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聖女シリーズ

聖女に中指を立てる

作者: 秋村

初投稿作品です。

気に入っていただければ幸いです。


 俺が再び生まれた国は聖女の加護を受けている国だった。

 精霊に愛されし聖女を何世代も輩出し、聖女がいるだけで国は豊穣を約束されている。

 聖女は愛される存在だ。

 聖女は害してはならない。

 聖女を敬いなさい。

 聖女を害せば国は豊穣の加護を失うであろう。


 ああ、なんて。



 クソッタレの世界だろうか。


 



 ――――――――どうしてこうなってしまったのか。

 アリシアはため息をつきそうになるのをグッと堪えた。

「聖女アリシア。

 貴女はどのような意図をもって発言されているのでしょうか。」

 国王主催の他国の要人も招いた夜会に王子が発した言葉は静まった会場内に響きわたった。

 明瞭な声音は、常に人前で話すことに慣れていることを感じさせた。現国王直系の孫であるアーノルド王子は月の光のような金髪と眩いほどの美貌に微笑を携えたまま、凛とした姿勢で目の前の女性、アリシアに視線を向けた。

「どのような意図と言われてもその言葉通りです。」

 アリシアは怯みもせず、その視線に立ち向かう。昔はその美貌に目の眩んでしまったが今はそんなことはない。呆れたように先ほど話した内容を繰り返す。

「古来からの慣習をどうされるおつもりですかとお尋ねしました。」

 古来からの慣習、それは王家と聖女の婚姻のことだ。

 

 ――――アリシアが記憶を取り戻し、ある意味生まれ直したのは5歳の時だった。

 アリシアに急な高熱が起こり、意識不明のまま数日寝込み続けた。朦朧とする意識の中、突如、今いるのとは別の世界、アリシアの前世とも言える記憶が蘇った。

 それは、まだ10代と若い女性の記憶だった。若い女性は学校に、友人に、遊びに、趣味に夢中な子供だった。全て完璧に思い出したわけではない。どうして死んでしまったのか、家族のことなどの記憶は曖昧だ。でもはっきりと思い出したのは趣味の一つであった異世界転生の漫画やゲーム、小説のこと。今の記憶と昔の記憶がこんがらがりながら、ベッドの中で思ったのは一つ。

 

 これは異世界転生でもヒロイン転生なのだろうか?

 それとも悪役令嬢転生なのだろうか?

 

 異世界転生のお約束の一つ、ヒロイン転生or悪役令嬢転生。転生したのはそのどちらなのか無性に気になった。いや、全く違うモブ転生かもしれないけど。

 それが明確にわかったのは、高熱がやや落ち着いて身体を起こすことができるようになってから。侍女が差し出してくれた鏡の中に映るのは、幼いながらもはっきりと彫りの深い顔立ちと紅いろの瞳。それに真っ黒な黒髪の癖っ毛と言うよりも縦ロールと称される髪型。

 あ、これ悪役令嬢だわ。

 そう考えたら再度高熱に襲われ、再びベッドへ戻ることになった。

 二度目の意識不明の高熱から回復すると、その身には精霊からの祝福とされる聖女の力が宿っていた。


 

 地球の平凡な少女が転生した先のアリシア・ローランはガーランドと呼ばれる王国の国境付近の侯爵家に生まれた。ローラン侯爵家はガーランド王家の血も流れており、母は山脈を越えたガレリア王家に名を連ねる人物であり、歴史ある侯爵家だった。

 

 父と母は一人娘であるアリシアを溺愛しており、寝込んだ時は心配してそばを離れずにいたほどだ。

 そしてアリシアが聖女の力に目覚めたことを知ると飛び上がらんほどに喜び、さすが私たちの娘!!と凄かった。

 本来であれば聖女の力に目覚めた時点で王都に移る必要がある。聖女は王家と結婚するのが古来から慣習だ。王都にて王家の元、聖女として、そして未来の王妃として教育を受けるのが通例だ。しかし、父と母は私一人を王都にやるのを嫌がった。自分たちの娘としてきちんとそばで見守りたいと。アリシアも同じ気持ちだった。聖女とはいえまだ幼い身。愛してくれる両親から離れたくないと思っていた。

 

 それにその生活はどう足掻いても悪役令嬢のテンプレートにしか思えなかったからだ。

 

 親元を離れ、王家に一人行く。そこで教育を受けるも王子からは冷たい視線を受け、周りからは将来の王妃として厳しい視線に晒される。

 どう考えても悪役令嬢の冷遇テンプレートです。

 

