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精霊様の愛し子

作者: 石動なつめ

「この光、お金にならないかな」


 大樹の枝葉から、キラキラと降り注ぐ神聖な光を見上げながら、実に俗っぽい事を精霊の愛し子ことセナは呟いた。

 そんな彼女の隣に立つ神官ユーリは、何とも残念そうな眼差しをセナに向ける。


「夢やロマンのへったくれもない事を言うのはやめてください」

「夢やロマンで腹は膨れないでしょ。あ、いや、夢は膨らむかもしれないけど。うちの神官さん達に美味しいものご馳走したい」

「言い切った後でちょっと後悔するのやめてください。最後だけは同意しますが。精霊様の愛し子の名が泣きますよ」

「泣かせといて泣かせといて」

「セナ」

「ごめんなさい」


 こんな気楽なやり取りをしているこの二人。精霊の愛し子と、愛し子に使える精霊教会の神官という関係である。

 セナがユーリに出会ったのは今から四年前、まだ十二歳の頃だ。セナより三つ年上のこの神官を初めて見た時は、世の中にはとんでもないくらい綺麗な顔の人間がいるものだとセナは感心していた。まぁこの神官、口は最高に悪かったが。


 セナは生まれつき左目に魔法陣とよく似た光が浮かんでいる。これは精霊に愛されて生まれた人間の特徴で、この目を持った者は『精霊の愛し子』と呼ばれていた。

 精霊の愛し子なんてセナ的には少々恥ずかしい名前がついた通り、愛し子は精霊にとても大事にされている。事件に巻き込まれても大きな怪我は負わないし、くじ引きをすれば上位の賞が当たり、畑を手入れすれば作物がとても良く育つ。そんな不思議な状況を作り出す事が出来るのだ。これは愛し子のやった事を精霊が手伝ってくれるからである。

 とはいえ何でも上手く行くわけでもなく、どうにもならない事もあるのだが。


(ま、その方が人間らしいよね~)


 セナの認識はそんな感じだった。この少女、意外と考え方が緩い――もとい柔軟なのである。物心ついた頃に両親が他界したセナを育てた祖父母がそんな感じだったからかもしれない。

 祖父母はセナが精霊の愛し子である事は知っていたが、可愛い孫を精霊教会なんぞに渡すまいと、見つからないようにこっそり育てていた。

 精霊の愛し子を見つけて精霊教会へ報告すると、多額の謝礼金が支払われる事になっているにも関わらずだ。自分は祖父母に恵まれているセナは思っている。


 ――まぁ、祖父母以外の親戚には恵まれていなかったが。


 精霊教会の神官と一緒にいる時点でお分かりのように、セナは祖父母の親戚によって精霊教会に売られた。

 売られたと発言すると体裁が悪いからやめなさいと親戚連中に言われたが、そんな事はセナの知った事ではない。セナは親戚に売られて精霊教会へと入る事になったのだ。


 その時、祖父母は反対してくれた。顔を真っ赤にして激怒しながらセナを連れて他所の国へ逃げるとまで言ってくれたのだ。

 セナは嬉しかった。けれどもそれが無理な事はセナも分かっている。

 精霊の愛し子の確保は国が精霊教会に課した仕事だからだ。つまり逃げても国が追いかけて来る。歳の大きい祖父母と子供のセナの足では逃げ続ける事は難しいだろう。


 そこでセナは考えた。親戚へ支払われるお金を、祖父母のみに行くように交渉し、祖父母にはそのまま他国の「ここに住んでみたいねぇ~」と話していた国へ移住する事を勧めたのだ。

 セナを売って手に入るお金だ。セナが自由にしたって良いだろう。そうすれば快く受け入れますよ、とセナが言ったところ、精霊教会側はその言葉にいたく胸を打たれたようだ。愛する家族のために動く――それは実に愛し子らしいと。精霊教会側の人間はわりとこういう話が好みだったらしい。難航したのは祖父母を説得する方だったりする。

 さて、そんなこんなでセナを売ったお金は親戚へ渡る事はなく。事情を知った親戚が祖父母の元へ行くが家はもぬけの殻。ならばセナに直談判しようとやって来ても精霊教会が門前払い。ざまーみろとセナは大笑いして、気付いたら泣いていた。

