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品質の4C、基準は満たしています。

 面接良し、実技良し、筆記試験も良しとどの試練も通過した。――当然だ、ここに来るまでにどう攻略するか調査もしたし、彼らが求める人材に近い人物に成りすますのは得意科目だからだ。

 今はアシャンゴラ・ビ・アゲート内にある、マンションに居を構えている。まだまだ快適な生活が送れるというほど整ってはないが、ひとりと一匹が生活するには十分だろう。

 住み始めて数日だが、すでに街に馴染んでいる気がする。街を歩けば周りには非日常を求める人に、その非日常の一部が生活になっている人たちで溢れ、賑わいと忙しさの間をすり抜ける。

 ようやく見慣れてきた場所を進めば、今日初日を迎える新天地へと辿り着く、――はずだった。


「今月からここの配属になった、捜査一課のラミナ・クロスフィードだ。――この街の事はまだよく知らないんだが、随分な人手不足でな……。――来て早々悪いが、俺の下で捜査に加わってくれ」


 アシャンゴラ・ビ・アゲート内を数人の同期とひとりの先輩に案内された。

 各部署に挨拶しながらその同期たちと別れれば、最後にひとり通されたのがここだ。


「はっ! クロスフィード警部の御高名はかねがね伺っています! ご一緒出来て光栄です!!」


 先輩が目を輝かせながらアイツに敬礼している。――彼に倣い、遅れて敬礼すればどうしてと疑問でいっぱいになる。


「そういうおべっかはいい。――先日バライバル美術館の館長が死んだ事件は知ってるか? 被害者(マル害)はバライバル美術館の館長でもあったモーリス・ホールデン、48歳。――『深海の星』の所持者であったことは広く知られているらしいな」


 敬礼した先輩はここの担当じゃないようで、話の途中で退席をした。行かないでくれという想いも届かず無情にも部屋を出ていく先輩の背を見送り、もう一度現実を見る。

 手入れはあまりしていないだろうグレージュの短い髪をワックスで邪魔にならないよう固め、灰色の死んだような瞳を縁取る隈が特徴のくたびれた男。本人と同じようにくたびれたカーキ色のロングコートは今は壁に掛け、最後にいつクリーニングに出したんだと尋ねたくなるような糊もハリもなくした黒のスーツと白いシャツ。相変わらず臙脂色のネクタイを首から下げており、ネクタイピンは失くしたのか止める気がなさそうだ。

 量産型ヒューマノイドなのか? 同じ名前(型番)で同じ見た目、同じようなつまらない性格にするなんてやはり、制作者はセンスがない。――あと一切れあったのにすっかり存在を忘れて袋の中でカビ始めたパンみたいな目をしながら、淡々と事件のことを説明を始めた。

 その事件は警察に任せればいいと思ってはいたが、まさか関わることになるなんて。――こちとら新人だぞ? 警備とか交通整理とか遺失物担当とか比較的簡単な仕事から受け持たせてくれよ。

 こちらには一度も目をくれず、ラミナは書類に目を落としている。


「どうやら『深海の星』ってやつは、今まで些細な不幸と言う名の嫌がらせを各美術館が与えていたらしいな。それも一体誰がやっていたか正直気になるところだが、今回妻であるエロイーズ・ホールデンから事件の調査を直々に頼まれた。――お前たちも知っているだろうが、この街の権力者だ。残念ながら逆らうことが出来ない」


 部屋の片隅にあるブラックボードにラミナが寄れば、そこに事件関係者と事件現場、経緯などが記されていた――。


 S(シクストゥス)歴257年14月21日午前6時のことだった、バライバル美術館の庭園に朝清掃に入った業者がそれを発見した。

 手入れのされた庭園の中心で、モーリス・ホールデンの死体が芝生の上に飾られていたという。――ニュースでは死体があったとだけの報道だったが、実際は銃殺されたようだ。ブラックボードに貼られた写真があまりにも惨く、目にするだけで不快感を(もよお)しそうで、食道を込みあがりそうなものをなんとか飲み込む。

 顔以外穴だらけで、千々にもがれるような不安定な形をしているそれを、バライバル美術館名物である『磔刑』の像に(なぞら)えて十字架の板の上でポーズを取らせていた。

 だが死体発見現場付近から銃声が聞こえたなどという通報はないし、現場も殺害現場には思えないほど血痕が残っていなかった。ざわざわご丁寧にバライバル美術館へ、どこかで殺害後に運んできたということだ。