 いや、そんな未来ないかもしれないがアリシアにはそうなるであろう予感がひしひしと感じていた。

 聖女の力を授かったのちに、そのことを祝うため王家から来賓がやってきた。きたのは王太子と王太子妃、それに王子である当時7歳であるアーノルドだった。数えきれないほどの布や宝石と共に祝福の言葉を賜った。侯爵令嬢として記憶があったが王家から言葉を授かることに、大変恐縮した。周囲から年が近いから国王直系の孫として王位を継ぐだろうとされているアーノルド王子と将来結婚するだろうと言われており、少しのワクワクと悪役令嬢の将来を考え大きな恐怖とともに初めて対面した。

 幼いながらも綺麗な顔立ちのアーノルドにアリシアは目を奪われたが、すぐに肝が冷える思いになった。

 優しい表情で微笑むアーノルドの目は、全く笑っていなかった。

 ――――これって冷遇テンプレートの悪役令嬢じゃないですかー。

 のちにアリシアは父と母同様にこの地で過ごしたいと強く訴えることにした。アリシアの我儘とも言える要望は、聖女の意思を尊重するという王家の意向により叶えられた。


 

 領地で勉強に明け暮れながら、この12年過ごしていた。初めて会ったときから、アーノルドは欠かさず2ヶ月ごとに訪れてくれたがその視線の冷たさは変わらなかった。



 

 今日は、領地を離れ王都で初めての夜会だった。領地での夜会は何度か経験したが国王主催の夜会ともなると規模が違う。緊張を表情に出さないようにしながら従兄弟にエスコートされて、会場入りする。

 会場の際に氏名を呼ばれるのは爵位持ちのみだ。望めば大々的に聖女として呼ばれることもできたが初めての夜会の雰囲気を楽しみたくて他の令嬢と同じように扉から入場した。両親なんて初めて王都に行くのだから王都でパレードでもしてもらえばいいと言っていたが、アリシアとしてはそこまで目立ちたくはなかった。エスコートも他の令嬢同様親族にお願いした。

 周囲からの視線を感じつつ、ローラン家の人間として堂々と胸を張って歩く。ドレスはこの夜会のため何ヶ月も前からデザインしていたものだ。髪に合わせた夜色のドレスは美女になったと褒め称えられるアリシアによく似合っている。メガネをかけた従兄弟は楽しそうにしながら手を取り、誘導してくれる。

 ウキウキとしながら歩みゆくと、ダンスホールへとたどり着いたがあるものを見かけた。


 銀髪に菫色の瞳をした女性とアーノルド王子が踊っていた。


 思わず息を呑む。可憐に微笑む女性と踊る金髪の眩いばかりの男性の姿はまるで絵画を見ているように、前世で見ていた映画のワンシーンのように感じたからだ。

 周囲からの声が聞こえる。

 

「アーノルド王子とセシル様だわ。本当によくお似合いで。」

「あの二人ならこの国を発展させてくれるだろう。」

「素晴らしい方々ですわ。」

「いつご結婚されるのかしら。」

「父である王太子殿下が王位をついでからという噂だぞ。」

 

