迷宮3階 二人きり
かつてこの迷宮を踏破した人間は二人いる。人類の限界レベルであるレベル13を突破した、怪物を超えた人間、超越者。その中でも屈指の実力を持った、【賢者】と【オールデッド】だ。
そして反社の王たる【オールデッド】は迷宮攻略の際にも災厄を撒き散らしたが、【賢者】は様々な利益をもたらした。
そのうちの一つがこれだ。
転移ゲート。
地面に敷かれた紋章の上に乗って起動せよと言うことで、地上に転移出来ると言うもの。
転移、私の大して良くない頭でも、分かる、絶対にヤバい能力。悪用しようと思えばいくらでも悪用できる禁術。
しかし今目の前にある陣の様に、ただ帰還するだけの陣ならそこまで悪用され無いだろう。
そして【賢者】もそう思い転移の魔術紋を敷いたのだろう。
もっとも【賢者】が迷宮を踏破した頃は基本的にパーティは四人で構成されていた。しかし今の時代は基本六人構成であるため二人溢れる。
そう、いまのパーティの連中の中誰か二人が残る。六人がかりで、有限のリソース使っても、こんなにボロボロになってる以上残った連中はほぼ確実に死ぬ。
つまりそういう事だ。頭の回転の遅い赤魔術師以外から陰鬱な気配が漂う
ここで私が考えるべき事はとにかく金髪戦士こと金づるの命だ。
あと昔の知り合いに似てるからチズギュド僧侶も転移枠に入れる。後金づるに姉さんを見捨てたなとか言われても困るからイカれおっぱいも転移する側に回したい。
ただ問題が一つ。金づるの金髪馬鹿がここに残ると言っているのだ。
後チズギュド僧侶も腐れおっぱいも残ると言っている。
女傭兵と黒魔術師は脱出する側になりたいと言っているが。もっともこいつらも責められない。誰もよく知らんカス共と心中したい訳ではねえのだから。
そして私は上手いこと金づる金髪馬鹿を地上に連れ帰ろうと甘い言葉をかけるが「そんなのは残った二人への裏切りだ」「誰かが死ななくては行けないのならまずリーダーとして僕が死ななきゃいけない。」とかマジでこちらの甘い言葉を聞きやしねえ。
チズギュド僧侶も大体似たような事を言っている。
駄肉ぶら下げた赤魔術師も弟君死んじゃやだやだ代わりに私が残るモードに入って駄々っ子の様に地面に寝転びのたうち回っている。
クソが、私はこれからこいつに取り入ってこいつの金で豪邸建てて美味い飯と酒とタバコ買って、使用人たくさん雇って、金ピカの家具いっぱいかって、幸せになるんだ。
その思いと共に、できる限りそれっぽい言葉で【説得】しようとがんばる
「お前は英雄にならなければいけねえんだろ、ここを生きのびて、地上に戻って成長して、それからたくさんの人を救うのに、たかが二人見捨てるのが何だと言うのか。英雄になりたいのなら大を救うために小を切り捨てるべきだろう。効率と大多数の幸福を考えるのならお前は帰るべきだ」
「……そんなのは英雄のする事では無いよ。一度でもそんな自分に甘い考えしたら僕は都合よく大義名分を盾にし、これからも都合が悪くなる度ずっと誰かを見捨てるんだよ。自分の事だから嫌という程分かるんだ。そもそも僕は切り捨てられた少数が裏切られたと思う様なやり方は嫌いだ。……見損なったよ、小夜子ちゃん」
あっやべえご機嫌損ねた。なんとか誤魔化さねえと。
とりあえずパンと手を叩いて話を中断させる。
全員の注目が私に集まった所で私が口を開いた
「ただし、これは凡夫の場合の話だ。こういう時、英雄ならどうする?はい、ジーク君」
「そんなの自分が真っ先に犠牲になる、みんなの幸せを考えるとそれしか……」
「そのみんなにお前自身は入ってないだろ。答えは残った奴が死ぬというクソッタレな前提条件をぶっ壊して、全員生き残るだ。」