 何か、すっごく、空しい。

 セナがそうして泣いていると、精霊教会の、政に関わっていない一般神官達が集まって優しくしてくれた。彼女達がいたからこそセナはここで頑張ろうかな~と思えたのである。

 そうして精霊の愛し子として教会で暮らすようになって二年後。セナのいた精霊教会へやって来たのが神官ユーリだったというわけだ。

 セナとユーリは妙に馬が合った。二人揃って軽口を言い合っていると、まるで兄妹みたいだねと言われた事がある。

 なるほど、兄妹。一人っ子だったセナにとってはなかなか悪くない響きだった。


 さて、そんなセナとユーリだが。

 二人は今、精霊教会の奥にある、一部の人間以外には立ち入り禁止の場所へやって来ていた。

 そこには神々しい光を受けて立つ大樹――精霊樹と呼ばれる植物が生えている。精霊が生まれる樹だ。精霊達と話をする時、この樹のところへ来る事が決まりになっている。

 ちなみに精霊の姿だが、ユーリはもちろんではあるが、愛し子のセナにも見えない。ごく稀に目視できる愛し子もいるらしいが、基本的には見えないのが普通である。けれどもセナは精霊と会話は出来た。精霊が働きかけてくれる諸々の“奇跡”はあれど、一番は愛し子が精霊教会で“保護”される理由がこれである。


「それで精霊様は何か仰っていましたか?」


 精霊樹を見上げながらユーリがセナに聞いて来る。


「次のお供え物はキャンディーがいいって」

「夏が近づくと溶けてしまうので、別のものにチェンジしていただきたいとお願いしてください」

「あ~……前に蟻の行列出来たよねぇ。ユーリが半泣きになっていた奴」

「あの時はセナが救世主のように思えました。感謝しております。次もよろしくお願いします」

「こいつ」


 虫が大の苦手なユーリは涼しい顔でそう言った。辺境の農村で生まれ育ったセナからすれば虫なんてかわいいものだ。

 ついでに兄貴分に頼られるのは悪い気がしないので、何だかんだで次回も助けてやろうとセナは思っている。


「それにしても不思議だよねぇ。何であたしが愛し子なんだろ。自分で言うのも何だけど、顔がかわいい以外にいい所ないじゃん?」

「一つでも自分でいい所があると胸を張れるのは素晴らしい事ですよ」

「えっへっへ。ありがとう、ユーリ。それ以外も褒めていいんだよ」

「ちなみに精霊様の愛し子の条件ですが」

「露骨に話を逸らしたな」

「冗談ですよ。セナは大らかで、いざという時に頭が回るのも良いところです」

「えっへっへ。褒められた」


 ユーリに褒められてセナはにこにこ笑顔になる。

 こういう所が単純だと言われる事もあるが、嬉しいものは嬉しいとそのまま受け取っておきたい。これは祖父母から教わった事だ。

 謙遜も美徳ではあるけれど、し過ぎるのは嫌味だからねなんて祖父母は言っていた。その話をしてくれた時祖父母は若干遠い目をしていたので、何かしらあったのだろう。


「話を戻しますが、愛し子は前世で精霊様――特に上位精霊だった、という説があります」

「へ~。じゃあ、あたしも精霊様って呼ばれて慕われていたのかな」

「そうかもしれませんね。……ただこれには補足がありまして」

「なーに?」

「不遇な死を遂げたから今度は大事に守らなくちゃ、と精霊様が思っているらしい、と」

「わあ。ちょっと聞いてみよ」

「あなた割と毎回、世間話のノリで精霊様に話を聞きますよね」


 言われてみると確かに……。

 セナはこれまでの事を思い出しながら頷いた。

 ただ、これはセナの性格がどうのというだけではない。精霊は基本的に、愛し子に対してフレンドリーなのだ。

 精霊の声が聞こえない者達は、精霊の口調に厳かな何かを想像している事が多いが、実際はまったくそうではない。精霊達は「えーちょーすごいー」「あまいのおいしー! もっと食べたーい!」のようにすごく砕けた口調をしていたりする。


 さて、そんな精霊達に愛し子誕生の話を質問したセナだが。

 特に秘匿事項でも何でもなかったらしく、精霊達は普通に答えてくれた。


「聞きました」

「精霊様は何と?」

「蛇の魔物から逃げる最中にドラゴンの口の中に飛び込んで、そのまま死んだらしい」

「どんくさい……」

「心の底から言うのやめて?」


 呆れ半分、納得半分の声でユーリに言われ、思わずセナは半眼になった。

 しかし確かにどんくさい。ついでに口の中に飲み込んだ物を、吐き出すなんて一考もせずに飲み込んだドラゴンぶは心の底から反省してもらいたい。


「なるほど。それであなたは人間に生まれ変わって愛し子となったわけですね」

「みたいだね~。だけどまぁ、やっぱりあたし、もってんねー!」


 前世の死因は情けないものであったが、そうやって生まれ変わったら精霊から大事にされている。愛情とも言えるだろう。それらを感じてセナは嬉しく思った。

 なのであっけらかんにそう感想を口にすると、ユーリが渋い顔になった。


「そうですか? そう幸運なものではないでしょう。……あなたの今の環境的にも」

「ん~?」

「聞きましたよ。第三王子と婚約するらしいじゃないですか」

「――――」


 セナは思わず固まった。未だ他の人には知られていないと思ったからだ。

 ユーリの言う通り、セナはこの国の王太子殿下と婚約しませんか、と打診が来ている。

 ただ打診とは言っても、国のお偉いさんからの言葉のため、これは決定事項だ。

 セナは第三王子と面識はほとんどないが噂は色々と聞いていた。一番良く言われているのが「城を抜け出して夜遊びを繰り返す放蕩王子」である。もしかしたら何かしらのパフォーマンスでそうしているのかもしれないが、評判だけを鵜呑みにするならセナは「うわぁ……」と思った。そういう評判の相手と婚約なんてすこぶる嫌である。