 周囲の声は二人への祝福ばかりであった。


 呆然としてダンスを見つめてしまうが従兄弟がエスコートした手を少し強い力で握ってくれたことでアリシアは我に返る。従兄弟は心配そうな視線をアリシアに向けてくれた。

 ――状況を整理しよう。

 私、悪役令嬢で聖女。王家と結婚する慣習あり。

 王子、聖女と結婚予定。

 女性、状況から接するにヒロイン。

 つまり、二人が踊っているこの状況は、あれだ。

 婚約破棄のテンプレート状況ではなかろうか。


 アリシアの脳内にかつて前世で読み漁った婚約破棄の場面が駆け巡る。目を閉じ、冷静になろうとした。従兄弟の手を強く握り返し、頷き返して二人の元に歩みよる。

 アリシアは心配していなかった。自分は、非難される言動はしていない。両親も愛してくれている。

 それに何より、彼がいてくれるから。

 アリシアは二人の前に堂々と姿を現した。


 ダンスが終わったアーノルドはアリシアに気づくと、いつものように微笑みながら一礼をする。その視線の冷たさも変わらないままだ。

「聖女アリシア。今回の夜会に参加していただき、王家のものとして感謝いたします。

 初めての王都での夜会、どうぞお楽しみいただければ幸いです。」

 言葉を受けアリシアはカーテシーで返礼し、従兄弟は胸に手を当て一礼する。

「アーノルド王子、この度はご招待いただきありがとうございます。」

 そのやりとりに周囲はざわめく。初めてアリシアを見る人ばかりだ。「あれがかの聖女か」というつぶやきも聞こえてきた。

「聖女アリシア、紹介しよう。こちらに居るのはセシル・マッカーサー嬢。ノース地方に面している隣国のニューヨー国から来ている方です。」

「聖女アリシア様。初めてお会いいたします。

 ご紹介にあがりましたセシル・マッカーサーです。

 聖女様のご尊顔を拝見できたこと喜ばしく思います。」

「ローラン侯爵家長子、アリシア・ローランと申します。」

 セシルという女性は綺麗なカーテシーで挨拶するが、今の挨拶から貴族でないことが明確だった。貴族であればアリシアのように家名と爵位を告げるのが常識だからだ。

 ――――貴族に引き取られた妾の子や駆け落ちした貴族の子でもなさそうね。これはあれかしら平民だけど何らかの力を持って王家に受け入れらたとかかしら。でも聖女の力は絶対にないし、隣国だしそっちの有力者の娘?ノース地方の隣国って確か小国よね?どんな国だったかしら……

 アリシアは相手の状況を詮索しようとするが何分情報が足りない。彼女のことは両親も話してくれていなかったからだ。とりあえず少しでも情報を聞き出そうと会話を続けてみる。

 

「セシル様はこの国に来られて長いのでしょうか?」

「はい、この国にはもう4年滞在しております。王家の方々には本当によくしていただきました。」

「そうでしたの。アーノルド王子からお話をお聞きしたことなくてびっくりしました。このような可憐な女性が王都にいらっしゃるなんて。」

 数年も前から王家と交流があったのにも関わらず、アーノルドは一度もアリシアとのお茶会でセシルのことを話すことはなかった。

 ――――話していないと言うことはやましいことがあるからとしか思えないのだけど。

「お二人のダンスはとても見事でした。すっかりと魅入ってしまいましたわ。他の皆様もお似合いのお二人だとお話しされていましたのよ。」

「そのように言っていただきありがとうございます。

 アーノルド王子のエスコートがとてもお上手でしたから。」

 セシルはアーノルドの方へ顔を向け、嬉しそうに微笑む。その笑みを受け、アーノルドも笑みを深くする。その視線は柔らかいものだった。

 何とまぁ堂々とした浮気だこと。

 アリシアは顔に力が入りそうになるのを必死に堪えるがこの茶番に付き合っているのも嫌になり、ぶちこんでみることにした。

「…………周りの方々のお話が聞こえたのですが、お二人はご結婚されるご予定があるとのことですね」

 アリシアがズバッと結婚の話題を出すと周囲の騒めきが一気になくなった。誰も彼も興味深そうに息を呑んでアリシア達の話を聞こうとする。


 

「アーノルド王子、王家は古来からの慣習をどうされるおつもりですか。」



 


 

 話は最初に戻る。

 アリシアはさらに慣習について尋ねるが、アーノルドはその微笑を絶やさない。

「聖女アリシア、貴女の疑問に応えましょう。確かに、私とセシル嬢との間に婚姻の話が出ています。」

 周囲はざわめき、やっぱりという声が聞こえてきた。アリシアは自然と眉間に皺がよってしまった。

「それは王家は聖女を蔑ろにするということでしょうか?」

「どうしてそのようになるのでしょうか?

 確かに今までの王家は慣習として聖女を王妃として迎え入れることが多かった。しかしながらそれは法律で決まったことでも、精霊との契約されたことでもありません。」

 アーノルドは周囲の騒音に言葉がかき消されないように声を張り上げる。

「いえ、むしろそうした慣習は聖女の心を傷つけていたのではないでしょうか。

 国の繁栄を担う聖女とはいえ、その未来を王家が決めることこそ聖女への侮辱なのではないでしょうか。」

 舞台俳優の如く、アーノルドは語り始める。

 

 

「聖女は愛される存在だ。

 聖女は害してはならない。

 聖女を敬いなさい。

 聖女を害せば国は豊穣の加護を失うであろう。

 それはこの国の皆が理解していることです。

 貴女は歴代の聖女のように、王都で過ごされるのではなくご家族と共に過ごされることを希望された。

 家族思いの、領地思いの貴女に家族と離れ王都で王妃として過ごしてほしいなど王家から申し上げることはできません。それは聖女の意向を無視することになってしまう。」


  

 アーノルドはアリシアへ微笑む。

「聖女を望むのではなく、聖女自ら望んだ男性と結婚され、幸せな家庭を築かれること。これこそが貴女の、聖女の幸せなのだと私は思います。」


 

