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七色に変わる星々。

 良い天気の下で行われた元持ち主の妻と現所有者の諍いは応援が来る前に終わり、オパルスの時間が仕事の時間のため切り上げられた。


「ラミナ刑事ってどの辺に住んでるんですか? ……寮とか?」


「寮か、……懐かしい響きだな。――基本20代の若造ばかりが使うから、いつまでも出る気がないとまだ結婚もしないでって先輩たちからも圧かけられて居づらくなるんだよな。そう言うお前こそ寮に住まないのか?」


「俺は集団生活苦手なんで、寮とかシェアハウスとか絶対無理っすね」


「お前、なんで警察入ったんだ……? 夜勤もあるわ超過勤務も多いわで同僚と始終一緒だしほぼひとりの時間なんかないぞ」


「なるほど。いやになった時はまた転職します」


「考えなしかぁ。――まっ、仕事なんてどこに行っても何かしらあるし、合う合わないはやってみないと分からねぇもんだよな。俺も同期ほぼ残ってねーしいいんじゃないか、警察(ここ)を辞めても楽しくやってるヤツも多いし」


 同期がいたと言う話も集団生活していたという話も、この虚無の塊からはなにひとつイメージがつかないが、「そうなんだ」と呟きながら遠くを見ているラミナの横顔を見た。

 思わず聞くことになった切ない話に、そういった過去が今の虚無を錬成してきたのではとぼんやり考えた。


 こんな雑談をする前に決着のつかない言い争いが切り上げられてしまい、エロイーズは不機嫌なまま乱暴な車と共にここを立ち去り、オパルスはバライバル美術館へと入っていった。

 二人が言い争いをしている間にもう一度署へ連絡してみたものの、どうやらこちらに回せる余力がないとのことで手隙の者が出次第向かわせるというお粗末な返事をもらうことになった。

 募集広告もネットだけでなく署の前にもあったが、想像以上に人手が足りていない状況らしい。

 哀しい返事に呆れていれば、S・V・Cがモーリスの一件以降オパルスの言う通り怪しいと思われる人物をせっせと捕縛し、警察へ突き出しているため署も忙しくなってしまったらしいとラミナが説明してくれた。

 昔から民間企業でありながら警備部門を抱えていることもあり、各地で警察と連携することが多いS・V・Cは警察とはかなり濃密に連携を取っている。特にこのアシャンゴラ・ビ・アゲート内では金持ちも多いことから、他の地域に比べS・V・Cと警察の連携はかなり密だと言う。

 その為今回の事件は特に慎重に対応せねばならないようだ。警察署内でこの事件の調査、完結までさせないといけいそうだが――。


「もし警察内部に共犯とかいたらどうするんですか?」


「それもあって恐らく無関係な俺が呼ばれたんだろう。共犯なんていないに越したことはないが、捜査情報が軽率に漏れても困るからな。――そういう訳でお前も契約書にサインしているだろうが、何があっても仕事で知りえたことは口外するなよ」


 今は先ほど座っていたベンチに二人で座り、念押しするように煙草を挟んだ指を突きつけられる。――人に指を向けないで欲しいものだ。

 アポを取ることは叶わなかったが、普段多忙にしているオパルスがちょうどここにいるのだ。ここを出てきたところで話を聞こうと、彼が出てくるまでの間休憩しているのだ。

 空を見上げれば太陽の位置が高くなり、日差しが強くなってきた。少し離れたところに現れたアイスの移動販売が来て、大きなパラソルを広げた下に人々が集まるのが嫌でも視界に入る。

 隣にラミナ(こいつ)がいなければ買いに行けたのになと、楽しそうに集う人々に視線を向ける。コーンやカップに盛られていく色とりどりなアイスと、それを受け取り嬉しそうにはしゃぐ子ども声が周囲に響くたびに人が集まっていく。