 ――けれどセナには恐らく拒否権はない。

 だけど暗い顔はしたくなくて、セナは明るく笑って言う。


「まーね。しかも第四夫人らしいよ? 気楽なポジションだよね」

「…………セナはそれで良いのですか?」

「まぁ、あたしに選択肢はないからさぁ。それに衣食住には困らなそうだから、そこはいいと思うよ」

「王家は精霊様の愛し子を独り占めしたいだけですよ、あのクソヤロウ共」

「ユーリ、意外と口が悪いから聞かれないようにね」

「だいぶ知られていますよ、私のこれは」


 しれっとした顔でユーリは言う。まぁ、この場にセナしかいないから、体裁を考える必要もないのだろうけれど。

 だけど自分のために怒ってくれているのは分かったので、セナは嬉しくなった。


「ありがとね、ユーリ。あたしの神官がユーリで良かったよ」

「…………私も。私のお仕えする愛し子がセナで良かったです」


 苦しそうな顔で言うユーリに、セナは胸がちくりと痛んだが、仕方のない事である。

 だって自分は売られて、その上で条件をつけてここへ来た。買った相手の意向に従うのは残念ながら当然なのだ。


(でも、ユーリと話が出来なくなるのはさみしいなぁ)


 それが一番嫌だなぁとセナが思っていると、


「というわけで精霊様。少々ご相談が」


 ユーリが唐突に精霊に向かって話しかけた。セナは目を丸くする。


「ユーリ、精霊様と話出来ないじゃん」

「会話は出来なくても声は聞こえるでしょうからね。あ、お返事は教えてください」

「はーい」


 この流れで一体何の話をするのだろうかと思いながらセナは答える。

 ユーリは満足げに頷くと、表情を引き締めて精霊に向かって話し出した。


「精霊様。愛し子の扱いについてどう思いますか? 私はふざけんじゃねぇこのクソヤロウ共と思ったので、セナを連れて国を出ようと思うのですが。そもそも精霊様の愛し子は自由であるべきなのです。精霊様を信仰するのであれば、そのくらい理解出来ていて当然なのに、あのクソジジイ共」

「すごいぶっちゃけたし、すごい口の悪い事言ってる」


 涼しい顔からとんでもない暴言が飛び出した。そう言えばこの神官は元々口は悪いし、まぁまぁのレベルで信仰熱心だったなと思い出す。

 あらまぁとセナが思っていると、精霊もまた楽しそうに返事をしてくれた。


「セナ、精霊様は何と?」

「いいよ~って。あと安全そうな場所までは一緒に行くから、道中安心していいよ~って」

「さすげ精霊様の愛し子。大事にされていますね。では行きましょうか」


 にこりと笑ってユーリはセナに手を差し出す。それを見てセナはぎょっと目を剥いた。


「えっマジの話?」

「そうですよ。他国も精霊信仰は盛んですから、精霊様の愛し子をちゃんと一人の人間として扱っている国へ行きましょう」

「ユーリって意外と直情型だよね」

「ええ、もちろん。私は精霊様を信仰する神官です。精霊様の愛し子に理不尽を働く相手には容赦いたしません。……ああ、そうだ。これも付け加えましょうか。セナはご家族に会いたくはありませんか?」

「会いたいです! とっても!」


 どうしたものかなぁと思っていたセナだったが、祖父母に会えるという大きなニンジンを目の前にぶら下げられたら返事は決まっている。

 大好きな祖父母に会える。それだけでセナの中にあった、ほんのちょろっとした迷いも一瞬で晴れる。

 会いたい。会おう。さよなら良く知らない第三王子。セナの頭の中の会議は賛成多数で可決された。


「オッケー! 行こう、ユーリ!」

「あまりにちょろ過ぎる……」

「何か言ったー?」

「何でも。それでは行きましょう、セナ」


 セナはユーリの手を握って精霊樹を意気揚々と後にする。

 そして荷物を軽くまとめて、その晩にはもう教会を出た。護衛役に精霊達も一緒だ。

 ついでにセナに優しくしてくれている神官達も、二人が出て行こうとしている事に気が付いて、色々鬱憤がたまっていたようで「一緒にいきまーす」とついて来た。

 翌日、人がいなくなった精霊教会の状況を聞いて、お偉いさんが泡を喰ったりするのだが――まぁ、自業自得だなんて言われていたりするのだった。

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