 アリシアは言葉が出なかった。

 確かに、王妃となることは法律でも何も決まっていない。

 王都ではなく領地で過ごしたいと希望したのはアリシアだ。アリシアのためを思って、聖女の意向を汲み取り王家に迎えいれなかったと言われれば文句は言えない。彼の行動は、王家の行動は聖女を害してはいない。

 

「…………それは聖女を蔑ろにしているのではないのだろうか」

 アリシアの横にいる従兄弟が絞り出すようにして声を出す。本来であれば氏名を名乗り挨拶もしないまま王族へ話しかけるのは不敬になってしまうがその事に気が回らないようだ。アーノルドは気にしない様子で従兄弟のほうへ向き直る。

「いいえ。王家は聖女を決して蔑ろにしません。今までも、そしてこれからも聖女の意向を尊重しますし、王家の宝飾品も聖女に捧げ続けるでしょう。

 もし、聖女が王家との婚姻を希望されるのであれば王家はその願いを叶えるために動きます。

 聖女アリシア。貴女はどのような未来を歩みたいのですか?」

「えっ…………?」

 

「貴女が王家に、国に求めることはどういったことでしょうか?」


 アリシアはアーノルドの疑問に何も言えなくなってしまった。

 自分がどうしたいのか。

 だって、自分はいずれ王子やヒロインに蔑ろにされる悪役令嬢だと思っていたから。

 そうならないようにざまぁし返して、その後二人を置いて幸せになろうとしていた。けど実際はそんなことは起こることなく自分の描いていた未来とは違う流れになってきた。自分が考えていたのは…………。

 アリシアは従兄弟に縋るように視線を向けた。ずっと考えていた未来、ざまぁし返してくれると思っていた従兄弟に助けを求めるように。



「聖女アリシア。貴女はその方、ガレリア王家に名を連ねるジェード第2王子がお好きなのですね。」

 アーノルドがアリシアに向かって言葉をかける。それはとても優しい声色でこちらを労るようだった。

 けれども周囲はその言葉を聞き、そばにいたのが誰なのか理解してさらに騒然とする。

 

 従兄弟、ガレリア王家の王女だった母の甥にあたるガレリア王家第二王子であるジェードは唇を強く噛み締める。ジェードからしてみれば状況は最悪だ。

 ジェードは知っていたのだ、王子に親しくしている女性がいることを。

 それが誰なのかはつかめなかったが、この夜会に連れてくることまでは潜り込ませていた配下より情報を手にしていた。その情報をもとに、夜会で糾弾しようと考えていたのだ。「将来の王妃となる聖女を蔑ろにしている国だ」と声高らかに他国の要人も多くきているこの夜会で。

 

 そして、聖女を蔑ろにする国から聖女を救いだした英雄として自国に連れて帰ろうとしていた。国を富ませる聖女を、愛しく思っている従姉妹を。

 

 けれど結果はどうだ。聖女の意向を全面的に支持するとアーノルドは公表した。

 その言葉を今までの行動から否定することはできない。聖女に贈り物をしてきたことは周知の事実。アリシアは知らないが母である侯爵夫人が国宝である宝飾品を王家にそれとなく強請っていたことはガレリアの社交界でも一時期噂になったほどだ。王家はその品を笑顔で差し出したという事実つきで。


 この状況でガレリアに連れて帰ればどうなる?

 アリシアは散々貢がせておいて聖女としての責務を果たさない女とされ、ガレリア王家も侯爵夫人の行動により非難される立場に陥る。他国から最初から。ガーランド王家から聖女を、宝飾品を奪うために行動していたと決めつけられるだろう。

 では、自分が侯爵家に婿入りするか。アーノルド王子がアリシアの気持ちを周囲に漏らしたことを利用し美談に仕上げることは今からでも遅くない。けれども、ジェードにはその選択を選べない。

 ジェードは第二王子ではあるが、正妃より生まれた王位継承権1位でありほぼ立太子が確定している。ジェードがそれを辞退すれば、次に回ってくるのは第一王子だ。愚鈍な第一王子が王になれば、その母である側室が権力をふるうだろう。あの女狐に国を支配されれば母を含め母方の親類は全て殺されるかもしれないと可能性が否定できない。

 故に、ジェードは婿入りできない。アリシアを愛しているが、その愛だけに生きることはジェードにはできない。

 

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 ジェードはアリシアが向けてくる視線に気付きながらも、何も言葉を言えなかった。