「そんなことしませんよ。……もしかして、よくあるんですか情報漏洩?」


「あっちゃ困るがな、長くいると感覚がおかしくなることもあるんだろ。まったく嘆かわしいもんだ」


 火を着けていない煙草を咥えながら深くため息をついている。


「警察って大変なんですね」


「そんなの別に警察(うち)に限ったことじゃないだろ。――いくら最初に理想があっても、どんな正義があったとしてもだ、誰もが常に正しい行動がとれるもんじゃない。間違っていることに気付きながら抜け出せなくなる奴もいれば、過ちに気付かないまま泥沼に嵌まる奴だっている」


 何気なく呟いた感想だったが、重い言葉が返されてしまい思わず隣の人物を見る。


「基本はそういう奴らを見つけて止めるのが俺らの仕事だが、近くで見れば見る程同じように染まってしまうやつもいる。――特に自分たちに権力があって、出来ることが多いだけに道を間違えてしまうんだろ。もちろんそうじゃない奴の方が多いがな」


 ふぅと火のない煙草を吸ったのか、ため息なのか分からないが深く息をつけばこちらを振り返り、灰色の目が合う。


「人生は長い。自分が大事にしているものはあるか? ――道に間違うこともあるだろうが、それだけは何があっても忘れるなよ」


 手を伸ばされ頭に置かれれば、子ども扱いされていることに気付く。その手から軽く逃げれば、潰された髪型が気になり手鏡を取り出し髪型をチェックする。


髪型(セット)が崩れるんでやめて下さい」


「そういうの気にする方か。随分とマメなんだな」


「普通に頭とか気安く触られるのは、誰でも嫌だと思いますけど」


「そういう時代かねぇ」


「……本当、ラミナ刑事ってじじくさいっすね。そういう意識じゃ、いつかパワハラとかで訴えられますよ」


 髪型を整え終われば鏡を仕舞い、時代遅れの化石になりつつ価値観の持ち主をジト目で睨めばラミナは立ち上がった。


「そいつは困るな。以後気を付けよう」


 困ったという割に笑っているような軽い口調で返されれば、美術館の入口に顔を向けていることに気付く。――オパルスたちが出てきたようだった。

 同じく立ち上がれば、先にラミナが歩き出すためついていく。

 数歩前を行くくたびれたコートに身を包んだ背を見れば、何も考えてないように見えていたが、虚無の中にも強い信念があったのだと始めて知る。

 そうでなくとも同期もいなくなる中、ひとり仕事に準ずるのはラミナにも何か大事にしているものもあるのだろう。――そんなこと考えたこともなかっただけに、絶賛寄り道中の自分がつまらないものに思えた。

 大事にしていたものはなんだっただろうか――。

 自分の在り方が分からなくなったが、考えているとあっという間にラミナと距離が生まれてしまい慌てて追いかける。




「おや、刑事さんまだいらしたのですね。お仕事お疲れ様です」


「お疲れ様です、オパルスさん。――お忙しいとは思いますが、少々お話しできないでしょうか」


 近付けば誰よりも190センチ以上あるためすらりとした巨体に威圧感があったが、それを感じさせない物腰穏やかな言葉で黒服たちに目配せと指示を飛ばせばこちらに改めて顔を向けた。


「次の約束まで時間があるので、少しでよければお付き合いしましょう。私としても毎回エロイーズさんと衝突することは本意ではありませんし、モーリスさんがどうしてあんなことになってしまったのか関心もありますので」


「ご協力下さりありがとうございます」


 にこりと人の好さそうな笑みを浮かべたオパルスにラミナが礼を言えば、バライバル美術館の庭を散策がてら話す時間が与えられた。――いまだ封鎖された現場だけに、内密な話をするには丁度良いだろう。

 歩きながらキープアウトと張られた結界の向こうへ足を踏み入れれば、何かを思い出したのか静かにオパルスが笑った。


「先ほどの、――そちらの新米刑事さんの言葉、私としても嬉しかったです。ここは誰もが穏やかな時を過ごすための場所になって欲しいと願い設計した場所です。ご理解下さるだけでなく、丁重に尊重して下さりありがとうございました」


「ルシオル・サンディです。――俺もここへプライベートで来ましたが、建物の細部までにこだわりが感じられて好きな場所だなって思っていました。エントランスに入ってから目に入る天上から広がる空間の作りが万華鏡みたいで――、時間とともに色とデザインが変わっていくのが特に面白いですね」