そう言って私は自分自身を指差した。
「私がこいつと残る。んでもって歩きで地上を目指す。手段を選ばなければ私が一番適している。この中で、だから多分、戻れる。」
何言ってんだこいつと言わんばかりの視線が突き刺さる
私の所属するクラス、盗賊職は弱い。急所攻撃、身軽さ、優れた勘等、長所は色々あるが、そんな小細工、戦士系統や脳筋モンスターの圧倒的な攻撃力と防御力の前では容易く粉砕されるからだ。
戦士対盗賊では、盗賊側が回避能力と素早さを活かして10発一方的に攻撃を当てても、戦士側から一発良いのを貰っただけでダメージレースで逆転される。
そもそも盗賊は根本的に戦いを目的とした職では無い。斥候、諜報、鍵開け、盗みを目的とした職だ。
何を言ってるこの馬鹿はと言わんばかりの目線で見つめられるのも無理は無い。
そして駄肉赤魔術師の装備するモノクル【力の証明】によって私のレベルが1である事は鑑定されている。
一応それでも勝算はあったがいちいち説得するのが面倒だったので強引にゲートにねじ込んだ
はいはい私にもまともに抵抗出来ない程弱ってる時点でお前らここいても役に立たねえよ。帰れ帰れ。
ごろごろと他の面子を転がし魔法陣に乗っけて魔法陣を起動させた。
なんか必死で赤魔術師と僧侶が叫んでいたがまあどうでも良いだろう
残ったのは私と金髪戦士。
金髪は本当に良かったのか聞いてくるが、どうせ帰れるのになに言ってんだと返した。
そして私と金髪は迷宮の出口に向かって駆け出した。
■■■■
既に500回は死んだ。
目の前のゾンビの攻撃をしゃがみ、飛び退き回避する。
既にこいつに3度殺されたが、その際に見せた攻撃で大体の動きのクセは分かった。
死に戻りによるカンニングで、攻撃の速度はどうか、タイミングはいつか、攻撃の軌跡はどうなっているか、受け流せる程度の攻撃か、フェイントが入るかどうか、どうやって連撃を組み立ててくるか、全部分かった。
分かってりゃ後は必死に体を動かすだけだ。回避だ、受け流しだ。
ゾンビの爪が空を切り、牙が受け流されゾンビがコケる。
そして死に戻りする中で、【領域】でこいつらの身体構造は把握した
倒れ伏したゾンビにのしかかり把握した急所へ的確に短剣をねじ込み破壊していく。
結果四肢をもがれ、動きをほぼ停止したゾンビが出来上がった。
この調子で私はもう既に100を越す魔物の屍を積み上げている。
もっともその五倍は私自身の屍を積み上げているが。
以前私は戦闘はあまり好きでは無い。異界兵器【拳銃】と短剣も一応使えるがあまり安定しないので使いたくないのだ。一応技術込みならレベル3くらいの戦闘能力もあるが
と言った事があるだろう。あれは本当だ。
しかし別に苦手とは言っていない
【死に戻り】を駆使して敵の行動パターンと弱点をカンニングすれば私でもそこそこ戦えるのだ。後出しジャンケンの様なひっどいやり方になるが。
ただこの戦法を取ると、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も激痛と死の恐怖を味わう羽目になる、そのため極力やりたくないのだ
小夜子ちゃん君そんなに強かったの?と金髪戦士が言っているが、今の私は言うなれば水面下で必死にバタ足をしている白鳥だ。
何百もの醜い失敗パターンをくぐり抜け、奇跡的に成功したパターンをみているから強そうに見えているだけだ。
私自身は何の取り柄も無い、冷酷で、自己中心的な、冷徹極まりないクズであるという事に変わりは無い。
そしてそんなクズに、四層から、【ネームド】と呼ばれる、化け物じみたモンスターが向かっていることをこの時の私は予想すらしていなかった