 アリシアも、ジェードも無言でいる中、一部の周囲が道を作るように距離を置いた。

 

「どうしたのかね?」

 

 この国の王が息子である王太子と共にやってきたのだ。

 若くして王位を継ぎ、その後35年もの間王位を守り続けていた男性で、50代という年齢とはとても思えないほど若々しい見た目をしている。最近ではほとんど王太子に国内国務を任せて、自身は王妃とともに外交のため他国を行き来しているとされている。来年あたりには王太子に正式に王位を譲るとされているが老いてもなお民から尊敬されている人物だ。

 

 アーノルドとセシルは堂々と、アリシアとジェードは慌てて礼をしようとするのを王は手で抑える。その優しそうな表情で話しかけてくる。

「入場前のことだったが簡単には聞いておる。聖女アリシアが王家との慣習を気にされているとのことだとな。

 聖女アリシア、貴女がこの国を思ってくださるのは大変喜ばしく思う。けれど、それに縛られることはない。孫であるアーノルドが言ったように聖女の意思を蔑ろにするつもりなど我らにはないのだから。

 と、言ってもすぐに将来歩む道を決めるのは難しいだろう。まだ若いのだから十分悩まれるといい。

 今日はまず夜会を楽しんでくれ。」

 王はそのまま周囲の使用人に合図を送り、次々にグラスが手元に行き渡る。アリシアとジェードも使用人から渡されたグラスを呆然としながら受け取る。


「ガーランドの未来に栄光あれ!」

「「「「「「「「ガーランドの未来に栄光あれ!!」」」」」」」」」

 王の乾杯の言葉に人々は続く。

 

 アリシアとジェードを置き去りにしながら。


 アーノルドはグラスに口をつけながらその笑みを隠す。祖父の言葉の意味をアーノルドはよく理解していた。17歳になっても自分の将来をまともに考えていないと含ませた言葉の意味を。





 

「やはり聖女は第二王子と共にガレリアに渡ったか。」

 夜会から数ヶ月が経過したある日、王は部下からの報告に目を通していた。

 孫のアーノルドも同じ執務室にいる。本来であれば国を富ませる聖女がいなくなれば、国の根底を揺るがす大事だがその場にいた2人ともどこか呆れたような様子だった。

 

 「ガレリアにとって他国どころか自国からも非難されようと聖女の力は魅力的ですからね。それに加えて聖女ほどの力がなければ自分の支持基盤は万全ではないと自覚しているからでしょうか。」

 「何はともあれ計画は変わらない。王太子自ら婚姻に関して祝福の言葉を届ける予定でいく。動きの早い息子のことだ。もう出発の準備はすませているだろう。」

「お祖父様、父上はもう馬車で出立されましたよ。」

「あいつは本当に行動が早いなぁ。」

 夜会で見せた優しそうな態度ではなく、どこか粗暴な様子の王はアーノルドの言葉に苦笑する。気持ちはわからないでもない。ずっと聖女に振り回されてきたのは皆一緒だから。

 

「ガレリアに対する今後の予想は前回会議した通りでしょうか。」

「流れは変わらんだろうが内乱がどこまで拡大するかわからん。睨み合いで終わるのか、それとも族滅、内乱にまでいくか。まぁ、あの側室が王の手綱を握っている限り国力低下までには行かないだろう。常に情報収集の手を怠るなと指示している。

 ああ、ローラン侯爵がガレリア王国に鞍替えしたがっているがそのまま見逃して鞍替えさせてやれ。どうせそのうち領地が荒れていくだろうからな。

 何せガレリアに与しても聖女の加護は受けられないのだからな。」

「ガレリアと国境は面していますが山で隔たれているから貿易もしづらいでしょうに。

 ローラン侯爵は我が国と戦争になった際、ガレリアから助けが来ないことを理解しているのでしょうか?」

「ま、いざとなったら聖女が助けてくれると思っているんだろう。何せこの十年聖女の加護で美味しい思いをしてきたのだから。どちらかといえば侯爵よりも夫人の方が夢を見ているな。侯爵はただの夫人の言いなりだ。

 そのうち領民の方が夢から覚めるさ。

 自分たちはこのままでは幸せになれないと。そうなったら騒動解決に乗り出す方向だ。」

 淡々と今後の方向性を決めていく。詳細についてはすでに議会で話し合っている。この場で話すのはただの再確認みたいなものだ。ガーランド王家は聖女が不在になるという事態を12年前から想定して動いていたのだから。

 

 いや、前王が王位を継いだ35年前から聖女なき王国に向けて歩み始めていた。

 