 プロジェクションマッピングで壁から天井に掛けて模様が施されており、ゆっくり動いていたのは気付いていたが、入った時と帰るときで彩りやデザインが変わり、別の場所に出てしまったのかと戸惑ったほどだった。展示だけでなく空間デザインにもこだわっているのが分かれば、もう一周見て回ってきたせいでだいぶアウィンを待たせてしまったが猫なのでのんびり待っててくれたのが幸いだ。

 その時の興奮が思い出され、高揚と共に設計者に感想を伝えれば嬉しそうに目を細めていた。


「この美術館を楽しんで頂けてこの仕事に携わる者として嬉しく思います。――ここはいくつかの『星』をテーマに展示を作っておりました。そのひとつがこの庭『七曜の輝き』です」


 立ち入り禁止の、誰もいない背の高い緑の生垣の道を進みながらオパルスが説明する。高身長のオパルスよりも高い生垣に、自分たちが小人になったような錯覚すらする。――こういう非日常空間に入り込む感覚が好きだ。

 事件さえなければもっとよかったのにと、小さく感想を思い浮かべながら二人の後ろをついていく。


「七曜とは一週間を表す言葉でもありますが、五惑星と月と太陽を表す言葉でもあります。――世界を構成する庭の上にバライバル美術館を据え、その中に多種多様の人の生き様が輝やいていることを表現しております」


 生垣を抜ければ視界が広がり、本来ならこの色とりどりの花たちが人々を楽しませたのだろう。誰もいない庭の中央に人型の形にテープが張られ、いくつか捜査の跡がまだ残っていた。

 星を司るものが一体どれかと思えば、恐らく低くなった生垣から見えている抽象的な彫像を示しているのだろうか。数えてみれば確かに七つあり、それぞれの形状(ポーズ)から何か意味をそれぞれが持っていることが伝わる。


「七つの星を合わせて七曜星とも呼びますが、その場合別の意味になることをご存知でしょうか。――死を司る星の名になったり、親子を司る星の名になったりと様々な意味を持つのです。数も『星』も変わらぬものですが、人がそれに意味を与えると時代と願いによってさまざまな意味を持ってきます。……この庭も、ここで過ごす方にとって様々な意味を持って欲しいと願いそう名づけ、モーリスさんと作って参りました」


「ただ庭に馴染んだだけのデザインかと思いましたが、それぞれにちゃんと役割があるんですね。すごいなー」


 頷きながら庭を見れば、月や太陽と言った大きな惑星に(なぞら)えた神話にも見えるし、罪の量刑をしている場面にも見えたり、引き離された親子の話に見るようだった。――説明があったからこそそういう形に見えなくもないが、説明がなければきっとそれぞれひとつひとつに意味を見出しながら想像を楽しむ時間になっていただろう。


「……モーリスさんはここに来て五年程だと聞きましたが、始めはどういうきっかけでお二人はであったのでしょうか」


 懐かしさに滲む声が一瞬揺らぐも、ラミナの質問でその空気が元に戻る。もう少し余韻を待ってもいいだろうと呆れるが、ラミナへ温和な笑顔を送っている。我を通そうとしていたエロイーズとは違い、彼には余裕のある態度が頼もしい。


「以前別の場所でも弊社が顧問としてモーリスさんについておりまして、こちらに越してきた際引継ぎでご紹介いただきました。モーリスさんもエロイーズさんもこの場所を押さえており、こちらの運営を任せられる人を探していらしたようです。――ご友人やお知り合いの方からも私の話を聞いて下さっていたようで、会ってすぐにバライバル美術館の構想についてお話しを伺ったのが最初でしたね」


 S・V・Cのやり手という噂は本物だろう。こういう人物は胸襟を開いて話していると思わせる話し方と、寄り添い方が近く信頼してしまいがちだが、決して善意から全てを伝えてくれる訳ではないだろう。穏やかだし腰の低い態度を何度か見てきたが、決して相手に本心を悟らせない隙のなさが伺える。――ここで10年間広く人々の信頼を勝ち得てきた商人なのだから、どこまで信頼していいのかとオパルスの一挙手一投足に注目する。