 酔狂を通り越して、執念のようなものを感じる――。


「さらにマル害は遺言を残してて、彼の死後バライバル美術館の所有者があの『セイディ・ヴィクトリア・コーポレーション』へ譲渡している。――あの美術館にあったものは元々モーリス・ホールデン個人のものだ。それ故に彼らが殺して遺書まで書かせて全財産を奪ったと、奥方は思っているらしい」 

 

 『S・V・Cセイディ・ヴィクトリア・コーポレーション』、彼らの名を知らない者はこの世にいないだろう。

 様々な企業のスポンサーとして必ずその名が連なり、まるで思想教育のように彼らの名を植え付けるかのように、そこいら中にその名が溢れている。――食品から日用品、嗜好品の他きっとこの制服にも出資しているのだろう。家でも外でもCMや広告が必ずどこかで流れるし、皆の生活の一部として関わり深い会社でもあった。

 やはりこのアシャンゴラ・ビ・アゲート内でも『S・V・C』は、広くここにあるすべての美術館に出資をしており、看視員から企画、広報に修復業まで様々な人を斡旋しては、金持ちたちのコレクションを守っていた。

 だから不思議だ。

 

「――個人の資産を奪うような不当なこと、S・V・Cがしますか?」


 彼らは信頼を売りにした商売人だ。――手広く方々に出資し、広く己の名を知らしめている

 人の財を奪おうなんて企業であれば、今まで積み上げていたブランドイメージも崩れ、信頼が損ねられてしまうだけだろう。手を引く企業が増えれば、S・V・Cも無事では済まないだろう。


「そりゃそうだ。――遺書によればバライバル美術館のコレクションを守るため、S・V・Cのオパルス・キュリオシティに全て一任すると残されていた。……どうやらここ数年彼に大分世話になっていたらしく、最も信頼できる担当者として周囲の人間も認めていたから、この譲渡に関して言えばあまり不自然ではないらしい」


 そう言って手元から数枚の写真を取り出し、ブラックボードに張り付けていく。

 浅黒い健康的な肌色に、深緑色の瞳とプラチナブロンドを長く伸ばしている男のようだ。清潔感のある白いスーツに身を包み、人の好い笑みで誰かと交渉してるところや、街中を歩く姿などが写真に収められている。


「コイツがオパルス・キュリオシティ、29歳。S・V・Cアシャンゴラ・ビ・アゲート支社の代表だ。――ここに10年前からいる人物で、美術品の管理事業に力を入れている。他の美術館でも彼の評判はすこぶるいい。……一度話を聞きに行ったが、腰が低く驕ったところもなかったし、数年前にここに来たホールデン夫妻が美術館を運営するにあたり、随分と熱心に相談に乗ってくれていたそうだ」


「奥方もこの事件の前までは彼の事を信頼していたし、好意を寄せていたそうだ。――年も近いからか、何度も言い寄られて困っていたと本人や周りからも聞いている」


「はい? ……モーリス氏は48歳ですよね? オパルス・キュリオシティ氏は29歳と今言ってませんでしたか?」


「奥方は28だ。死んだ旦那とは20歳差だな。――夫婦仲は良好だったらしいが、どうにもそれだけではなかったようだ。周りからも遺産目当てだろうって噂になるくらいには何かあるんだろ」


「はぁ……、ドロドロですね」


「それで今は遺産が奪われそうだから、オパルス氏も怪しいし、事件も不可解だから真相を明らかにせよとのお達しだ。――どうやらその解決のために俺は呼ばれたようだ」


 後頭部を搔きながら、胸ポケットから煙草を取り出した。――署内は所定の場所以外は禁煙だ。まさかここでも火をつけるのかと眉をひそめたが、一本取り出し口に咥えたまま箱を元の場所に仕舞った。

 煙草だと思ったが、もしかしてあれがコイツのエネルギー源なのだろうか。あまり聞いたことはないが、カチカチに焼きすぎて硬くなった目玉焼きより虚ろな目をしたコイツのことだ。可能性はある――。


「あまりにもでかい街だし、俺はここに詳しくないから、この街出身で警察として知識のある者を欲したんだが、……どうにもこちらに回せる人材がなくてお前が配属になったようだ。上も適当だよなぁ……。現場には徐々に慣れてくれればいい、捜査は俺や他の者がするし、補佐として手伝いながら仕事を覚えていけ」