「加護が無くなった領地に関して現在大きな問題はありません。元々加護がない領地で培った技術で公共事業は滞りなく進んでいます。むしろ、どちらかと言えば公共事業により経済が拡大しているようですね。」

「大金が動き多くの労働者を必要とするからな。日雇い労働者にとってこれほど美味しい仕事はないだろう。これに関してはしっかりと予算をもらったからな。」

 聖女は精霊より祝福され、聖女がいるだけで国は豊穣を約束されている。


 しかし、聖女の力は万能ではない。

 

 その加護が及ぶ範囲はそれほど広くないのだ。王国は広大な土地を持ってるが故に全ての領地に豊穣の加護が行き渡ることはなかった。

 しかし、歴代の王たちは聖女を王都に招き、王都と王直営地、それに高位貴族の領地のみ加護があればよしとした。

 中にはきちんと地方にも加護が行くように聖女に領地巡礼を依頼した王もいた。

 しかし長く滞在しなければ土地が加護を受けることはなく、また一時的にとはいえ加護を失うことになる高位貴族たちから猛反発を受けてしまった。それに当時の聖女からも自分への態度がなっていないと非難され当時の王が退位する羽目になった。


 

 王は幼少期より加護のある地域と加護のない地域の差に危機感を持っていた。ガーランド国の国力は周辺の国々よりも優れている。けれども、他国の地方とガーランドの地方を比べた場合明確に劣っていた。

 下手に聖女の加護があるため、中央のみで国全体の作物などを賄えていておりわざわざ地方の農地整備などを行うことをしてこなかった。

 つまり、膨大な土地を生かしきれていなかったのだ。

 王は自ら若い頃に他国へ留学していた。自国と他国の違いをその目で知るため。そして先王の急病により若くして王座についた際、王は貴族たちに命令を発した。

 

「他国について学べ。」と。

 

 当初貴族たちは王の命令を嘲笑った。どうして聖女の加護を受けし我らが他国を見習う必要があるのかと。むしろ他国こそ我が国を敬うべきだと。王はそれでも辛抱強く対応し、少しずつ他国への留学者を増やしていった。

 留学した者は最初は王のご機嫌とりの気持ちだった。他国の勉強ではなく、国費で他国へ遊びにいく気持ちで留学していった。

 しかし、彼らはそこで現実を知った。

 

 他国は聖女の加護がないなか生きて行かねばならない。豊穣を約束されていない土地で生きるため彼らは必死で努力していた。

 その努力は食物のことだけではなかった。もしこれが農地の整備や農作物の品質改良や新しい農作物への対応など食物に関することだけなら貴族たちは加護のない国は大変だなと嘲笑っただけかもしれない。しかし、他国の努力はそれだけではなく街を巡る水道や暗い夜でも街を明るくする石炭ガスを用いたガス灯。馬車一つでさえ道の振動を少なくする工夫がなされ、自国よりも洗練されていた。

 

 先見ある貴族は思った。

 このままではガーランド国は他国よりも文明の発達していないただの農業国家になるのではと。

 その危機感はあっという間に貴族全体に広がっていった。留学したものからしてみれば否定できない考えだったからだ。ただ、それでも聖女の加護があれば大丈夫と楽観視する貴族はまだ多かった。恩恵を強く受けていた高位貴族は聖女の加護は文明の発展にも影響すると考えるものが大半を占めていた。

 

 王はそれを強く否定することはなかった。

 

 彼が次に進めたのは地方整備だった。他国の知識を用い、加護がない地方の一部において領地整備を行うと議会で宣言したがこれに関して反対は少なかった。どこか皆、気になっていたのだろう。他国の知恵がどのような発展につながるのかを。

 王は他国の学者を招き地方整備を行なっていった。その時、一番協力してくれたのはニューヨー国だった。ニューヨー国は流民が集まってできた比較的新しい国であり、その成り立ちから王制度をとらず共和国制で運営していた。国土はお世辞にも農地に適しているとはいえず、その分技術開発に力を入れている国だった。

 王が王太子の頃に留学した国であり、当時の大統領、ビリー・マッカーサーとは個人的な交流もあった。ニューヨー国からは技術を、ガーランド王国からは作物を提供するということで手を組んだ。ビリー・マッカーサーはセシル・マッカーサーの祖父であり、この時の縁からセシルとアーノルドとの婚姻が結ばれた。

 地方整備は10年にも及ぶ時間を要した。長い道のりであったがらそれがある程度形になった際、貴族だけでなく平民ですら気がついた。

 