「既にお考えは固まっていらしたので、私としてはより良い提案をさせて頂きサポートさせていただくことが主でした」


「個人的にも親しくされていたと噂を聞きましたが、普段はどのようなやり取りをなさっていらしたのでしょうか。――オパルスさんに何か個人的な相談をされていたとも思うのですが、何か気になることなどありましたか?」


「そうですね……、普段はこの美術館の運営や警備、新作の展示方法などについて話すことがほとんどでした。――刑事さんも既にご存知かと思いますがあの方は野心家な方でした。アシャンゴラ・ビ・アゲート内でもモーリスさんと揉めたことがある方も数多くいらっしゃいました。ただ、そういった方は私どものお客様でもありましたので、出来得る限り皆さまが衝突しないよう折衝して参りました」


「それは……、随分と大変だったのでは?」


 我を強く持ち、他者を押しのけるだけの丹力も成功者には必要だろう。少なくともあのエロイーズの旦那であれば、やはり一筋縄でいかないような相手なのではと思えば、そんな人間との間に入っての折衝など想像するだけでも疲労骨折してしまいそうだ。

 ラミナも同じような感想を持ったのか、尋ねる声に憐みが滲んでいる。


「皆さま話せばわかる方がほとんどでしたし、ただでさえ『深海の星』の騒動でアシャンゴラ・ビ・アゲートでも多くの方が苦心されておりましたからね。――それぞれ思惑は違えどもここに居を構える以上、皆さま同士でもあります。同じように美術館を経営し文化を守る担い手である以上、パーティを通じて情報交換なども皆様盛んに行っていらしております。その仲介役を私が兼ねていただけというお話しです。私が同席していた限り、あからさまに仲違いされる方はいらっしゃらなかったと思います」


 数あるアシャンゴラ・ビ・アゲート内の美術館に携わっている以上、顧客の評判を落とす真似はしないつもりなのか当たり障りない回答をしながら申し訳なさそうに微笑している。――誰のことも悪く言いたくないのかもしれないが、エロイーズの前で話していた時よりも穏やかな空気が本心すら隠している気がしてしまう。


「そうでしたか。なら同業他社ではなくこの美術館内で気になることなどはありましたか? 他の者から一度事件の概要はお伝えしたと聞いていますが、知人による怨恨の犯行もあるのではと見ています――」


「怨恨ですか……。すみません、そういったことは特に思い浮かばないですね。あったとしてもあの『深海の星』事件でしょうか……」


「他にも被害が出ていると聞きましたが、一体いつからそんなことが起こったんでしょうか。――10年前にこちらにオパルスさんもいらしたと聞きましたが、その頃から?」


「いえ、私がここで働き始めた頃は特にこれと言って不審な事件などありませんでした。――5,6年程前からでしょうか。ドライバト様が運営されるルベリウス美術館に来た頃から始まりました。ただの嫌がらせだと思っていたのですが、弊社の警備システムをすり抜けて非常に困っておりました。……美術館内でものが盗まれるといった被害はなかったものの、悪意ある行いに対しこれといった手段が打てなかったことだけが今でも悔いがあります」


「今でも……? ということは今現在はこの美術館にも、オパルスさんにも特に害はないということでしょうか」


「……そうですね。いえ、――」


 ふと落胆したようにため息をつき、背筋を伸ばしてラミナに改めてオパルスが向き合った。


「実はモーリスさんが『深海の星』を前の持ち主であった、カナリー様から譲り受けた後から被害がぴたりと止んでいるのです。……少なくともここでは一度も被害が起きていません」


 悲しげに下がる眉に、告げられた話を組み合わせれば嫌でも想像がつくだろう。

 亡くなった人に対し悪態は付きたくないが、何をしてるんだと思わずツッコミをいれたくなる。――困ったようにラミナも頭を掻きため息を吐いていたが、気にしていた件がこうもあっさり明らかにされるとは思わずオパルスも苦笑している。

