によって私は死んだ。
そして時が巻き戻る。
【周断】を叩き込まんとするその瞬間に。
再び叩き込む。失敗。死ぬ。巻き戻る
再び叩き込む。失敗。死ぬ。巻き戻る
再び叩き込む。失敗。死ぬ。巻き戻る
再び叩き込む。失敗。死ぬ。巻き戻る
再び叩き込む。失敗。死ぬ。
藻掻く、足掻く、屍と共に試行回数を積み上げる
100度目、ついにその時はきた。
脳内に電流が走るかの様に、成功したと、そう直感が伝えてくる。小気味良い風切り音を上げて迫った短刀は一層一層が魔法金属の様な硬度を持った積層外骨格を豆腐であるかの様に切り裂き、それ自体が強靭極まりない筋肉を、水面に刃を走らせる様に断ち、もっとも硬い部分、金髪戦士の全身鎧、コッズアーマーに匹敵する硬度の頚椎を驚く程呆気なく断ち切り
それと同時に魔術回路も破壊した。
そしてギガタウロスの首が中を舞った。
■■■■
これから先の事は覚えていない、気づいたら迷宮の外に出ていた。瀕死の金髪戦士を抱えながら。
そして先に脱出したクソ共と合流し金髪を病院に連れて行った。
目が覚めた後金髪は、なんか必死で私が運んできた事とか、私がギガタウロスを瞬殺した事とか、この回、こいつの目線で見れば私が常に最適解の指示を出す天才に見えていたこととか、私がこいつを庇ってまで助けた事とかを見て君を勘違いしてた。
君こそ英雄だ。君のようになりたい。英雄になるために学ばせて欲しいとかほざき始めた。
正直生まれてきて一番笑ったかもしれん。
ヒーローという言葉から最も離れてる人間に何言ってんだよ、こいつ脳内に蛆湧いてんじゃねえの?
帰還した発言の臭い弟と物理的に臭い姉が抱き合って再開を喜んでいる中、私は病院を去った。まだやることはいくらでもあるからだ。
その後他の連中が休んだりしてる間もボッタクリクソ商店と交渉をしたりターンアンデッドの復習をさせたり他の奴らの新魔術を確認したりとやることが多すぎて結局私が寝れたのは脱出の3日後だった。クソッタレ。
トドメに私が必死で後始末している事も知らずに色街行っていた糞金髪戦士と不審者扱いされ逮捕されて俺の仕事を増やした糞赤魔術師のバカ姉弟を頭の中で張り倒す。
マジなんなんだてめえらはよぉ…