 王都よりも住みやすいと。

 

 ランプではなくガス灯で明るく照らされた街並み。最新式の地下水路により貴族の屋敷だけでなく各家庭に水道が引かれて蛇口をひねれば水がすぐに出る。整備された農地ではガーランドではなかった作物が育てられ、これまた整備された道路により街には朝に収穫したての新鮮な野菜が運ばれていった。食卓には貴族でさえ見慣れぬメニューが並ぶ。

 勿論、いいことばかりではない。加護がないため作物の総量も多くはなく、天候は安定していないため治水工事などを行うなど費用がかかる。

 それでも日々の生活のしやすさは新しくできた街の方だと皆誰しも思った。


 徐々にどの貴族も他国の技術を取り入れにかかった。特に地方貴族は必死だった。今まで何もなかった領地が発展する可能性があるのだ。領民を説得し一丸となって領地整備に取り掛かった。

 意外にも平民はその技術を受け入れるのが早かった。

 これはガーランドが加護に頼って技術更新しなかったことが影響している。特に何もしなくても食物で困ることがないのだ。そのため農具一つとっても新しい技術を取り入れてこなかった。そこに急速に運搬しやすい猫車や雑草をとってくれる田車、脱穀に使われる足踏み式脱穀機などの農具が導入されたのだ。しかも川から流れる水路まで整備し始めるという。

 最初は不審がっていたものの新しいものの便利さに慣れて仕舞えば、自ら積極的に取り入れるようになってきた。

 ただ、地方が活発化していく中、それでも王都近くの高位貴族の一部動きが鈍かった。今まで苦労していなかったのだ。便利とはいえ新しいものの導入など金の無駄ではないかと考えて。

 

 

 その考えが変わったのは12年前聖女となったアリシア・ローランの影響だった。

 

 

 本来であれば王都に招き、王都と王直営地、それに高位貴族の領地に加護を与える聖女が自身の領地に居たいと申し出たのだ。

 これにはローラン侯爵家の意向が強く影響している。両親は聖女の加護で自領をより豊かにしたいと思い、アリシア自ら領地に留まりたいというように日々仕向けていた。そのためアリシアは聖女の加護が国の全体に行き渡らないことを知らずにいたのだ。

 これに焦ったのは王都周辺の高位貴族だ。ローラン侯爵領地は王都からやや離れている。そこに留まられると今まであった加護が消えてしまうのだから。どうにか王都に来るよう説得しようとしたものの、侯爵は、いや夫人は聖女の意向を逆らうのかと逆に責めてきた。自分たちのため聖女を害するつもりなのかと言われてしまえば高位貴族であろうと反論はしづらい。王家が聖女アリシアが領地で暮らすことを受け入れたことでさらに何も言えなくなってしまった。

 そうして加護がなくなったことでやっと危機感を覚えた高位貴族も、先に技術導入していた地方貴族に頭を下げて自領の整備に乗り出した。聖女の加護を一身に受けるローラン侯爵領地はそれをすることはなかったが。


 つまり、アリシアが夜会に来た時にはすでにガーランド国は聖女の加護なくして国を成り立たせていたのだ。


「ローラン侯爵は留学先で変な女に捕まって身を滅ぼしたな。あの夫人、妾の子だったから王家の人間なのに王位継承権がないことにコンプレックス抱えていたみたいだからな。それに女しか産めなかったことも。

 産んだ娘が聖女だったことで自分が偉くなった気持ちでいたんだろう。旦那ごと滅んでいったが。」

「お祖父様、まだ滅んでおりませんよ。

 鞍替えに失敗しても、聖女がガレリア王家に懇願されるかもしれません。そうされればガレリア王家は助ける他ありませんし、その後繁栄するかもしれません。」

「ガレリアは聖女の意向を全面的に聞かざるをえないしなぁ。

 うちは土地柄、聖女の加護がない時代からある程度農業はできていたがあっちは違う。国土の3割は乾燥地帯で農業ではなく放牧がメインだ。他も農地に適しているとはいえない。もし、ガーランドの国土がガレリアのようだったら俺だって聖女をどんな手を使っても他国に行かせないようにしたさ。」

「ただ、聖女の加護はガーランドよりも広いガレリア全てを助けることはできません。」

 王はアーノルドの言葉に頷く。

「ガレリアが荒れることになる理由はそこだな。どの地域も聖女の加護を欲しがる。

 第二王子は聖女の居住区をどこにするかね。後ろ盾の母方親族の領地にすれば確実に王都に加護は及ばない。かと言って王都に置くようにすれば敵である側室の生家が地理的に加護を受けられると思う。