 警備員もゲロっていたというだけに、誰もが今は亡きモーリスを見限り始めたのだろう。

 ラミナは警備員から受け取った資料は嫌がらせの一部と言っていたが、他にも嫌がらせの一端を担わせていたということだろうか。闇は深そうだ。


「捜査でいろいろと(そちら)に持っていかれたと思いますが、何か分かりましたら教えて頂ける範囲で構いませんのでお知らせいただけないでしょうか。今後の警備にも活かしたいと考えております。――もし他にも気になることがあれば警備責任者のヴェルデに伝えておきますので、お好きにお調べ下さい」


「ありがとうございます。――なら後でお邪魔させていただこうと思います」


「市民としての義務ですからお気になさらず。――そろそろ仕事に戻らねばなりません。また何かありましたらこちらまでご連絡下さい」


 名刺をラミナに渡し、一礼をすればここを立ち去ろうとした。

 多忙を理由に面会を断っていたと先ほど聞いていたが、この次が本当にあるのだろうか――。


「あの――、オパルスさんは『深海の星』って何だと思いますか?」


「はい? ……サンディさん、それはどういう意味でしょうか」


 横を通り過ぎようとする彼に声をかければ、見上げる角度がえげつないなとどうでもいい感想が浮かぶ。足を止めれば、興味深そうに指先を口に当て腕を組み尋ねた言葉を考えてくれているようだった。


「そのままの意味です。――ここを作るとき、モーリスさんが『深海の星』を必ずここに展示するつもりだったと噂を聞いたんです。設計に携わったオパルスさんにとってはどういう意味を持つのかなって。この庭と同じように、何かテーマや込めた想いがあるから中央に展示されているのかと、個人的に知りたいと思ったんです」


「サンディさんはどう思いましたか? 感想のひとつとしてよろしければ教えて頂けませんか」


 人の好い笑みでこちらの言葉を待っているようだった。設計者としてどんな印象を持ったのか興味があるということだろう。初めて見た時の印象と、先ほど聞いた話を合わせながら言葉を選ぶ。


「俺は『愛の象徴』かなって思いました。……受け売りでもあるんですが、あの場所で遠巻きに見られていたことも合わせて、愛の崇高さを表現しているのかなって思ったんですが、……どうでしょ?」


 口角を小さく上げ、優しく微笑んでいるがきっと正解ではないだろう。


「素敵な考えですね。――ですが、そんな高尚なものを表現したかった訳でありません。……今までの出来事から不吉の象徴として奇異の目で見られてしまっていますが、私も『愛の象徴』としてあの場に展示したいと考えていました」


 バライバル美術館の中心を見るように建物に視線を向けている。


「元々は製作者が妻に贈りたいと思い作ったものだという話はご存知でしょうか。――ですが生きている内にその願いが果たされず、偶然妻の元に届くも彼女の死後、心無い者たちの手に渡り続けたという哀しい逸話のある宝飾品です」


 生活苦で手放したと聞いていたが、彼の表情からそうではない気がしてくる。

 S・V・Cでも所縁のある品なのだろうか。それとも新たな逸話が載せられ悲劇の品物になっているということなのか、少し『深海の星』の経歴が気になった。

 アウィンなら知っているかもしれない、帰ったら聞いてみようと心の中で頷く。猫だけど、美術品に詳しい便利な相棒でもある。


「それでも一度、本来の使われ方をされたことのある品なんですよ。――ただの高価な宝飾品ではなく、意味を持った誰かの贈り物であった『深海の星(アレ)』を、愛の象徴として広く皆さんに見て頂きたかったのです」


「モーリスさんがどなたかに贈ったんですか?」


 背後から問われたラミナの声に、優しい語り口をしていたオパルスがひとつ遅れて笑顔を向けた。


「そうですね。――その話を聞いて私も賛同致しまして、あの場に展示することにしたのです」


「贈ったお相手はエロイーズさんではないのでしょうか」


「いいえ、――昔の話だそうです。きっとエロイーズさんはその話はご存知ではないのではないでしょうか。それくらい古い出来事だったと教えて頂きましたから」


 何かを探るような灰色の瞳がオパルスの深緑色の瞳の奥まで睨んでいるようにも見えたが、オパルスの態度は変わらず穏やかだ。

 贈った相手がどうなったか分からないが、あの宝飾品がアシャンゴラ・ビ・アゲートにあったということはその人物の手元を離れたということだろう。それをモーリスはもう一度手にしたがっていたということなのか。――別れた前妻か、それ以外の人に贈っていたものなのだろうか。