 経歴詐称も、求める人材に近付けるために実力を発揮し過ぎたことも全て仇になるとは――。

 ラミナがこちらに近付き手を差し伸ばしてきた。――どうやら握手のつもりらしいが、思わず後ずさる。

 先日こいつと遭遇したときのことが、勝手に脳内に再生されてしまいどうにも逃げたい気持ちになるし、出来ればこの手を思いきりたたいて逃げてやりたかった。

 だが気持ちとは裏腹に身体が固まる。逃げられない。


「……ル、ルシオル・サンディです。よろしく……」


 正体がバレないようにすることを脳が勝手に選び、勝手に挨拶の言葉と手を差し出した。――心にもないことを口にしたせいか、ストレスで胃が悲鳴を上げかけている。

 力強く握られればヒューマノイドとは思えない感触に、記憶を辿ればある結論が口から出た。


「え……、人間?」


「何と誤解してんのか知らないが、34年間俺は人間をやってる。――ところでお前19歳って書類に書いてあったが本当か? 他にも仕事はあっただろ。中途でここに来るなら、相応の覚悟を持って臨めよ」


 大雨のあとしばらく残っている水たまりのような気付きくらいの小さな感動ひとつ分口角を上げれば、離した手でそのまま肩を軽く叩き、自分のデスクに向かいコートを手にした。

 人間だったのか――。

 つまり、先日対峙したラミナ・クロスフィードとコイツは同一人物で、不運にも同じ部署の配属になってしまったということか。

 あの手入れはあまりしていないだろうグレージュの短い髪も、灰色の死んだような瞳も濃くなった隈も。袖を通したカーキ色のロングコートも、糊もハリもなくした黒のスーツと白いシャツも、だらしなく垂れている臙脂色のネクタイもどれもあの本人が自分の意志でそうしているということか――。


「風呂にはちゃんと入ってますか?」


「入ってるし、まだ帰れない程仕事してねーよ。なかなか失礼なガキだな」


 こちらに来て鼻で笑えば、死んでいると思っていた表情筋はまだ存命だったと知る。


「これからバライバル美術館へもう一度聞き込みに行くから、一緒に来い」


 隣を通り過ぎ、煙草を咥えたまま廊下を進んだ。――まだ火をつける気はないようだが、誰も注意しないのかすれ違う人たちと軽く挨拶しながらラミナが進んでいく。


「……本物かよ……」


『しかも優秀みたいだねぇ~。なら何度も失敗しちゃったのはしかたないね。――フローライトだってバレないよう気を付けるんだよ』


 いつから話を聞いていたのか、アウィンの声が届く。


「言われなくても分かってる――」


 せっかく手に入れたポジションだ。――初日にバックれるような、簡単に手放さないだけの意地はある。

 先に行くラミナの背を睨みながら追いかければ、こちらが誰かまだ気づいていない。――見返してやる。


「……ここでアイツを踏み台に、出世してもいいんじゃないか?」


『望外の宝石の値段だねぇ。そこまでフローライト(キミ)が警察向きな性格じゃないと思うけど、出来るだけやってみたら?』


 小声で会話ですれば階段を降り、外へ出る。駐車場にあったグレーの車がラミナの車らしく、鍵が開いたらしくひとつライトが付いて消えた。

 こちらに注意を払ってないのか、先に運転席へ乗り込めば火をつけていた。煙い車で移動なんて御免だと思い、少し開けられた窓に向かった。


「俺、煙草の匂いって苦手です」


「あー……、それは悪かった」


 気まずげに煙を吐き灰皿に潰し入れれば、残念そうな顔をしている。――こんな新人の言うことを聞いてくれるとは思ってみなかったが、つけたばかりの火を消させてちょっとした復讐ができた。

 出世もいいが、少しずつ足を引っ張ってやるのもいいかもしれないと思いながら、反対側の席に乗り込む。


「若い頃は俺も煙草なんて、って思ってたんだがな。――気付けば手放せなくなっちまったな」


 聞いてもないのにおっさんくさいことを言い出しながら、エンジンを掛ける。――34とさっき言ってたか。


「ただのニコ中じゃないすか。健康に悪いですよ」


「そういう正論が振りかざせるのが若さかねぇ」


「おっさんのセリフっすね」


「思ったよりうるせぇな、お前」


 ハンドルを片手で持ち、アクセルを思いきり踏んだようで身体にGが掛かる。シートベルトをしていたものの、車の勢いに振られる。――一気に駐車場を出て、道路に入れば道の流れに合わせた速度になった。


「……現職の刑事がこんな乱暴な運転でいいんすか」


「別に違反はしてない。――それよりも、バライバル美術館についたらお前も聞き込みをしてくれ。まぁ、雑談だと思ってバライバル美術館のことやモーリス氏、オパルス氏にエロイーズ氏のことなど何でもいいから後で知らせてくれ。俺は中で聞き込みをする」


 後ろへと流れる風景の中で、先輩の顔をしたラミナがそこにいた。――今の関係上仕方がないが、主導権を握られているこの状況をどうにかしてやろうと、フローライト(ルシオル)は決意した。

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