 ガレリア王としては王都に置きたがるが王妃は反発するだろう。多分そこに側室が何かしらの策を行うことが推測される。

 こちらは下手に介入しないでおくぞ。」

 王はそう言い切ると静かに紅茶を啜る。

 

 新しい農地で作られたこの茶葉を王は好んでいた。アーノルドもそうだ。日々新しく生まれる茶葉のブレンドの違いを楽しむのが趣味の一つになっていた。

 ――――あとでセシルに持っていこう。機械いじりに夢中で水分補給すら忘れてしまっているだろうから。

 アーノルドは政略とはいえ婚約者を大切に思っていた。王制度に馴染めていないのに、作法を完璧に身につけてくれたセシルに敬意を持っている。そんな彼女に王妃としての務めは必ず果たすから幼少期からやっていた機械の発明だけは止めたくないと懇願された時、アーノルドは迷うことなく頷いた。

 祖父の改革により日々ガーランドの文明は進化していく。昔ながらのやり方も大事だがそれだけではいけない。アーノルドはセシルに祖父の様に新しい風になってほしかった。アーノルドは自身が王家としてすべきことは新しい風が途切れないようにしていくことだと思っている。そのための苦労を厭うつもりはない。

 アーノルドはお茶の香りを楽しみながら、そう考えていた。


 王は聖女のことなど気にせずにお茶を楽しむ孫を横目で見ていた。

 別にガーランド王家は聖女を排除しようとは考えていなかった。聖女の加護はあれば便利であるし外交で使える手札の一つになるからだ。

 ただ、絶対になくてはならない手札にするつもりは王にはなかった。そもそも替えのない、制御しづらく勝手に動き出すようなものを必須にしたくなかった。

 王は生まれた時から聖女の存在に猜疑的だった。

 

 「聖女の加護、それがこの国の発展に繋がったことには間違いない。

 しかし、本当に今後も繁栄をもたらすものだろうか」


 王はそう考え、動いた。

 動いた結果が今のガーランド王国だ。

 王は自身の結果に満足していた。まだまだ聖女の加護を懐かしむ声は聞こえている。しかし、息子が後を継ぎ、孫が王になる頃には聞こえなくなるだろう。

 その時まで生きているかわからないが、出来るだけ長生きしてのんびりと後方から国のことを見守っていくつもりだ。

 この世界に転生した時から聖女なき国にすることを考えていたのだから。






 王が地球で老衰し、再び生まれた国は聖女の加護を受けている国だった。

 精霊に愛されし聖女を何世代も輩出し、聖女がいるだけで国は豊穣を約束されている。

 聖女は愛される存在だ。

 聖女は害してはならない。

 聖女を敬いなさい。

 聖女を害せば国は豊穣の加護を失うであろう。


 ああ、なんて



 クソッタレの世界だろうか。

 

 そもそも国とは一人の力で成り立つものではない。数多くの犠牲と共に建国がなされ、その後も数えきれない人の行動によって国は成り立つ。その人々は王や貴族ばかりではない。農地を耕す農民や商人なども国の力だ。

 王は国民というものは国という機関を動かす歯車であると思っている。平民は小さな、王や貴族は大きな歯車だ。その歯車が増えていく、または成長することで国を豊かにするのだと。

 しかしながら、平民の小さな歯車でも数が減ることや、王や貴族といった大きな歯車が壊れることで全体の動きに支障をきたすこともある。しかし、歯車を絶やさないようにし、大きな歯車でも壊れてしまったら交換、代替わりをすればいい。国が滅ぶ時はその歯車が壊れるか何かが起こり、全体が上手く機能しなくなる時だと考えていた。

 しかし、聖女に関しては違う。王や貴族よりも巨大な歯車であり、しかもいつも同じ形の歯車ではない。決まった場所におけるわけでもなく、自由気ままに動き周囲を壊していく歯車は王にとって害悪でしかならなかった。

 聖女という歯車を無くしても国が機能することを証明したかった。

 ガーランド王国を愛していたからこそ、聖女のみの力で成り立っている国にしたくなかった。

 

 だから聖女に、運命に中指を立てて生きることを決めた。


 王は、この国に生まれたこと、これまでの人生を、そしてまだ続く人生を愛しく思っている。




 ガーランド王家は祖父と孫、未来に思いを寄せながら2人とも穏やかな一日を過ごしていた。


 

このシリーズはあと一作品は続けるつもりです。

それ以降は筆が乗れば書くつもりですが、長い目で見てください。

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