 持ち主に嫌がらせするような人物が、純粋に贈り物をするということも信じられないが、それに感銘を受けこれだけ立派な建物を作るまでに至ったオパルスも不思議だ。

 顧客自身(人間)より美術品を愛好しているということだろうか。彼が隠しているものの一端が少し見えた気がした。


「そのお相手はどんな方なのでしょうか。――念のため話を聞いてみたいのですが」


「それは難しいでしょう。既にお亡くなりになっている方ですので」


 はっきりと伝えられる話に、一瞬ラミナが止まった。

 亡くなった相手に贈ったものが誰かの手にあったから、どんな手を使ってでも取り戻そうとしたのだろうか。――そこまで想うような相手がモーリスにいたという事実に動揺すれば、ラミナのように一瞬戸惑って止まるのも仕方がないだろう。


「……他にその時の関係者をどなたかご存知でしょうか?」


「残念ながらそこまでは……。逆に私もその方の事を知りたいと思っているくらいです。――モーリスさんが贈り物をした方であるなら、あの『深海の星』の本来の持ち主かもしれませんしね」


 にこりと笑えば、左腕の内側をオパルスが見た。


「時計――、内側に着けているんですね」


 仕草が気になり同じように腕を見れば、手首の内側に時計盤が見えた。指摘され苦笑すれば、白いスーツの袖を少し引いた。


「えぇ、――人がつけている腕時計って意外と目につきませんか? 誰かといる時に時間を気にして頂きたくなくて、目につかないよう内側に着けているんです」


 スーツと同じ白いベルトと金の装飾が褐色の肌に良く映えている。あのような繊細なデザインのもの、軽率に身に付けるには高度なおしゃれアイテムだろう。小ぶりの時計盤に記されているエンブレムが高級品だと告げている。あれは最近出た限定品だったか――。

 腕を下げれば袖の下に時計が隠れてしまい、余計なことを考えていたことに気付き首を左右に振る。


「では、部下たちが心配しますのでそろそろお暇させて頂きますね。――ラミナ刑事も朝からお疲れ様でした。よろしければお仕事以外でも館内を見学したり、カフェでお気軽に休んだりしてくださいね。お二人の事は皆さんによく伝えておきますので私の名を伝えて頂ければいつでも歓迎致します」


「こちらこそお時間いただきましてありがとうございました。また何かありましたら連絡いたします」


 ラミナが手を伸ばし握手を求めればそれに応じ、踵を返して高い生垣の先へと姿を消していった。


「話が出来て良かったですね」


 オパルスの気配が完全にしなくなれば、ラミナが深くため息をついた。


「そうだな……」


 コートのポケットに両手を突っ込み、近くにある人型にテープの張られた現場に視線を落とす。

 殺人現場に足を踏み入れたのは人生で初めてだが、ここで人が死んだということが信じられないくらい生垣も芝生の緑も生き生きとし、これが何かの作品の一部なのではと疑いたくなった。


「新人、――さっきのオパルスが言ってた庭の意味ってどういうことだ?」


 『新人』と呼ばれたことに一瞬ムッとしたが、名前を呼ばれても嬉しくないと考えを改めた。

 人型と庭を眺めるラミナに努めて冷静に言葉を返す。


「……庭の意味ってどの話ですか? この『七曜の輝き』ってやつですか?」


「それだ。いろんな意味があると言ってたが、どういう意味だ?」


 概要だけを知りたいというせっかちな態度に、こちらを見向きもしない背中を睨んでみる。――当の本人は人型のすぐ傍で立ち、その形を見ているようだった。


「……多分ですけど、『深海の星』を中心にバライバル美術館は構成されているんです。宇宙と海は神秘に溢れ同一視されることがありますから、そういうモチーフを庭に作っているんでしょ。――月、太陽、火星、水星、木星、土星で宇宙を構成していますが、それだけじゃなくこの7つの彫像は北に見える七曜星と対になる南の六曜星を合わせて人の生死を司る神を表します」


 オリエンタル地方で伝わる神話だが、世界のどこでも似たような話がある。

 時と場所が違えども、いくら離れていても人間の想像はどこかで繋がっている不思議さに感慨に浸りながら庭を眺める。青々としておりいまだに一般に公開されていないのがもったいない。


「あと七曜星の別名に北斗七星というのがあって、神に見初められた妖精が子どもを作るんですけど、その神には奥さんがいて……。不倫がバレて妖精だけが熊にされるんですよ。子どもは人として成長するんですけど、あるとき熊の母親と森で出会い、母親は子どもが現れたことに喜んで駆け寄るものの、自分が熊の姿だってことを忘れて子どもに殺されてしまうんですよね。――それを哀れに思って神が二人を熊の姿にして星座にしたって話が有名かと」


 森のくまさんって実はこれが元なのではと、歌詞を思い出せば脳内でぐるぐると歌が流れ始める。


「この庭はシンメトリーだ、――生の象徴はない」


 冷静な声が背後から掛かり、思いを馳せていた庭から声の主へと視線を向ける。


「モーリスがプレゼントを贈った相手も死んでいるな」


 ラミナはかしゃがんで人型をまじまじと観察していた。――ただの芝生にしか見えないが、ラミナには事件当日の景色でも見えているのだろうか。真剣に芝生の上を見ていた。


美術館(ここ)の主人もここで死んだし、あの黒真珠も持ち主が死んでたな。……思ったよりここは死のイメージが溢れている場所のようだ」


 静かに立ち上がれば、自分で説明した言葉に確かに死にまつわる出来事が多いことに今更気が付く。――天高く上る日差しが暑いくらいだったのに、この庭に誰もいないせいか悪寒が背筋に這い寄った。


「その、……モチーフってだけで別に事件に関係するものではないのでは? 芸術でも死にまつわる作品は多くありますし」


「もちろんだ。――ただ思ったことを口にしただけで、決めつけて捜査するつもりはない」


 すっとラミナが立ち上がれば、のどかだった庭が寒々しい場所に変わるようだった。


「モーリス氏の過去の女性関係は洗った方がいいだろう。エロイーズ氏に改めてこの件は聞いた方がいいかもしれない」


 芝生を踏む音が近付くし視界に入るが、頭がぼんやりとしてしまいはっきりとした考えができなかった。

 もしも、この建物が建設される頃から、誰かの死を願っていた場所であったならどうしよう――。


「この美術館に建設に携わった者も洗い出す必要があるな」


 肩に手を置かれれば、すぐ目の前にラミナがいた。


「今日は先に上がっていい。慣れない現場で疲れただろ」


「……まだ、昼過ぎですよ」


「採用初日に刑事課に配属されるなんて、十分休むに値する理由だろ。……別に合わない現場に付き合うことはない。だがお前がいなければオパルス氏とも話せなかっただろう。――今日は助かった、ありがとな」


 笑顔を作ろうとしているのだろうか、目元が動かないだけに愛想笑いであることがまじまじと分かる。――そのまま後ろを向かされ背を押されれば、とっとと帰れと催促される。


「寄り道すんなよ」


 その声に振り返れば、もうこちらを気にした風もなく通信端末でどこかへ連絡を始めた。

 『死』について、写真や話だけではドラマのように現実とは切り離されたお話しでしかなく、なんでもないことのように思っていた。――ラミナの向こうにある白い形はなんだったか。

 だけども自分が立つこの場所が誰かの悪意によって作られた場所であると考えた瞬間、『死』というものがなんであったか急に思い出す。――強張る足が遅れて歩き出した。

 死とは、その人の存在がどこにもなくなるということだ。

 単純明快な答えだが、誰かが誰かにそれを望んだ結果がこの後ろにあった。


 何が作品だ、――ラミナは真剣にあれが何か分かって見ていただけに、自分の浮ついた気持ちが恥ずかしくなり歩く足が速くなる。

 ルシオルは、ラミナを残し『七曜の輝き』と名付けられた事件現場から逃げ出した。

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